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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
2.思わぬ伏兵
しおりを挟む吟遊詩人の詩に、こんな文言が有るらしい。
『西果ての王都は華燭の都。夜も消えぬ灯りが眩しく、迷い込む者は道に消える。戻らぬ覚悟を決めたものすら足が西へと向き戻る』
――その詩の通り、王都シミラルは何もかもが存在するんじゃないかと思うほどに巨大できらびやかな都市だった。
中央にある円形の広場を中心として蜘蛛の巣のように綺麗に区切られた町は、東西南北でそれぞれの特色に分かれてどこも賑わっている。
後ろ暗い場所がないとは言わないが、しかしそんな場所も有るからこそ、シミラルはこれほどまでに栄えているのだろう。ラッタディアにも不夜城とも言える眠らない街があったけど、街全体が明るいってのはシミラルくらいじゃないかな……。
街灯が隅から隅まで余す所なく並んでいて、暗い場所なんて路地くらいしかない。ラッタディアですらこうも徹底されてはいなかったから、それを考えるとシミラルは本当の意味での「眠らない街」と言えるのかも知れない。
プレインの首都は地下街の上に層で階級が分けられていて、全部が明るいって訳じゃ無かったようだし、オーデルも下民街は薄暗い場所が多かったしなあ。
だけど、中世の西洋みたいな雰囲気を残しながらも近代的なモンが造られてるのは結構珍しいかも知れない。実際、俺達が想像する西洋風のファンタジーってのは、大航海時代だったり霧の都ロンドンって言われる時代だったりもして、とにかくごちゃごちゃだけど、大体が中世より先の時代を想像したりするもんだもんな。
この世界もそんな例にもれず、俺の世界からしたら中世風なのかなと疑問を抱いてしまう部分も無くはないが、俺はそういう違いはあんまり分からないので、とにかく街灯が有るのがありがたいと思った。だって夜暗くないんだぜ。凄いぞ街灯。
中世か近世かは知らないけど、街灯が有るならなんでもいい。
それに、シミラルは街並みもちょっとお洒落だ。
他の街では家などの外壁を飾るって事はあまりなかったけど、王都であるシミラルは裕福な人が多いのか、はたまた大通りの家だからと言う見栄が有るのか、窓下には吊り下げの鉢植えがあったり、お店は漆喰を塗ってちょっと剥がしてみた的なシャレオツ外壁だったり、よくよく見てみると、ショーウィンドウ的な大きなガラスが嵌められている店が多い。
……よくよく考えたら、大きいガラスどころかショーウィンドウもあまり見かけた事が無かったな……。
ってことは、シミラルも結構技術が進んだ都市なんだろうか。
うーん、西洋風ファンタジーと一口に言っても細かく違いが有るもんだなあ。
そういえば、シミラルに入るための門も準飛竜モードのロクが楽々入れちゃいそうなレベルで大きかったなあ。門番の兵士も数が多くて、お蔭で俺達はさっさと腕輪を見せて通して貰えたんだけど……。
「うーん、まさか幌なしの豪華な馬車で王城に直送されるとは……」
【庇護の腕輪】を見せた途端、兵士達が物凄く丁寧になってくれた事はいいんだけど……「お急ぎなら馬車をお使い下さい!」と異様に遜られて、門の傍に常備されていた何やら豪華な馬車に押し詰められてしまったんだよなあ。
なんか縁とかに金の装飾が施されているし、そんな馬車を壊したら怖いから歩いていきますって言ったんだけど、兵士達に「その腕輪を持つお方を一般民と同じように歩かせるなんて、我々が怒られます」と押し切られちゃったんだ……。
チート小説とかで良く有る「俺だけ特別扱いな展開」って、読んでる時は楽しいんだけど、実際に自分がやられると凄い居た堪れないぞ。
そりゃあ自分に自信が有って美形設定で美少女はべらせるような主人公だったら、衆人環視の中で年上の兵士さん達にずらっと頭を下げられても「良い良い」って感じになるだろうが、こっちはオッサンだらけのパーティーでしかも俺は格好良くない。
格好良くないんだぞ!!
