異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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世界協定カスタリア、世界の果てと儚き願い編

35.思いもよらぬ

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※めちゃくちゃ遅れて申し訳ないです…(´;ω;`)ウッ…





 
 
 世界協定本部・カスタリアの最上階にある空中庭園は、夜も壮大な風景だったが、昼間に改めて周囲を見渡すと、夜とはまた違った顔を見る事が出来た。

 時折光を反射する透明なドームの向こう側には、広大な青空が広がっており、それ以外は何も見えない。思い切って透明な壁に手が触れる場所まで近付いてみたが、俺達が知っている地上の風景は遥か眼下にぽつぽつと浮かんでいるだけで、もう街など米粒のようだった。

 準飛竜ザッハークモードのロクで空を飛んだ時も、空から見る地上ってのは凄いなあと思ったもんだったけど、ここからの眺めもなんだか凄い。というか、ちょっと怖い。
 だって、地上の風景が辛うじて見える訳だけど、人間なんてもう見えないレベルだし、そもそも国境の山の頂上付近ってこんなに高いんだって感じで……。

「ここまでくるとちょっと怖くなってくるなぁ……」
「何言ってんの、ツカサ君高いとこ平気じゃないのさ」

 さっきからずっと俺の肩を抱いているブラックは、そんな事を言いながらも上機嫌でニヤニヤしている。「万が一落ちたら危険だからね!」とか言ってはいるが、絶対ただのスケベ心でやっているに違いない。
 だって顔がすげえもん。すげえスケベオヤジの顔してるもん……。

「あのなブラック、別に落ちる事なんてないから大丈夫だって。離せよ」
「だめだめ! 万が一って事が有るんだから、ちゃんと恋人の僕が気を付けてないと! はぁ~……それにしても、絶景だねえ~……」
「そ、そうだな……」

 一応はブラックも景色に感動してるのか?
 だったら……なんか、その……一緒に景色をながめるって言うのも、こ、恋人っぽい感じがするから別に、まあ……。

「こんな綺麗な場所で野外セックスしたら、解放感も倍だろうなぁ~」
「…………」

 前言撤回。別に全然よくない。良くない!
 なんでこいつはこうシモの事しか考えられないんだよおおお!

「ねえツカサ君、時間が有ったらここでセッ」
「ばーっ!! 法の塊みたいな場所でなんてコトしようとしてんだお前はー!」

 つうかこれから何が起こるか解ってるくせに、良くそんな事が言える。
 いい加減放せと肩を掴んでいる手を引っ叩くと、ブラックはねたように口をとがらせて叩かれた手を擦った。

「ちぇー……いいじゃん別にぃ……。あの女から話を聞くだけだろ? だったらすぐに終わるだろうし、その後僕達だけ残ってセックスしてもぉ」
「公共の場を汚すなっつってんの!」
「じゃあ野外セックスするのは良いってこと!?」
「良いワケねーだろが! ったくもう……二人っきりになるとすぐこれだ……」

 まあ、いつもの事なんだけど、こういう真面目な時まで「いつもの」で居られたら話がややこしくなるし、こんな調子じゃエメロードさんと対峙した時どうなるか解らないし、いつもの調子じゃ困るんだよ。
 だから俺だって怒りたくないけど怒らなくちゃいけねーんだぞ。まったく。

 俺達がこの空中庭園に居る理由は、昨日エメロードさんとアレコレしたブラックが、「明日この空中庭園で情報を渡す」という約束を取り付けたからだ。
 そこに俺も呼ばれたから同行している訳で、決してデートなんかではない。

 いわば、取引。そう、俺達は今から重要な情報の取引を行うのだ。なのに、こんなバカップルみたいな事をしている場合じゃないだろう。
 それにエメロードさんにこんな所を見られたらどうなるか……。

「ツカサくぅ~ん」
「ちょっ、も、もう、抱き着くなってば! あのな、今からエメロードさんが来るんだぞ!? そんな事してたら相手が怒るだろうがッ!!」

 抱き着いて来ようとするブラックに「頼むからもうちょっと慎んでくれ」と睨むと、相手はヘラヘラと笑いながらとんでもない返答をしてきた。

「だから? 僕、別にあの女にどう思われようがどうでもいいもん。仮に僕とツカサ君がイチャイチャしてるのを見て情報を出し渋ったとしても、それは相手が悪いだけでしょ? こっちは正当な取引を行ったんだから、それを後からたがえる方がおかしいよ。取引と自分の個人的感情は切り離さなきゃいけないのは当たり前の事だし」
「そ、そりゃそうだけど……」

