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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
16.人の幸せを見て幸せと思える人に
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早めに報告して準備を整えたほうが良いという事で、俺達は【ラピッド】を惜しげもなく使って下山し、その足ですぐに警備隊の詰め所にむかった。
もちろん、ファイア・ホーネットの事や、火口へと降りる道が崩れているのを報告するためだ。あと、周辺にはモンスターがまったく居なかったって事もな。
道の事については警備兵たちも把握していて、修復するかどうか決めかねていたと言っていたが、ファイア・ホーネットの異変については寝耳に水の事態だったらしく、ラスターの報告を聞くと慌てて会議を開き始めた。
どうも、警備兵達にとっては想定外の話だったらしい。訊く所によると、春先には調査を行っており、その後セレーネ大森林で俺達が見つけた【スポーン・サイト】――ボスクラスのモンスターが出現する場所――の話が通達された事により、国中で再調査などがされる事になったのだが、その時は火口内部にファイア・ホーネットが例年通りに増えていたぐらいで、異変など無かったらしい。
ファイア・ホーネットは、百科事典にもあったように上位モンスター達にとっては餌とされる事も有るので、増えたとしても毎年ちゃんと想定範囲内の数に収まり火口から出て来る事はないのだそうだが……にしたって、それなら変だよな。
ボスが出る場所の情報が流れてからそう時間は経ってないのに、どうしてこんな事が起こちゃったんだろう。
ブラックの【索敵】は確かな物だったんだし、そもそもあの蜂達が滅多に火口から逃げない性質なのであれば、彼らが外に出ていたらやっぱ変だよな。
……いやまあ、だからこそ緊急の会議が開かれたんだろうが……なんにせよ、どういう結論が出るのかは俺達にはまだ判らない事だった。
ラスターが言うには「俺達の望み通りになるだろう」とのことだったので、そこは心配してないんだが、何か不穏な感じだなあ。
「火口の中に変な罠とかあったりしないかなぁ」
モンスターが原因でも無い、道は崩れてて内部から人やモンスターが移動するのは難しい、モンスターの数自体は調査によれば減少傾向なのに、それでも餌場から追い出されてしまっているモンスターがいる……。
答えが出そうなのに出ない感じでモヤモヤしっぱなしだ。
しかしそれはブラック達も同じだったのか、それぞれ浮かない顔をしていた。
【索敵】してくれたブラックも、自信が有るはずなのに俺の言葉に難しい表情だ。
【紫狼の宿】に到着し、一旦部屋に帰る道すがら呟いた俺に、ブラックは怒る事もなく無精ひげだらけの顎を指でさすった。
「罠、ねえ。うーん……僕は自分の術が失敗したとは思わないし、脅威になるようなモンスターはいないと確信してるけど……索敵のような術はあくまでもただの遠見に過ぎないからね。何もかもが解るって訳じゃない」
「じゃあ……やっぱりあるかも知れない?」
「ただ、火山に生息するモンスターで罠を張る事が出来るくらいに知能が高い奴って言うと……少なくとも、この辺りにはいないはずなんだけどな……」
ブラックのその言葉に、ラスターが付け加えた。
「知能が高いモンスターは、基本的に人族があまり訪れない場所に住んでいる。奴らにも面倒事を避ける程度の脳みそはあるらしいからな。それに、ライクネスでは通常高いランクのモンスターは現れない。神の加護が有るからな。そのようなことは考えられんだろう」
「うーん……罠でも無いし強いモンスターでもないしモンスター大増殖でも無い……じゃあ、自然現象とかは?」
それにはクロウとアドニスが首を振った。
「危険な臭いはなかったぞ。地震や大地が動く時は大抵兆候があるが……イスタ火山はそのような感じはしなかったな」
「仮に火山が噴火したり、危険な現象が起こっていたのだとすれば、警備隊も流石に気付きます。それに、ファイア・ホーネットも尋常じゃない数が移動していたでしょう。最近の調査で異常が無く、またあの蜂達もまだ火山の周辺をうろついていたのですから、自然現象に怯えての事ではないと思いますよ」
野生の経験と植物学者に言われちゃどうしようもない。
となると、四人とも目立った危険性は無い可能性が高いと考えてるんだな。
この世界じゃ火山ガスが存在しないんだから、有毒ガスが発生とかって事でもないだろうし……うーん、そうか。色々考えても明確な事象が見つからないからこそ、四人ともこんなに難しい顔をしているのか。
でも、考えても解決しない事を考えるのって凄いキツいからなぁ……。
俺はまあ、全然知識とかないから「へえーそうなんだあ」で納得する程度の事しか出来ないんだけど、頭がいいと色々考えすぎて疲れちゃうって言うしなあ。
明日も探索に出るってのに、これは流石にダメかもしれない。
よし、こういう時こそ俺の出番だ。まだ夕食までだいぶ時間が有るし、四人が疲れを溜めこまないようなおやつを作ろう。
おっ、そうだ。三時のおやつを一緒に食べたら、自然と仲良くなるんじゃないか?
