異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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世界協定カスタリア、世界の果てと儚き願い編

19.誠実な言葉の刃

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   ◆



 キュウマが「あの二人には俺が説明する」と言った時は、本当に大丈夫だろうかと思ったが、しかし彼は俺よりもだいぶんしっかり者らしく、ケルティベリアさんとは気が合うようで何やら深く話し合っていた。

 あの様子だと俺達の事を話しても荒れる事はないだろう。
 そうは思うが、しかし蚊帳かやの外となるとやっぱり不安になってしまう訳で。

 肝心な事は隠して、ちゃんと話してくれてるのかなあ……。書斎に戻る前にキチンと「言って良い事、ダメな事」を話し合って打ち合わせしたけど、不安だなあ。
 うっかり言ってはいけない事まで話しちゃったり……いや、そんな俺みたいなポカするわけないか……だってあいつはチート主人公の分身なんだしな!!

 あーあーいいなぁー!
 女神さまに使命を与えられて格好良く世界を股に掛けるなんてー!
 どーせどーせ女にもモテまくったんでしょうよ背も平均値だし顔も俺らの世界では整ってる方だしなあアイツはチクショウ!!

 ケッ、これだから前作主人公ってやつは……ってイカンイカン。ひがむのはカッコ悪いな、うん。例え俺がメス認識されてて女の子にまるでモテなかったりモテてもメス扱いで女子に襲われても意味が違うので本気で怖かったりしてても、それは方向性の違いでキュウマにはまったく非は無い……ぃいいやっぱりやだー! 俺も女神さまに何か使命与えられたかったぁああオッサンより女の子ハーレムのがよかったー!!

 俺の今のこの状態見て見ろよ! 周囲オッサンだらけだぞ!!
 イケメンじゃなくて美少女、美少女だろ普通はぁああああ!!

 …………だけども、叫んでも仕方のないことなわけで。
 俺は俺で、この状況を受け入れてしまった訳で……。

「…………はあ、むなしい……」

 そりゃ、ブラックの事は……その……好き、だけど、嗜好ってそんな急には変わんないじゃん。俺は元々女の子が好きだったんだし、エロだって二次元最高の民だ。
 仮に一発抜くんだとしたら、やっぱり女の子の裸が良い。男の裸なんてごめんだ。

 そりゃまあ、ブラックには色々されたから、その記憶でちょっと変にはなるけど、でもあれはブラックとクロウだけだし……だから……いや、何の話してんだ俺は。

 ううむ、いかん、素直に食堂の椅子に座ってるからこんな事を考えちゃうんだ。
 夕食は美味しかったけど、一人で広いテーブルにのんびり就いてると、余計な事ばっかり考えちまう。でも仕方ないんだよなあ。

 食べ終わるなり、ケルティベリアさんとラセットはキュウマに話を訊きたいと言って話し始めちゃったから、俺は用無しで手持無沙汰てもちぶさただし、ブラックは書斎の本に興味があるらしくて、キュウマに許可されたらすぐ読みに行っちゃったし。
 俺、すること無いんだよなあ……。

「…………お茶れるかな」

 広くて豪華で天井も高い王様の食堂みたいな所で一人ってのは、やっぱり辛い。
 なので、出来る事をやろう。そうだ、皆にお茶を淹れてやればいいんだ。
 それなら手持無沙汰も解消するし、思い余って召喚珠しょうかんじゅを手にする事も無くなるぞ!