 ちっとも悪びれてない、それどころかエメロードさんが聞いたら泣くかもしれない事をサラサラとまくし立てている。

 言っている事は正しいような気もするんだけど、でも相手が自分に対して好意を持っていると知ってるのにこんな見せつけるような事をするなんて、あまりにも下衆じゃないのだろうか。そりゃ俺達は恋人同士なんだけど、でも、その事で人を傷つけたいと思った事なんて無いんだから、出来るだけ迷惑になる事はしたくないよ。

 まあ、ブラックは「他人なんてどうでも良い」って奴だから、そういう考え方になるのも仕方がないのかも知れないけど……。
 ぐぅ……こうなったら俺がコイツをコントロールしなければ。
 ブラックの性格はもう直せないんだから、俺がこ、恋人として、ちゃんと手綱を握って、エメロードさんと円満にお話が出来るようにしなきゃいけないんだ……!

 よし、頑張れ俺、ブラックをちゃんとさせるぞ!
 気合を入れ直して、俺は両手を広げてじりじりと近付いて来るブラックを睨んだ。

「ブラック、ちょっと待て」
「ん?」
「ちゃんとしないと……いや、あの……あれだ」

 怒ると逆効果だな。コイツ俺が怒ってもヘラヘラするだけだし。
 となると、ここはもう……あの手しかない。

「エメロードさんと真面目に向き合ったら、その……」
「その?」
「そ……そ、そうだ、耳掃除! 膝枕して、お前の耳を掃除してやる! エメロードさんと真面目に、失礼が無いように話せたら、だぞ!」

 どうだ、良いんだか悪いんだかよく分かんないけど、いい取引だろう!
 俺がブラックの立場なら、俺に膝枕して耳掃除とかされるなんて丁重にお断りするところだが、ブラックなら引っかかってくれるは

「やります、真面目にやります」
「ず……って、おい、早いな!」

 俺の言語処理速度より早い反応とかやめてくれる!?
 つーかこんな約束で真面目な顔になるんじゃない!

 ああもう先が思いやられるなと頭を掻いていると……背後から、扉を開けるような音が聞こえた。ブラックと二人でその方向を見やると――――

「…………来たね」

 俺達の居る場所から離れた場所にある庭園への入口から、従者を従えた女性が入って来るのが見えた。指ほどの大きさにしか見えない距離でも、エメロードさんだと解る。女王だからか、それとも彼女自身がそうあろうとしているのか、遠目から見ただけでも、彼女は只者ではないような雰囲気の人に見えた。

 ……あんな人が、俺のライバルなんだ。
 俺と二人きりで話をしようと思ったほどに、ブラックが好きなんだな……。

 でも、俺はその「好き」を応援する事は出来ない。女の人を悲しませる事はしたくなかったけど……自分の気持ちにそむくのは、もっと駄目だって解ったから。
 だから……あの時とは、もう違う。
 今度はちゃんと、自分の言葉で言い返す。

「……ブラック、行こ」

 そう言うと、ブラックは小さく頷いて俺に付き添うように歩き始めた。
 花園の間を渡る遊歩道を進み、エメロードさん達の所へ歩いて行く。彼女達も俺達に近付くように、ゆっくりとこっちへ進んできた。

 ――なんだか、ドキドキしてきた。これは緊張している時の動悸どうきだ。
 相手はきっと緊張なんてしないないだろうに、俺は情けないくらいドキドキして、何を言われるんだろうって不安になっている。
 それはもちろん、情報の内容がという意味ではない。

 ブラックの事で、エメロードさんにまた胸が痛くなるような正論を言われるんじゃないかと思って、無意識に不安になってしまっているんだ。
 だけど、だからって逃げる訳にはいかない。
 今度こそ……ちゃんと、話し合わないと。

「……ちゃんと、来て下さったのですね」

 一つも震えがない、美しい声。
 彼女は昨日ブラックに悲しい目に遭わされたと言うのに、それでもそんな過去などおくびにも出さず、以前と同じように優雅にその場に立っていた。
 彼女を心配そうに見つめるラセット達を背後に従えて、貴婦人のように。

