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世界協定カスタリア、世界の果てと儚き願い編
29.一世一代の意図せぬ言葉
しおりを挟む心臓がすごくバクバク言ってる。
こんなの、学校で劇をやらされた時以来だ。
だけど「冷静な自分」を演じると言う意味では、劇と同じなのかも知れない。
俺がブラックに縋って許しを請うには、俺の中のガキの部分をどれだけ抑えられるかにかかっている。こんな事を言うと、今から起こす「誠実な行動」が欺瞞に見えるかもしれないけど、俺にとってはウソじゃない。
ちゃんと話したいと思うからこそ、冷静な自分の仮面を被りたいんだ。
本当の俺は泣いて喚き散らしたいくらい動揺してるけど、でも、それじゃ何も解決しない。そう思うくらいの理性と大人らしさは俺にだってあるんだ。
だから、ちゃんとブラックと話し合いたかったから、仮面を付けた。
ブラックと、このままの辛い状態で居たくなかったから。
「…………」
深く息を吸いながら、ドアを閉めてゆっくりと部屋に入って行く。
ドア側からみると、壁の角の向こうにベッドから伸びる長い足が見えた。
……ベッドに腰掛けてるのかな。
ぎこちないながらも足を進めると、俺の予想通りブラックはベッドに座っていた。
ただし、リラックスした状態では無く、仏頂面で気難しそうに腕を組んで。
「…………そこ、立って」
顎をしゃくって、ブラックは俺の立ち位置を指定する。それは、自分の目の前だ。
なんだか前にもこんな事が有ったような気がしたけど、仮に覚えていてもこの状況にはどれだけ経っても慣れないだろう。
動揺しないようにと勤めながらブラックの前に立つと、相手は息を吐いた。
……それだけで、体が震えそうになる。
だけど、ここで折れてしまう訳にはいかない。
「で……? なにしにきたの」
冷えた声に、心臓が痛くなる。
まるで……クロウの事でブラックを怒らせてしまったあの時みたいだ。
だけど、今の俺はあの時とは違う。
俺は今一度喉にぐっと力を入れてから、口を開いた。
「……ごめん、ブラック。お前の気持ちも考えずに、あんなこと言って……本当に、申し訳なかった」
頭を下げたって、相手の顔が見えなくなるだけだ。
じっと目の前の不機嫌な大人を見つめると、相手は片眉をぐっと寄せた。
「本当にそう思ってる? 何が悪かったのか、解ってるっての?」
…………やっぱり、信用してくれてない……。
そりゃそうだよな。言葉だけじゃ何とでも言えるんだ。それに、今までの俺ならきっと何が悪かったかも理解していなかっただろう。
でも、だからこそ、ちゃんと伝えなければ。
俺はブラックの問いに、拳を握って強く頷いた。
「ブラックの気持ちを考えないで……好きにしたらいいって、言ったこと……」
「……ほう?」
「ごめん、ブラック……あんなの、アンタがどうでも良いって言ってるようなもんだよな。だけど俺、それがアンタの為になるんじゃないかって思ってたんだ。だから……あんな事を言っちまった……」
「は? 何が僕のためだって?」
ああ、やっぱり怒ってる。でも仕方ない。怒るような事を言ったんだから。
俺の勝手な思い込みだったんだから、話せば当然ブラックだって怒るだろう。
でも不機嫌な声を出されたからって怯えて口を閉じたら、またブラックを失望させてしまう。ちゃんと、話さなきゃ。
どんな事になったって、まずは自分の気持ちを伝えなければ。
俺は顔を上げたまま、強張って痙攣して来る顔を必死に抑えて続けた。
「俺とするだけじゃ、満足してないんじゃないかって思ったんだ。……だって、俺、すぐに失神しちまうし、アンタ三回じゃ治まらないってよく言ってたし……。でも、曜気を勝手に吸っちゃう今の状態じゃあ、何度も出来ない……だろ……? だから、つらい思いをさせるくらいなら……俺が、我慢して……好きにして貰った方が良いんじゃないのかなって、思って……」
「ツカサ君……」
呆れたような声と表情が見える。
もう目をそらしてしまいたい。眉間が痛くて、抑えているのに顔が歪んでくるのが解ってしまう。こんなはずじゃなかったのに。ブラックのいつもとは全然違う冷たい顔を見ていると、胸が痛くて自然とシャツの胸元を握ってしまった。
こんなんじゃ駄目だ。
ちゃんと、最後まで言わないと。
「でも、そ、そんなの……ブラック自身が考える事で、俺が考える事じゃなかったんだよな……。それに、俺……ブラックの気持ちを考えもしないで、ブラックに言われたら一番嫌な事を、自分で言っちゃったって、やっと気付いて……」
「…………」
「謝っても許されることじゃないって解ってる。だけど……だけど、俺……ワガママを言って、アンタに……嫌われたくなかったんだ……」
