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世界協定カスタリア、世界の果てと儚き願い編
28.やっと、気付いた 1
しおりを挟む世界協定本部・カスタリアの屋上階。
受付の人に入る許可を貰って辿り着いたそこは、俺が想像していたよりも、もっとずっと綺麗で凄い場所だった。
「わ……」
少し重い扉を苦心して開いた先に広がっていたのは、視界のまで広がる庭園。
夜だと言うのに、色とりどりの花が咲いている様が判るのが不思議だ。どうなっているんだろうかと遊歩道を進んでみると、屋上庭園全体の床が薄緑色の緩い光に照らされているのが解った。
どうやら、この謎の明かりのお蔭で明るかったらしい。これも曜術なのかな。
「それにしても……広いな……」
呟いて、俺は周囲に木が一つも無いのに気付いた。東屋がぽつりぽつりと周囲に立っているが、それ以上に高い物は何もない。もしかして、これが屋上階をより一層広いように思わせているのだろうか。
そんな光る花園を守るように、光に照らされて時折反射する透明なドームが、空を覆っている。光が写らない限りは全く持って姿が見えないが、一体どういう原理なんだろうか……。曜術って言っても、まるで解らないな。
でも、ここまで開放感があると、流石に気持ちが良い。
今までの庭と少し趣が違うけど、こういう感じだとなんだか公園を思い出すな。
こんな綺麗な公園には行った事が無いけど、周囲が透明なドームであるおかげで閉塞感は無くて、空一面の星空をどこからでも眺める事が出来た。
「カスタリアって、こんな場所も有るんだ……」
キュウマがいたエンテレケイアの空中庭園も凄かったけど、ここは別格だな。
これこそが空中庭園と言うべきなのではないかと言うくらい、周囲には星しか見えないし、一面の花園だし。そういえば、ここって中庭もあるんだよな……もしかして、木の曜術師のために植物を植えてるって事も有るのかな。
俺はチートマンだから平気だけど、この世界の人達は曜気の循環ってのをしなきゃいけないらしくて、自分のそばに同じ属性の物が無ければ、循環が出来なくて具合が悪くなったり、力が出なくなったりするらしいし。
最悪死ぬかもって感じだったから、用心の為に庭を造ってるんだろうか。
「そう言えば……どこいっても花瓶とかあったし、気を使ってるのかな」
考えていると少し気がまぎれた気がして、俺は緩く動く髪を軽く抑えた。
「……ん? 風……?」
ふと気が付けば、花はそよぐ風に揺れている。カスタリアは国境の山の頂上にあるから、外は冷たい風が吹き荒れているはずだ。そんな気候では、花など生きていられないだろうに。となると、これも曜術がなんらかの作用をしているんだろうか。
今更だけど、ここって本当に不思議な世界だ。
でも……気持ち良いな。少し冷えた風が吹くと頭も冷えるから、今は助かる。
夜だから冷えているのかも知れないけど、昼間はどんな感じだったんだろう。
こんなに太陽に近ければきっと光で焼けそうにもなるだろうから、そこもまた違う対策をしてあるんだろうな。ここまで完璧に花を育てられるなら、きっとそう言う事にも対応しているのだろう。
「はぁ…………」
やっと、息がつけた気がする。
外だからそう思うのか、それとも誰もいないからそう思ってしまうのか。
そこを考えると色々とまた落ち込んでしまいそうだったので、頭を振る。
とにかく落ち着かないと……。
そう思って、息を吸いこんだ俺の後ろで、
「……こんな所で何をしていらっしゃるのかしら」
聞き覚えのある、可愛らしい女性の声が聞こえた。
「――――――ッ」
覚えていない、なんてとても言えやしない。
だってその声は、今日俺が聞いたばかりの声で。ブラックにだけは殊更甘くなる、今だけは思い出したくなかった……お姫様の声だったんだから。
……だけど、このまま振り向かないで立ち続ける事は出来ない。
相手はお姫様だ。しかも、シアンさんの命運を握っている。ここで俺が変な態度を取ったら、どうなるかも判らないんだ。
また緊張して来たけど、無視するわけにはいかない。
俺は思いっきり吸い込んだ息を少しずつ吐き出しながら、相手を振り返った。
「…………れ、レクス・エメロード様……お会いできて光栄です……」
振り返って、ぎこちない態度だけど必死に礼をする。
と、相手はどこか嘲るような感じで、ふふふと笑った。
「そんなに緊張しなくても良いのですよ。それに、敬語もいりません。わたくしは、貴方に大変申し訳ない事をしているのですから」
……もしかして、それって……ブラックの事……?
