異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編

18.イスタ火山―進軍―

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 何だか妙な事になってしまったが、やっぱり診察は診察だ。

 終わってみると妙に恥ずかしくて、俺もアドニスも妙にぎこちなくなってしまったが、そりゃまあ仕方のない事だろう。というか……アドニスがちょっとぎこちないのって、初めて見たかもしれない。

 いつもはニコニコして嫌味な事ばっかり言う奴だから、どんな事になろうとも冷静にしてるとばかり思ってたんだが……可愛い所もあるんだな。
 と言うか、まあ……こんな事してはしゃぐのはブラックだけか……。
 い、イカンイカン、俺までアイツに染められ始めているぞ。

 普通は、アドニスみたいに気まずくなるんだ。それが普通なんだ。
 だからこれはおかしい事じゃないんだな、うん。そう言う事にしておこう。

 ……とにかく、そんなこんなで俺は解放されて部屋に戻った。
 後片付けをしようと思ったのだが、さすが育ちが良い四人はカップを残すことなくどこかへ下げてくれたようだった。貴族って、普通はメイドさんとかに片づけて貰うから、食器は置いておくのが普通なんだけど……気を使ってくれたんだろうな。
 こう言う所が大人と言う所以ゆえんなのだろうか。そこは俺も見習いたいな。

「うーん……それにしても……俺の体調って今どうなってんだろう……」

 アドニスは「ごちそうさまでした」と言っていたので、俺から曜気を奪ったのは確実なんだが、それにしては実感が無い。
 昨日の今日で一発出したんだから、そりゃ疲れても仕方ないんだが……この疲れは本当に二日続けての物だからなんだろうか。
 それとも、ブラックじゃなくアドニスに色々されて疲れたって事なのかな。

 自分の体は自分が一番よく知ってるって言うけど、それなら不意の風邪なんて引く訳が無いんだし、正直な話意地張ってると解らないからどうとも言えないよなあ。
 うーん……ぶっちゃけ、こう言う時にもステータス表示が欲しくなる……。

 アレって、良く考えたら自分の明確に把握はあくできない体調だって分かる訳じゃん?
 デバフに風邪とか胃潰瘍とか出るのはちと格好悪いけど、でもどこのお医者さんに行けばいいか分かるワケだし、すげー便利だと思うんだけどなあ。
 異世界だからステータス表示があってもいいのに、現実は思うようにいかないよ。

「まあ……アドニスが以前の記録と照らし合わせて、色々考えてくれるくれるらしいけど……でも、あれっぽっちで分かるモンなのかなあ」

 計測と採取と照らし合わせって、何がどうなって結論が導きだせるのか解らない。なんか計算式とか使うんだろうか。
 あとは……サンプルの研究とか?
 スライムオナホの中にぶちまけたモノは、アドニスが研究すると言って採取されてしまったが、何に使われるのかちょっと気になってしまう。

「……考えても無駄か。夕食たべたら素直に寝よう」

 まあ、アドニスならきっと良い感じに使ってくれるよな。
 気を取り直して、俺は明日に備え予備の【斥炎水せきえんすい】や回復薬などを用意し、夕食の後に四人に改めてヒルダさんから頼まれた事を話した。
 あ、もちろん誰にも聞かれないように部屋に戻ってな!

 源泉についてはブラック達も「そういえば」と言った様子で、思いもよらぬ情報になんだか驚いているようだった。まあ、そうだよな。普通は源泉なんて気にならない訳だし。でも、そのお蔭で俺達は改めて今後の方針を離しあう事が出来、その結果――「もしかしたら“例の場所”は源泉に何か関係しているかもしれない」という方向に話が固まり、まずはそちらを探してみようと言う結論になった。

 あても無く探すよりも、ある程度目星が付いてる場所を先に探した方が効率が良いもんな。それに、もしあのイスタ火山に源泉を隠せるような場所が有るのなら、その周辺だけは洞窟が有るのかも知れないし……。

 ……イスタ火山は、異様なほどに地面が固く洞窟のような物は見当たらない。
 岩壁のくぼみなどは有っても、それ以外に穿うがたれた場所が無いのだ。なのに、源泉の場所は歩いても見つけられない。……ということは、源泉は何らかの方法で隠されている可能性がある。どうやって隠されているのかが解れば、黒籠石が在る例の場所も探す事が出来るかもしれない。

 イスタ火山は、どうやら普通の火山とは違う。なんだか奇妙だ。
 いや、そもそもが異世界の火山なんだから当然だろうと言う気もするけど、でもそれ以上に変な事が起きているみたいだし……なんにせよ、どんな事が起きているのかすら解らない場所なら、小さな情報も捨ててはおけない。

