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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
19.イスタ火山―火口―
しおりを挟む「まず我々とブラック殿、ラスター様が降りる! 皆は隊列を崩さず三列で進め!」
隊長さんが先頭に立ち、その後にブラックとラスターが続く。
俺はというと、両隣にクロウとアドニスを侍らせて、隊列の中ほどぐらいにいる。なんだか過保護な気もしないでもない隊列だが、これは仕方のない配置だった。
剣士のブラック達は、モンスターと最初にかち合うだろう位置に居た方がいいし、そうなると俺を守る暇はない。しかしかと言って最後尾近くに俺達をやると、二人がいざと言う時に取って返す事も出来ない。
そもそも、俺とアドニスは後衛役だ。不意にバックアタックされたら立て直せるかどうかは解らない。となると、リーチは短いが確実に即撃対応できるクロウが適任になるわけで……つまり、これが適材適所の結果だという事だ。
あと、俺が真ん中に居た方が前衛にも後衛にもアイテムが投げ易いしな。
警備兵も自分で回復薬を常備していたりはするんだけど、市販の物だと回復が追いつかない可能性が有るからな。自慢じゃないが、俺の回復薬は効力200%の凄まじいアイテムだからな。ふふん。
……いや、嘘ついた。多分1.5倍くらいです。たぶん。
「凄い……ここまでしっかりとした道……しかも全く新しい地形を創り出すとは」
「流石、ラスター様の従僕なだけある……」
なんか背後から感心してるのかそうじゃないのかよく分からない声が聞こえる。
「ラスター様の従僕」という言葉を聞くたびに、クロウはピクピクと牙を剥きだしたり引っ込めたりして忙しいが、よっぽど“しもべ”扱いが気に入らないらしい。……まあ、そりゃそうか。クロウは家畜扱いとかが一番嫌いだもんな。
よし、ここは俺が一肌脱ごう。
「あ、あの、クロウは従僕とかじゃなくてですね……」
振り返りながら背後の兵士達に言うと、彼らは兜をガシャガシャさせて何やら盛り上がった声で話しかけて来た。
「おおっ、ツカサさんでしたよね? いやぁ~、さっきは美味しいお茶をありがとうございました! あなたのような人に給仕して貰えるなんて光栄ですなぁ」
「もしや貴方はラスター様が仰っていた、婚約者……」
「ハァ!?」
こっ、婚約者ってなんのこと!?
あのあの俺の知らない話で盛り上がるのやめてくれます!?
いい加減にして下さいと言おうとした所で、クロウが急に俺を抱き寄せて、グルルと唸りながら兵士達を睨み付けた。
「二番目のオスはオレだ……。それに、オレがしもべになりたいのはツカサだけだ。今度世迷言を言ったら噛み殺すぞ……!!」
人間には存在しない牙を剥きだしにして怒るクロウに、警備兵達が一気に怯える。
「おい! そこの駄熊、何勘違いさせるようなこと言ってんだ!! ツカサ君に色目を使ったら殺すぞ!!」
オオ……せ、先頭から聞きたくない怒鳴り声が……。
というか、何故かアドニスまで睨んでて一気に場の空気が冷たくなってるんだが。
やめてください警備兵の人達が怯えてます。お前らの威嚇怖いんだってば。
「え、えっと……火口付近で何か気を付ける事はありませんか、隊長さん」
場の雰囲気を変える為に問いかけてみると、隊長さんが慌てて答えてくれた。
「あ、ああ……炎の曜気に当てられないように注意して、体が茹だったような気になったら、すぐに言って下さい。火口の内部は炎の曜気の渦のようなものですから、別属性の方が長時間滞在すると危険です。すぐに避難するように。お前達もだぞ!」
隊長さんが声を張ると、先程まで怯えていた警備兵達も口々に了解と返す。
一発で兵士達を宥めるなんて、さすがは隊長さんだ。
思わず感心していたら、アドニスが俺の服をくいっと引っ張り耳打ちをして来た。
「ツカサ君、あの【斥炎水】は、緊急事態になるまで他の者に使わないように」
「えっ、なんで!?」
アレは「曜気欠乏」っていう症状になる前に使うために作ったんだろ。
なのに、なんで使っちゃいけないんだよ。
訳が解らなくてアドニスを見返すと、相手は目を細めて続けた。
「このような事態になるとは思わなかったので言ってませんでしたが、【斥炎水】は古代の薬品であって、今の時代には全く類似品が無いものなんです」
「それは前に聞いたよ」
「つまり、現在は『まったく新しい薬』なんですよ。……そんな物を他人に使えば、何が起こると思います?」
「…………」
そりゃ……まあ……面倒な事にならないとは言わないが……。
でも、それで良いのかな。手遅れとかになったりしない?