同じ釜の飯を食った仲という言葉もあるし、最初は険悪なままかも知れないけど、おやつなどを挟んで一緒に食卓を囲めば雰囲気も次第に和やかになるに違いない。
古今東西、美味しい物の前では人の頬は緩むもんだ。
そんな物を俺が作ってやれると言う保証はないけど……ここは、恥ずかしながらも四人が俺に対して甘いという事を大いに利用させて貰おう。
こういう時に利用しないでいつ利用する。
と言う訳で、俺達は一度部屋に帰る事にして別れると、俺はすぐさまドアを開けて他の四人の部屋のドアが締まったのをしっかり見届けて、必要な物を持ってフロントへと向かった。何故フロントかと言うと、俺達の事を知っている宿のおじさんを呼んで貰うためだ。さすがに部屋で調理する訳にもいかないからな……。
それに、こっそりおやつを作るなら、部屋に居てはバレてしまう。
と言うワケで、フロントで俺達とお知り合いの宿のおじさんを呼んで貰い、厨房か何かを借りられないかと問うと、従業員用の厨房を使わせて貰える事になった。
夕食の仕込みがあるから食堂は貸せないが、出来た物を分けてくれるなら使っても良いと言ってくれたのである。
しかも、必要な物を提供してくれると言うのだからこもうやるっきゃないよな。
と言う訳でバックヤードにお邪魔し、俺は早速お目当ての物を作る事にした。
従業員用の厨房は簡易な物だけあって設備は最低限のシンプルな造りだが、俺が今から作るおやつも簡単な物だから特に不便は感じない。
とりあえず食べる人数分の小鉢のようなカップを用意して、材料を広げた。
「えーと、リモナの実に蜂蜜に砂糖……そんでもってクラゲ粉だな」
あとは、香り付けに何か良い物が無いですかと聞いたら、たまたま休んでいた庭師のお姉さんに薄紫色の綺麗な花びらを幾つか貰った。
名前はよく分からないが、五月の蔦の香りのような甘く透き通る花独特の爽やかな香りがする。どうもこの花は花弁に僅かな蜜が含まれているらしくて、それが香りを強めているらしい。生食できると言うのでひとつ食べてみると、ほのかな甘みと良い匂いが口の中に広がった。うーん、なんだかファンシーだ。
ありがたくこれも使わせて貰うことにして、俺は調理を始めた。
が、実際の事を言うとそれほど難しいおやつではない。気付けの薬として使われるリモナの実……レモンのような果物を絞って汁を取り出し、それを用意していた蜂蜜と砂糖に合わせてかき混ぜる。
混ざったら、先にお湯で溶かしておいたクラゲ粉と一緒に混ぜてカップに移し、最後に残ったリモナの実を輪切りにしてそれぞれに乗せたら冷やすだけだ。
甘い花弁は砂糖と水を混ぜて作ったシロップに入れる事にした。
そう。これはゼリー。蜂蜜レモンゼリーなのである。
今までは蜂蜜が無かったり、そもそも冷やす設備が無かったりして作れなかったが、現在の俺には可愛いザクロがくれた蜂蜜があるし、妖精王のジェドマロズから貰ったリオート・リングもある。なにより、俺は【リオート】っていう特別な曜術が使えちゃうんだもんね! へっへっへ、これだけありゃあ冷たいお菓子作り放題よ!
