異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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世界協定カスタリア、世界の果てと儚き願い編

  因業

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 ツカサの顔がくもっているのが解る。

 その理由はいくつかあるだろうが、最も大きな理由は、自分が故意に距離を取ってツカサから離れているからであろう。

 世界協定の本部・カスタリアに戻る道中の馬車の中でも、こうして二人分ほど距離を置いて座っているのだ。いくら鈍感なツカサであっても、ブラックの様子がいつもと違うのは解ってくれているはずだ。

 だからこそ、彼はあんなに悲しそうな顔をしているのだろう。
 どうせ、ツカサは「完璧に平素な表情を装っている」と思っているのだろうが。

(ああ……可愛いなあ……僕が露骨に避けただけで、あんな風になるんだ……)

 ツカサがこちらを見ていない……いや、怖くて見る事が出来ないのであろう様子をじっと見つめて、悦に入る。
 可哀想だとか申し訳ないという気持ちもあるにはあるが、しかし、今のブラックには残念ながら人としての真っ当な思考を保てそうになかった。
 だから、えてツカサを避けたのだ。

 避けなければ、自分は恐らくツカサに酷い事をしていたかもしれないのだから。

(…………昨日の話は、本当に酷かったなあ……)

 昨日。昨晩。
 二人きりで愛の語らいでもしようと思っていた所に現れたお邪魔虫……いや、過去を伝える擬似人格映像に、自分達は衝撃の事実を知らされた。
 ……正確に言えば“予測できていたが、そうとは思いたくなかった事”を、真実だとはっきり伝えられてしまったのだ。

 ――ツカサは何をしても“今の状態に戻ってしまう”能力を持っていて、死ぬことが出来ない。そんな彼をグリモアだけが殺してやれる……いいや、自分達グリモアは、ツカサを未来永劫の奴隷として操ることが出来、彼の死すらも望むままに出来る存在だと明確に教えられてしまったのだ。

 ……そんな、真っ当な人間が喜ぶ要素など欠片も無い事実を。
 自分達を人非人にしたいかのような狂った事象を、聞いて。
 それを聞いて、ブラックは――――


 歓喜せずには、いられなかった。


(酷いね、酷いよねツカサ君。でもごめんね、僕、ダメなんだ。ツカサ君が酷いって泣いちゃうのは解ってるのに、ダメなんだ。嬉しかった、嬉しかったんだよ。僕だけがツカサ君の全部を手に入れられる、ツカサ君の死すら奪えるってことが……!)

 ツカサを見ている己の顔が歪んでくるのが解って、ブラックは慌ててうつむいた。
 顔を両手で覆うと、自分でも驚くほどに笑っているのが解って、恐ろしいと同時にそれほど喜びを感じているのだと自覚して体が震えて来る。もちろん、興奮で。

 こんな顔、ツカサには見せられない。
 見せれば自分を避けてしまう事は解り切っている。自分だけが愛しい恋人を殺せると言う事実に歓喜している男など、誰だって近寄りたくはないだろう。
 だが、どうしようもなかった。
 ブラックには、どうしても抑えられなかったのだ。

 自分が名実ともにツカサの支配者になって、彼を一生縛り続ける事が出来るという免罪符が授けられた喜びが、一夜明けてもまだ続いていたのだから。

(あの時、咄嗟とっさに逃げる事が出来た自分を褒めてやりたい……)

 ツカサを抱きながら自分達の宿業を聞かされた時、ブラックはその湧き上がる激情に、思わず腕の中の愛しい存在を抱き潰してしまいそうになった。
 だがそれは恐怖や怯えからではない。ただ、興奮していたからだった。

 ――過去の黒曜の使者から語られた、陰惨な定め。
 ツカサが何をされても“ツカサのままで”再生し、気が狂っても死ぬ事すら出来ず、挙句あげくの果てに、死ぬにはグリモアの力を借りなければならないという絶望的な存在である事を知らされた時は、思わず震えた。

 自分の愛しい恋人は、なんと素晴らしい存在なのだろうかと。

(ツカサ君は誰にも殺されない、狂っても必ず僕の所に戻って来てくれる、ツカサ君は僕の許しが無いと死ぬことすら許されない。離れたって、僕が他のグリモアを抑え込めば僕のもとに来るしかなくなる。僕のものだ、ツカサ君の全部は誰にも奪えない、例えツカサ君が僕を嫌いになったって、ずっと僕の物でいてくれるんだ……!)

