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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
25.怒るのと嫌うのは全く別のこと
しおりを挟む泣いて抜いて風呂に入ってスッキリしたお蔭か、ブラックは元気になったようだ。
まあ、ナニがどう元気になったかのは置いといて……とにかく、ブラックが元気になって良かったよ。風呂に入る頃には俺も足がだいぶ動くようになってきたし、これなら明日は調査に参加できそうだ。ご飯もちゃんと食べたし、ブラックには少しだけだけど仮眠させたし、もうこれで何も心配はいらないな!
あとはクロウに怒られるかどうかだけど……どうなんだろう。
獣人なんだし、俺が何か隠し事をしてもすぐに解っちゃうんじゃないだろうか。
どういう風に判っちゃうのかは俺には解らないけど……たぶんその、嗅覚とかで俺を調べてピンと来たりするのかも知れない。
だったら、帰って来てからすぐにゴメンナサイした方がまだ良いような……。
ブラックは「そんなこと心配する必要なんてないんじゃない」なんて能天気な事を言うが、そういう問題ではない。つーか俺はクロウに「寝てろ」と言われたんだぞ。それを破ってリオルまで召喚してブラックの所に言ったんだから、そんなの怒られるに決まっているじゃないか。
リオルは、クロウを怒らせないように上手いこと弁解しようかと言ってくれたんだけど、言い訳を他人に任せる訳にも行くまい。
つーか俺がリオルを呼び出してる時点で、色々感付かれそうな気がする。
だったらもう、正直に話してお沙汰を待つしかない。
と、言う訳で……俺は呑気に欠伸をしているブラックと茶を飲みつつ、何だかんだ言って帰らないリオルと一緒に三人の帰りを緊張しながら待っていたのだが。
「……ッ!! 貴様……!!」
帰って来て早々、俺達二人の事を見たクロウが、軽く鼻を啜るような音を出した。と、思った瞬間、その顔が一気に怒りに歪んだのだ。
まるで俺達の間に何が起こったのかを把握しているかのように、肩を怒らせながらドカドカと音を立てて部屋に入って来て――そしていきなりブラックの胸ぐらを掴むと、クロウは牙を剥きだしにして怒鳴った。
「ツカサはお前のせいで倒れたんだぞ!! それなのにお前って奴は!!」
「……っ! お前に何が解る!! ツカサ君は僕の恋人だッ、僕とツカサ君のことに出しゃばってくるんじゃねえ駄熊が!!」
急に激しい罵り合いになって驚いてしまい、動けなくなった俺の目の前で――
クロウが、ブラックの顔を殴った。
「……あ……ッ!!」
思わず声が出たが、ブラックは何も言わない。
それどころか殺意でも湧きあがったかのような表情になって、報復するかのようにクロウの顔を思いっきり殴り飛ばした。
だが、クロウは倒れない。ブラックも「効いていない」とでもいうように胸ぐらを掴まれ立たされたままで、クロウの事を睨み付けていた。
「今度と言う今度は……ッ」
「何だよ、堪忍袋の緒が切れたってのか? ハッ……よく言うよ。ツカサ君が倒れた時も大変だったのに、お前は近くにいても何も出来なかったじゃないか。それなのに僕に説教しようってのか? 思い上がりも大概にしろよ!!」
「なんだと……ッ!!」
あ、ああ、売り言葉に買い言葉で、どんどん二人が険悪になって行く。
アドニスかラスターが二人を引き剥がしてくれないかと顔を向けたけど、何故だか動こうとしない。それどころか、白けたような目でブラック達を見ていた。
なんで止めてくれないんだ!? いや、駄目だ、なんで他人任せにしようとしてるんだ、ブラックとクロウは俺のせいで怒ってるんだから俺が止めなきゃ!
ああああもう二人が拳を振り上げてるううう!!
