異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編

5.我慢をさせている側はそうと気付けない事も有る

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※相変わらず遅くて申し訳ない…次は頑張ります(;ω;)





 
 
「ごめんザクロ、ちょっと出て来てくれるかな?」

 用を足して手を洗いスッキリした俺は、さっそくクロウの部屋までバッグを持って来て、俺はストラップのようにぶら下げていた根付けを持ち上げながらそう言った。
 綺麗な青色の宝珠にはキラキラと銀の光が散っていて、いつ見ても綺麗だ。未だにコレを「龍」に貰ったなんて信じられない。
 
 でも、俺が蜂龍ほうりゅうさんに出会って、柘榴ざくろと友達になったのは確かなんだよな。
 その証拠に――――

「ッ!?」

 ベッドに座ってそわそわと待っているクロウの目の前で、根付けの宝珠が光る。
 すると、根付けの宝珠から一筋の光が現れて、空中に何かの魔方陣のような文様が投影された。何事かと思ってその紋様を見ていると……中から、【天鏡てんきょう蜂】の柘榴が勢いよく飛び出してきた。

「ビィーッ!」
「うおっ!? 蜂!?」
「あっ、そ、そうだった。皆に説明してなかったんだった……」

 そらクロウが思いっきり耳を膨らませて驚いたのも仕方ないわ。
 あれからすぐカスタリアに出発したから、柘榴が仲間になった事も全然説明出来てなかったんだよな……ううむ、いかんいかん。説明せねば。

 慌てて柘榴を抱きながらクロウに今までの事を説明すると、相手はホウホウと興味深げに話を聞いてくれて、納得したのか今度は目をしばたたかせながら柘榴を見た。

「なるほど……これが蜂龍の使いなのか……。龍が存在したと言う事にも驚くが……まあ、ツカサの事を考えると居てもおかしくはなかったな」
「そ、そうだね……」

 言われてみると確かに。俺の存在だって、神話の化け物みたいな本当に存在するかどうかも怪しいモノだったもんなあ。そんな存在が実在しているんなら、そら滅多に見られない「龍」が存在していたってのも信じられるだろう。

 しかしなんというか、そういう物事の積み重ねがクロウの感覚まで麻痺させている気がしないでもない。「龍」の実在に驚かないっていうのは、この世界的にどうなんだろう……ま、まあクロウなら大丈夫だろう。うん。

 一人で心配したり納得したりしている俺を余所よそに、クロウは緊張を解いて、柘榴に気さくに話しかけていた。

「では、あの蜂蜜酒もお前達の蜂蜜だったんだな。アレはとても美味かったぞ」
「ビィー!」

 褒められたのが解ったのか、柘榴は嬉しそうに頬の部分を桃色にしながら、眼の奥の光を笑っているように緩めた。ううん相変わらず可愛らしい!
 ああそれにしても柘榴ったら本当に抱き心地がたまらんなあ……。
 白い襟巻えりまきを巻いているような首回りはモフモフで最高だし、体もちょっと硬いおもちみたいで弾力があるぷにぷにした感触で凄く気持ちが良い。

 節で区切られたロボットっぽい指のない平たい手足は細くて心配だけど、でも凄く力強くて、触角と一緒に表情豊かにぱたぱた動いている。
 銀を散らした光る綺麗な羽も妖精さんみたいでたまらんぞ!

「うーんザクロたん可愛いなぁ~!」
「ビビ~!」

 思わず頬ずりしてしまう俺に、柘榴も嬉しいのか、めいっぱい摺り寄せてくれる。
 んもーどうしてこの世界のどうぶつは可愛いのが多いのかな~!

「つ、ツカサ、それでこの蜂とオレの食事に何の関係があるんだ」
「アッごめん……なあザクロ、前に蜂龍さんが蜂蜜を分けてくれるって言ってたんだけど、それって今持ってるかな? 良かったら分けて欲しいくてさ……」

 そう。ザクロを呼び出したのは、蜂蜜を分けて貰うためなのだ。
 夜に呼び出すのは気がひけたんだけど、こう言う時でもないと呼べないし、柘榴はペコリアやロクショウ達に比べて幼い感じがするから、戦いにはあまり参加させたくない。モンスターでも赤ちゃんは大切にしないとな。

 しかしまあ、その赤ちゃんに何やら頼んでる俺も何だか情けない訳だが……。

「ビビッ」

 思わず落ち込んでしまった俺だったが、柘榴は元気に返事をすると、襟巻のようなモフモフの中から、卓球玉程度の大きさのモノを取り出して見せて来た。
 これは……白く輝く糸のような物がしっかりと巻かれた玉だ。
 柘榴が「剥いてみて」というようなジェスチャーをしたので、五六個ごろくこほどある糸玉の一つを持ち、軽く爪先で割ってみると――

「わっ!?」

 なんと、中から液体が膨らんで流れ出て来た。甘い匂いに気付いて思わず勿体もったいない精神を発揮し腕を上へと掲げると、とろとろと黄金の液体が腕を伝って降りて来た。
 むむ、この黄金色と甘い匂い……ということは……。

「蜂蜜か!」
「ビー!」
「そっか、【天鏡蜂】ってこんな風に蜜を保管するんだなぁ……おおなるほど、金の曜気を保ったままの“虹の水滴”で包んでるから漏れないのか……凄いなコレ、保存がきいて良さそうじゃないか!」

 うおおお、なるほど、あの糸にはこんな使い方が有ったのか!
 さすがは大自然に生きる蜜蜂、なんて知恵者なんだ!
 思わず柘榴を褒めると、得意げに腰に手を当てながらえっへんと胸を張った。んんんもう可愛すぎるんだからこの蜂くんは~~!!