 そう考えた時、全身をこれまでにないくらいの快感と衝撃が襲った。
 今自分の腕の中で絶句して震えている小さな存在を、真に自分の物に出来る。
 もう二度と誰にも奪えないようにすらしてしまえる。支配なんてする事など無く、ツカサは自分の為の存在だったのだと、誰もが肯定できる状況になったのだ。

 これが、至上の喜びでなくて、なんだというのだろう?

(だから、僕は、逃げた)

 自分の中の“他人と比較する部分”が、危険だと囁いたから。

 ……さもありなん。
 このまま興奮に任せてツカサを押し倒したら、嫌われてしまう。例え彼が未来永劫自分の物になるのだとしても、また一から関係を構築するなんて、ブラックには出来そうになかった。彼の事を手放したくないと考えた時から、一度この関係が崩れてしまえば、二度とこんな甘い関係を築く事など出来ないと自分でも解っていたから。

 だから、逃げたのだ。
 興奮から来る高笑いを、発汗を、震えを、満面の笑みを、下腹部の興奮を、ツカサに知られないために。この熱を、誰にも知られない場所で発散するために。

(はは……ツカサ君の体での自慰には劣るけど、それでも最高の気分だったなあ)

 塔を出て、離れた廃墟で何度も何度も下腹部に溜まる熱を発散させた。
 笑いながら汗を垂らして、興奮が抑えられず壁にヒビが入るまで拳をぶつけながら、何度も何度もペニスから行き場のない精液を吐いて己を慰めた。

 自分でも思った以上の精液が出て、その場を軽く燃やして処分する羽目になったが、しかしその時の満足感と言ったらなかった。
 こんな自慰は、ツカサが自分に恋心を抱いてくれているのを知った時以来だ。
 あの時と同じくらい、昨日の快楽は堪えられないほどの物だった。

(だけど、サルみたいに扱いたおかげで、後始末する羽目になるわ久しぶりに疲れるわで大変だったけどねえ)

 思わぬ徹夜をしてしまった事で、朝食に遅れて出て来た時の自分の姿はそれは酷い有様だっただろうが、精液臭いことを悟られないためならどうでも良い。
 人でなしだとののしられないのなら構わなかった。

 そのお蔭でツカサには酷い誤解をさせてしまったようだが……しかしそれも仕方のないことだった。もっと酷い事実を今教えてしまえば、自分達の関係は歪んで壊れてしまっただろうから。

(ごめんねツカサ君。まだ僕、興奮が収まってないんだよ。いま君に近付いたら、僕もう簡単に勃起して、我慢なんて考えられずに犯しちゃう。でも、今はそんな場合じゃないもんね? シアンの事も有るし、こいつらを黙らせなきゃ好き勝手も出来ないんだもん。報告した事で裁定員たちが何を考えるか判らないし……ツカサ君の事を、殺そうと考えるかもしれない)

 ツカサに害が及ぶ結果になったとすれば、その時はその時だ。
 どうせ、こんな大陸にも同族にも未練はない。ツカサの為なら、世界の果てまで逃げたって良い。世界協定が追うと言うなら、迎え撃って斃すまでだ。そのことに何の辛さも無い。むしろ望むところだ。
 ブラックは、世界を敵に回しても構わないほどの存在を手に入れたのだから。

(ふ……ふふ……ツカサ君……好きだよ……誰よりも愛してる……。こんな呪われ切った僕の存在理由すら、君は嬉しい物に変えてくれる。僕の全てを君は肯定して、その体を捧げてくれるんだ……。絶対に、離さない。誰にも渡さないからね……)

 ――グリモアという、欲しくも無かった称号。
 強制的に植えつけられた狂気の力だったが、それこそがツカサと自分を結ぶ運命の種だったのだと思えば、自分の人生すべてが肯定されたように思えてくる。

 そう、自分は、ツカサとずっと繋がっていた。
 この忌々しい力を祝福してくれる存在と、運命の糸で結ばれていたのだ。
 そう考えるとまた下腹部に激しい衝動が蓄積されていくようで、ブラックは深く体を折り曲げて、己の堪え性など欠片も無い体を叱咤した。