ってなワケで、他の人に見つからないようにカップを並べたお盆を丸ごとリングの中に収納し、冷やして固めている間にブラック達を部屋に呼ぶ事にした。
お菓子って聞けばきっと誘われてくれるよな!
そんな俺の思惑通りに、四人とも「一緒にお菓子食べようぜ」と言うと異様に素直について来てくれたが、しかし何故か部屋に他の奴が居るのを見つけると不機嫌になってしまった。何故だ。やっぱまだお互いの好感度が低いのか……?
でもここで引き下がる訳にはいかない。
俺は四人を強引に広いテーブルに着かせると、気分を変えるようにパンパンと手を叩いた。
「ほらほら、おやつの時間なんだから、みんなそんな顔しないで!」
そう言いながら俺は四人の前にスプーンを置くが、四人はお互いを睨み付けながら一向に視線を外そうとしない。それどころか、険悪ムードでブツブツ言い出した。
「おやつ……ヒノワにおけるお茶の時間の事ですね。しかしそのような時間にこんなむさ苦しい人達と一緒に座るなんて、休憩できる気がしないのですがね」
「優雅な時間など微塵も合わない不潔な中年どもが目の前にいると言うのに、これで一息入れられる訳が無いだろう。おいツカサ、俺がサロンに連れて行ってやるから、もうこの中年どもと茶会の真似事をするのはやめたほうがいいぞ」
「はぁ~~~~~……ツカサ君こいつら殺していい?」
「ツカサをどこかに連れて行くなど許さんぞ」
……ここで「あーもー!」と怒ってはいけない。怒ればたぶんヒートアップする。
そうではなく、俺は四人を仲良くさせたいのだ。
ならば、まずはこちらが冷静になって四人を宥めなければいけない。
俺はもう一度ゴホンとわざとらしく咳をすると、リオート・リングからお盆を取り出してその上に載っている物を四人の前に差し出した。
すると四人は思わず差し出された物を見て、キョトンとした顔をする。
「ツカサ君、これ……なに? これがおやつのお菓子?」
「透明な水……のようだが……そうではないな。固まっている……?」
「フム、甘い匂いがするぞ」
クロウがカップに鼻を近付けて匂いをフムフムと嗅ぐ。
しかし、大きな手に掴まれた小さなカップの中の液体は揺らぎはすれども零れず、それを見てブラック達は水ではない事を確かに確認したようだった。
この感じだと……みんな普通のゼリーとか食べた事が無いのかな?