「つっ、ツカサ、蜂蜜、蜂蜜!」
「あっうわっ! くっ、クロウ何かうつわちょうだい!」
「おあぁあ」

 うわあああ蜂蜜が勿体ない!
 柘榴の可愛さに気を取られてうっかりしてしまっていた。気付けば蜂蜜はもうひじの所まで伝って来ていて、その勢いは衰えそうにない。わりと大量の蜂蜜に慌てていると、クロウもワタワタとベッドから降りた。

 が、器を持って来てくれると思ったら、クロウは素早く俺に近付いて来て……何を考えているのか、下から俺の腕を舐め上げて来たのだ。

「うぁあ!? なっ、なんで直接っ」
「す、すまんツカサ、器を見つけるよりこっちの方が早いと思って……」
「いや……まあ……そりゃクロウが食べるんだしまあ……」

 言われてみればそうだな。
 ちょっとびっくりしちまったけど、舐められるのはいつもの事だし仕方ないか。

「ビィ?」
「あ、な、何でもないんだよ~」

 俺の腕をペロペロと舐めるクロウを気にしないようにしながら、俺はザクロに「今やっていることはおかしなことじゃない」という感じで手を振った。
 変に騒いだら柘榴もびっくりしちゃうからなあ……ここ壁薄いんだし、こんな所にモンスターが居るって解ったら余計な騒ぎになりそうだから、穏便に済ませないと。まあ、柘榴はモンスターとはちょっと違うんだけどね。にしても、クロウ舐めすぎ。

「ム……蜂蜜が無くなった……」
「はいはいこれ舐めてて」

 ずっと手に持っていた蜂蜜玉をクロウに差し出しながら、柘榴に構おうとすると……柘榴は急に目をチカチカとさせて、上下に浮かんでは沈みを繰り返していた。
 あ……これ、もしかして眠いのかな……?

「ザクロ、眠い?」
「ビ~……」
「そっか、もう夜だもんな……ごめんな呼び出して」

 そう言うと、ザクロはぶんぶんと首を振って俺に抱っこされようと近付いて来る。
 舐められていない方の腕でザクロをしっかりと抱えてやると、相手は目の奥の光を細めた。どうやら本格的に眠たいようだ。

「今度は明るい時に呼ぶから、その時いっぱい遊ぼうな」
「ビィ……」

 俺の言葉に応えると、ザクロはそのまま光に包まれて消えてしまった。
 ……え、光に包まれて?

 ペコリアや藍鉄あいてつの場合は、化けダヌキが変身する時みたいに、白い煙を出しながら消えるのに、龍の眷属はこうやって消えるのか……なんだか不思議だ。
 こういうのを見ると、柘榴はやはりモンスターとは別種族なんだなと感じるわ。

「ム……蜂……ザクロというのは帰ったのか」

 先に割っていた蜂蜜玉を舐め終わったのか、クロウは俺をじっと見る。
 いつもの無表情な顔をしながらもペロペロと口の周りを舐めるクロウに、思わず笑ってしまった。そんなに蜂蜜が美味しかったんだろうか。

 こう言う所がなんか憎めないんだよなあ、クロウって奴は。

 今日は……っていうか、そういえばカスタリアでも何もする事も無くただ待たせてばっかりで申し訳なかったし、このくらいはサービスしてやらなきゃな。
 蜂蜜玉はまだあるから、たくさん食べて貰おう。無くなったらまたザクロにお願いして分けて貰えばいいんだし。……そうなると、ザクロにもお礼がしたいな。
 でもハチの好きなものってなんだろう……お花……?

「ツカサ、何を考えているんだ」
「ハッ。いや、ちょっとね。それより折角たくさん貰ったし、これ食べよ。な?」

 貰った蜂蜜玉を全部抱えて、クロウと一緒にベッドに座る。
 途端、質素なベッドがぎしりと大きな音を立ててしまい、俺はびっくりして飛び退いてしまった。お、おっといけねえ。そう言えばここのベッドは最低限の強度だったんだ。ついいつもの癖で隣に座ろうとしちゃったけど、良く考えたらダメじゃん。
 質素なベッドでも壊したら弁償だぞ、怖くて座れない。

 あ、そうだ。椅子が一個だけあるんだから、それを持って来て座ろう。
 そう思って離れようとすると――何故か、クロウが俺の腕を掴んできた。

「クロウ?」
「ツカサ、行くな」

 言いながら、クロウは不安そうに眉根を寄せて俺をじっと見つめて来る。
 どうしてそんな顔をするのか解らなかったが、不安になっているのなら安心させなければと思い、俺は笑って自分の腕を掴んだクロウの手を撫でてやった。

