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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
15.イスタ火山―頂上付近―1
しおりを挟む……しかし、まあ……考えようによっては、ブラック達がサクッとモンスターをやっつけてくれちゃった方が、楽ではある。
男心としては置いて行かれたようで悔しくは有るが、実際俺の戦闘力とブラック達の戦闘力は天と地ほどの差が有るのだから仕方がない。
文句が有るなら俺も鍛えなければならないのだ。それを考えたら、むしろ怪我一つなく戦闘を終えられた事に感謝すべきなのだろう。うん。俺は泣いてない。
とにかく、俺達はファイア・ホーネットの羽を入手し、周囲に危険が無いかを確かめてから頂上へ向かって再び歩を進めた。
「しかし……ちょっと変だな」
「変ってなにが?」
歩き始めて少し経ってからブラックが呟いたのに返すと、相手は俺の方を振り返りながら続けた。
「いや、ファイア・ホーネットってのはさ、本当なら火口付近にいるもんなんだよ。あの虫の好きな場所は炎の曜気が集まる所だから、本当ならこんな岩だらけの場所に居るはずがないんだけどな……」
「偵察とかでふらふらっと出て来る事ってないの?」
「うーん……よっぽど警戒してる時なら縄張りの外に出る事も有るけど、滅多にない事のはずだよ。火山にはあいつらを捕食するモンスターもいるし、炎の曜気たっぷりの卵なんて、ファイア・リザードの好物みたいなもんだからね。外を警戒するよりも、卵とエサのある場所で他の蜂と一緒に巣を守っていた方が安全なのさ」
「初心者には危険な蜂なのに、結構臆病な生活してるんだな」
普通のゲームみたいに歩いたら突然エンカウントして来るような相手だと思ってたけど、実際はそうでもないのか。でもそれなら確かに変だな。
餌場の近くに固まっているのが普通なら、頂上から離れたこんな所をうろついてる訳が無い。だとしたら何か理由があるとは思うんだけど……うーん、なんだろう。
餌……ではないだろうし、縄張りを追われたとしたら、他にもたくさんファイア・ホーネットがいるはずだよな。いやでも最近はモンスターの数自体が減ってるって話だったから、もしかしたら普通にファイア・リザードとかに追い立てられたのかも。
「あいつら、他のモンスターに追われたのかな」
「かも知れないね。ファイア・ホーネットは駆け出しの冒険者には危険なモンスターだけど、他のモンスターに掛かればただのエサにもなるから」
「ならば、火口付近にはファイア・リザードがいるのでしょうね」
アドニスが結論付けるようにそう言うと、ブラックだけではなくラスターも難しい顔をしながらうーむと唸った。
「だとすると随分と困った事になるな……この距離まで逃げて来たとなると、蜂達にとってはかなりヤバい奴だって事だろうし……しかし、何が居るのか解らないなあ」
「確かに……ここのモンスターの分布図は持っているが、それでも何がどう移動しているかまでは俺達も解らんからな」
ラスターもこれには反論する理由が無かったのか、素直に頷いて言葉を続ける。
という事は……頂上付近にはやっぱり何か居座ってるのかな。でもこの状況じゃあ何が居るのかも判らないし、迂闊に近付く訳にもいかないよな……。
「ブラック、【索敵】を使って解らないかな?」
通常の【索敵】は、俺達の世界で言う所の数メートル範囲でしか敵がいるかどうかが解らないんだけど、ブラックの【索敵】は一味違う。
使える大地の気が豊富だったら、三桁以上の距離まで軽々とサーチ範囲を伸ばす事が出来るし、しかもどんな存在が居るかすら解ってしまうのだ。
だから、ブラックなら火口に近付かなくても様子が解るかも知れない。
そんな俺の考えは正解だったのか、ブラックは指で顎を擦りつつ空を見て答える。
「うーん……ツカサ君が助けてくれれば何とかなるかなぁ。ここの奴らってとにかく体に炎を溜めこんでる奴が多いから、見分けがつきにくいんだよね。でも、ツカサ君が僕の術を一時的に高めてくれたら精度も増すと思う」
「出来るのか」
思わず驚いたラスターに、ブラックは勝ち誇ったような笑みでニヤニヤと笑う。
「フフフ……僕はお前らと違って有能だからな。気の付加術ぐらい自在に扱えないとツカサ君の隣にはいられないからねぇ」
「ぐっ……」