 はからずとも、ヒルダさんの頼み事が俺達にとってのヒントになってしまったが……なんというか、上手く行き過ぎな気がしないでもないなあ。
 これまでもそういう事は有ったけど、こんな風にトントン拍子に行くだろうか。
 納得のいかない部分もあったが、結局俺達は火口付近の調査の後で、ヒルダさんに教えられた場所に行くことに決めてしまった。

 まあ、薬の準備だけはちゃんとしてるし、ブラック達は凄い強さなんだから危険な事になる訳じゃないだろうけど……念には念を入れて、いつでも術式機械弓アルカゲティスや曜術を発動出来るようにしてしておこう。

 ――――そんなこんなで、就寝時ブラックに強引に部屋に連行されて寝苦しい夜を過ごした俺は、警備兵達と軍隊を組んで火口へと向かった。
 パーティーとしては二十人程度の中規模な物だが、彼らもまたラスターのように日々人々を守るために鍛えている。冒険者で言うなら中級クラスの腕前だ。
 つまり、俺より強いので俺が心配する要素など一つも無いのである。

 しかし不測の事態と言う物が有るから、俺もいつでも援護できるように回復薬などをふところに忍ばせとかないとな……いざとなったら俺の道具が火を噴くぜ。

 いや、まあ、術式機械弓アルカゲティスは「水の曜術を装填して火口付近で使ったら、温度の差で爆発するかもしれないから使っちゃ駄目」と言われたので、今回も使えないんだが。あの、いつになったら俺も魔法ボウガンで活躍できるんですかね。
 いやまあ仕方ないけどさ……。とりあえず危険な事はしないでおこう。

 そんなこんなで、火口付近にやって来たのだが……。

「そもそも、何故毎年調査しているのに道を修復しなかったんですか?」

 クロウがどう言う風に道を渡すのかを他の兵士に説明して貰っている間に、俺達は周囲を警戒しながら小休止を取る。
 用意していた麦茶を警備兵のお兄さん方に渡して帰って来ると、アドニスが警備隊の隊長にそんな事を問いかけていた。

 隊長さんは兜を被っていて表情が解らないが、俺が詰め所で見た時は中年の綺麗な女性だった。いわゆる美熟女だ。今まで男の警備兵ばかりだったから、女性でしかも熟女ってのはちょっと驚いたけど、ラスターが言うには「大剣の名手」とのことで、彼女の背中には物凄く重そうな剣が装備されている。
 熟女が戦うってあんまり見た事が無いから、ちょっと驚いてしまったよ。

 年齢的には俺の母さんより年上だから、なんだか心配でもある……。
 いや、隊長さんなんだから俺より強い事は間違いないんだけどさ。

 そんな事を考える俺を余所よそに、隊長さんは兜を被ったままで答えた。

「薬師様のおっしゃる通りでございます。しかし、このイスタ火山は特殊な土地でして、道を新しく作ってもその道は一年ですぐに埋没してしまい、山は元に戻ってしまうのです。そうならないのは、元々あった登山道と術で守られたゴシキ温泉郷の周辺のみで、他は全て一年ほどで元の状態に戻ってしまいまして……」
「……何かの術が掛かっているということは?」

 イスタ火山の異常な性質に「そんなバカな」と返す事も無く、アドニスは問う。
 俺は思わずそんな事を思ってしまったが、良く考えて見たらこの世界ではおかしな地形や現象が沢山起こってるんだ。俺にとっては信じられない事でも、この世界の人には何らかの理由がある現象だとすんなり納得できるんだろう。

 ……確かに、術か何かの仕業だとしたら、納得できる事も有るよな。
 魔法の機械が有る世界なんだし、そもそもこの火山には【空白の国】らしき場所に繋がる道が隠されているのだ。なら、古代技術とかが関わっていてもおかしくない。
 この世界の古代遺跡って、曜術以上になんでもアリだからなあ……。

 キュウマだって、どこ○もドアみたいな危ない物を作っちゃってたし……うーん、だとしても火山を元通りに修復するって、何の目的が有ってやっているんだか。
 思わず考えてしまう俺だったが、隊長さんは気付かず続けた。

「術は考えられません。この山に術を掛ける時、何らかの干渉によって術式が壊れる可能性が無いか何度も試したうえで、モンスター避けなどの術を掛けていますから。もし何かの術が先に掛けられているとしたら、新たな術を掛けようとした時点で反応が起こります。配置型の術式は、事前に術が施されていると干渉を防ぐために【プロテクト】が働きますから」
「そうでしたね……。ならば、山全体を修復する現象は、別の理由があるのか……。けれど、それで道を作り直さない理由にはならないでしょう?」
「ごもっともです。しかし、そもそも火口付近は道が無い方が良いのですよ。火口には、ファイア・ホーネット以外にも、ランクの高いモンスターが生息しています。ですので、容易に上がって来れないようにする方が安全なのです」

 そうだよな。道が有ればモンスターも楽々火口から上がって来れるんだし、余程の用がなくて、誰も近付く事が無いのならそのまま消してしまった方が良い。
 でも、修繕するかどうか決めあぐねてたって言ってなかったっけ?