そんな奴がヘコヘコされてるって、普通に見ても「なんだあれ」ってしか思わないよ。周囲の人達に変な顔をされてるよ絶対。あれはまともな主人公だから許されてる展開であって、現実で俺がそんな事をされても全然格好良くないんだくそうくそう。
一般小市民の俺がそんな事になって恥ずかしくない訳が無いじゃないか。
ぐぬぬ……どうしてこう現実って奴はこうも俺を虐めるんだ。
せめて俺がキュウマくらいには顔が整ってたらなあ……。
「ツカサ君どしたの、ほっぺた覆って」
「んー……」
馬車で大通りを真っ直ぐに走り王城へと向かう途中で、ブラックが俺を覗き込んでくる。だけど今は返事をしたく無くて唸ると、ブラックは横でにたぁっと笑った。
「あっ、わかった! ツカサ君たら口の中にできものが出来ちゃっただね、どらどら見せてごらん、僕が舌で優しく撫でて……」
「だーっ!! 天下の往来で変な事しようとすんなー!!」
「ツカサ、どうどう」
どうどうじゃないよ!
隣のオッサンが変な事しようとして来るのに怒らずにいられるか、ちくしょう、なんで馬車はこんなに狭いんだ。ブラックもクロウもデカいせいで、二人と距離が取れないじゃないか。これだから大柄なオッサンって奴はもう。
「ツカサ、ブラックが嫌ならオレの膝に来い。ブラックと少しは距離がとれるぞ」
「はぁ!? なんでお前がツカサ君を膝抱っこするんだよ。それはツカサ君の恋人である僕の役目だろ! ほーらツカサ君おいで~、僕とイチャイチャしようね~」
「やめろっ、ばかっ、人前で変な事すんなってばあ!」
つーか目の前にローリーさんとアドニスがいるんですけど、もっと言うと御者の人も居るんですけどおおおお!
「……本当に煩いですね、この中年ども」
「うーん、羨ましい限りですなあ」
「え、えーと……みなさん、もうすぐ王城に到着いたしますよ」
ごめんなさいありがとう御者さん。
気を使ってくれている御者さんに精一杯の謝罪を向けるが、俺はもうブラックの膝の上で捕まってしまっていて、動くことが出来ない。ケツの辺りに何かぐいぐいと押し付けられているような気がするが、もう無視しておこう。
こいつは構うからダメなんだ。構っちゃ駄目だ。きっとこの押し付けられている物は、剣の柄か何かだろう。そう思わせてください。
そんなこんなで攻防を繰り返していると、馬車はやっと王城に到着した。
もう途中から街の景色なんて見る余裕すらなかったが、こうなってしまっては早く到着出来て良かったと思うしかない。御者さんとディオメデにお礼を言って別れてから、俺達は再び王城の門を守っている兵士に【庇護の腕輪】を見せた。
ここでも兵士達が驚愕したような顔をしたが、何も言うまい。
大人しく門の前で待っていたら、数分して兵士が誰かを連れて戻ってきた。秘書風のクールそうな緑髪美女だ。どうやら彼女は王様の側近の一人のようで、王様の私室に案内してくれるらしい。
ということは……側近の中でも結構な地位にいる人なのかな?
