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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
11.進んでないようで進んでいる
しおりを挟む宿に帰ってきたアドニスにシャラコ草に変な事をしてしまったと伝えると、相手は何故か少し驚いたような顔をしていたが、どこか納得したような風に頷いていた。
「ほう……なるほど……」
何故そんな顔をするのかは解らなかったけど、相手は怒っていないようだったのでひとまず安心した。こう言う事には厳しいからなぁ、アドニス……。
とにかくアドニスとラスターを部屋に招き、ブラック達と一緒に問題のシャラコ草を見せると、アドニスは興味深げに種と枯れた草を見比べていた。
「ふーむ……黒曜の使者の力で一時的に生気を取り戻したと……。なるほど、確かに種は普通の物ですし、草自体はもう枯れ切ってますね」
「な、なんかやっぱ駄目だった……?」
心配になってアドニスを見上げると、相手は片眉を上げた。
「いえ、寧ろ種が出来たなら【グロウ】で一番いい状態に育てられますから、干した物よりもよほど都合がいいと思いますよ。種だって予想以上の量ですし……それよりも、君は体調はどうなんです?」
「あ、ええと……今は特にはなんともないかな……」
とは言っても微熱程度じゃ自分ではわからないしなあ。体調の悪さって微妙な感じだと気のせいだと思っちまうし。あ、でも……曜気を注ぐ時に感じた痛みはどうなんだろう。これも話しておいた方が良いかな。あの時の痛みはいつもとは違ったような感じだったし。
そう言えば今まで忘れてたけど、俺まだあのリング付けてるんだよな。
もしかしたらアドニスは把握してるかもしれないが、一応申告して置かねば。医者には些細な事も申告しておけってよく聞くしな。
アドニスに先程の事を話すと、相手は少し考えるような素振りを見せたが、「後で調べます」と言ってくれた。こういう時はちゃんと対処してくれるのがありがたい。多分今までの体調と照らし合わせてくれるんだろう。やっぱ研究者ってなんか頼りになるなあ。
ひとまずこの話題は置いておくことにして、俺はアドニスと【斥炎水】を再び作りながら別行動をしていた二人が調べてくれた情報を聞く事にした。
「イスタ火山の事だが、今現在は登山道を閉鎖しているが、モンスターの氾濫などは起こってはいないそうだ。ここに駐在している警備隊の話では、ゴシキ温泉郷周辺のモンスターは例年よりも少なく、ペコリアや矮小なモンスターの方が多かったぐらいだそうだぞ。共食いでもしたのか知らんが、何にせよ探索には好都合だな」
「とは言え……頂上付近や私達が目指している謎の通路の事は解りません。警備隊の詰め所でざっと資料を見せて貰いましたが、地図にもそれらしい所は無かったので、登山道から虱潰しに探していくしかないでしょうね」
あ、そうか。ゴシキ温泉郷を守っている警備隊の人達なら、この周辺の正確な地図を持っているし、現状も詳しく把握してるもんな。こういうのは常に警戒している人に訊くのが一番だ。俺は「ここにも情報屋とかがいるのかな?」とか考えてたけど、まあラスターが居るんだから兵士に直接聞けば済む話だったな。
うーむ、こう言う所でもやっぱり有能なんだなあ、ラスター……。
冒険者とはまた違った情報収集の仕方に関心しつつ、俺はアドニスが【グロウ】で成長させてくれたシャラコ草の葉っぱを丁寧に取り、花と茎だけにしたものをすり鉢でゴリゴリと擂っていく。
その間にアドニスは瓶に入れておいたシズクタケとアマクコの実を桶に出し、これも磨り潰してから布で濾して液体のみを取り出した。
俺もシャラコ草を磨り潰した物を布で絞って、その汁同士を合わせて煮詰める。
その間に、事前に皮を剥いでバナナババロアのような部分を露出させたモドシタケを潰し、クラゲ粉を水で溶いてゲル状の物を用意しておくが、何が何だかわからなくなってきた。俺は何を作っているんだろうか。
俺は飲み物を作ってるんじゃなかったっけ……と思っていると、今までラスターやアドニスの話を聞いていたブラックが、解せぬと言わんばかりの顔で口を開いた。
「なあ、イスタ火山には洞窟は無かったよな?」
一瞬何を言っているんだと思ったが……そう言えば、ブラックと一番最初にゴシキ温泉郷に来た時に、そんな話をしていたような気がする。
確か、火山地帯にしか生えない“シャルジャンシア”とか“ドラゴウム”という薬草を採取する為だったっけ。もうずっと前の事のような感じがするけど、その時にそんな事を言ってたような言ってないような……。
どうだったっけと首を傾げる俺を余所に、ラスターは顎を擦りながら長い足をこれ見よがしに優雅に組み替えた。キィイッ。