でも、だからってその言葉に乗って罵ったんじゃこっちが悪者だ。
俺は冷静になるために最上階にまで来たんだから、怒ってちゃ世話ない。
エメロードさんの明らかな敵愾心を感じ取って胸が痛くなりつつも、俺はその痛みを堪えて首を振った。
「いえ……そんなことは……」
「あら、御出来にならないの? では貴方は、ブラック様の事はその程度……わたくしに対して感情をむき出しにして怒る事はないと思う程度の存在だと、思っておいでなのですね」
「え……」
「だってしょうでしょう? 今そうして冷静でいらっしゃると言うことは、狂う程にブラック様を愛していないと言うことではなくて?」
そん、な……そんな、こと。だって、感情をむき出しにして起こっても何にもならないじゃないか。相手を怒らせるだけだし、逆手に取られてしまう。
周りも見えなくなるから、怒るなんてもってのほかだろう。
なのに、エメロードさんはどうしてそんな事を言うんだ。こんな時は怒っちゃいけないんじゃないのかよ。どうしてそれが「ブラックを愛してない」って事になるんだ。
違うよ。俺だって、ブラックの事、好きだよ。
だけど、今泣いてどうなるんだよ。怒って何かが良い方向に変わるのかよ。
そんな事なんて絶対ないじゃないか。なのに、どうしてそんな風に言うんだ。
分かんないよ、なんで。エメロードさん、なんでそんな意地悪な事を。
「貴方の彼への想いは、その程度なのですね」
「ち……ちが……」
違う。そう言いたいのに、言葉がつっかえて出てこない。
なんとか反論したいのに、頭の中がかっと熱くなって何も考えられなくて、そんな自分がみじめで仕方なくて叫び出したくなる。
もっと、気の利いた事を言いたいのに。声を出してしまたら泣いてしまいそうで、体が震えて、どうしても思ったように言葉が出なくて。
必死で反論の言葉を考えようとしているのに、何も出て来なかった。
そんな俺に、エメロードさんは勝ち誇ったように笑う。
「みじめですわね。指摘されて、そこまで動揺して……。貴方は、ブラック様が望む言葉一つもわたくしにぶつけられないのですね。そんな体たらくでブラック様の恋人を名乗っているなんて、笑止千万です」
「ぅ…………」
「貴方のような、相手の愛に胡坐をかいているような方……わたくし、本当に最低だと思いますわ」
胡坐をかいている。
そう、かもしれない。だって、俺はブラックに望む言葉の一つも与えてやれない。
「好きだ」って言葉もさらっと言ってやれないし、いつも人のいる所ではアイツの事を拒否してしまう。それでもブラックは、俺の事を見捨てないでいてくれて……。
…………それって、そうなのかな。
アイツの好意に俺は甘えているだけだったんじゃないのかな。
だって、恋人なら、きっとお互いにスキって言い合って、バカップルって呼ばれるくらい相手の事しか見えないほどに夢中になってて……。
「っ…………」
「ここに居る間の姿を見ているだけでも、貴方が彼の事をないがしろにしているのが解る。他人にまでそう易々と見破られるなんて、本当に恋人として恥ずべきことだと思わないのですか? ブラック様の想いに応えられているのか疑問ですわね」
エメロードさんの言葉が、胸に酷く突き刺さる。
その度に痛くてシャツの胸元を掴むけど、痛みは消えてくれなかった。
どうしよう。
どうしよう、俺、そんなんじゃもう、ブラックに許して貰えないかもしれない。
エメロードさんが言うように、俺、ブラックにえっちしようって言われた時、殆ど嫌がって拒んで、ブラックの良いようにさせてやった事なんて、なくて。
ブラックはえっちするのが好きだから、いつも俺にサカッてきてたけど、俺、その事に素直に同意してやった事なんて……。
「ぅ……ぁ……」
エメロードさんの言葉に、自分の失態が次々に浮かんでくる。
あれも、これも、俺はブラックの望むがままにしてやれなかった。