不思議に思いつつも、俺達は王城の中に入って、階段を上へ上へと登った。
色々と観察したい所だったけど、今はその余裕が無い。なにせ、結構階段を上がるのだ。たぶん来客用の通路なんだろうが、とにかく大変で周囲なんて気にして居られないほどの道のりだった。それでも豪華絢爛であると言う事は解る廊下や階段を進んでいくと、最上階に近い階でやっと秘書さんはフロアに出た。
「……おお、凄い……」
赤い緋毛氈の廊下に、美しい白い壁。その白い壁には黄金の調度品や絵画が飾られていて、シャンデリアのようなガラスの水晶の飾りが揺れる明かりが、等間隔に天井からぶら下がっている。良く見れば、壁もただ白いだけではなく、うっすらと細かい模様が浮かんでいるのが見えて、かなり手間がかかる物だと言う事が知れた。
ううむ、さすがは王城……思ったよりも質素かと思いきやこの豪華さとは。
妙な所で感心しつつ案内されるがまま歩いて行くと、一際豪華な両扉の前で緑髪の秘書さんが立ち止まった。
「どうぞ、お入りください」
深くお辞儀をして、秘書さんが扉の片方を開けてくれる。
すると、奥から聞いた事のある声がした。
「よく来たな、まあ入れ」
尊大な、威厳のある声。
だけどこの声の主がブラックのような大柄な者ではない事を俺は知っている。
相手の容姿を思い出すと体が無意識に緊張したが、俺はぐっと拳を握って、五人で一緒に扉の中へと足を踏み入れた。
「おぉ……」
とても広い、小さなパーティーくらいなら簡単に開けそうな部屋。
中央には食堂にあるような広いテーブルが有り、その上には瑞々しい果実や見事な装飾が施された燭台が乗っている。家具は有るが寝台は無く、おそらくここはただの応接室なのだろうことが知れた。しかし、サンルームが併設されてるなんて……ここだけでまるで一軒の家のようだ。
そんな場所で、少年の面影が残る青年は、ゆったりとお茶を飲んでいた。
黄金に煌めく髪に、銀の光がちりばめられた不可思議な金の瞳。
人形のように美しいその顔は、紛れも無く――――この王国を統べる王。
ライクネス国王――ルガール・プリヴィ=エレジエその人だった。
「……よく来てくれた。お前はもう下がって良い」
「承知いたしました」
威厳のある声に似合わぬ姿に動じることも無く、緑髪の秘書さんは頭を下げて部屋から出て行く。扉が閉まる音が聞こえると、相手はカップを置いて俺達を見た。
「事前に情報はその者から聞いている。お前も出張ご苦労だったな、ローレン」
そう言いながら、ルガール国王はローリーさんを見やる。
「……ローレン?」
顔を歪めて聞き返したブラックに、ローリーさんは仮面の下でくすりと笑う。
そして、ルガール国王の隣に歩み出ると、こちらを振り向いてローブを取った。
「…………ん……?」
青色を含んだ銀髪を、浮かせるようにして後ろへ撫ぜ付けた髪型。
服装はきっちりとしていて、立ち姿はまるで執事のようだ。ルガール国王の隣にいるとしっくりくるような感じだな。……もしや、ローリーさんは国王の秘書なのか?
いやでもそれなら先にそう紹介するはずだよな……。それに、世界協定の裁定員にしては、ちょっと地位が微妙と言うか、なんというか……じゃあ、ローリーさんって何者なんだろう。ていうかローレンさん……?
彼の正体がまったく解らずに眉根を寄せた俺達に、彼は朗らかに笑いながら、仮面を外して見せた。そこにあった、素顔は。
「あ…………」
「お久しぶり……ですね、可愛らしいツカサさん」
仮面を取り去り、彼は丸眼鏡をかける。
いかにも老紳士と言った風体の、怜悧さを感じさせる笑みを持った人。
俺は、この人に会った事が有る。というか、会った事を今まで忘れていた。
そうだ。そうだよ。最初に会った時に握手をして、それからずっと既知感を感じてたけど……そりゃそうだ。覚えが有って当然だったんだ。だって、俺はこの人と握手をした事が有るんだもの。ナンパみたいな事を言って、彼が握手して来たんだ。
ラスターの屋敷で、パーティーを行った時に……。
「そ、そうだった……」
その時のローリーさんは、ローリーという名前じゃ無かった。俺に対して積極的な挨拶を行ってきた、泣く子も黙る貴族のお目付け役として、俺と出会ったんだ……
貴族達を震え上がらせる監察官……ローレン・ブライトさんとして……。
「ローリー……ローリー、ああそうか! クソッ、また愛称か!!」
今更思い至って、ブラックが吐き捨てる。
だがそんなブラックの態度を面白がるように、ローリー……いや、ローレンさんとルガール国王はニヤニヤと笑った。
「まあ、そう怒るな。お蔭で余は充分にお前達の行動を見る事が出来たのだからな」
「すみませんね、ツカサさん。私も仕事でして……」
解ってるけど、解ってるけど、なんか納得いかないっ。
なんかこの性悪国王の掌の上で踊らされてたみたいで、素直に「ローレンさんだったのか!」なんて驚く事が出来なかった。
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