 いやあ、さっきの怒涛どとうの展開からするとあまりにもヒマなもんで、本当この緩急に困ってたんですよ俺は。よし、台所を借りてお茶を淹れるぞ。
 そうと決まれば、ドアの傍にじーっと立っているゴーレムに近付いた。

『ナニカ、ゴヨウデスカ』
「台所ってあるかな? 連れて行ってくれない?」
『オヤスイ、ゴヨウ、デス』

 そう言いながらゴーレムは丁寧な仕草でドアを開けて、俺を台所へと案内する。
 やはり台所は食堂に近い所に有ったようで、どこへ行くのかと思ったら廊下に出て少し歩いた所にあるドアを開けられた。案内して貰った意味なかったな。
 手間を掛けさせちゃってごめんよゴーレム君……。

 でもまあ、一人で色々歩いて行くより、誰かと一緒に移動した方が良いよな。俺がいない時にゴーレム君が知ってたら助かるだろうし。
 そんな事を思いながら台所に入ると、そこは俺が思っていた台所よりも随分ずいぶんと洗練されていて、どこぞのこじゃれた欧風キッチンな様相になっていた。

「あれっ!? コンロがある!?」

 待て待てまて、なんで今まで見た事も無かった完全なコンロがある!
 あっ、もしかしてキュウマが付けたのか!?

『みーしゃサマ、リョウリ、スキ。ゴシュジンサマ、ノ、オクサマ。みーしゃサマ、ノ、タメニ、ゴシュジンサマ、ツクッタ』
「なるほど……よくあるアレか……」
『ホカノ、オクサマタチモ、ツカッテタ。ゴシュジンサマ、オクサマ、タクサン』

 本当にそれよくあるよね。ハーレムの女の子の一人が異様に料理好きで、その子の為に頑張って俺達の世界のハイテクコンロとか作ってあげちゃったりするの。
 主人公が料理上手ってタイプもあるけど、まさか現実で見る事になろうとは。

 …………そうかぁ……キュウマの野郎、ガチハーレムだったんだ……。

『オキャクサマ、カナシイカオ』
「あ、ああ、何でもないんだよ。えーと、食堂の方で待っててくれるかな。誰かが俺を探してたら、ここにいるって伝えて」
『カシコマ』

 「……りました」はどうした。とは突っ込んではいけないのだろう。
 ……まさかキュウマの野郎、俺と同じオタクじゃないだろうな……。
 まあそこは良いか。俺はお茶を沸かすのだ。うう、悔しいけど本当コンロって使いやすい。酷い。女の子の為のコンロなのに俺が使って便利とか言ってるの本当酷い。
 俺じゃなくて女子が使ってこそだろこれ。もう今更だけどさあ。

「なんかお茶請けあったかなあ。干したアマクコの実しかねえなあ。本当ならおやつ作ったりしたかったんだけど……」

 ずっとラゴメラ村に居るもんだと思ってたから、色々と先延ばしにしちゃってたけど、こんな事になるなら早く作ってリオート・リングに保存しとくんだったなあ。
 って言うかそもそも何で俺が料理作ってんだろうなあ……女子も居ないのに。

 今更ながらの悲しい事実を突き付けられながらも、俺はキッチンにあった木の器にドライフルーツを入れたりしながら、お茶が沸くのを待った。
 そんなに時間はかからないけど、じっとしてたらダメだからな。うん。

湯呑ゆのみとかあるんだ……まあコップでいいよな」

 食器棚をあさって、俺は飲む人間の数を指折り数える。
 俺達四人と……キュウマは飲むのかな? 半透明だし飲めないよな。でも、そなえるという気持ちが大事な場合も有るし、とりあえず五人分用意するか。

 そんな事を思いながら、おぼんに五つコップを置いていると、不意に食堂の方から入って来れるらしいドアが開いた。おや、ブラックが帰って来たんだろうか。
 ふっと顔を上げると、そこには思って見ない相手が立っていた。

「あれっ、ラセット?」
「…………敬語……まあいい」

 ぶつくさ言いながらもドアを閉めたのは、ぶすくれた顔をしたラセットだった。
 話はもう終わったんだろうかと首を傾げると、相手は不満げに呟く。

「よく考えたら、私にはあまり関係のない話だったからな。訊いていると余計な事を考えてしまいそうだったから、離席した」
「そうなんだ……」

 おや、てっきり弱みでも握れるんじゃないかと思ってるのではと考えてたのに。
 やっぱこのイケメン、むかつくツンデレなだけで性格はまともなんだな。
 まあスネが傷だらけの俺とブラックからすればありがたい事だけど。
 しかしそれなら何をしに来たんだろう。飲み物でも欲しかったのかな?