「いや、洞窟が無いのは確かだ。まあ岩壁に窪みが無いと言うなら嘘になるが、何か怪しい物が潜めるような洞窟は無かったはずだぞ。だからこそ俺も解せんのだ。あの山のどこに通路などと言うものがあるのかとな」
「ム……? 山なのに洞窟が無いのか?」
不思議だなと首を傾げるクロウに、ラスターは難しい顔をして答える。
「俺もよく解らんのだが、イスタ火山は非常に固い土で出来ているらしくてな。土の曜術師が調べたところによると、ランク6のモンスターですらその土を掘る事は出来ないのだそうだ。しかも、何やら不可解なことが色々あるらしいのだが……それらは学者連中でも未だに解明できていない。とにかく、そんな風な場所だからか、落石が起こったり岩盤が崩れたりする事はないんだそうだ」
「それだからって、洞窟が出来ない理由になるか?」
ブラックの「信用出来ない」というような声音に、ラスターはムッとする。
「そんな庶民が考えるような事を、何故俺がお前なんぞに教えねばならんのだ。天が有り神が有り地が有るのであれば、それを当然として受け取るのが人だろう。山に洞が無いのが天の意思と言うことなら、我々が疑問を持つ事など何もない」
「ケーッ、これだから神様なんて信じてるヤローは思考停止だってんだ!」
「貴様、ナトラを愚弄するのか? いくら俺の守護神が慈悲深い女神とはいえ、お前のような不心得者がのさばっているのは我慢ならんな……」
「わーっ! ここで剣を抜くなラスター!!」
慌てて止めようとするが、アドニスが俺の服を引っ張って止めやがる。
「はいはい。下らない喧嘩にかまけてないで、さっさと【斥炎水】を作りますよ。クラゲ粉とモドシタケを混ぜて全部ブランデーに入れますよ。そしたらこれも濾して、全部混ぜて沸騰させましょうね」
解ってます解ってます、薬作りが先ですよね。
アドニスの言う通りに薬を作り、後は沸騰させながら【水の曜気】を大量に注ぐ。
これが一番大事な作業らしくて、俺は後ろを振り返る事も許されずひたすら液体を湛える鍋に曜気を注ぎ続けた。
やがて、数分経つと、どろどろしていた鍋の中の水が薄らと茜色に変わって来て、濁りも徐々に消えて来た。これで完成なのだろうかとアドニスを見上げると、相手は満足そうにニッコリと微笑んで頷いた。
「上出来ですね。これであとは覚ませば完成です。この【斥炎水】を飲めば、半日は外部から多量に侵入しようとする炎の曜気を弾く事が出来る。この薬の最大の難関は水の曜気をどうやって混入するかと言う事で、昔は水の曜術師に協力を仰ぐのも大変だったそうでしてねえ。君がいて本当に良かった」
「そ、そうなの?」
「ええ。なにせ水の曜術師は、普段はニコニコしているくせにのらりくらりと人の事を躱して話になりませんからねえ。昔の薬師も随分苦労したようですよ」
ああ、ここでも「曜術師同士は気が合わない」って話が……。
しかし目的の為なら何でもやっちゃうアドニスがそうまで言うんだから、やっぱり仲が悪いってのはどんな曜術師でも一緒なんだろうな……ブラックとラスターが犬猿の仲だってのはやっぱり本人達の資質だけのせいではないのだろう。
……いや、むしろ資質が有るから余計に仲が悪いのでは……。
「とにかく、後は冷やすだけなので……今日のところは夕食を取って休みましょうか。ああそうそう、ツカサ君は夕食の後必ず風呂には入って下さいね。その後で診察をしましょう」
「え、なんで風呂?」
突拍子もない事を言い出したアドニスに目を丸くすると、アドニスは当たり前だとでも言わんばかりの顔で眉を上げる。
「ツカサ君、ゴシキ温泉の効能を知らないんですか? 多量の曜気が含まれている温泉は、曜術師にとっては心身共に回復出来る格好の物でしょうに。温泉での回復量も調べたいので、必ず半刻程は浸かって来て下さいよ。あ、でも一種類だけです。一度に入ると何が君にとって一番回復量が高いのか解りませんから」
ね、と念を押されて、俺はちょっとヒきつつ頷く。
こう言う時まで計測かよと思ったけど、こればかりは従わないと仕方がない。俺も「頼む」と言った手前、勘弁してくれとは言えないんだから。
なので渋々頷くと、何故かブラックが急に上機嫌になって肩を抱いて来た。
「温泉かぁー! そうだねいいよね~、温泉はとってもいいよー! そうだツカサ君、今度は一緒に入ろうねっ! ねっ」
「お、おう……?」
何故そんなに喜んでいるのかは解らないが、まあ温泉なら他にも人がいるだろうし、ブラックも変な事はしてこないだろう。
俺も一人で入るのはちょっとつまらなかったので、普通に頷いてしまった。
どうせクロウ達も一緒に入るだろうから、裸の付き合いってのもいいかもな。
→
※次はだいぶセクハラというかなんというか
ほんと毎回遅れて申し訳ない…調子悪い期間っぽいです…
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