異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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世界協定カスタリア、世界の果てと儚き願い編

20.愚か者どもの真実1

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   ◆



 夜もけたとキュウマがいうので、俺達は客室に一泊する事になった。

 とはいえ、そこもやはり異世界人が造った客室。俺からしてみれば、この世界の宿とは一線をかくす快適さだった。

 一室につき風呂とトイレは当たり前、羽毛布団にスプリングが効いたマットレス、部屋には何の原理を使ってるんだか解らないがクーラーらしきものもあり、調度品もどこぞのホテルなみだ。多分高級ホテルはこんな内装をしてるんだろう。

「はー……。疲れた……」

 キュウマは「今日は喋り疲れたから、お前には明日話す」とか言ってたけど、立体映像が疲れるなんて事が有るんだろうか。
 よくわからないけど、そういうのもハイテクな存在がゆえなのかもしれない。

 とにかく今日は色々なショックを受けて疲れたので、俺はベッドに倒れ込んだ。

「あ゛ぁ……」

 久しぶりに感じるのは、懐かしい感触だ。そうだよ……俺の世界のベッドはこんな風に弾力が有って、尚且なおかつ体が良い感じに沈むんだった。
 中々にワイルドなベッドとかを使ってたから、この感覚を忘れてたよ。

 ずりずりと枕の所まで這い上がって頭を乗せると、俺は溜息を吐いた。

「はあ……それにしても、一人一部屋で良かった……」

 ノーマルなキュウマからしてみれば、男四人だしそれが当然と思っただろうけど、俺とブラックはいつも二人部屋か二人で一部屋だったからな。
 その事はもう諦めきってるし、今まで何とも思わなかったんだけど……今回ばかりは助かった。正直さっきラセットと話した事をまだ引き摺っていて、今はブラックの顔を真正面から見る事が出来なかっただろうからな。

 ……それに……なんか、今は二人きりになりたくない。
 えっちな雰囲気とかじゃない、別の意味での変な空気に成ったら嫌だし……。
 い、いや、えっちなのも嫌ですけどね。

 とにかく俺は疲れた。疲れたんだ。もう今日は眠らせて貰おう。
 そう思いながら、目を閉じる。
 ――――が。

「…………眠れない……」

 ベッドの中で何度も寝返りを打ったりゴロゴロしたりしてたんだが、変に目が冴えてしまっているらしくて中々眠気がやって来ない。
 疲れているって自分でも解ってるのに、体が休んでくれなかった。
 ぐぬぬ……こういう時に限って夜更かししちゃうやつだこれ……。そして次の日が辛くてどうしようもなくなるやつ……。

 どうしたもんかと思ったが、こういう時は案外温かい物を飲めば眠れる物だ。
 と言う訳で、俺は再び台所に行って牛乳……じゃなくて、グロブス・タマンドラの乳を温める事にした。何故だかよく判らないけど、バロ乳と同じでタマ乳も全然腐らないんだよな……。もしかしたら、リオート・リングって微妙に時間停止の力が発動してたりするのかな。

 まあ、生クリームとか練乳は流石に腐っちゃうんだけど、もしかしたら「素材そのまま」で混ぜ物とかしない限りは、かなり保存できるのかもしれない。
 そこら辺はよく判ってないんだけど……もしかして、こう言うのもキュウマに聞いたら解っちゃったりしない……かな。

「でも、さすがにもう寝てるよな……」

 いや、映像が寝るのかどうかは知らんけど。
 まあ一息ついたらキュウマを探してみるかと思い、俺は部屋を出た。と。

「あれ。書斎から明かりが漏れてる……」

 キュウマかゴーレムが電源を切ったのか、廊下はかなり薄暗い。だが、その廊下をほのかに照らす光が廊下の奥に見えた。あそこって書斎だよな。
 四階は廊下が横一直線に走っていて、その左右にいくつか部屋が有る。食堂や台所、俺達がいる客室も四階に集められている。もちろん書斎も同じで、客室と反対方向の突き当りにあった。そこから、光が漏れているのだ。

「……? キュウマ、やっぱり起きてんのかな」

 不思議に思ったけど、起きているのなら都合がいい。
 なるべくうるさくしないように絨毯じゅうたんきの廊下をコソコソと歩いて書斎へと向かう。何故かドアが薄ら開いていたので、中を覗いてみると……。

「ぁ……」

 思わず声を出しそうになって、口を塞ぐ。
 てっきりキュウマがいるとばかりと思ったのだが、そこにいたのは……真剣な表情で本を熟読しているブラックだった。

「…………」

 ブラックは本棚から一冊を取り出し、かなり速いペースでページをめくっては、すぐに読み終わって別の本へと手を伸ばしていく。
 俺の方から見える横顔はいつものだらしない顔とは違って真剣で、俺はその横顔を見て、ベランデルンでの事を思い出してしまった。

 あの時も、アタラクシア遺跡の大図書館の中でも、ブラックはああやってたっけ。
 周囲の事も見えないくらいに本に集中して、本を熟読して……。

 俺はその時のブラックを、不覚にも格好良いなって思っちゃったりしたんだっけ。あの時は、顔も体格も良いんだからそりゃ格好いいに決まってるって怒ったけど……今だってそう思ってしまうのは、やっぱり……ブラックの事を、そういう意味でスキだって、考えてるからなんだろうか。

 そう思うと何だか恥ずかしくて、顔が熱くなるのを慌てて抑えながら俺はドアから後退あとずさった。い、イカンイカン。さっきまで会いたくないとか言ってたくせに。
 で、でも、その……格好いいモンはいつだって格好いいんだし、そ、そんなの俺のせいじゃないよな。アイツがそんな格好するから悪いんだ!!