「まっ、待て、待ってったら!! やめろお前ら!」
「テメェ絶対殺す!!」
「返り討ちにしてやるわァッ!!」
いかん、いかんぞこれは。
そう思うと同時に俺は慌てて立ち上がり、二人の間に飛び込んで……――――
――――――数時間後。
「…………で、冷静になった?」
「ごめんなしゃぃ……」
「すまなかった……」
二人の間に入って、結果、一時間ほど気絶していた俺は、左右からの殴打によってパンパンに腫れた両頬を見せつけつつ、正座をして俯く二人に目を細めた。
俺の怪我は治るからまあ良い。てか外傷とかだったら回復薬ですぐ治るし。
それは良いんだけど、とにかく相手をガチで傷付けようとする喧嘩はダメだ。
どんな理由があるにせよ、火事と喧嘩は江戸の華とは言えど、俺にとっては大事な仲間でもある二人が取っ組み合いをして気分が良いはずが無い。
困り果てたような呆れ顔のアドニスとラスターに、水を入れた布袋を左右から押し付けられながら、俺は自分の不恰好さを敢えて無視しながら続けた。
「あのさ、喧嘩するのは良いし、やっても別に問題ないけどさ。俺は二人に怪我して欲しくないって散々言ったよね?」
「…………」
「……ウゥ……」
「俺もエラそうなことは言えないけど、とにかく急所に拳を当てるのは止めろ。なんかこう、どうせ暴れるんだったら毛抜き対決とか、だるまさんが転んだとか、百歩譲ってグローブ付けて健康的にボクシングとか……」
「ツカサ君そういう問題ですか?」
あれ、なんか話逸れてたかな。
いかんいかん、とにかく、俺は二人に怪我をして欲しくないんだよ。
喧嘩がイカンと言っている訳じゃない。つーか、今回の事は俺にも原因が有るワケだし……ああ、その事を考えると……。
「よし解った! 二人とも俺を気のすむまで殴れ!!」
「ぼっ、暴力はだめって言ったのツカサ君でしょ!?」
「お前はどうしてそう短絡的なんだ!」
怒っているはずのオッサン達に怒られてしまった。
いやだって、結局俺が悪いわけだし二人が殴りたいのならじゃあまあ、俺がサンドバッグになるのは仕方がないって言うか、俺を殴って済むならそれでいいような。
でもやっぱ駄目?
昭和的な解決って異世界でもやっぱ何かに触れちゃうのかしら。
「ツカサ君……いくらなんでもその顔でその発言はちょっと……」
「お前わざとやってるな。わざとやってるのだろう?」
アドニスとラスターまでそんな。
いやだってもう、面倒臭いじゃん。俺の事で怒っているのなら、つまり責任は俺にある訳で、だったら俺を怒れば済む話じゃないか。なんで二人が喧嘩するんだよ。
二人のイライラが俺のせいだったら、俺が受け止めるべきだろう。
「俺が悪いんだから、俺が責任取るのは当たり前じゃん」
なあブラック、クロウ、と同意を求めて振り返ると……二人は心底呆れたかのように肩を落とし、片手で顔を覆って深い深い溜息を吐いていた。
おい、なんだコラ。なんでそんな態度なんだよ。
「ああもう、分かった分かった。僕が悪かったよ……」
「…………」
「クロウ……」
押し黙っているクロウを見ると、相手は橙色の瞳でじっと見上げて来る。
だが、やがて再度息を吐くと目を逸らした。
「…………ツカサが無茶をするのは解っていた。もう、いい」
「…………」
やっぱり、怒ってるのは怒ってるんだよな……。
そりゃそうだ、クロウは俺に「ブラックに会いに行くな」と怒ってたんだし……。それを俺って奴は……でも、俺としてはそこはどうしても譲れなかったんだよ。
しかしそんな風に開き直ってたら、クロウは余計に気分が悪くなるんじゃ。ああっ、そうだ、それなのに俺ってば殴れとか調子の良い事言っちゃって!!
あああどうしよう、そんなのクロウが余計にムカつくのも当たり前なのに……。
「はいはい、それより先に調査の結果を話しあいますよ。これではいつまで経っても何も進みませんからね」
ツカサ君はベッドに寝て後の四人は椅子に座りなさい、とテキパキ仕切るアドニスに押されて、俺達は言われるがまま従ってしまう。
ブラックの方が寝不足なんだから、ブラックにベッドを使って欲しかったのだが、そう言う訳にもいかないようだった。まあ、アドニスが助け船を出してくれたんだし、従った方が良いよな。話を蒸し返したらまたこじれちまう。
とにかく、クロウには後で謝ろう……。
そんな事を思いつつ、俺は心配そうなリオルに連れられてベッドに上がった。
「んもう……ツカサちゃんマジやめてよね……。俺もうちょっとであのオッサンども毒で殺そうかなって実行しちゃう所だったんだけど」
「そ、それはごめん……」
やめてやめて、リオルまで怒ったら余計収集つかなくなっちゃうじゃん。
ああもう止めなきゃ止めないで大事になるのに、止めたら止めたで一触即発って何なんだよもう。どうしてこの世界の男ってのは血の気が多いんだ。