(ああ……どう転んでも楽しみだ……。ツカサ君と幸せに旅が出来るならそれで良いけど、追われる事になっても全然困らないや。そうなったら、ツカサ君は僕の事をずっと頼りにして、ずっとずうっと一緒にいられるもんね? シアンには悪いけど、世界協定を追われる事になっても許してくれるよね)

 同じグリモアなら、ツカサの事を知っているのなら、解ってくれるはずだ。

 ツカサが、壊れた自分達を受け入れてくれた時の、無上の喜びを。
 だからきっと、シアンも解ってくれる。
 ブラックが彼の命を握った時の高揚と興奮を。

(だけど、気に食わないなあ……。ツカサ君は僕のための大事な存在なのに……あのクソ貴族やインケン眼鏡や……クズにまで、殺す権利があるなんて)

 ――グリモアだけが、死ねないツカサを使役し、命を終わらせる事が出来る。

 それはつまり、ブラック以外の六人のグリモアも同様にツカサを支配し命を奪えると言う事だ。シアンにも、あの男達にも、ツカサを殺す事が出来るのである。
 それだけが唯一、ブラックには納得できない事だった。

 ……ツカサは、グリモアのための物だろうか?
 いいや違う。ツカサの全ては自分だけの物だ。

 ツカサはブラックの事を愛している。受け入れている。
 だからこそ、彼が最期を望むときに請うてくるのは自分しかいないのだ。

 そう。ブラックだけ。
 殺す事すら、ブラックだけに特別に許される事でなければならない。
 ブラックだけがツカサを楽にしてやることが出来る。どれほど狂っても、ツカサはブラックだけを見て、望んで、ブラックだけに「殺して」と懇願してくれるのだ。

 だって、ツカサが決めた唯一の恋人なのだから。

(…………ツカサ君を墜とせば、何もかも大丈夫だと思ってたけど……黒曜の使者を操るすべが存在する以上、もっと他の事も考えなきゃ行けないのかな?)

 大事なツカサを誰かに奪われないためには、愛しいツカサだけに目を向けていてはいけないのかも知れない。

 なにせ、彼を欲しがるやからは後を絶たない。一見興味が無さそうにしているインケン眼鏡やその仲間の商人であるロサードですら、ツカサが受け入れれば簡単にベッドに入ってしまうだろう。それだけの優しさを、ツカサは周囲にふりまいてきたのだ。

 その事を考えると、本当に彼の博愛主義は厄介としか言いようが無かった。
 ツカサの優しさは、から来る物ではない。ツカサが好きなのはブラックだけであって、それ以外の物に向けられる優しさはただのでしかないのだ。
 だが、その優しさすらこの世界ではあまりにも温かく、勘違いしたオスどもを容易に引き寄せてしまうのである。本当に困った性格だった。

 しかし、そんな風に誰にでも優しくしてしまうツカサ以上に、その優しさを勘違いしてしまうあのクズのような存在も問題だ。
 おぞましい事にあのクズのツカサへの執着は理解出来るが故に、ブラックとしても、周囲の勘違いのしようはツカサだけが原因だとは思えなかった。

 ならば、やはり、ツカサの優しさを勘違いする周囲を牽制けんせいするための物を……他のグリモアにツカサを奪われない為の対策も、必要になって来るのかも知れない。
 “支配”の能力の事は、自分達が自覚してないとしても、いずれは気付いてしまう物なのだろうから。

(……支配……そうか……支配ね……)

 自分がそれをやりたいとは思わない。
 ツカサの純粋な笑顔を見られなくなる行為などしたくない。やるとしても最終手段だ。ブラックは、彼の“一番”の座から降りる気などさらさらない。
 だが、誰よりも先にその事を知っている今なら、じっくりと対策も立てられる。

(ツカサ君……これからも、ずっと一緒に居ようね……)

 自分の考えと、これからの楽しい日々に肩が震える。
 だが、その震えは善良なツカサには全く違う意味に思えていただろう。

 その事を解っていながらも、ブラックは己の欲望を抑える事が出来ず、しばらくはずっとツカサに近寄る事が出来なかった。










 
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