「ちょうど麦茶入れて冷やすとこだったけど、飲む?」

 敬語ゼロでそう言うと、ラセットは何故か意外そうな顔をして長耳を動かした。

「茶……私にか? そのコップの数……私のも入っていたのか」
「いや、そりゃそうでしょ。なんで一人外す必要があるのさ」

 沸かしたお茶を容器に移し替えて、少し冷やす。
 プレインの気候は一日中熱いって訳じゃないけど、夜はそこそこ冷えるからな。

 そんな事を考えながら冷えるのを待っていると、ラセットが隣に近付いてきた。
 
「……お前は、私を嫌っていると思っていたが」

 覗きこんでくる独特の色をした瞳に、俺は眉を上げる。

「解ってんじゃん。ブラックやロクのことを知らないくせに悪く言う奴は嫌いだよ」
「なのに、私に茶を淹れるのか。てっきり出されないとばかり思っていたが」

 何言ってんだこいつ。
 なんでそれでラセットにお茶を出さないって考え方になるの?

「嫌いな奴だからってそいつにだけ茶を出さないなんて事、普通しないだろ。それに、俺はそう言うの嫌なの。自分までわざわざヤな奴になってどうすんだよ」

 それに、仲間外れにされる事の辛さは、俺にだって解る。
 だから面と向かって嫌いとは言えるけど、こいつだけをハブったりはしたくない。そんなの俺だっていい気分にならないし、ハブるくらいなら自分から遠ざけるよ。
 露骨に仲間外れにするなんて、自分がされる側なら絶対傷付くし。

 ……誰だって、嫌われた挙句あげくの独りは嫌じゃん。
 最初から孤高の存在って奴なら気にしないけど、俺はそういう陰険なコトはしたくないの。俺の精神衛生的に良くないから淹れるだけなの。
 だから他意はないしアンタにだって茶もメシも作るよ。
 まあ多少はイジワルしたりするかも知れないけどな。

 ――そんな事を言いながら、俺はコップに冷やした麦茶を淹れて差し出した。
 ラセットはそのコップをまじまじと見ていたが……やがて、恐る恐ると言った様子で俺の手から取ると、綺麗な仕草で口を付けた。のどがゆっくりと動く。
 じっと相手の喉元を見ていると、やがてまたイケメンのツラがこっちを見て来た。

「……うまいな」
「だろ? 麦茶っていいよなー、緑茶も良いけど俺は断然麦茶だね! 安いし」

 この世界だとすぐに麦も手に入るし、手軽に作れるからな。
 高い物も良いけど大衆向けってのも大事だ。
 自分の好きな物を褒められて嬉しかったのでラセットの言葉に乗ると、意外な事に相手は今まで見た事も無いような柔らかい顔で苦笑した。

 おお。ネガティブな顔以外の表情とか初めて見た。
 ちくしょう、やっぱりイケメンってずるい。なんで苦笑しただけで背景にホワホワしたのが舞ってる感じがするんだよ。追加オプションとか卑怯ひきょうだぞ。

「なんで笑う」

 エルフで美形とか俺をいじめるための属性としか思えなくなってきて、思わず顔を仏頂面にしてしまうと、ラセットは更に笑って俺の頭をポンと叩いた。やめろ。

「お前は……本当に、そういう奴なんだな」
「……?」

 どういう意味なのかよく判らないが、頭を撫でるのをやめろ。
 離さんかいと手を除けると、ラセットは名残惜しそうな手を降ろして息を吐いた。

「………失礼な事を聞くが……あの男は、確かにお前の恋人なんだな?」
「色々と失礼だけど、まあ、見たまんま……というか……」

 解るだろ、今までの事を見てたら。
 つーか俺から言わせないでマジでそういうのまだ無理なんだって。
 ちょっと室温が上がったなと手であおぐと、ラセットはまた笑いやがった。