「椅子持って来るだけだって。俺まで乗ったらベッド壊れちゃいそうだし」

 だから安心してよ、と続けると、クロウは渋々と言った様子で手を離す。

「ム……」

 何だか不満そうだけど、どうしたんだろう。
 もしかして蜂蜜だけじゃ足りなかったのかな。まあそりゃそうか、クロウは大食漢だしな。それならまだリオート・リングに保存食が入ってるし、ちょっと温めて食べさせてやればいいか。
 そんな事を思いながら椅子を持って来てクロウの前に座ると、相手は二個目の蜂蜜玉を爪で割って吸いつつ、俺をじっと見つめた。

「ツカサ……ここしばらく、オレはずっと腹が減っていた」
「え……やっぱりカスタリアとかのご飯じゃ足りなかった?」

 思わずそう言うと、クロウは少しびっくりしたように目を丸くして、首を振った。

「そ、そうではない。オレが飢えていたのは……ツカサに、だ」
「俺に……?」
「……カスタリアに行ってからずっと……オレは、ツカサに触れられなかった。それに、ツカサ達と一緒に外に出る事も出来ず、あの場所で待っていたんだ……。ずっと一緒にいると約束したのに、オレだけ、置き去りで」
「あ…………」

 そう、だよな。
 クロウは今までずっと俺達と一緒に旅をして来た。その中で、俺と一緒に居るって約束もしてくれたし……俺も、クロウに対して「食事をさせる」と約束していたわけで。だから本当なら、定期的にクロウとも触れ合わなくちゃいけなかったんだ。

 なのに、俺って奴は、カスタリアに行ってからは事件にかまけてクロウに何もしてやれなかった。俺もブラックも精一杯で、我慢して黙ってくれてるクロウを気遣う事も無かったんだ。

 そんなの、クロウにしてみれば悲しい以外にないだろう。
 俺だって「忙しいから」と構われなくなったら、そりゃ寂しいよ。相手が本当に大変だって解ってて、だから大人しくしてようと思ったって、悲しさや寂しさは消える物じゃない。クロウは大人だから、そんなことも言わずに、この一件が解決するまで黙っていてくれたけど……考えて見れば、本当に申し訳ない事をしてしまった。

 ……そうだよな。俺だって、クロウにちゃんと……その……メシを食べさせるって約束したんだし……今までクロウには色んな事を助けて貰ってたんだ。

 ラゴメラ村でだって、俺をなだめて元気付けてくれた。最近はクロウに頼りっぱなしな所も会ったじゃないか。
 仲間だったら、貰ってばっかりじゃ駄目だ。クロウが俺達のために我慢してくれていたんだから、俺だってそれに報いるために何かしてやらなくちゃ。

 …………でも、それって多分……。

「あ、あの……クロウ……」
「……ん」
「我慢してくれてて……ありがとう……」
「ツカサ」

 じっと見つめて来る橙色だいだいいろの瞳を何だか見返せなくて、俺は目をそらしてしまう。
 だけど、言う事はハッキリ言わなければと思い、意を決して口を開いた。

「ここじゃ、あんまり色々出来ないかも知れないけど……その……俺にして欲しい事とか、あったら……その……」

 出来るだけ、叶えてやる。
 そう言おうとしたと同時、クロウがゆらりと立ち上がった。

「食べたい」
「え……」
「もう少しまともな宿でねだるつもりだったが……そんな顔でそう言われると、我慢出来なくなった……。ツカサ、今すぐお前を食べたい。もう我慢出来ん……」

 言いながら、クロウは椅子に座っている俺に覆い被さり、首元に顔を寄せる。
 そのまま甘噛みされて、俺は思わず反応してしまった。

「んっ……く、クロウ……」
「我慢したくない……ツカサ、お願いだ……」

 いつになく切ない声に、体が動かなくなってしまう。
 あんな事を言えばクロウを煽るかも知れないと解っていたけど、でも、だからって「今回も我慢して貰おう」とは思えなかった。

 だって、クロウは今さっき、いつもより不安そうな顔をして俺の腕を握ったんだ。
 きっともう我慢出来なくて、だから顔に思いが出てしまったに違いない。
 それくらい、クロウも我慢してたんだ。いつもは表情をあまり動かさないクロウが、思わず顔を歪めてしまうくらいに。

 ……そんな風に我慢させてたと知ったら、誰だってきっとこうしただろう。
 だって、クロウは……いや、クロウも……俺にとっては、失えない大事な一人だ。
 ブラックとはまた少し違う存在だけど、でも、クロウが満足してくれると言うのなら、体を差し出してやることなんて別に何ともなかった。

 それだけの事を、俺はして貰ったんだ。
 だから……今日くらいは、望んだようにしてやりたい。

「…………声、出さないように……静かに、な……」

 許容を含んだ言葉を漏らすと、首元に噛みついていたクロウが大きく反応する。
 視界の端に映る熊の耳は、解りやすい程に感動で毛を膨張させて、ぴるぴると嬉しそうに震えていた。










 
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