ブラックの目が、思っても見ない事を言われたと言わんばかりに丸くなる。
許してくれたのかどうかはまだ判らない。もしかしたら、何を言ってるんだと呆れたのかも……。だけど、今更口を噤む事も出来なくて、俺は続けた。
……もう、顔を見る事が辛くて、目は背けてしまったけど。
「俺……男、だし……エメロードさんみたいに、胸もないし、アンタを喜ばせる方法すらも知らないし……それに……いつも、我慢させてばっかりで……。だから、我慢させたくなくて、いっそブラックが良いと思うなら、女を求めたって……仕方ないんじゃないかって……そう、思ってたんだ……」
「ツカサ君……」
この声音はなんだろう。呆れか、憐みか、それとも失望だったのか。
判らない。知りたいと思っても、解りたいと思っても、やっぱり俺には相手の気持ちなんて察する事が出来ない。それが悔しくて拳を強く握った。
掌に爪が食い込むほどの強さで握っても、堪えるのに足りない。だけど、もう、言ってしまった以上、止まれなかった。
「だから、俺、そういうつもりで……言ったんだけど……。……ごめん、ブラックがどう思ってるか、ちゃんと聞けばよかったんだよな……。今更言ったって遅いけど、でも、俺、このまま黙ってるのも、アンタに謝らずにいてもっと嫌われるのも、どうしても、嫌で」
「ちょ、ちょっと待ってツカサ君」
「こんなんじゃ許されないって解ってるけど、でも、ブラックの事傷付けたんなら、どうしても謝りたくて、許されるならなんでも、土下座だって殴られるのだって……!」
「つ、ツカサ君たらっ!」
視界の端で、ブラックが足をもたつかせながら走る音が聞こえる。
だけど、俺はまだ肝心な事を言ってない。言わないままで終わる訳にはいかない。ブラックに一蹴されるかもしれないけど、でも、どうせなら言って終わりたい。
そう、俺が口を開こうとすると。
「ッ……!」
いきなり肩に強い衝撃が走って、体が傾く。だけど倒れ込む事は無くて、俺はその衝撃に思わず正面を向いてしまった。そこには、至近距離で俺を見つめる、ブラックの困惑を含んだような言い表せない表情が有って。
思わず息を呑んでしまったが……まだ、俺の肩を掴む程度には近い存在だと思ってくれている事に、俺は……涙が出て来そうになるのを感じて、ぐっと堪えた。
間に合うだろうか。まだ、言っていいんだろうか。
期待してしまう自分を浅ましいと思いながらも、俺は今以上の勇気は持てないと思って――――ブラックに、告げた。
「だ、けど……もし、まだ……ブラックが、俺のこと、許してくれるなら……俺……いい、から」
ブラックの顔が、強張る。
俺が何を言おうとしているのかを察しているのか、それとも俺と同じように、思い違いをして顔を強張らせたのか。どちらにせよ、俺にはもう迷いはなかった。
「こんな事、いうの……お前にとっては嫌かも知れないけど、でも……俺……アンタと離れるの、やだよ……。俺、やっと……今更、気付いたんだ……。アンタのことが、そのくらい好きだって、やっと……」
「つ、かさく……」
目の前にある綺麗な菫色の瞳が、揺れている。
肩を掴んでいる指が痛いくらいに肉にめり込んできて辛かったけど、俺はブラックの顔を一心に見上げて、精一杯の声で伝えた。
「俺、アンタと離れたくない、ずっと一緒にいたいよ……っ! だから……だから、もし、俺の事を許してくれるなら…………だ、いて……抱いて……お願い……っ」
大きく見開かれた眼が、ぶれる。
今までに見た事も無いくらいの顔で、ブラックがどう思っているのか解らない。
真顔にも見えて、怒っているようにも見えて、虚を突かれたようにも見える。だけど、俺が考えたって解らない。だからもう、考えずに、俺はブラックだけを見て繰り返した。
「俺……ずっと……ずっと前から、ブラックが、いつか俺に飽きちまうんじゃないかって思って、怖くて……っ、だからっ……だから素直になれなくて、アンタが望んでた事も、うまくいえなくて……! だけど、俺、やだよ、ブラックに嫌われるの、嫌だ……アンタと、一緒に居たいよ……!」
「っ……」
「もう遅いかも知れないけど、でも、俺……っ」
そう言って、また“前にブラックが望んでいた事”を言おうとしたと、同時。
俺の肩を痛いくらいに掴んでいた手が、急に俺の脇に差し込まれて、俺はそのまま乱暴にベッドへと放り投げられた。
何が起こったのか解らなくて起き上がろうとするけど、すぐにブラックが俺の上に乗っかって来て、逃げ場が無くなる。
思わず息を呑んだ俺に、目を見開いたままのブラックが顔を近付けて来た。
「でも俺……なに?」
「え……」
「ツカサ君、なんて言いたいの?」
怒ってる……?
