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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
9.事前準備は念入りに1
しおりを挟むヒルダさんのお屋敷で一泊した俺達は、朝から早速ゴシキ温泉郷に向かった。
お屋敷のある地域からイスタ火山までは、ディオメデの馬車なら半日程度だ。早朝から走ればもうゴシキ温泉郷に到着してしまう。もっと言えば、ヒルダさんが所有しているディオメデ二頭引きの馬車なら、更に早く到着するんだが……今回はその馬車を借りる訳にはいかない。
俺達にはもう馬車が用意されてるんだからな。
それに、なんか……ヒルダさんとこれ以上一緒にいると、気まずくて。
一人で頑張っている彼女にまた頼みごとをするのも申し訳なかったから、出発する際に何か援助する事は無いかと言われて断ってしまった。
俺の選択にブラックは不満げだったけど、こればっかりは仕方がない。何故なら、これ以上彼女に関わる訳にはいかないって強く思ったからだ。
昨晩夜食を持って行った後、ヒルダさんは俺と少し話をしてくれた。彼女はいつも通り優しく話しかけてくれたけど、でも綺麗な顔は前よりも疲れている感じがして、なにより……どこか無理をしているような感じがした。
俺がすぐに分かる程だったんだから、きっとメイド長さんも気付いていただろう。
それくらい、ヒルダさんは疲労困憊の状態だった。それに……俺は、ヒルダさんにとっては憎みたいけど憎めない相手だ。余計に疲れたに違いない。
そもそも、自分の息子を投獄した元凶みたいな物なのに、そんな相手にほがらかに話しかけるなんて、普通なら辛い事だっただろう。
なのに、ヒルダさんは俺に「同情するな」と言って、気丈に振る舞っている。
それを考えたら、もうこれ以上彼女に関わる訳にはいかなかった。
…………本当なら、夜食も持って行かない方が良かったのかも。
やっぱ、俺の気遣いは空回りだったのかな……。あんまり心配だったから、屋敷を出る前にメイド長さんに「俺が渡したという事は内緒で」と柘榴がくれた蜂蜜を渡したんだけど、訝しがらずに使ってくれるだろうか。
ヒルダさんは優しい人だけど、だからと言って胸の中の蟠りが全部消えたって訳じゃないだろうし……今更な話だけど、失敗してしまったかもしれない。
ああ、やっぱり俺とブラックはお屋敷の近くで野宿でもして、クロウ・ラスター・アドニスに任せた方が良かったんじゃないのか。それだったら、ヒルダさんも少しは疲れなかったかも。でも調査しに行くって言うのに顔を見せないのも失礼だろうし、だけどだからといってホイホイ俺達が顔を出すってのもああぁ……。
……なんかもう、考え過ぎて俺の方が憂鬱になりそうだったけど、済んでしまった事はどうしようもない。今後は、出来るだけヒルダさんを気遣って行こう。
もしイスタ火山での探索が長引くのなら、二日にいっぺんはゴシキ温泉郷に戻って来て、調査報告をしなければならない。その時にはもっとこう……上手くやらねば。
そんな事を考えている間に馬車はゴシキ温泉郷へと到着し、俺達はまた馬車専用の道を通ってお馴染みの高級なお宿……【紫狼の宿】に降りる事となった。
何度目だこの宿。
でも昔からブラックが使ってた所だし、ラスターはここが一番いい宿だっていうし、何より色々な施設も併設されていて、大浴場は全属性の曜術師に対応した“属性の湯”があるので、曜術師である俺達の疲労回復にはもってこいなのだ。
お金が有るのであれば、別に他の宿を選ぶ必要など無いのである。
……が、高い。やっぱりこの宿は高いんだって。
今回は公費やご厚意で宿泊する訳じゃないし、なにより極秘任務なのだ。自分達のお金で何日も宿泊しなければならないのである。
だがそんな事をしていたら、俺達が今現在所持している路銀ではとても足りない。
つうか二日泊まれれば良い方だ。そのくらい高いお宿なのだ紫狼の宿は。
だもんで、自分達のお金で泊まるにはあまりにも高いから「やめよう」って言ったんだけど、ブラックとラスターが「お金なら僕が俺が払う」と声を揃えて言い、俺の拒否などお構いなしに強行チェックインしてしまった。
そう言えば……ブラックは、本当にブラックカードでも持ってるんじゃないかってぐらいお金持ちで、銀行みたいな所にめちゃくちゃお金預けてたんだっけ……。
それにラスターは貴族だし、お金を持ってないはずが無かった。
でも、でもあの、仲間にお金払わせるってのはどうも、こう……っ。
仕方ないけど、仕方ないんだけどさあ!
だけどこういう時は俺が「おっと“異世界から持ってきた知識で作ったアレ”の特許で儲けた金が無尽蔵にあるぜ」みたいな感じで払うのが普通だよね!?
