異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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世界協定カスタリア、世界の果てと儚き願い編

18.エンテレケイア遺跡―受命―1

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「ちょ、ちょっと待ってツカサ君。僕、話が呑み込めてないんだけど……これは一体どういうことなんだい? 半透明のコイツは幽霊とかモンスターの類じゃないの? それに同じ異世界人って……本当にそうなの?」

 今まで話に入って来れなかったブラックが、オロオロと俺と相手を見比べる。
 普段はこんな風にあせらない奴だから、何か新鮮だ……ってそう言う話じゃないな。ブラックがオロオロするのも当然だ。こんな事態、初めての事なんだから。

 “人格がある”立体映像が出て来て、ソイツが『俺はお前と同じ異世界人だ』なんて言い出して、俺もそれを納得してるっていう状態なんだもんな。
 そりゃ頭上にハテナマーク浮かべるよ。

 しかもブラックには理解出来ない単語が飛び交ってる状態だ。そりゃ不安になってオロオロもするわ。だけど、そこら辺を説明すると長くなるので、とにかく俺はこの謎の少年が俺の世界の似たような時代にいた異世界人だと説明した。

「な、なるほど……。そうか、ツカサ君の世界にも“時代”ってもんあるんだもんね。それを確認するのが、さっきのとかって単語だったんだね」
「パソコンな。相手は俺の言葉をすんなり理解したし、間違いないんだと思う。それに、俺達の国で使う時代を区切る言葉の一つの“平成”って言葉をさらっと言ったからな……うたがう余地も無かったよ」

 この世界は国によって暦が違い、ばらばらの年月であることもしばしばなのだが、それでも「平成」だの「昭和」だのと言う、漢語から二文字とるというような特殊な年号の名付け方は見た事が無かった。
 というか、そもそもこの世界には漢語が無いんだから名付けようがないよな。

 日本に似ているらしいヒノワって国や、俺に魚のさばき方を教えてくれたファラン師匠の故郷なら存在するかも知れないけど、それでも「平成」なんて言葉はさらっと出ないだろう。それに、よくよく考えたら相手が掛けている眼鏡だって、この世界の物とはちょっと違う。オシャレ系のやつだ。

 服装は……まあ、俺よりちょっとは格好いいかな。俺はカジュアルな冒険服だから、そういう勇者っぽいのじゃないけど、まあ、こっちの格好いい服が似合ってると言ってやってもいい。俺とは別の方向だけどな。俺には似合わなさそうだからな。
 イラッとしてない。してないぞ。

『それにしても、お前何歳だ? 十五歳? まさか俺と同い年では……』
「だーっ、うっせーな!! 十七歳だよ十七歳! こっちじゃ成人してんの!」
『えっ……その身長と顔で……?』
「キーッ!!」

 うるさいうるさいコンチクショウ!
 どーせ俺はガキくさいですよてめこのクソがー!!

「つ、ツカサ君、落ち着いて! ええと、とにかく……お前はツカサ君と同じ世界の奴なんだな? という事は、ツカサ君に何か聞かせたい事が有るんだろう。不必要にからかってないで、早く教えてくれないかな」

 俺をどうどうと抑えつつ、ブラックが真面目に聞く。
 すると、相手は一瞬目を見張って驚いたような表情をすると、俺とブラックを交互にまじまじと見て来た。なんだその顔は。

『…………お前らもしかして……“コントラクト”したのか……?』
「は?」

 なんだその英単語。学校で習ってないぞ。
 いきなり出て来てよく判らない事を言うんじゃないと眉を顰めると、相手は一瞬何かに気付いたように顔を歪めると、もう一度俺に問いかけた。

『お前……黒曜の使者、だよな? 知らされていないのか?』

 ……え?
 知らされていないのかって……なにを。どういう、こと?

『…………何故だ、何が起こっている……? お前、ちゃんと俺に“導かれて”、このエンテレケイアに来たんじゃないのかよ。俺と、会わなかったのか?!』
「い、いや、ちょっと待て、なんだよそれ!? 俺、ここに来てから他の異世界人になんて会った事もないぞ!?」
『最初に声が聞こえてただろ! 【根源】をどうの【選定】がこうのって声……』
「え……なにそれ。そんなの知らないけど……」
『なんだと……? なにも、なかった……?!』

 男は、絶句する。
 だけど俺には何故相手がそんな風に驚くのかが解らなかった。
 何だかよく判らない。本当ならこいつと俺は既に現実で出会っていたってこと?