 俺のその疑問を読み取ったかのように、隊長さんは言葉を続けた。

「ここ数年はそうやってモンスターの動きを抑制していたのですが……しかし、この前【スポーン・サイト】という新たな脅威が見つかった事で、火口を目視だけでなく詳しく調べる必要があるのではと、最近はずっと協議していたのです」
「なるほど、それで決めあぐねていたと」
「お恥ずかしい話ですが……ボスモンスターという輩の資料が送られて来た時、我々では敵わないという結論になりまして……。そのような事もあり、我々だけで降りる事は危険なのではないかと……しかし今回、ラスター様や薬師様、それに王国のためにご助力下さった方々と共に調査をという事でしたので、許可を出したのです」

 …………警備兵と呼ばれる人達でも、やっぱりボスモンスターは怖いのか。
 でもそうだよな、誰だって恐ろしいモンスターとかち合いたくはないもんな。
 危険な事に自ら飛び込むなんて、誰だって怖くて当然だ。

 そっか……【スポーン・サイト】の事も、結構な波紋を広げてたのか。
 俺達はただ新しい発見を報告したってだけで、そのあと何が起こるかなんて特には考えてなかったけど……そりゃ、国を挙げて調査くらいはするよな……。

「うーん……発見しない方が良かったなんて事は無いだろうけど……でも、なんだか悪いっていか……責任感じるなぁ……」

 よくよく考えると内乱も治まったばっかりだってのに、また問題を持ち込んで本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
 せめて今日はたくさん調査頑張ります。

「ツカサ君、熊公が説明終わったってよ」
「え? あ、ああ、解った。今行く」

 間違えが無いようにとクロウの近くで話を聞いていたブラックが俺を呼ぶ。
 慌てて近寄ると、クロウが俺に近付いてきた。

「ツカサ、力を」
「う、うん」

 手を差し出されて、握る。
 浅黒い色をした大きな手がぎゅっと握り返してきて、指の間に指を絡める。
 太い指に指の股を開かれるのはちょっと辛かったけど、深く繋がっていれば、それだけ力を受け取る事が出来る。だから、仕方がない。

 ブラックは、俺とクロウが深く手を繋げたのを見て「ケッ」とか言っていたけど、クロウは構わず俺の手を包んだ。

「貰うぞ、ツカサ」
「いいよ。必要なだけ、持ってって」

 クロウの要求を、許容する。
 と――……俺の意思を介すること無く、繋いだ手から橙色の光が溢れ出し、俺の肩まで一気に何本もの橙色だいだいいろの光のつたが絡んできた。
 そしてその蔦は一層強く光り、クロウの方へと淡い光を送り込んでいく。

 背後で「おお」と数人の声が上がったが……もしかして、土の曜術師が何人かいるのだろうか。彼らには特に説明はしていないが……まあ、大丈夫だろう。
 パッと見なにやってんのか判んないからな、これ。

「っ、はは……。さすが、ツカサの力だ…………これなら、苦も無く作れるぞ……」

 ありがとう、と言われて、優しく手を解かれる。
 クロウはゆっくりと火口の際まで歩くと、片膝をついた。

「あ……」

 クロウの周囲に、炎のように橙色の光が巻き上がっているのが解る。
 その光が火口を包み、クロウは地面に手を当てた。

「赤き大地のしもべよ、その身を以って願う形に姿を変え、我が血に応えろ――――【エデュケイト】!!」

 ――一瞬、橙色の光が周囲を包み込んだ、と、思った刹那。

「うわ……!!」
「な、なんだ、この轟音は……!」

 兵士達が騒ぎ始める。その声よりも強い地響きのような音が聞こえ、俺達は火口を覗きこんだ。と、そこには……まるで地面が引き出されるかのように動き、次々に螺旋らせん状の道を作るように繋がっていく光景が……。

「こ……これは……凄い……」

 緩やかなスロープのような道が、ゆっくりと広がっていく。
 地響きが収まると、そこにはもう立派な広い道が出来上がっていた。

「クロウ、こ、これ、凄いな……!」

 思わず興奮して振り返ると、クロウは汗を拭きながらコクリと頷く。

「ツカサのおかげだ。こんな大規模な術は、初めて使ったぞ」

 えっ、は、初めて!?
 ということは、初めてでこんなにしっかりしたイメージを作って、その通りに術を発動したって事だよな。初めてでこんなにしっかりとした道を作っちゃうなんて、そっちのが凄いんじゃ……。

「とにかくこれで進めるようになったな。……ここからは、気を引き締めて行こう」

 驚く俺の横で、ブラックがいやに真剣な声を出す。
 ……確かに、ここからは危険な道のりだ。
 何が出たっておかしくない、イスタ火山の火口。どうにか異変の答えも見つけられたらいいんだけどな……。










 
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