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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
27.イスタ火山―探索―
しおりを挟むいくらシンプルなダンジョンとはいえど、油断はできない。
余計なものを削ぎ落とした基本的ダンジョンなのだ。もしかしたら、俺達が気付かないほど巧妙に仕掛けられたトラップが有るかも知れないし、隠し扉にモンスターが潜んでいるって事も充分に有り得るのだ。
それに、この手のダンジョンは道幅にあまり余裕が無い。ラッタディアの地下遺跡でもそうだったけど、その道幅の狭さが油断ならない所だった。
道幅が狭い、イコール「敵の攻撃を躱せる範囲が狭くなる」ってことだ。受け流すにしても相当気を使わなきゃ行けないし、剣などの武器も大きく振るえない。
得物で攻撃する人間にとって、この狭さは大きなハンデだった。
こういうダンジョンは、アクションゲームとかだと本当面倒臭いんだよな……。
イスタ火山の内部ダンジョンも例にもれず、三人で横に広がったらもう余裕が無いレベルの道幅で、残念な事に天井もそこまで高くは無い。
縦横無尽に動いて敵の攻撃を躱すブラックにとっては相性が悪いだろうし、同じく剣の使い手であるラスターも、この人数では仲間に当たる事を懸念して、大きく振る事も出来ないに違いない。……そんな中でファイア・ホーネット達に出くわしたら、確実にこっちの方が不利になる。つまりすげーヤバい。
こういう場所では、機動力が高い飛行系モンスターは厄介だ。
彼らには上も下も関係ないし、何より腕が自由に使える。こっちはせいぜい一打撃なのに相手は二打撃出来ることもあるんだ。
炎の曜気の増大も心配だけど、敵や罠にも充分気を配らないとな。
「とりあえず……まずは、罠の有無を調べなければいけませんね」
「何か方法が有るの?」
アドニスに問うと、相手は特に懸念も無さそうに頷いた。
「私が壁伝いに蔦を這わせて、それを先行させます。蔦には殆ど重さがありませんので、何か気になる物を見つけても発動させるまでは行きません。それに、蔦から来る情報でこのダンジョンの地図を描く事が出来るので、迷う事も有りませんよ」
「マジ!? 凄いじゃん!!」
「ただし、蔦を伸ばすのにも限界が有りますし、この術を使うと私は二刻程度は使い物になりません。結構精神力を使いますからね。私の術範囲を超える広いダンジョンだとお手上げですから、その間は他の皆さんで頑張って貰うしかありませんが」
どうします、と言われて、ブラックとラスターはすぐさま答える。
「そりゃ罠が有るかどうか解るなら、すぐやってほしいけど」
「木の曜術なら俺も使えるから心配はいらん。しかし、通常の術の範囲が狭いと言うのなら、ツカサに力を分けて貰ったらどうだ」
それなら通常以上の力が使えるのではないか、というラスターに、アドニスは少し不機嫌そうな顔になった。
「病み上がりの彼を使って、ですか?」
「…………そう、だったな」
アッ険悪な雰囲気に。
待って待って、今からみんなでダンジョンに潜ろうとしてるってのに、初っ端から仲間割れだなんてとんでもねえ。
「お、俺は大丈夫だから! だってほら、もう歩いても平気なんだぜ? ラスターも俺の体が大丈夫なように見えたからそう言ったんだし……まあほら、あの、今はこの力を温存しといて……いざって時に使うってことで。な?」
ラスターは俺の体を取り巻く曜気が見えるんだから、平気だろうって思っても仕方が無い。それは、説明されて全員が知っているはずだ。
見えているからこそ楽観してしまう事も有るのは、誰だって同じなんだから、こういう事が起こっても仕方がない。険悪になる必要はないだろう。
そう思って全員の顔を見て「な?」と笑うと、ブラック達は息を吐いて、気を取り直すかのように隊列の事を話し始めた。
うむうむ、今はそっちの方が重要だからな。
と言うワケで話し合った結果、前衛はクロウとラスター、中衛にブラックが一人で入り、後衛は俺とリオル。最後尾にアドニスが付く事になった。