 だから俺がブラックの事を格好いいって見惚みとれちゃうのだって、俺がそういうスキとかそんなんじゃなくて……じゃなく、誰に弁解してるんだ俺は。
 ま……まあ……恋人を格好いいって思うのって、普通なんだよな?
 だったら俺だって、その、欲目ってもんが有ってもおかしくないわけで……。

 う、うん。仕方ない。仕方ないんだよな、これは。

「そんな事より、ブラックにも飲み物持って行ってやろう。ちょっと冷えるしな」

 あっためた飲み物を持って行ったら、喜んでくれるだろうか。
 まあ飲まなきゃ俺が飲めばいいんだし、なるべく邪魔しないよう受け答えは最低限でいいか。そうと決まれば台所だ。
 俺はすぐ台所に戻り、ささっと温かい飲み物を用意して書斎へと戻った。ブラックは相変わらず本に夢中だったので、大きな音をたてないように部屋に入る。

 こそこそと大きい背中を見ながら移動して、キュウマの映像装置がある執務机におぼんを置くと、ブラックが本を読み終わるまで待った。こう言うのは一区切りした時に話しかけるのが一番いいだろうからな。邪魔せず待つぞ。
 そんなこんなで黙って数分待っていると、ようやくブラックが本を閉じた。

「…………ふー」
「あっ、終わった?」
「んおっ!? あっ、な、なんだ、ツカサ君かぁ~」

 んおってお前。
 でも、いつも気配にさといブラックが驚くなんて、こっちが驚きだよ。それだけ本の内容に集中してたのかな。本の事になると結構夢中になっちゃうんだよな、ブラックは。……まあ、そう言う所、嫌いじゃないけど……。

「そ、それよりさ、バロ乳飲む? ちょっと甘いから頭の疲れにいいぞ」
「ほんと? じゃあ頂くよ」

 少し冷えてしまったので【ウォーム】を使い温め直してブラックに渡す。
 経った今体の冷えを自覚したのか、ブラックは大きな両手でコップを持ってしばし熱にうっとりしていたが、喉仏を大きく動かしながらごくりと飲み干した。

 喉仏……いいなあ……認めるのはしゃくだけどさ、やっぱそういう「男だ!」って格好良さって不変のものだと思うんだよな。女子のおっぱいみたいに、ちょっとした起伏が魅力に感じる事って男にも当然あるワケで、そう言うのって同性でもかっけえなあって憧れちゃったりするじゃん。俺はする。

 だってさ、西部劇のオッチャンがビールをガーッて飲んで、喉がゴクゴク言ってる時の粗野な感じってめっちゃ格好いいじゃん。ガキの頃に西部劇の映画を見た時は、俺もしばらくは真似しちゃってたもんなあ。
 ぶっちゃけ内容はよく判んなかったし、今見ると古いなあって思うけど、やっぱし格好いいんだよなあ。俺もいつかはあんな風にニヒルになりたいぜ。

 でも、今のところ、俺にはそんな気配がないわけで。
 自分ののどを触ってみるけど、そこまで立派なものが俺にはない。というか凹凸おうとつあるかなって感じる程度で、多分喉をさらして飲んでもあんまり格好良くないんだよなあ。喉仏デカい奴ってシモもデカいって迷信を聞いた事が有るけどけど、案外本当なのかね。じゃあ、俺も喉仏が出来たらおっきくなるのかな?
 喉が先なのかシモの成長が先なのか……うーむ、難しい問題だ……。

「ぷはーっ、こういう時はほのかな甘みも良いもんだねえ。ツカサ君が温めてくれたのも相まって、最高だよ! 温め具合もカンペキだね!」
「ばっ……そ、そんなお世辞せじ言うんじゃねえよ」

 ったくもう、こうやってすぐ歯の浮くような事を言う。
 恥ずかしいからやめろと言おうとするが、ブラックは本を直すと上機嫌で俺の方に近付いてきた。

「んん~、ツカサ君たら照れちゃっても~。可愛いなぁああ」
「ちょっと、お、おい」

 甘ったるい声を出しながら抱き着いて来るのに、慌てて逃げようとするが腕の分のリーチですぐに捕えられて抱き締められてしまう。
 思わず「うわっ」とわめくが、ブラックはお構いなしだ。上から覆い被さって来て、朝よりもヒゲが伸びた頬で頬ずりしてきた。やめろ、ヒゲがじょりじょりする!