 でも、俺とこの男の生きた年代は恐らく違う。会えるワケがないよな。何だか頭の良さそうな相手だし、そうなる事ぐらい可能性として考えているはずだ。
 なのにどうしてそんな事を言うのか分からず、俺は顔を歪める。相手も俺の様子を見て嘘が無いと悟ったのか、髪の毛を掻き乱しながら視線を彷徨わせた。

『ええと……あれだ、ほら、お前……ああ、あの……ほら、白い世界に最初に通されなかったか? そこで、テンプレ展開とか無かったのか!?』
「テンプレ展開って……神様に会うっていう、アレ?」

 異世界チートものでは最早テンプレとも言われる、転生前の白い世界と神様の組み合わせ。これも俺達が生きている時代ならではの発想だ。
 こんな所で自分の世界の話が出来るなんて思ってなくて、思わず嬉しくなって顔が緩んでしまうと、相手は呆れたような困惑したような顔をして、片手で顔を覆った。

『その様子だと……会ってないんだな……?』
「よく判んないけど……俺の時は、そのまま森に放り出されただけだったぞ。それに、人が寄り付かないって言うモンスターだらけの森で……なあ、ブラック」
「う、うん。……ライクネス王国のラクシズ近辺にある森と言ったら解るか?」

 話が良く呑み込めていないながらも状況は察したのか、素直に答えてくれる。
 しかし、ブラックのその言葉にまた相手は驚いたようで、ざっと青ざめながら俺を頭からつま先まで何度も見返した。

『あんな森にレベル1で……いや……その状態のままでグリモアを見つけて、このオッサンと“コントラクト”したなら……お前の黒曜の使者の力は真理に近付いているんだろうな……色々と、その、信じられない事だが…………』
「なあ、あの、言ってる事がよく解らないんだけど、お前さっきから何言ってんだよ。俺の方の事情を知ってるみたいだけど、俺は全然解らないし、なによりアンタが何者か全然解ってない状態なんだけど……」

 もうちょっと最初からかいつまんで話して欲しい。じゃないと解らんぞ。
 俺バカだから簡単に放して貰わないと重要な話とかすぐ聞き逃すからな、自慢じゃないけど本当だからな!

 必死にそう訴えると、焦っていたらしい相手は少し落ち着いたのか、ふうと溜息を吐いて背を向けた。

『そうだな……色々と予想外の事が多すぎて焦っていた……。この状態じゃお前達も辛いだろうから、少し環境を変えて改めて話すか。どうせ時間はたっぷりある』

 そう言いながら、男はパチンと指を鳴らした。
 すると、星空のようだった周囲の光景が一気に下降して、俺達はエレベーターに乗っているかのような浮遊感に襲われる。
 何が起こっているのか解らずブラックにちょっと身を寄せていると、上の方から蜜柑みかんの皮が剥けるように別の景色が周囲に現れた。

「ここは…………」
『俺の書斎からしか来れない、中央制御塔の空中庭園だ。……ここを作った奴が調子に乗って作らせたものの残骸だよ』

 調子に乗って、というのがどういう意味なのかは解らないが、俺の目に見える光景は、中々に清々しい場所だった。
 周囲は植物園のように木々や花が植えられており、壁も空も透明なドームで覆われているからか綺麗な青空が見える。遺跡の外が草木もまばらな荒野であるという事を考えると、楽園のようだ。

 半透明の男の指す相手が誰かは解らないけど、俺としてはセンスは良いんじゃないかとこっそり思った。

「それで……一から教えてくれるんだよな?」

 空中庭園に見惚れている俺を余所に、ブラックが相手に問いかける。
 そう言えばそうだったと居住まいを正して向き直ると、目の前の眼鏡の少年は軽く頷いて、俺達を近場に会った石造りの東屋あずまやに招いた。

『まず、自己紹介からだな。俺は伊王寺いおうじ救真きゅうま。キュウマでいい。歳はお前と同じだ』
「ってことは同級生だよな……そっちは“いつ”の平成から来たんだ?」

 向かい合うように椅子に座って対面のキュウマに問うと、相手はすぐに答えた。
 その年代は……。

「俺が飛ばされた二年前……?」
『ここに飛ばされてなきゃ、あっちの世界でも俺が先輩だな。まあそれは置いておくとして……申し訳ないんだが、今が何年か聞いていいか』

 眼鏡を直しながらキュウマが問うのに、今度はブラックが答える。

「正確な年数は解らないけど……あの書斎の本が君の本体の所有物で、その時点での最新の物だったとすれば、少なくとも数千年は経過しているだろうな。恐らく、今のこよみを教えてもお前には解らないと思う」
『やはりか……そんなに経過していたなら、色々と変化しててもおかしくはないな。じゃあ、俺は観念したって事なんだろうか……』
「かんねん?」
『ああ、いや、なんでもない……。』