不思議に思っていると、アドニスが目を瞬かせながらリモナの輪切りが乗った蜂蜜レモンゼリーを見つめた。
「なるほど……これが噂に聞いた“クラゲ菓子”ですか!」
「く、くらげがし?」
「おや、作ったのに知らなかったんですか? いえまあ、私も実物を見るのは初めてなのですが、東方の島国などではクラゲに似た冷たい菓子を食す文化が有り、それが“クラゲ菓子”と呼ばれると聞いた事がありましてね……なるほど、アレはこういう物でしたか……」
しげしげと見つめるアドニスに、ちょっと不思議に思って俺は問いかける。
「でも、クラゲ粉って普通に店で売ってあるじゃん。こっちじゃ作らないの?」
「この大陸では、常温の場所と温度が低い場所が隣接する地域が少ないのですよ。オーデルは通常の気温が低すぎるので、お湯を沸かしてクラゲ粉を溶かしても、室内と外の温度の差が激し過ぎて柔く固まらないのです」
「常温で溶かしてから冷やさないとダメなのか」
「ええ。大気の温度が重要みたいですね。それに、流水で冷やそうと思っても、そこまで冷たい水と言うのも中々みつかりません。氷の曜術が使える人族もいませんからね。だから、特別な曜具も持っていたり、方法を知っている者でないと、この菓子は作れないんです」
アドニスも実験でクラゲ粉を時々使うらしいんだけど、その時も寒天ゼリーみたいに硬い感じに固まっちゃったり、反対にゆるいゲル状の何かになってしまうらしい。
とにかくゼリーのように綺麗に固めるのは難しいのだそうな。
そっか、固めるためには結構クリアしなきゃ行けない事が有るから、今までクラゲ粉で作ったお菓子ってのは無かったのか……。
いや、存在はしているけど、ごく一部の人間にしか作れないんだっけ。
俺は普通にゼラチンと同じようなものだと思ってたけど、やっぱ別物なんだな。
……つーか、ゼリーじゃなくて“クラゲ菓子”だしな……。
「ま、まあとにかく食べてみてよ! 蜂蜜って疲労回復に良いらしいからさ、今日の労をねぎらうのと、あと明日はクロウに頑張って貰うから景気づけに作ったんだ。味はきっと美味いと思うからさ! 甘すぎたらゴメンだけど」
さあさあと両手を広げて勧めると、四人は顔を見合わせたが……同時にスプーンを持って、柔らかいゼリーを掬って口に含んだ。……と。
「ん……! うまっ、な、なんだこれ冷たくてつるんとして甘くて美味しいぞ!?」
「冷たい水のような菓子……ふむ、なかなか良いですね」
「初めての味だが……控えめな甘さで悪くないな」
素直に褒めてくれた三人に、クロウもコクコクと同意してくれる。
ホッ……よかった、味見はしたけど口に合わなかったらどうしようかと思ったよ。
胸をなでおろす俺の前で、いつの間にか四人は会話を始めていた。
「リモナの実が爽やかな後味で良いですね」
「解る。ほんとうにほんのりの苦みが有るのも僕的には好きだなぁ」
「花の香りもいいな。この付け合せのソースか。ツカサは本当に料理が上手いな」
「ふふん、当り前だろ! ツカサ君が作る料理はいっつも美味しいんだからな。それに、ツカサ君はリモナの実を使って色々なモノを作ってくれるんだぞ。なあ熊公」
「ム。前は……なんだ、らっしーとかいうのとか、あと色々作って貰ったぞ」
「ほぅ……確かに料理にはよく使う実ですが、冒険者でそこまで調理が出来るのは中々の物ですねえ」
ちょっと会話の輪に入り辛くて何も言えないけれど、まあ喜んでくれたので良し。とにかく重要なのは四人が少しでもお互いに仲良くなる事なんだから。
これなら……案外、もうちょっと押せば仲良くなってくれるかな?
会話の内容は俺としては気恥ずかしいのであまり広げて欲しくないんだけど、この調子でブラック達がお互いによく話すようになれば、チームワークも確固たるものになって行くかもしれない。大事なのは、まずは会話をしあう事だからな。
しかし……小さなカップを持って一心不乱にゼリーを食べながら、肩を寄せ合って話す大人四人……という光景を見ると何だかニヤニヤと笑みが込み上げて来る。
まあ、絵面がちょっとアレなので笑いそうになるが……俺のニヤニヤは、その変な絵面よりも、自分の力で四人が少しだけ近付いた事に比重が置かれていた。
「ふふ……」
だってさ、自分が作った物が切欠で仲良くなってくれたら嬉しいじゃん。
俺は凄い料理人でもないし、そっちのチート能力も無いけど、美味しく食べて欲しいと思って作った物を喜んでくれたら、やっぱり悪い気はしない。
おやつで仲良くなってくれれば、より嬉しかった。
だもんだから、そりゃ、まあ……ニヤニヤしちゃっても仕方ないよな?
けれど、そんな風な「してやったり」な顔をするのも男らしくない気がしたので、俺は四人に背を向けてこっそりと笑ってやったのだった。
→
※次ちょっとアドニスとスケベなことになるので注意
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