アドニスは事前に無数の蔦をダンジョンの床や壁に這わせて地図を作ってくれたのだが、ダンジョンの奥は予想以上に炎の曜気の密度が高くて熱いらしく、蔦が途中で萎れてしまって全てを把握する事が出来なかったらしい。
なので、地図は不完全だが、魔物がうろついている位置と罠の有無、そして曲がり角や分かれ道などの情報は得る事が出来たので、それだけで万々歳だろう。
序盤だけでもダンジョンの構造が判れば、それだけで戦況も違ってくるからな。
というわけで、俺達はまず最初の分かれ道へと歩き出した。
「それにしても、アドニスがいるとダンジョンの地図を作るのも楽だなあ」
「いえ、そうでもありませんよ。あの術を使うと私は二刻も術が使えませんし、後は毒薬などを放り投げるくらいしか役に立たなくなります。こういう相性の悪い場所では曜気の補給も出来ず、グリモアの回復力に頼るしかありませんから……少人数での探索の時には、あまり有用とは言えません」
「じゃあ……普通の人が使ったらそれこそ倒れちゃうかもしれないんだ」
物騒な術だなあと眉根を寄せると、アドニスは苦笑しながら肩を揺らした。
「この術はグリモアになってから使えるようになった、私の口伝曜術ですからねぇ。人族にはまず出来ないでしょう。ああでも、君になら出来るかもしれませんが」
「ほんと?」
「それにはまず、木の曜術を限定解除級まで引き上げないといけませんがね」
「うう……」
そうだった。俺ってばまだ二級くらいしか取ってないんだっけ。
あんまり目立つといけないから、なるべくギルドには近寄らなかったり試験も受けたりしないようにしてたから、未だに中級ランクくらいなんだ……。
にしても、そもそもの話“限定解除”ってなんだろうな。
一番強いのが「一級」というなら理解出来るが、その更に上に「限定解除」というランクが有るのがよく分からない。ランクで測れない実力って事だから、限定解除と言うのだろうか。まあ確かに、ここにいる三人の曜術師は実力が桁違いだもんな。
クロウだって、もし試験を受けたら間違いなく限定解除級だろう。
俺は、まあ……ズルしたらたぶん……。
…………と、とにかく、凄い奴らって事だな!
そんな曜術師でも、やっぱり限界はあるのか。
考えて見れば俺だって限界はあるんだから、当然と言えば当然だけども。
「そろそろ四つ辻が見えて来たぞ」
ブラックの言葉に、不意に前方を見る。
すると、ほの明かりに照らされた通路の向こうに確かに十字路が見えた。
「ふむ……薬師の言う通り罠もモンスターも見当たらなかったな。褒めて遣わす」
「あぁはいはい。お褒めの言葉、ありがたく頂戴いたしますよ」
「辻はどちらへ行けばいいんだ」
ラスターとアドニスのお互いを煽るような言葉を無視して、クロウが問いかける。
アドニスは白けたように目を細めながらも、進行方向を指さした。
「そこから左に行って、まっすぐ。次のわき道を右です」
「ん? アドニスのダンナ、それじゃ正面の道に戻っちまうんじゃないですか?」
「迂回するんですよ。馬鹿正直に直進したら、落とし穴に落ちます。左の通路を真っ直ぐ行っても、ファイア・ホーネットの巣しかありませんしね」
はえー、そこまで解っちゃうのか。
グリモアの力って、ブラックはあんまり良く思ってないみたいだけど、使い方によっては凄く有用なんだな。やっぱり、ラスターの言う通り力ってのは“使い方次第”で……いや、使う人間の意思や強さによって、違って来るもんなんだ。善き力は善き人に宿るってこったな。
俺も、人のために使うように心掛けておかないと。
災厄の力って訳じゃないけど、でもやっぱりこの能力は厄介なもんだからな。
そんなこんなで、俺達は探索を続けた――――のだが。
「…………」
「どしたのツカサ君、オークの水浴びでも目撃したような顔して」
「なんでもない……」
ええそりゃ、珍妙な顔に見えるでしょうね。
でもねブラックさん。このダンジョンに入って体感三十分。アドニスが調べた範囲のちょうど中間に位置する所まで来て、俺がこんな顔をしてるのには理由が有るんですよ。ええもうこうならざるを得ない理由が。
「…………つまらん」
そう。つまらん。
なにがつまらんって、戦闘だよ。ダンジョンの花形でもあるバトルですよ!!