そうなのかな、怒ってたらどうしよう。やっぱりもう、ダメなのかな。自己弁護しようとして媚を売ったように見えたんだろうか。それなら、もう……俺、ブラックに……。
「う……」
やっぱり、嫌われたのかな。
もうダメなのかな。やだ。やだよ。まだ、何も言えてないじゃないか。
ブラックに土下座すらしてない、ブラックの気持ちも聞いてないのに。
そうじゃない。いやだ。俺、本当はそんなことなんてどうだっていいんだ。ただ、ブラックに、離れて行って欲しくない。もう二度とブラックに抱き締めて貰えなくなるなんて、いやだ。一人はいやだよ。
だから、嫌われずに済むなら、なんだってやる。だから。
「なんて言ったの。もう一回、言ってごらん。なにを……お願いしたいの?」
ねっとりした声。怒ってるのかどうか解らない。
だけど、黙っていればきっと更にブラックを怒らせてしまう。
だから俺は、何故か声がうまく出ない口で――必死に、ブラックに請うた。
「っ、ぅ……だ、いて……っ。ブラック、に……抱い、て……ほしい……っ」
もう、メスでもいい。男じゃ無くなってもいいから。
だから、もう一度。
「なに? ちゃんと言って……」
声が、低い。お腹の奥に響いて、じんじんする。
心臓は痛いくらいに鼓動を打ってて苦しいのに、ブラックが俺を許してくれたかのように髪を梳いて頭を撫でてくれるのに、涙があふれて来て。
許してくれるんだろうか。まだ、何かを言っても良いのだろうか。
ブラックに、お願いを言っても許されるのだろうか。
「ツカサ君、ほら……」
優しいような、どこか怖いような声。
涙で滲んで見えづらいブラックの顔は、口だけ笑っているようにも見える。
……笑ってくれているんだろうか?
わからない。解らない、けど。
「えっち……して……。
お願い…………俺の、こと……抱いて……下さい……っ」
胸が痛い。
自分が言った言葉なのに、恥ずかしくて情けなくて、涙が止まらない。
心がバラバラになったような気がして、だけど体が軽くなったような感じもして、何を感じ取ったらいいのか混乱して解らなくなる。
悲しくて、痛くて、気が楽になって、緊張して、恥ずかしくて、つらくて、怖い。
今すぐ逃げ出したいくらい顔が痛くなって、体は嗚咽で震えているのに、なのに。
「は……はは……ははは……」
目の前の恋人は、顔に陰を掛けたまま笑って、俺を離してはくれない。
ただ笑うだけで、俺の言葉に返答をしてくれない相手を見上げると。
「はははっ、あはっ、はっ、あははははは! あはははははははは!!」
ブラックは、体を上に逸らして狂ったように笑うと――――
狂気を孕んで瞠目した目で、俺をじっと凝視して来た。
「はっ、はははっ、はぁっ、は、つ、……ツカサ君……ははっ、ははは……」
「ぶ……ブラック……?」
恐る恐る呼ぶ相手は、声を聴いているのか解らないような顔で、にたりと笑い。
そうして……低い声で、こう言った。
「ははっ、は、じゃ……じゃあ……ちゃんと、言ってくれないとぉ……」
「え……」
「ドコにナニを挿れて欲しいのか……い、言えるっ、よね……? 僕に、許して……だ、抱いて、抱いて欲しいっ、ん、だもんねぇ……?」
嘲るような声に聞こえる。
だけど、もしもそれがブラックの戯れだったとしても、俺に拒否権はない。
何をしてでも許して貰うって、決めたんだ。
覚悟して、なげうったんだ。だから。
「…………」
俺は、ぎこちなくブラックに頷きを返したのだった。
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