ブラックの欲しがったことを何一つしてやれない自分に、胸が苦しいくらいに締め付けられて、心臓がどくどくいって、顔が熱くて目の奥がじわりと辛くなってくる。
泣いちゃ駄目だって解ってるのに、それを思うと…………
今までの失態の積み重ねで、ブラックに本当に嫌われてしまったんじゃないかって考えると、どうしても、もう……目から何かが零れるのを、抑えられなかった。
「……男のくせに、涙で籠絡するつもりですか? 情けないですね。……まったく、こんな子供染みた方がブラック様を縛っていたなんて、本当に腹立たしい……。彼の事を癒せもしないのに、何故恋人になったのです?」
「っ……ぅ……う、ぅ」
「貴方のように甘やかされるだけの立場に甘んじている方、わたくし大嫌いですの。改めて話してみて、ブラック様を今日お誘いして良かったと思いました」
その言葉に顔を上げると、涙に濡れた視界に、ぼんやりと美しい女性が写った。はっきりみえていたら、俺は多分逃げてしまったかもしれない。
それくらい、彼女の姿を見た時に、俺は酷い痛みを体中に感じた。
だけど、そんな視界でも相手が俺を嫌悪したような表情で見つめて、憎いと言わんばかりの冷えた声を発するのだけは解って。
「わたくし、貴方に負ける気はなくてよ。例えブラック様が振り向いて下さらなくとも、わたくしは努力して磨き上げたこの体と愛の心で、きっと彼を振り向かせます」
目を見開いてエメロードさんをはっきり見た俺に、相手は自信に満ちていっそ美しいとさえ思ってしまうほどの勝ち誇った微笑みを俺に見せつけた。
「……彼の欲しい物を一つも持たない貴方には負けません。献身も、努力も、彼への愛も、わたくしの方が勝っています。……わたくしは、ブラック様がどのようなお方であっても、例え犯罪者であろうとも、彼を愛していると世界中の人に叫びますわ。彼が望むのであれば、なんだろうと差し出します。もちろん、命でさえも。……貴方に、その覚悟ができて?」
世界中の人に、愛していると、叫ぶ、覚悟。
そん、なの。
「明日、わたくしは彼を無理やりにでも奪います。……絶対に、負けません。今夜は、その事を言いに来たのです。……では、ごきげんよう」
エメロードさんはそれだけを言うと、美しい動きでお辞儀をして踵を返した。
可憐で細い肩。小さな背中。だけど、その背中は誰よりも自信と確信に満ち溢れている。あんな事を沢山言われたのに、俺にはその背中が羨ましく思えた。
そんな背中を、俺も、したかった。
だけど、今の俺は。
「っ……く……ぅ、うぅ……ぅあぁ…………」
情けない。どうしようもなく、情けなくて仕方がない。
何も勝てない。俺にはあの人に勝てるものがない。
ブラックを傷付けて、怒らせて、あいつの欲しがる言葉を素直にやれなくて。
そんな俺が、どうやったら彼女に勝てるんだろう。
愛しているとはっきり言い切る事が出来る、彼女に。
……もし、ブラックが好きだと言う気持ちすら、負けていたら。
そうしたら俺はもう、彼女に勝てる物なんて何一つない。それが悔しくて、自分の事が嫌になって、泣いている自分すらもうどうしようもなく苛ついて、俺はその場に膝をつき、頭を思いきり地面に叩き付けた。
「っ、ぁ゛、あっ、あぁあ゛……あぁあ゛あ゛あ゛……!!」
嫌いだ。
こんな自分が、嫌いだ。嫌だ。弱い。くだらない、悔しい、辛い、嫌いだ、いなくなれ、こんな俺なんていなくなればいい。
こんな事をすることでしか、自分を抑える事が出来ないなんて。
最低だ。
こんなんだから、ブラックに、嫌われるのに。
「――――――……~~~~……ッ!!」
声が出ない。出ないけど、叫びたくて仕方なくて、俺は何度も頭を地面に叩き付けながら、ただその場に突っ伏して泣き続ける事しか出来なかった。
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