だっておめえ、モンスターと出会う数が少ないってのはまだ納得できるけど、それを感じさせる間もなく前衛の二人がずっぱずぱ蜂もトカゲも初登場のなんか燃えてるネズミまで切っちゃってたら、そりゃつまらんって思うでしょ!!
久しぶりの登場だった鎧ネズミ・ミーレスラットちゃんまで、切れ味抜群の宝剣・ヴリトラでサクッと一刀両断しちゃうしもうお前ら本当いい加減にしてよね!
ゲームなら楽チンだけどこれゲームじゃないから! ガチバトルだから!!
おかげで安全だしアドニスは休めるし俺だって楽でとても良いけど、でもこういうのは礼儀ってもんがあるでしょ。せめてモンスターと真剣勝負したげてよお。
二人とも「あー来た。こーろそっ」みたいな気の抜けた顔をしてサクサクッと一撃二撃で斃しちゃうもんだから、もう敬意も何も感じられない。俺はドロップした素材採取マシーンと化してるよ。
ドロップというか解体だけど、ほんともう、何なんだろうねこの時間。
モンスターにとってもいい事なんてないのに、あいつらも俺達を巣穴に迷い込んできた肉だとしか思ってないから、不幸な衝突が起きちゃうし……。
ロクショウやペコリアみたいに解り合えたらいいのに、そうも出来ないもんなあ。
今更だけど、モンスターの多くは凶暴な本能しか持っていない事が解ってしまい、ちょっと悲しくなってしまった。まあ、素材はありがたく頂きますけどね。
はあ……モンスターの死骸は、俺が好きだったチート小説やこの世界の他の遺跡と同じように、ダンジョンが取り込んでくれるから心配は無いけど……ここまで露骨に感情なしのルーチンワークだと悲しくなってくるなあ。
俺の見せ場もないし。リオルなんか安心しきって欠伸ぶっこいてるし。
ダンジョン探索ってなんだっけ……と思いつつ、イージーモードで進んでいくと。
「……そろそろ炎の曜気が強くなってくる場所か……」
「あの【斥炎水】とかいうのを飲んだ方が良さそうだな。ツカサ、貰えるか」
クロウに言われて取り出そうとすると、アドニスが待ったをかけた。
「ああ、ちょっと待って下さい。飲む前に安全地帯に行きましょう」
「そんな所あったっけ?」
地図を作る時には行ってなかったような気がするんだけど、とアドニスを見上げると、相手は微苦笑して眉をハの字に緩めた。
「ええ、実は休憩所のような場所を見つけたんです。蔦の誤認かと思って半信半疑で黙っていたのですが、ここまでは調査通りだったので……。右の通路の途中に、炎の曜気が薄くなって急に鋭敏に周囲の事が感じられる一角が有ったのですよ」
「あ、じゃあブラックが近付けば判るよな?」
「たぶん大丈夫だと思うよ」
よし、じゃあとりあえず行ってみるか。
俺達はアドニスの案内に従って、分かれ道から右に逸れ件の場所へと向かう事にした。なんたって、モンスターとの戦闘もすぐに終わっちゃって時間はたっぷりあるんだからな。休める場所が有るならしっかり休んでおかねば。
モンスターの不意打ちを警戒しつつも進み、変わり映えのしない通路を歩いて行くと…………。
「……ん? 確かになんか……曜気が薄くなったね」
「マジ?」
「うん。体感だけど、急に……」
そう言いながらブラックはキョロキョロと周囲を見回し、少し先にある壁へと吸い寄せられるかのように近付いた。そうして、その壁を叩く。
「隠し扉っぽい?」
問いかけると、ブラックは唸りながら首を傾げた。
「だとしても、開く感じはしないねえ……」
「ツカサが触れたら開くのではないか?」
「ん、やってみる」
クロウの言葉に押されて、ブラックが示した場所に手を触れる。
と、その刹那。触れた場所から一瞬で光が散り、大きな扉の形に変化した。
思わず慄いた俺達の前で、その扉は少し奥へと引っ込み、横へスライドしていく。