心配になってアドニスを見ると、相手は片眉を上げた。
「絶対に使うな、とは言いませんよ。本当に危険な時以外は使わないで下さいと言うだけです。でも、君は症状が出たらすぐに飲む事。いいですね?」
「う、うん……」
俺だけ特別扱いは何か納得がいかなかったけど、アドニスからしてみればそう言うだけの理由はちゃんとあるんだろうから、無闇に嫌だって言うわけにもいかない。
まあ緊急事態なら他の人にも使っていいって言ってるんだし、そこまで深刻に考えなくたって大丈夫だよな。よし、いつでも出せるようにはしておこう。
ちょっと和が乱れてしまったが、そこは大人の集団だ。すぐに立て直して、俺達はしばらく無言で緩いスロープとなっている道を下って行った。
「…………段々熱くなってきたな……」
火口に降りる、なんて俺の世界では絶対にやっちゃいけない事だけど、この異世界ではそれすら可能になる。
熱さがじわじわと染みて来るけど、今の所は耐えられない程の温度では無かった。みんな曜気欠乏にはまだ陥っていないようだけど、それでも体感は俺と同じなのか、口には出さないものの暑そうにしている。
スロープが半分を越え、地面が近付いて来ると、呻く者も出て来た。
ここで、一人二人「耐えられない」と手が上がる。
隊長さんはその人たちに上で警戒するように指示して、行進を続けた。
うーん……見た目には解らないけど、やっぱ自覚症状はあるんだろうか。
俺も炎の曜気に体を乗っ取られると、「あっヤバい」と感じるのかな。
今は熱いだけだけど、そういう所は敏感に感じ取りたい。
……にしても、前列の三人は全然熱そうじゃないのが凄いな。アドニスも裾の長い服なのにケロッとしているが、これは体に溜めた曜気の量がものを言うんだろうか。もしそうだとしたら……クロウはどうなんだろう。
さっき結構放出しちゃったけど、大丈夫かな。
そう思って横を見ると、案の定クロウは汗を垂らして暑そうにしていた。
「クロウ……大丈夫か?」
もうそろそろ【斥炎水】を飲ませた方が良いだろうか。
そう思ってバッグを探ろうとすると、クロウは俺の手を握って首を振った。
「ツカサ、手を握ってくれ。……もう少し曜気を貰っても良いか」
「うん。大丈夫」
そうだな、あの薬を飲ませるにしても、体内に曜気が無けりゃどうしようもない。
差し出された手を握ると、クロウは無表情だった顔を嬉しそうに緩めた。
「クロウ、汗ふいて。ほら」
歩きながら手を握って、ハンカチ代わりの布を差し出す。
背後で兵士達がざわついたが、まあ、仕方ない。曜気を受け渡すには相手に触らなきゃ行けないんだから……ブラックも許してくれるはず。
自分の手からゆっくりとクロウに橙色の光が流れて行くのを見つつ、俺は道の先を見やる。ブラックとラスターの背中の向こう側には、壁に沿って曲がった道の終わりが現れていた。体感二十分あるかないかって感じだな。
火口の壁に沿ってのスロープだったから、結構時間が掛かるんじゃないかと思ってたんだが……思ったよりも楽な道だったらしい。
だけど、下りるにつれて兵士達の数は減って行き、火口に辿り着く頃にはもう十人程度になってしまった。俺達を入れずに数えると、ずいぶん少なくなってしまった。
だけど、隊長さんは起こらない。寧ろ、彼らを褒めた。
自覚して退いた人たちは、自分の限界が解っている賢い人だと。
隊長さん曰く、調査で無茶をして死んでしまう奴は、兵士失格なのだそうだ。
まあ確かに……調査して帰って来れないなんて、一番アウトだもんな。敵地でそうなったら逆に情報を奪われる可能性もあるんだし。
遠足じゃないけど、生きて帰るまでが調査ですって事なんだろう。
でも、そう言いきってくれる上司がいるっていいよなあ。俺もバイトしたこと有るけど、その時に先輩が前のバイト先がどうのって愚痴ってた事有るもんな。
体調を心配してくれる目上の人ってのは、どこの世界でもありがたいもんだ。
「よし……今残っている物は抜刀し、中央列中衛はは上空からの攻撃を監視、その他の者は周囲を警戒せよ! 火口中心部に向かうまで気を抜くな!」