ラスターが言い淀むのは何故なのだろう。やっぱ【索敵】ってそんなステイタスになっちゃうくらい凄い術なのかな。まあそりゃ遠くの敵の数や情報が解ると言うのは、戦場ではかなり有用な能力だけど……やっぱ男は査術が扱えてナンボみたいな所とかあるんだろうか。確かに事前に敵を予測できる能力って言えば格好良いが。
「と……とにかく、頂上付近に到着したら、頼むぞツカサ」
「うん、解った」
「おい術を発動するのは僕だぞ。無視か」
もー、話し掛けたら文句言うくせに無視したら怒るって、どっちかにしなさい。
ブラックを窘めつつ、俺達はとりあえずは周囲を警戒しつつ登山道を進んだ。
それにしても、意外とラスター達も得手不得手が有るんだな。高精度な【索敵】は、強力な術を操る事が出来るアドニスやラスターも使えないなんて。
もしかしたらブラックが特別なのかもしれないけど……他の人はどうなんだろう。
以前、ブラックの査術の腕に目を付けて、シムラーっていう悪い奴がその力を悪用しようとしていたが、俺を人質にしてまで欲しがったって事は“手に入れたくなるほどの特別な能力”だって事なんだよな。
ブラックも結構謎が多いけど、一番の謎はステータス高過ぎな所かも知れない。
頼むから筋力三ポイントくらい俺に分けてよほんと。
そんな事を言いながら、しばらく登っていると……徐々に視界が開けて来て、道の先に空が見えて来た。どうやら頂上が近くなったらしい。
だが、視界が開けて来るという事はこちらも敵に見つかり易くなっていると言う事で。このまま進むのは危ないかもしれないので、俺達はそこでいったん立ち止まり、岩がゴロゴロしていて隠れやすい場所で身を潜める事にした。
「ここでなら【索敵】使える?」
大柄な男四人と俺一人という地獄のような円陣で大岩を背にして座り、ブラックに合否を問う。すると、ブラックは少し考えたが軽く頷いた。
「炎の曜気が濃いけど、別段耐えられないほどじゃないから大丈夫だと思う」
「そっか、んじゃ頼むぞ!」
お前が頼りだと励ましながら手を差し出す。
が、そんな俺の行動が何か気に入らなかったのか、ブラックは如実に不機嫌そうな顔になってしまった。おい、どうした。なんでそんな顔をする。
何故そんな顔をするのか解らなくて眉を寄せると、相手は俺に言い聞かせるように指をビシビシと突きつけながらのたもうた。
「あのねえツカサ君! 他の奴ならそれでもいいけど、恋人どーしの僕とツカサ君は違うでしょ!? キスでしょこういう時はっ、キス!」
「ハァッ!? こんな大勢の前できっ、キスとか! 出来るかあ!!」
何を考えてるんだお前はと一生懸命小声で怒鳴るが、しかしブラックは子供っぽく頬を膨らませて、つーんと顔を逸らす。
「じゃあやんない。突撃しよ」
「ぐ……」
こ、こんちくしょう。オッサンのくせしてまたそんな子供染みた真似を……。
でも、ここでブラックがへそを曲げたら機嫌を直すのに時間が掛かるし、夜になるとモンスターも活発になるだろうから、明るい内に調査しておきたいし。
…………く、くそう……仕方ない……。
「わ……解ったよ……」
「あはっ……! ツカサくぅうん!」
「ワーッばかっ待てっステイ! あ、あの、ちょっと、三人ともあっち向いてて!」
秒で抱き着いて来ようとするブラックを牽制しながら慌ててそう言うと、アドニスは呆れたように眉を上げた。
「何をいまさら」
「ウム」
「いいから頼むって! ご迷惑おかけしますがよろしくおねがいします!」
そらまあアドニスやクロウからしてみれば今更なんですけど、やっぱし嫌じゃん、嫌じゃんこういうの。俺はこういうの人前でやりたくないんだってば。
もう既に迷惑かけちゃってるけど、あの、本当頼むからそっぽ向いてて下さい。
「まったく……はいはい、解ってますから早く済ませて下さい」
「つ、ツカサに不埒な事をするんじゃないぞ下郎」
「オレは別に構わんのだが」
「く、クロウはそうだけど……でも、ほら、皆平等って大事だから……」
「フム?」
ごめんねクロウ、ていうか慣れちゃうくらい目の前で変な事してごめんね……。
今更ながらに何をやっているんだ俺達はと考えてしまったが、クロウは特に不満を漏らす事も無く言う通りにしてくれた。
……ほんとマジで帰ったら労わないとなぁ……。
「ツカサ君っ」
「ちょ……ちょっと、静かにして」
色々喋ったら、何をしてるか聞こえちゃうだろ。
そう言うようにブラックの口を塞ぐと、指に唇が弧に歪む感触が伝わって来た。
「っ……」
「…………」
思わず手を離した俺に、ブラックはニタニタと笑ったまま、俺を抱いてゆっくりと顔を近付けて来て。その表情を見ていると息が止まるような動悸がして来てしまい、俺は咄嗟に目を瞑ってしまった。