「おお……やはり、ツカサ君に反応してますね……」
「やはり黒曜の使者の力なのか……?」
「う、うーん……とにかく入ってみよう」
そこらへんは俺もよく解らないので何とも言えない。
とにかく休もうと中に入る。すると、今まで仄明るい照明が照らすだけだった世界が、急に眩しさに包まれた。
反射的に顔を覆いながら、目が慣れるのを待つと。
「うお……! これはすごい……」
やっと見えたそこには、燦々と光が降り注ぐ、石造りの泉が横たわっていた。
「これは……遺跡、かな?」
一緒に入ってきたブラックも、周囲をキョロキョロと見回しながら推測する。
確かに、この空間はシンプルなダンジョンとは全く違う。壁にはレリーフのように彫り込まれた化粧石が嵌め込まれているし、石造りの泉の周りには控えめではあるが青々とした植物が生えている。
黄土色の石の床に緑が芽生えるってのも、なんかちょっとグッと来るな。
「いくつか部屋があるようですね」
「扉はないが、休憩は出来そうだ」
「水は熱くないな。この場所だけは炎の曜気の影響を受けないらしい」
俺達の後ろからぞろぞろ入って来たクロウ達が、他の場所も調べてくれる。
敵などは見当たらないので、やっぱりここは休憩するための場所らしい。
「じゃあ、とりあえずここで休憩ってことにしましょーか」
リオルの賑やかすような明るい声に、俺達は頷いた。
ここなら安心して休憩できるだろうから、今の内に休んでおこう。
休憩所の先からは炎の曜気が更に強くなるらしいし、温度も徐々に上がって行くと言われていたので、今の内に涼んでおかねば。
そう思ってはいたのだが……なんか、色々部屋が有るみたいだしちょっと気になるな。もしかしたら何かお宝とかないかな?
みんなで泉の淵に座って休んではいるが、俺としてはこう、もうちょっと探索したいっていうか、俺が触ったら隠し扉と化がまた開くかもしれないし、そういうのってトレジャーハンター的でちょっとワクワクするって言うか……!
「ツカサ君なんかソワソワしてない?」
「んっ、んん!? ソワソワシテナイヨ!?」
思わず変な声で返してしまったが、そのせいでバレてしまったようでブラック達に「またツカサ君は……」みたいな顔をされてしまった。
「ここを探検したいんでしょ? しょうがないなぁ、それなら僕が……」
「いや、オレが付いて行く」
ブラックが「行こう」と言い切る前にクロウが割り込む。
当然、そんな事を言えばブラックが黙っているはずも無く。
「ハァ? なんでお前が行くんだよ」
ふざけるなと言わんばかりの不機嫌な表情になったブラックに、クロウは冷ややかな目を返しながらハッキリと言い放った。
「お前をツカサと二人きりにすると、不埒な真似をするからだ」
そのクロウの言葉に、他の四人が深々と頷く。
ああ……全く信用が無い……まあブラックは二人きりになると本当にえっちな事ばっかりして来るからな……残念だがそこは俺も擁護が出来ない。
ブラックも図星を突かれたのか、グヌヌと唸る。そうなるともう、ブラックに勝ち目はなかった。悔しげなブラックを見て、クロウは勝ち誇ったようにフンと鼻息を漏らすと、俺の手を取って引き上げる。
「さあ行こう、ツカサ」
「う、うん」
さっきは不機嫌っぽかったのに……今は、そんな感じじゃない。
見上げるクロウの顔は、いつもの無表情だった。
「変な部屋を見つけても入ってはいけませんよ」
「ちゃんと俺達を呼ぶんだぞ、ツカサ」
「お、俺は子供かっ! 大丈夫だってば、いこっ、クロウ」
ったくもう、どいつもこいつも俺のこと子供扱いしやがって!
お宝を発見しても絶対見せてやんないんだからな!
→
※次はクロウがちょっとひどい*
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