異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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世界協定カスタリア、世界の果てと儚き願い編

34.答えなどないのかもしれない1

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 ラセットやクロッコさんと別れて帰る道すがら、俺はずっと考えていた。

 ――真実など、知らない方が幸せだ。

 それは、どういう意味なのだろうかと。

「うーん…………うーん……? まあ、意味は解るんだけど……」

 要するに、知っちゃったらロクでもなくて後悔するって話だろ?

 考えて見れば、俺にもそういう経験は有る。
 例えば、モザイクの向こう側はどんな風になってんだろうと妄想を膨らませていたのに、実際の無修正を見たら案外グロくてしばらく落ち込んでしまった……みたいな時だ。今はそうでもないけど、あんときゃ本当に見なきゃよかったと思ったなあ。

 だって、エロ漫画みたいな可愛い感じかと思ってたら、大人のは父さんが持ってる劇画に出てくるような、リアルでなんかこう……とにかく、凄かったんだもの。アレは最初見た時は確かに知らない方が幸せだと思ってしまっていたよ。うん。

 まあいつか見るもんだしと思って割り切って平気になったけどね。それにしても、オーデルの首都で見たストリップは凄かった。やっぱ生はヤバい。実際のブツってのはトラウマを凌駕りょうがするよほんと。
 うん、いや、そうではなく。

 さすがに今の例えは下衆すぎるだろうか。けれども、俺が知って後悔したような物なんて、そんなのしかない訳だし……。

「いや、待てよ。この世界でなら結構あったような……」

 歩きながら腕を組んで考える。
 ……最たるものと言えば、やはり黒曜の使者の事だろうか。

 ただの災厄級のチート能力だと思っていたのに、まさか自分の命を脅かし、更には神と対決するために与えられた力だったとは、夢にも思わなかった。
 だって、俺はただ放り出されただけなんだもの。
 そんな重い定めを背負っているなんて知らなかったし、そもそもの話、自分が何故召喚されたのかも今まで分からなかったのだ。

 だから、それを聞いた時にはかなりのショックだったし、かなり精神的に不安定になったりもしたけど……引き摺ったかと言えばそうでもない。

 そりゃまあ、異世界に落とされてこんな力を持たされたんだから、理由が無い訳が無いよな。最初から神様が全部説明して「チートで楽しく自由に生きろ」と言われたのなら、俺だって今頃は充分楽しんでいただろうけど……そうじゃなかった。
 何も教えられなかったから、俺はずっとこのチート能力を怖がっていたんだ。

 ……でも俺は、自分の事を知りたかった。自分の事を見極めたくてブラックと旅を始めて、シアンさんにも協力して貰って、ずっと旅を続けて来たんだ。

 だから、ギアルギンにとんでもない事を突き付けられた時も、キュウマから黒曜の使者の事を教えて貰った時も、結構ショックを受けたけど……でも、俺の力にやっと理由が付いたような気がして、心のどこかで少しほっとしてもいた。
 後悔したり引き摺ったりしなかったのは、心のどこかで最悪な真実を覚悟していたからかも知れない。

 それに……俺には、気遣ってくれる仲間がいた。

 ブラックは勿論、クロウもラスターもシアンさんも、アドニスやロサードだって、俺がおかしな存在だと示されても、俺を怖がるどころか気遣ってくれた。
 俺の不都合な真実を知っても、ありがたい事にそばに居てくれたんだ。
 だから、俺もすぐに受け入れて、立ち直れたのかも知れない。
 変な奴……ダークマターだって、俺のことを叱咤激励してくれたしな。

「…………俺、ほんと恵まれてるよな」

 今まで出会って来た人に悪人は居ない、とは言わない。
 だけど、俺に対してはみんな優しかった。俺に対して良くしてくれたんだ。
 思い返すと胸がじんとして、俺は今更ながらに出会って来た人達に感謝をせずにはいられなかった。本当、途中で挫折ざせつなんかしてたらきっと死んでたよな、俺……。

 …………いや、死ねないんだっけ。

「……そうか、死ねないんだよな、俺…………」

 再び思い返して、泣きたくなるぐらい悔しくなる。
 死ねない能力を持っているのなら、もっと早く知りたかった。
 そうすれば――――

 あの時、あの時も、俺が身代わりになれたのに。

 パーヴェル卿と、ラトテップさんを、救う事だって出来たかもしれないのに。

「………………今更考えても、仕方がない事だけどさ」

 この世界では、油断して居ればすぐに死ぬ。戦いで生死が関わらない方が珍しい。
 だからこそみんな割り切って、相手の人体を切り裂く武器を使っている。そういう世界だと理解しているから、人の命は俺の住んでいる世界よりもずっと軽かった。
 だけど、いまだに慣れない。

 人が戦闘として殺し合いをするのは、納得は行かないけど許容はできる。だけど、自分の手で人を殺したり、目の前で人が死んだりするのは、やっぱり嫌だ。
 知り合った人の死なら、尚更辛かった。

「神様のばっきゃろう……なんで説明すんのやめちまったんだよ……」

 俺は、この能力を悪い事に使う気なんてなかった。
 もしかしたら「神様と対決する」なんて事など出来ずに、逃げてしまったかもしれないけど……でも、絶対に、人をおびやかそうとなんて考えなかったよ。
 自分が不死の肉体だと知っていたら、きっと、色んな人を救えたはずだ。
 だからこそ……責任転嫁だと解っていても、神様を恨まずにはいられなかった。