けれど、ブラックはそんな俺の後頭部を掴んで固定すると……目をぎゅっと閉じていても解るくらいに、ゆっくりと俺の口に少しカサついた唇を押し当てて来た。
「っ、ぅ……」
声は、声は出しちゃ駄目だ。
大地の気を送ればいい。そう思ってイメージをしようとするんだけど、ブラックは俺の努力をあざ笑うかのように何度も角度を変えてキスをしてきて、ちろちろと合わせた所を何度もなぞって来た。
そんなことをされたら、声が出そうになってしまう。
思わず身を固くしてしまって、イメージが霧散してしまうが……そんな俺に構わず、ブラックは俺の口を存分に堪能しながら――大地の気を、引き出した。
「――――……っ」
自分の体が熱くなって、どきどきして来るのが解る。
その熱い感覚が触れた所から流れて行く感覚がして、これは間違いなく俺の体から大地の気が移動しているんだと解った。
やっぱり……俺が任意で渡さなくても、ブラックが欲しいと思ったら勝手に流れて行ってしまうようだ。気を付けてはいるんだけど、こういう時はどうしようもない。
俺が動揺して気を強く持つ事が出来ず、そしてブラックが力を欲しているのなら……どうしたって、俺の意識よりもブラックの願いの方が優先されてしまうようだった。
「っ、ん……んん……っ」
もういいだろ、離せ。
ていうかずっとキスしてんじゃねえ! 話が進まないだろうが!
数分経ってもまだ離してくれないブラックに業を煮やして肩を強く叩くと、相手は渋々と言った様子でようやく解放してくれた。
「し……しすぎなんだけど……!」
ああもう、なんか唇が濡れてる感じがする。恥ずかしい、こ、こんな状況で。
でも何か拭うのも悪い気がしてしまって口を手で覆うと、ブラックはスケベオヤジまんまの顔でニタァッと笑って、俺を抱き締めて来た。
「えっ、なになに、ツカサ君興奮しちゃった? えっちしたくなっちゃった? やだなぁ~もう本当可愛すぎるんだからぁ!」
「違わい!! おっ、俺はなあ、三人がまだ後ろを向いてるのが申し訳なくて……」
と、怒鳴りながらふと横を見ると。
そこには……こちらをじっと見つめる三人の姿が!
「………………」
「すみません、ツカサ君の口付け……えーと、キスしてる顔がみたくてつい」
「き、キス……やはりキスというのは口付けの事なのだな……」
「やっと終わったか」
端的に言って死にたい。
穴が有ったら入りたい、出て来たくない、つーか見ないでって言ったじゃん。
言ったじゃんかもおおおお!!
「あはぁ、ツカサ君かわいぃ……」
「はなせー!!」
何がカワイイだばかばかばかお前がキスしようなんて言うからお前がー!!
「はいはい悦に入っても良いですから早く術をお願いしますね」
「チッ……わかったよ、さっさとやって帰るぞ」
またややこしい事になりそうだったが、間一髪でアドニスが止めてくれた。
ブラックがその言葉を素直に聞きいれたのは意外だったが……このオッサンの事だから、いちゃいちゃするのを邪魔されたくないとかかもしれない。
変だな。嬉しい事のはずなんだろうけど、嬉しくないぞ色々と。
そんな俺に構わず、ブラックは俺を抱き締めたままブツブツと何事かを呟いた。
――ブラックの体を黄金の光が包み、そこから一気に黄金の光が放射状に周囲へと広がる。何度も見た光景だが、やっぱり光の範囲がかなり広い。
普通の曜術師じゃこうはいかないんだろうなと思うと、やっぱりこれは素直に凄いとしか言いようが無かった。
「…………うーん……。特に危険そうなモンスターは見当たらないけどなあ」
「え……ほんと?」
思わず問いかけると、ブラックは頷く。
「まあ、そこそこデカそうなモンスターはいるけど……しかし、数が少ないな。これだと、別に隠れなくったってモンスターの集団に襲われる事は無いんじゃないかな。気を付けていれば、会う事すらないかも知れないよ」
「それもやっぱり……今年はモンスターが少ないから?」
「どうだろ。そこは僕もよく解んないなぁ。実際どうなのかはやっぱ見て見ないと。危険そうな奴もいなさそうだったから、肉眼で確認するくらいは大丈夫だと思うよ」
「そっか……じゃあ、とにかくまあ……行ってみるか」
ファイア・ホーネットが逃げて来たのに、危険そうなモンスターはいない。
その事に疑問を覚えないでも無かったが……とにかく、俺達は火口付近まで行ってみる事にした。
→
※またちょっと遅れました…何度目のすみませんや…_| ̄|○
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