「いや、すまん。……というか、今までの無礼を詫びよう。私はどうしても、あの男が姫に近付く事が許せなくてな……必要以上にお前達を敵視していたらしい」

 そっか、そうだよな。
 ラセットはエメロード姫の従者なんだもん。そりゃお姫様が素行不良なオッサンに懸想してたら、いい気分はしないし心配になるだろう。
 彼女の事を思っているからこそ、そんな風に考えて、俺達の監視役にまでなったんだよな。……ううむ……そう考えると、ラセットって意外と男だな。

 だって、こいつは今まで闇討ちもしてこなかったし、単純に俺達がどう行動するかだけを見ていたんだ。それって、まず俺達がどういう人間かを知ろうとしていたって事だよな。もしラセットが納得できる人柄だったら、姫様との交際も認めてた可能性も有っただろう。俺達の事に口を出さなかったのは、そういう事だったんだな。
 こいつも、ただ単に俺達をくさしに来てたんじゃなかったんだ。

 自分の目で確かめようと思って、熱心に同行を希望した。
 お姫様の事を一番に考えてたから、えて卑怯な真似はしなかったんだ。
 そんな事したら悲しむのはお姫様だしな。
 ……そっか、そうだよな。ラセットにも従者なりの事情はあったんだ。

「……今までの無礼、許してくれるだろうか」

 そう言う相手に、俺はにべも無く頷いた。

「俺の方こそ、酷いこと言ってごめん。あと敬語とか……」
「それはもう良い。気にするな。私だってお前の大事な仲間に失礼な事を言っていたんだからな。……都合のいい心変わりだと笑ってくれ」
「いいよ。だって、アンタもお姫様の為に頑張っちゃっただけなんだろ?」

 解るよ、と言えば、ラセットは少し顔を赤らめて、目を泳がせた。
 ほほーう? 解りやすいですなあ、ニヤニヤ。
 まあその気持ちは解るよ。あのお姫様、ホントに物語の中の美少女だったもんな。従者でも心を奪われちゃうのは仕方ないさ。

 気にするなと笑う俺に、ラセットも緊張が解けたような笑みを見せてくれた。
 よかった、もう俺達に対する敵愾心は無いみたい。

「見破られると恥ずかしいな……」
「良いじゃん、好きな人の為に頑張るって良い事だしさ」
「そうか……そうだな……いや、本当に申し訳なかった。だが、私はもうこれ以上、姫の周囲に怪しいものを増やしたくなか……あ、す、すまん……」
「いや……ブラックなら仕方ないし……」

 そうだな、怪しいもんなあいつ。
 モジャ髪の無精髭中年って盗賊とか悪いオッサンとかに多いしな。うん。
 そこは仕方ないと頷く俺に、ラセットはしゅんと小さくなって頭を掻いた。

「温かい言葉、痛み入る……」
「それよりさ、怪しい奴って?」
「ああ……私の他に一人従者が居ただろう。あの男や……それに、最近エメロード様の周囲をうろついている妙な人族どもがいてな……何かよからぬ気を感じていたのだ。しかし、姫様は博愛と慈悲の精神を持つお方だ。私ごときが何を言おうが、聞き入れて貰えず……」
「まあ……その……色んなオスに夢と希望を与えてくれてるくらいだもんな」

 ビッチ、とは彼の前では言い辛い。というかそれ悪口だしね。
 俺は二次元のビッチ属性大好きだけど、現実の人に使うのはダメダメ。

「そう、姫は優し過ぎるがゆえに、エルフのみならず人族や魔族、果ては汚らし……ゴホン、獣人族にまで手を差し伸べ、自らの体で彼らを癒しているのだ。醜い下郎げろうも美しい女も分け隔てなく」
「そんなに守備範囲広いんですか」
「広いのだ。それゆえ私も困っている……」