「で、調査報告ってなに」
まだちょっと不機嫌なブラックがそう言うと、アドニスは小さく息を吐く。
クロウもラスターも仏頂面で黙っていたので、仕方なくと言わんばかりの様子で話しだした。
「ツカサ君の“イスタ火山はダンジョンではないか”という予想に従って、ファイア・ホーネットが出て来たであろうダンジョンの入口を調査していたのですが、その途中で、件の蜂が狙い澄ましたかのように現れましてね。これはと思い、三人でその周辺を調査したんですが……その結果、ちょっと気になる場所を見つけました」
「気になる場所?」
俺が問うと、ラスターがこっちを向いて続けた。
「この獣人が、周囲を調査して……明らかに人工的に作られた巨岩を発見したというのだ。たった一つだけ、な」
「じゃあ、それがダンジョンへの入口なのか!?」
思わず興奮して返すと、クロウ達三人は思わしげな表情になった。
「それが……目星を付けたは良いのですが……ダンジョンへの入り口らしきものが、全く見つからなかったのですよ」
「どういうことっすか、それ」
イマイチ解らない、と首を傾げるリオルに、アドニスは溜息を吐いた。
「言葉通りですよ。曜術も物理的攻撃も調査も色々とやってみたのですがね、どうも岩の周辺には何らかの強力な術が施してあるらしく、入り口どころかそこから本当に道が続いているのかどうかすらも判らなかったんです」
「でも、そこ以外に気になる場所はないんだよな?」
「ええ……だから、打つ手も無く、我々は帰還せざるを得なかったのです」
そこに何かあるのは解るけど、それ以外は無いも解らないって事か。
アドニス達をもってしても、何が有るのか突き止められないなんてなあ。
……でも、逆に言えばそこに何かあるってのは確かなんだよな。
明らかに人工的に作られた物だと解る岩なのに、正体が見破れない。
そんなの、何かを隠してるぞって言っているのも一緒だろう。
ダンジョンへの入口ではないにしろ、何か関係が有るのは間違いないよ絶対。
「よし、わかった! じゃあそこに行ってみようぜ」
「ツカサ君、キミは駄目ですよ」
「なんで! 人数を変えて行ったら何か変わるかも知れないだろ? アドニス達でも判らなかったんなら、案外力技で何かをするって可能性もあるし、あとほら、もしかしたら年齢制限とかそういうのが有るかも知れないじゃん」
「そんな馬鹿みたいな選別をするダンジョンがあるのか」
「し、知らないけどあるかも知れないだろ!」
だーもーラスターの野郎、言いたい放題言いやがって。
まだ色んな可能性があるんだから、試してみなきゃソンじゃないか。
だいたいそこまで強力な術が掛かってるなら、破る方法も一筋縄じゃいかないはずだろ。だったら、パッとは思いつかない方法が有効だったりするかも知れないだろ。案外俺の言う事も当たってるかもしれないぞ。
そう思ってぶーたれると、アドニスは顎を擦りながらフムと唸った。
「まあ確かに……ツカサ君は黒曜の使者ですから、それが何らかの作用を起こして扉が開くと言う事も有るかも知れませんが……」
「だが、ツカサは本調子ではない。連れて行くのは反対だ」
「……この獣人と同じ意見なのは不本意だが、俺もそう思う。ツカサの気の流れは、まだ通常の状態よりも弱い。動かすのはあまり良いとは思えんぞ」
げっ、そうだった。ラスターは気の流れが見える能力を持ってるんだった。
だがここは納得されるわけにはいかない。
俺は慌てながら心配性の三人に反論した。
「で、でも俺は自動で回復するから大丈夫だって、明日には治ってるよ! それに、その……そ、そうだっ、リオルがいるぞ! リオルが俺を常に守ってくれれば、四人とも俺を気にせず動けるだろう?」
「まあ、それは……そうですが」
「その軽薄そうな妖精に出来るのか……?」
訝しげな眼で見つめるアドニスとラスターに、意外にもクロウが言葉を返した。
「……その家事妖精は、信用できる。そいつがツカサを常時守るのであれば、オレは異論はない」
「クロウ……!」
思わず嬉しくなって声を上げると、不機嫌そうに下向きになっていた熊の耳がぴんと立つ。クロウはほんのり驚いたような顔をしていたが、それでもその表情は先程と違ってもう不機嫌な感じはしなかった。
俺の浮かれた声に、じっと俺を見つめて……それから、少し視線を左右に送って。
何かを考えていたようだったが、最後にはいつものように俺に頷いてくれた。
もう怒ってはいない……とは言わないだろうけど、でも、俺の話をちゃんと聞いてくれるんだな。……やっぱり、クロウは優しいよ。
「ありがとう、クロウ」
そう言うと、相手は何かを噛み締めるようにじわりと瞬きをして、頷いてくれた。
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