なんで俺旅慣れした今になってもオッサン達に払って貰ってんだぁあああ。
クロウが「オレも金など持っていないから落ち込むな」と肩をポンポンしてくれたけど、クロウは仕方ないんだよ。パーティーの仲間だし、財布役じゃないし、俺達に付いて来てくれる立場なんだし。
財布役の俺が、こういう時にしっかりしなければならないのに……ぐぬぬ……これじゃあここに初めて来た時と一緒じゃないか。
俺だってこの世界じゃ大人のはずなのに、どうしてここで子ども扱いを許せようか。くそう、あれか、俺が特許とかそういう展開やってないからか。でも仕方ないじゃんそんな暇なかったんだし。
しかしこんな恥ずかしい事になるなら、ちょっとは考えておけばよかった。
男の沽券がズタズダだよほんと……。
あと何気にショックだったのが、アドニスまで「折半で」とか言いながら、なんか凄い高そうな小切手帳みたいなのを出して何かサラサラ書いてた事だ。
お、お前も金持ちなのか……そうか…世界最高の薬師だし、大人のおもちゃの開発元だし、なによりオーデル皇国の役人だもんなお前……さすが大人……。
くっ……全部終わったら絶対俺も冒険者とかやってお金稼いでやる。
お金稼いで「俺がおごったんだからな!」って顔して焼肉連れてってやるうう!
はーっ、はー……ちょっと落ち着こう。
とにかく、リベンジは今度だ。今はイスタ火山の調査が先だからな。
イスタ火山へのアタックは明日にして、今日は火山についての情報収集と道具などの準備に時間を割く事にした。ブラックやラスターが言うには、イスタ火山は国境の山ほどではないが強いモンスターが出現するらしく、それらのモンスターは当然ながら炎属性の厄介な奴ばかりなので、道具などの準備が欠かせないのだと言う。
確かに準備しておいた方が良いかもな……火山のモンスターって結構硬いしえげつない攻撃してくるんだよな。炎のブレスで全体攻撃とかめっちゃやってくるし。
相手がヤバい飛び道具を使って来るなら、そりゃ色々対策しなきゃならない。
それに、火山地帯ってことは熱いってことだ。
マグマ……があるのかどうかは分からないけど、火傷をするような事故が無いとも限らないし、なにより俺達が向かう所にはトラップが有る可能性もあるからな。その場所に一日で到達するなんて事はないだろうが、用意だけはしておかないと。
……という訳で、ラスターとアドニスは情報収集に出て、俺達三人組は回復薬や他の薬の材料、それにロープや火山ならではの装備を買いに街へ出る事となった。
本当ならすぐにでもアタックしたかったけど、焦ったせいで大怪我でもして元の木阿弥になっても困るからな。いくら薬で治るとはいえ、限度ってもんが有るし。
出来る事なら熱に対する耐性も上げておきたい。
これは、アドニスがある薬を調合する事を提案してくれたので、今回はそれを沢山作っておこうと思う。備えあれば嬉しいな……じゃなくて憂いなし。
幸いこのゴシキ温泉郷には多くの冒険者が集まる事もあって、冒険者向けのお店も軒を連ねている。紫狼の宿へと一直線に続く大通りから逸れた、温泉郷の入口近くにある少し小さめの通り。そこが、冒険者が集う“サラマンダー通り”だ。
「……名前からしてなんか、イスタ火山に居るモンスターを狩る用の通りっぽい」
左右にひしめく店を眺めながら、俺は頬を掻く。
しかしブラックはそんな俺の予想に苦笑すると、そうではないと首を振った。
「あはは、サラマンダーはさすがに出てこないよ。アレはモンスターの中でも“竜”に位置する最高位だからね。まあ、イスタ火山程度なら……ファイア・リザードとかかなぁ。ココも最初は“トカゲ通り”だったんだけど、それじゃちょっと格好がつかないって事で、サラマンダー通りになったらしいよ」
「ムゥ、大きく出過ぎではないか」
突っ込んだクロウに、ブラックは「さもありなん」と肩を竦めて降ろす。
「それくらい大きく出る気概が無いと、冒険者なんてやってられないってコトさ。まぁ、大言壮語って言うカンジ」
「ウウム……それは……いいことなのか……?」
「なんだって、でっかく出たら相手は怯むもんさ。横暴な奴もいる冒険者相手なら、そういう態度で商売しなきゃね。大体、じゃあこの周辺に出るモンスターってことで“ペコリア通り”なんて名前を付けたら、フワフワしてる感じしかしないだろ?」
お前、ペコリア達を侮辱する気か!
でもまあ冒険者達の為の通りだってんなら、まあ……ペコリアって名前はちょっと可愛すぎるかな……可愛いもんなペコリア……。
マッチョなおじさんがやってくる通りには合わないな、うん。
「ま、まあそれはそれとして……まずは薬の材料があるとこに行こう」
「そうだね。知ってるから案内するよ」
「おっ、さすがだなブラック」
何度か来ているだけあって良く知ってる。
素直に褒めると、ブラックは嬉しそうにでれっと顔を緩めて笑った。
→
※移動で終わってしまいましたが、次はお買いものと調合です( ˘ω˘ )久々…
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