すすめ、と強い声に導かれて、俺達はスロープから火口へと降りたつ。
と、いきなり靴の裏をジュウと焼いたような音が聞こえた。
「わっ……」
「大丈夫、地面がマグマでもない限りは靴の裏は焼けませんよ」
「裸足で歩けば流石に火傷くらいはするだろうがな」
知識と本能のアドバイスが左右から入ってくる。
ありがたいけど、何かだんだんガイド機能みたく思えて来て、ちょっと妙な気分になってしまった。なんちゅうか、解説して貰えるのは凄く安心感が有るんだが、ふと思った疑問にすら答えてくれるから、なんかナビが付いてるみたいで……。
いや、この場合大賢者スキルみたいな……まあいいか。
余計な事を考えていないで進もうと、俺は上空を警戒しながら警備兵達と一緒にじゅうじゅうと鳴る地面を進んだ。
「……それにしても……ここはここですごいな……」
黒ずんで焼け切った地面に、底だけが焼けてしまったのかまるで三角形のチョコのように地面に接する所だけが黒くなった岩の群れ。
上からはあまり解らなかったけど……凄い光景だ。
しかも、この熱気は凄い。
まるで灼熱の砂漠のような暑さで、乾燥しているせいか喉が渇くようだった。
これが、異世界の火口……真夏のような酷い熱さだぞ。
「ツカサ、大丈夫か」
「う、うん。まだ心配いらないぞ。しかし……こんな場所に“アレ”を作るかな」
アレ、と聞いて、クロウとアドニスはそれぞれ違った様子で悩む。
「……ムゥ……確かに、聞いた話からすると、ここに在るのは妙だな」
「そうですねえ。熱いとか危険とかって言葉は一言も言ってなかったようですし。……もし、例の場所がこの場所であれば、それくらいの情報は織り込まれているはずなんですけど……それも無かったですからねえ」
だよなあ。
よくよく考えたら、国境の山からイスタ火山に出るまでの詳細な情報は伝わってるのに、イスタ火山に出た時の事が忘れられるなんて変だ。
もし火口付近が道の出口だったのなら、危険だったとか何とか、とにかくそういう事くらいは話しててもおかしくないよな。なのに、それが無いって事はやっぱり火口に道が有る訳じゃなさそうだ。
とは言え、調査はしっかりしないとだけどな。
ブラック達もそう言う事には薄々感付いたのか、今は“例の場所”を探すと言うよりも周囲の敵に気を配っているようだった。
「ふむ……地表や環境に変化はないようだな……よし、次はファイア・ホーネットの巣を見に行くぞ。他の者は道の上に戻って待機しろ!」
隊長がそう言うと、少なくなった兵士達の更に半数がさっと戻って行った。
後に残るのは、五人の兵士と隊長、そして俺達だけだ。
「ファイア・ホーネットに襲われて混乱したら、大人数ではまともに動けませんからね。遠距離から迎撃できるように兵士を減らしておくのも必要なのです」
「へぇ~……」
なるほど、そうだよな。相手はすばしっこいんだから、大勢で挑んで翻弄されたらそれこそ相手の思うつぼだ。なにせここは相手のホームグラウンドなんだし、俺達は地面に突っ伏したら火傷してしまう可能性もあるんだからな。
混乱を避けるためにも、一部を切り離して遠距離から警戒した方が良いだろう。
ううむ、やっぱり現役の警備兵は違うなぁ……。
というか大人数だからこその戦い方を知ってる感じがして、尊敬してしまう。
俺達は基本的に少人数パーティーだから、そういうのは分かんないんだよな。
でもそれも、自分の能力を確信してるから出来る判断なんだろう。
俺も早くそういう風になりたい。やっぱり指揮官って格好いいもんな……。
そんな事を思いながら、火山の中心部から少し先――
なにやら赤く光る大地が見えて来た所で、隊長がくいくいと無言で左を指さした。
そこには岩で囲まれた一角が有り、そっと覗いてみると――
「……!?」
不可解極まる巨大な建造物が、聳え立っていた。
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