「ツカサ君のそゆとこ好きぃ~」
「わーっ、もうっ、やめろって!! こ、ここっ、キュウマのアレが……」

 そう、擬似人格映像のキュウマの本体がここに在るのだ。
 なのにイチャイチャなんてしてられない。そう言おうとしたところ。

『分かってるなら、ピンクな空気をかもし出すのやめてくれ……。俺にも一応疲れるという概念はあるんだが……』
「ぎゃーっ!!」

 ああああみみみみ見てたキュウマがほらそれ見て見ろおまええええ!!

『お、おい落ち着け、解った解った俺が悪かった。お前達がそろった時に出て行こうと思って待っていた俺が悪かったんだ』
「うぐ……」
「なんで良い所でしゃしゃり出るかなあ……。解ったんなら、あと一刻ぐらい放って置いてくれない? せっかくセックスに持ち込めそうだったのに」
『オッサンはもうちょっと色々気にしろ。つーかやめろ、ここ俺の書斎だぞ』
「お前本体じゃないじゃん」

 痛い所を吐いたブラックに、キュウマは思いっきり顔を歪めると――今度は、俺の方に怒鳴って来た。

『気持ちの問題だ! おいクグルギ、お前なんて奴を選んでんだ!!』
「う、うううしゅみません……」

 そんなに怒らないで。ダチに叱られたのを思い出して身が縮んでしまう。
 ブラックに抱き締められたまま耳を塞ぐと、キュウマは思いっきり溜息を吐きだして、半透明の腰に手を当てた。

『まあいい。うまいこと二人っきりになってくれたからな……』
「なにそれ、どういうこと?」
『俺の本来伝えるべき事を教えたいと思ってたんだ。今なら丁度いい』

 そういえばキュウマはそんな事を言ってたよな。
 元々は黒曜の使者の詳しい情報じゃなくて、ある事を伝えるために待っていたとか何とか……。でも、なんで二人っきりの時なんだろう。
 相手も黒曜の使者に選ばれてたらしいから、同じ黒曜の使者である俺だけに伝える事が有るってのは解るんだけども。

 首を傾げた俺に、キュウマはさもありなんと頷くと、指を鳴らし手も触れずにドアを閉めた。もしかして、ドアを開けていたのはブラックじゃなくてキュウマだったのかな。だとしたら相当な策士だぞコイツ。いや俺が不用心なだけかもだけど。

『さて、この部屋は完全防音術式遮断の完全なるプライベート空間だ。……だが、今なら話を聞かずに帰る事も出来る』
「それはどういう事だ?」

 ブラックが問いかけるのに、キュウマは真剣な顔で返した。

『コイツが大事なアンタにとっては、気分が悪くなる話ってことだ。激昂せずにいられるという保証が有るなら、留まると良い』

 何も嘘はないと言わんばかりの低い声に、ブラックは一瞬息を呑んだようだったが、すぐに俺を捕まえている腕の力を強めた。

「愚問だな。僕は、ツカサ君が黒曜の使者であることも、支配のことも知っている。これ以上胸糞悪くなるなんて事が有るのか?」

 そう言いながら、ブラックは俺を軽々と持ち上げると、肩に顔を埋めた。
 いつもなら怒る場面なんだけど、どうしてだか妙に怒る気が失せてしまって、顔が熱くなる恥ずかしさでキュウマの事を見れず顔を背けてしまう。

 ブラックはそういう意味で言ったんじゃないんだろうけど……でも、俺の身の上に対して怒ってくれているのが何だか妙に嬉しくて、そんな事に喜ぶ自分が恥ずかしくて、居たたまれなくて……うう、ちくしょう、何で俺って奴は簡単なんだ。

『……なんか、ちょっと安心したよ。色々と思う所は有るが、お前達はなんとか乗り越えられそうだ。今度の“一巡”も平和に終わればいいんだがな……』
「……?」
『ああ、気にするな。それよりもお前達の事だ。そのぶんじゃ、確実に俺が伝えようとした事も知らないだろう。クグルギも、今日は色々と言われてまだ頭の整理がつかないだろうから、単刀直入に言うぞ』
「う……うん」

 何を言われるんだろう。何かドキドキしてきた。
 ブラックに抱えられて足が地面に付かないまま、俺はごくりと唾を飲み込む。
 後ろからも、なんだか喉が動くような音が聞こえた。ブラックも緊張したんだろうか。気になったけどキュウマからは目を離せず、じっと相手を見つめると――
 キュウマは、はっきりと俺に告げた。

『お前は、黒曜の使者で在る限り、もう二度と死ぬことが出来ない。……だが、それと同時に、お前は七人のグリモアによって……簡単に、殺されてしまうだろう』

 …………なに、それ。どういうこと?
 死なないのに、簡単に殺されるって、どういうことなんだろう。
 よく判らなくて顔を歪めると、キュウマは何故か辛そうな顔で続けた。










 
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