 何か含んだような良い方だったけど、話したくないらしい。
 俺達に何かを伝える為に作られたのであろう擬似映像なのに、どうやら彼はかなりオリジナルの彼に似てしまったらしい。
 そう思うと何だか妙な気持ちになってしまい、俺は頬を掻いた。

 本当に普通の人間みたいなのに、こいつはただの「オリジナルを元にした、考える事の出来る映像」なだけで、生きている人では無いのだ。それが異世界では存在するものなのだと解っていても、何だか信じられない。
 半透明でさえなければ、普通の人間と一緒なのに。

『それより、まず聞いておきたい事があるんだが……お前……』
「あ、俺は潜祇くぐるぎつかさ。こっちはブラック」
『クグルギか。……クグルギ、お前は黒曜の使者についてどこまで知っている?』

 ああそうか。そこから話さなきゃ行けないんだよな。
 キュウマは最初、俺達が何もかもを理解してこの遺跡にやって来たと思っていた。けれど、俺達の様子から自分がかつて予想していた未来とは全く異なる事態になっていると察したらしい。だったら、現状を把握する為にも情報を欲しがるのは普通だ。

 俺だって、黒曜の使者の事を知りたいから、異世界の人間がここにやって来て何をしたのかを知りたかったから、この【エンテレケイア】までやって来たんだ。
 今その「異世界人の遺物」と対面できているのなら、何も隠す事はない。
 自分の正体をはっきりさせるためにも、知っている事は全て話さなきゃ。

 ――――だから、俺はキュウマに知っている事を全て話した。
 俺の黒曜の使者の力は、この世界で唯一「他人に力を与える」ことが出来、それと同時に世界を滅ぼしかねない威力を持っている事。そしてそれが【災厄】として認識されている事や、俺の置かれている状況も包み隠さず全て話した。

 それと……グリモアとの事や、神様と黒曜の使者の争いについて断片的に知っているという話。あとは、どうやら自分の能力が唯一絶対ではなく……七人のグリモアに支配され、彼らに破滅をもたらす物に取り換えられてしまったという事も。

 キュウマは黙って俺とブラックの話を聞いていたが、全てを明かし終わると、深々と溜息を吐いて半透明の頭を再びガシガシと掻き回した。

『なるほどな……そこまで知るのにだいぶん時間が掛かってたわけか……というか、絶対的な事がまるで明かされていないのも……そうか……失敗したのか……』
「……?」
『…………こんな事になるとは思っていなかったが……この擬似人格映像の俺は、そもそもお前のような“次の黒曜の使者”に当てて作られたんだ。本当の俺は、今の――あの時代の俺からすると、未来の黒曜の使者だな。その存在を、酷く心配していた。だから、何か間違いが起こらないように、俺を作ったんだよ』
「この場所に黒曜の使者が訪れると言う確信があって?」

 ブラックが問うと、キュウマは頷いた。

『この世界には、消された歴史の残骸が数多く存在する。俺やお前のような異世界人は、十中八九冒険者になって世界を旅しただろう。だとしたら、その中で自分の力に関する過去の歴史を見つけるに違いない。そう思ったから、俺は保険としてこの場所に“過去の俺”を残しておくことにしたんだ』
「黒曜の使者について知ってる事を教える為にか」
『…………本来は、そういう用途じゃなかったんだがな……。だが、お前は遠回りをしても、この場所へとやって来てくれた。……だから、話そう。俺が知っている限りの黒曜の使者に関する情報を』

 本来の用途じゃない?
 じゃあ……擬似人格のキュウマは、本当は何を教える為にここに居たんだろう。
 訊いてみたかったけど、今はそれよりも先に訊くべき事が有る。
 俺は居住まいを正すと改めてキュウマに向き直った。

 そんな俺の態度を良しとしたのか、それとも何か思う事が有ったのか、相手は少し表情を和らげると、苦笑を含めたような顔で笑った。

『さて……さっきお前に聞かせて貰った限りでは、大体の概要は知っているみたいだったが……まず、お前の“授かった使命”について俺が代わりに説明しよう』

 来た。これだ。
 俺が何故この世界に落とされて、どうして黒曜の使者にされたのか。それが、今やっと解る。誰にも解らなかった事を、やっと知る事が出来るんだ。

 思わずつばを飲み込んでキュウマを凝視した俺に、相手は冷静な声で、告げた。

『お前は、正当なる“神殺し”を行う為に……この世界に呼ばれたんだ』

 ――――……正当、なる……神殺し?

 それは一体、どういう意味なのだろうか。











 
 
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