「……あ、そうか。これが『真実なんて知らなきゃよかった』なんだな……」

 知らなければ、後悔も生まれなかった。
 自分に再び失望する事も無かったし、理不尽に誰かを恨む事もなかっただろう。だけど……真実を知らずに生きて行くってのにも、首を傾げる部分は有る。
 それで良いのかって思う熱血正義漢な自分が居るけど……でもそれはおごりかも知れないし、第一不都合が無いのであれば、それはそれでオッケーなのかもしれんし。

 うーん、やっぱり俺には難しい問題だなぁ……。
 場合によってこう言うのは答えが異なるだろうし……人の対応次第では、真実を知って良かったって場合もあるもんなあ。
 良い悪いで考えられるなら、俺だって今悩んでないワケで。

「むー……。やっぱこういうのは俺には結論がだせん」

 だって俺、バカだからな!
 毎回赤点ギリギリでテスト受かってるのに、そんな「人の根源とは何だ……?」みたいな深い問題考えられる訳がないじゃん。それは賢い奴が考える事であって、俺は俺が思うがままに行動するしかないんだ。

 真実がどうとかはよく解らんけど、俺にとっての「真実」は、悪いことばっかりじゃなかったよ。だから、真実がどうかなんて自分一人で決められる事でもないし、今すぐに良かった悪かったって言える物じゃないんだと思う。

 俺にとっては最悪だった黒曜の使者の事だって……ブラックが、今でも「恋人」だって、離さないって、言ってくれたから……だから、俺……。

「…………」

 何だか急に恥ずかしくなって、眼のすぐ下の所がじわじわ熱くなる。
 よくよく考えたら、ブラックにあんな事言っちゃったのって、黒曜の使者の事もあって物凄く不安定だったからなのかな。何か自分でも驚くほど泣いちゃってたし。
 でもその、よ、よく考えたら、あんな格好悪い事して、だ、だ、抱いてくれとか。
 いやその覚悟して言った言葉だけど、男に二言は無いけど、なんか今になってじわじわ恥ずかしくなってきあああああぁ……

「どっ、ど、ど、どしよ……っ。ブラックの顔見れないかも……っ」

 思い返せば思い返すほど今更恥ずかしくなってきてたまらなくなる。
 ほっぺたを両手で覆っても、自分がやったことの過激さを自覚する度に熱は下がるどころかどんどん上がって行った。

 ちゃんと自分で決めたはずの事なのに、なんで今更恥ずかしくなるんだろう。
 完全キャパオーバーだったから? 似合わない事やっちゃったから?
 ああもうわかんねえぇ……。

「うぅうう……こ、こうなったら早めに部屋に帰って落ち着くしか……」

 顔を振って必死に熱を飛ばしながら早足で廊下を歩く。
 もう少しで部屋のドアが見えてくると思い、ふっと前方に目を向けると……部屋の前で必死に自分の体を確認している不審者が見えた。

 何度も色々な所を見ているもんだから、垂らした赤髪がせわしなく揺れていて余計に近寄っちゃいけない人に見えてしまっている。
 ありゃもう間違いなくブラックだよな……なんか……なんか、今までわずらわしかった熱がスウッと引いてしまったが……ま、まあいい。良いんだ。これで良かった。

 これならブラックの顔もちゃんと見上げられそうだと安堵あんどしつつ、俺はブラックに声を掛けながら近付いた。

「おーいブラック」

 そう言うと、不審者はコンマ何秒かで一気にこちらを振り向いて目を見開いた。
 こ、こわい。

「アッ……! ツカサ君っ!!」

 俺を見つけた途端にぱあっと顔を輝かせて、ブラックは両手を大きく広げながら、こちらへと駆け寄って来ようとした。が、急に立ち止まり、不安そうに自分のシャツを引っ張っていだりしている。

 何をしているんだろうかと首を傾げていると、ブラックは何やらしょげたような顔で、おずおずと俺の方へ視線を寄越した。どうしたってんだ一体。

「なんだよ」

 一言いうと、ブラックはねたような声で返した。

「……い、今の僕……ちょっと、嫌な臭いするかも…………」

 嫌な臭い。
 ――――ああ、そうか。エメロードさんと寝たから、それで。
 二人で話し合って「やろう」と改めて決めたのに、それでもブラックはエメロードさんと寝た事を負い目に感じているのだろう。

「…………バカだなぁ」

 アンタが真実を話しても信じてくれたように、俺もアンタの言葉を信じてるよ。
 だから、どんな状態だって。

「あ……」

 距離を縮めて、不安そうな顔のブラックを抱き締めてやった。
 相手は驚いたような声を出したけど、すぐに俺をぎゅうっと抱き締めて来て、嬉しそうに頭を擦りつけて来た。

「ツカサ君……」

 甘ったるい匂いと、煙草のような不思議なにおい。
 いつもならブラックから漂って来る事のない独特の香りに、少しだけ妬けたような気もしたけど……嬉しそうなブラックの声を聴くと、何も感じなくなった。

「おかえり。ブラック」
「うん……ただいま、ツカサ君……」

 その嬉しそうな言葉だけで、俺は満足だった。











 
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