 ……仮に彼女が悲しみを抑えているのだとしたら、俺はそんな相手にも劣る。
 だからこそ、みっともなく震えている訳にはいかなかった。俺のその行動が、彼女を一層傷つける事だと思ったから。

「そっちも、ちゃんと話してくれるんだろうね?」

 こらえる俺に代わって、ブラックが真面目な声でエメロードさんに言う。
 その声音は冷たさを含んでいたが、エメロードさんは「ええ」と軽く頷いた。

「わたくしは……約束だけは、絶対に違えません。すべてをお話いたします。貴方達が欲しがっていた、妹の……いえ……貴方達自身にも関する、情報を」
「え……」

 どういうことだと二人で目を見開くと、エメロードさんは少し微笑んだ。

「すべてに負けたつもりは有りません。いくらでも機会はあるのですから。……ですが、賭けに負けたのは事実……わたくしは、血迷った賭けをして、負けてしまった。だからこそ、あがなわねばならないのです」
「御託は良いから早く話してくれる?」

 そう言ったブラックに、エメロードさんは少し悲しげに眼を細めた。

「……お話いたします。……まず、シアンを盾にした首謀者……貴方がたは、ギアルギンという名前をもう知っていらっしゃいましたね。その、ギアルギンの事です。……彼は、議員達を殺した時に重要な証拠を二つ残しています。一つは、属性の。そしてもう一つは……――――」

 エメロードさんが、意を決したように口を開いたと、同時。

「あ」

 彼女の小さな口が大きく開いて、目が限界まで見開かれる。
 その小さな口の、下。

 細く頼りない首の中央に――――赤い線が、横に一気に走った。

「え……?!」

 何が起こったのかと瞠目したと同時、彼女の首に走った線が一気に膨れ上がって、水が勢いよくあふれ出るような音を立てながら俺達の方へと飛び散った。
 鉄臭いにおいが、顔にかかった水滴から漂ってくる。……てつ、くさい…………。

「――――ッ!! え、エメロードさん!!」

 叫んだ瞬間、足が動く。俺と同時に駆けだしたのはラセットだ。
 体勢を崩しがくりと膝を負って倒れようとした彼女を、咄嗟に背後で支える。俺は矢も楯も止まらず手を伸ばして、彼女の首に走った線を手で押さえて必死に止血しようとしていた。

「つっ、ツカサ君!」
「ブラック頼む、アドニスか医者を呼んで来てくれ! あと回復薬も!!」
「で、でも」
「早く!!」

 エメロードさんの首から血が流れ出て行く。
 その鮮やかな血はドレスを染めて行き、エメロードさんの顔から血の気を失わせていった。でも、俺はどうしたら良いのか解らない。
 ちくしょう、なんでバッグを置いて来ちまったんだ、回復薬があれば……!

「つっ、ツカサ、姫が、姫が!!」
「落ち着いて……!」

 止血方法は解らない。だけど、この世界でなら俺にもできる事が有る。
 この世界の人の自己治癒力を促す“大地の気”を絶えず供給して、彼女の命を長らえさせながら……水の曜術の【アクア・レクス】で、彼女の血管を繋ぐ事だ。
 でも……。

「どうしよう、やっぱり、ちゃんとした医者に頼んだ方が……」
「ちゃんとって……ツカサ、姫を助けられるのか!?」

 ラセットが、エメロードさんを抱えながら必死で俺に叫ぶ。
 その顔は青ざめて、美形と言えるようなものではなくなっている。愛しい人を助けようと必死になっている、ただの男の顔だった。

 だからこそ、俺は「自分が助ける」とは言えなかった。
 あの時はアドニスの補助があったから成功したんだ。この状態では、彼女を助けられるかどうか解らない。失敗するかもしれないと思うと、無闇に術を使う事は出来なかった。だけど、ラセットは俺が助ける術を持っていると確信したのか、俺に必死で頼んでくる。何度も何度も頭を下げて来た。

「頼むっ、頼むツカサ、頼む! 助けてくれっ、姫を、姫を……!!」
「ラセット……」
「私が死んでも良い、代わりになるならなんでもやる、だから!!」

 ……今は、大地の気をそそいで対処している。だけど、この状態では危ういだろう。
 エルフ神族にも人族に対する応急処置が効くのかどうかは判らないし、いつ医者がやって来てくれるのかすら解らない。
 エメロードさんの状態も、どんどん悪くなって行っているような気がした。

 このままでは本当に彼女が死んでしまうかもしれない。

「…………よ……よし……やってやる……!!」
「ツカサ……!」

 ラセットの声が少しだけ嬉しそうに震える。
 だが、どういう顔をしているかはエメロードさんを見ている俺には分からない。

 一刻も早く、彼女の傷を塞がなければ。
 彼女を死なせてはいけない。ラセットだけじゃない。彼女が死んでしまえば、彼女の収める国の人達も、シアンさんも悲しむ事になる。
 だから、完璧じゃなくても良い。医者が到着するまで、それまで繋げれば……!