 なるほどそりゃ性母、いや聖母だ。
 こう言っちゃなんだけど、かなりのプロ意識を持つ神クラスの風俗嬢みたいなもんだよな。誰にでも素敵な夢を見せてくれるっていうのも、考えて見ると大変な事だ。
 だってさ、人って必ず好き嫌いが出て来る物だし、中には調子こいた奴だっているんだぜ。なのに、エメロードさんは全員を同じように満足させて崇められてるんだ。
 それって、改めて考えると凄くないか。

 ブラックみたいな絶倫だっているかもしれないのに、不満とか聞こえてこないし、何より男……というかオスの垂涎すいぜんまとで居続けるってのも並大抵の能力じゃない。
 きっとすっごい上手いんだろうな……色々と……。

 …………いいな……そういう奴なら、俺だってブラックのことを満足させてやれるかも知れな…………じゃなくて!!
 ナシ、今のナシ。
 客が羨ましい。羨ましいなあそんな無償の神様みたいな人とヤれて!

 だけど、姫様をお守りする従者には、そんな話じゃないんだろうなあ。
 ……それに、ラセットはどうやらエメロードさんが好きみたいだし。

「ラセットは……お姫様の事、好き、なんだよね?」
「……ああ。誰よりもお慕いしている」

 ラセットの長い耳が、感情を伝えるように動く。
 自分の体を抑制できないくらい、彼女への気持ちが抑えられないんだろう。
 なんか……最初は嫌な奴だと思ったけど……ここまで一途に思って頑張ってると、応援したくなっちまうな……。

「あの……ブラックは、大丈夫……だと、思うから……」
「ああ、見ていて分かる。あの男は、お前しか見えていないようだったからな。……だが、その事が見えて来ると姫が不憫でな……」
「え……」

 それはどういう事だとラセットの顔を見上げると、相手は悲しそうに答えた。

「姫は、あの男だけには積極的だったのだ。今までは、こいねがって来る相手をただ受け入れる事が多かったのに……。なのに、あの男だけには、私達の見た事も無いような笑顔で駆け寄って行って、じっと、見上げていて……」
「…………」
「彼女が女王に選ばれた時から、私は彼女を守る従者として付き従っていた。その私すらも見たことのなかった笑顔を、あの男は容易たやすく引き出したのだ。……その事が、どうしても憎くて、悔しくて……だから、あの男を認められなかった」
「じゃあ、お姫様は……本当に、ブラックの事……」
「…………私は、従者失格かも知れない。姫の願いが叶わぬことを喜んでいる。本来なら、死力を尽くしてでもあの男を狩って、姫に差し出すべきだろうに」

 だったら、俺も最低なのかも知れない。

 ブラックがお姫様の事を歯牙にもかけてないのを、心の底では喜んでる。
 彼女が失恋してしまう事を、本当は望んでる。

 こんな、女々しい事を思って、卑怯にも隠して、知らないふりをしてるんだから。
 だけど……。

「……エメロード姫は、どうしてそんなにブラックの事が好きなんだ?」

 問いかけると、ラセットは一度首を振ったが……じっと俺を見つめて、告げた。

「私も詳しくは解らない。だが……前に一度、仰っていた事が有るんだ。『あの人は、自由な私をきっと連れて来てくれる。私の“わたし”を、認めてくれる。私と同じ場所を見て、隣を歩いてくれるわ。絶対に』……と」
「…………」
「あの男と、道を共に歩みたい。姫は真剣にそう考えておられる。それが……私には嬉しくもあり、辛く苦しくも有るのだ。姫の目が私の顔を見ることなど、一生ないと解っているがゆえに……」

 一言一句覚えているラセットの気持ちを思うと、胸が痛くなる。
 だけど、俺はそれ以上にエメロード姫の放った切実な言葉に打ちのめされて、次に何を言ったら良いのかすら考えられなくなっていた。
 どうして、言葉が出ないのか解らない。だけど、酷く胸が痛かった。

 彼女のその言葉が、卑怯者の俺を突き刺したような気がしたから。










 
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