「……この体の内をめぐる水脈を、示せ……――――【アクア・レクス】……!」

 大地の気を流して彼女の自己治癒能力を高めながら、同時に水の曜気を両腕に纏わせて、エメロードさんの患部だけを「診る」ことが出来るように集中する。
 瞬間、俺の腕に水色と金色の光のつたが一気に這いあがって来て、肩まで絡まる。それと同時に、俺がひざまずいている地面に魔方陣のような奇妙な方陣が展開した。

「なっ……!?」

 ラセットの驚く声が聞こえる。やはり、この真下からの光は見えているんだ。
 だが、その事に意識を向けるよりも先に俺の脳内に情報が流れ込んできて、視界の中央に真っ黒な空間が割り込んできた。
 黒いその画面は、どくりと脈打って、青い光の線を走らせていく。だが、その線が黒の画面を走る度に、俺は酷い頭痛に苛まれた。

「ッ……ぐ……っ!!」

 気持ちが悪い、吐きそうだ。
 視界が二重にぶれて、意識が途切れそうになる。範囲を絞ったと言うのにそれでもまだ強烈な負担が俺を襲っていた。

 だけど、耐えられない程じゃない。
 今度だって、なんとか、範囲を抑えられている。
 これなら……自分だけでも……!

「っ……こん、ど、は……っ」

 繋がっていない患部を見つけて、脳内で新たに線を繋ぐようにし描き加えて行く。その水脈が繋がり、二度とあふれ出ないようにと。
 だけど、一ミリ単位で線を伸ばそうと思う度に頭がガンガン痛くなって、手を離しそうになるほど呼吸が苦しくなった。

「お、おい、大丈夫かツカサ!」

 ラセットの声が聞こえる。
 目の前でずっと抑えているエメロードさんの首も、必死で繋げようとしている黒い画面の中で途切れている青い線も見えるのに、ラセットの顔は見えない。
 自分がどんな表情をしているのかは解らないけど、顔からとめどなく汗がぼたぼたと零れていくのだけは解って、俺はえづきそうになるのどをぐっと堪えた。

 まだ倒れる訳にはいかない。頑張らなきゃ、どうにかして、繋げなければ……!

「く、そ……ッ!!」

 あと少し。もう少し。もうちょっとで、繋がる。繋がるから……!!

「~~~~……ッ!!」

 周囲の光がうざったい。頭がガンガンと痛む。目がかすんで線が見えなくなる。首が痛い、呼吸が苦しい、何もかも投げ出してしまいたい。
 だけど、あと少し。この爪の先程度の最後の線を、繋いで…………――――

「……!」

 バチン、と、頭の中で画面がはじけて大きな音がする。
 刹那俺はその音に弾かれたように思い切り体を反らして、その場に倒れ込んだ。

「ツカサ!」

 ガン、と後頭部を思いきり打ったような感覚がする。だけど、頭の中から生まれる凄まじい痛みに比べたら、そんな痛みなどなんともなかった。
 それより、エメロードさん。エメロードさんの、傷は。

「ら、せっと……っ、はっ……はぁっ、は……え、えめろ、ど、さん……っ、は……っ」

 息が苦しい。呼吸が辛くて、必死に彼女の状態を問いかける。
 汗で視界が滲んでいて、まだ周囲が良く見えない。仰向けの目に見える青空の雲ですらぼやけて、俺にはもうn何が何だかわからなかった。

 そんな俺の状態にラセットは息を飲んでいたようだったが……数秒、無言になってから、何やらワアッと声を上げた。

「ふ、さがって……ふさがっているっ、ツカサ、傷が、傷が治っているぞ!!」

 ラセットの心の底からの嬉しそうな声に……やっと、緊張が解ける。

「ツカサ君! 薬持って来たよ!!」

 とどめにブラックの声が遠くから聞こえて来て、俺は一気に力が抜けた。












 
 
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