異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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ラゴメラ村、愛しき証と尊き日々編

30.唐突な訪問者

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「お前のせいで、ツカサ君に奉仕して貰えなかったじゃないか。陰険いんけん学者ってのは、オツムが立派でも周囲の事は考えられない“部分的低能病”にでも陥ってるのか?」
「おや心外ですね。環境から考えれば“昼間”に“誰かが訪ねてくる可能性のある家”で、玄関先のテーブルで少年を性的に蹂躙している変質者の方が、よほど“慢性的低能病”だと思うのですがねえ。いやはや、自覚のない病とは恐ろしい……」
「ねえツカサ君こいつ殺していい? 殺していいよね?」
「やめんか!! もーお前らは会ったら喧嘩ばっかり!」

 ハッスルしようとして寸止めされた時の辛さは俺にも解るけども、アドニスに八つ当たりしてどうすんだ。俺の方が八つ当たりしたいわ。素っ裸で転がされてた所をばっちり見られたんだぞ。
 どう考えても俺の方が被害者過ぎるだろこれ。

 もうなんか泣き喚きたい気分だが、俺が騒いでもどうにもならない。
 というかまともな奴がこの場に居なくなってしまう。

 必死に自分を抑えつつ、俺はテーブルにアドニスを就かせて、麦茶を渡した。
 ……因みにテーブルは何度も綺麗に拭いて、清潔なテーブルクロスもかけた。神経質すぎるほどに綺麗にしてしまったが、変な事をやった場所で人を迎えるのに抵抗があったんだから仕方ない。

 だ、だって、俺はいまさっきまでテーブルで素っ裸でアンアン言わされてたのに、そこにアドニスと向き合って座るって、どう考えても耐え切れない……。
 ああもうっ、タイミング悪いっ!
 なんでこんな時に来ちゃうんだよぉおおお!!

「はい……どうぞ……」
「ああ、ありがとうございますツカサ君。もてあそばれた後に働かせてすみませんねえ」
「頼むからもうそれ以上言わないでマジで」

 こんちくしょう、このドS妖精め。俺の事までなじってきやがる。
 すまないと思うなら、せめて終わってからドアを開けてくれれば良かったのに!!

「というかお前は何故ここにいるんだ」

 アドニスのような魔族ではない妖精族のニオイが苦手らしいクロウは、少し距離を置いて座っている。しかしそれでも俺の隣には居たいらしく、ブラックとは反対側の空いている方に陣取って距離を詰めて来た。……何か可愛くてちょっとキュンとしたのは内緒だ。

 そんな健気なクロウの言葉に、アドニスは眼鏡を軽く直して麦茶をすする。

「嫌ですね、こんな辺鄙へんぴ奇怪きっかいな田舎に私がふらりと散歩に来れると思いますか?」
「……シアンの差し金か」

 物凄く不機嫌な声を漏らすブラックに、アドニスは「そうだ」と言わんばかりに肩を竦めた。

「一から十まで説明せずによさそうですね。まあ、そう言う事です」

 なるほど、アドニスはシアンさんに言われてラゴメラ村にやって来たんだな。
 でも、メッセンジャーにしてはちょっと異質過ぎだし……何かアドニスでなければいけない用が有るんだろうか。まさかシアンさんも「お友達に会いたいと思って!」なんて軽い気持ちでこの村に呼んだわけじゃないだろうしな……。

「アドニス、シアンさんには何を頼まれたんだ?」

 俺が問いかけると、相手はこちらを見てニコリと微笑んだ。

「私が頼まれたのは、君の体調管理です」
「え……」
「私は水の曜術師ではないので医者の真似事しか出来ませんが、しかし調合の腕に関しては最高位であると自負しています。この村にはまともな医療施設も有りませんし……それに、君の力がもし暴走したら、拘束する役が居なければ困るでしょう?」

 冷静に言い放つアドニスに、左右に座ったオッサン達がびくりと反応する。
 確かに……その役は必要かもしれない。もし俺が何らかの原因で周囲に危害を加えるようになった場合、ブラック達には俺を止める事は出来ないだろう。
 例え「支配」して俺を止めようとしても、それが通じるかどうかは未知数だ。
 だけどアドニスなら俺を確実に止める事が出来る。

 木の曜術で拘束できると言う事もあるが……シアンさんがアドニスを選んだのは、それだけが理由じゃないだろう。彼は、人族には扱えない術を使えるんだから。
 妖精王ジェドマロズが使うのと同じ、氷の術――――
 氷の中に閉じ込めた存在の時間を全て凍らせてしまう【氷縛ひょうばく】という術を。

「確かに……アドニスしか適任はいないよな……」
「だけど、それなら何故今頃来たんだ? もう数日経ってるんだぞ」

 ブラックの言う事も尤もだな。
 俺を止める役が必要だったら、最初から連れてくれば良かったんだよな。
 なのになんで今なんだろう。

 首を傾げた俺に、アドニスは問いの答えを放った。

「プレイン共和国の一件で、我らがオーデルの国内がてんやわんやになり、収めるのに時間が掛かった……。と言うのも有りますが、第一は水麗候すいれいこうとの連絡に手間取ったからですね」
「どういう事だ。ウァンティア候は世界協定の裁定員だろう。お前ぐらいの地位なら、直通で話が出来るのではないか」

 クロウはシアンさんの事を礼儀正しく“ウァンティア候”と呼ぶが、その事から解るように、シアンさんは世界を股に掛ける【世界協定】という機関の最上位に位置する“裁定員”という称号を持っている。だから、機関と繋がりのある冒険者ギルドにも直接命令を伝える事が出来たし、俺達に対してもかなりの手助けをしてくれていた。

 今回だって、国に介入する権限を使って俺達を救助してくれたのだ。
 その地位から考えれば、世界中から頼りにされている薬師のアドニスと直接話す事も簡単に違いない。というか、シアンさんが望めばアドニスはすぐ応答しただろう。
 なのに手間取ったとはどういう事なのか。

 眉根を寄せる俺に、アドニスは少し思わしげに眼を細めて息を吐いた。

「その水麗候の立場が危うくなっているんですよ。詳しい事は判らないんですがね」
「えっ!?」
「それはどういうことだ!」

 驚いた俺の隣で、ブラックが険しい声を出して立ち上がる。
 母親代わりとも言えるシアンさんに危機が迫っていると聞いては、ブラックも気が気ではないのだろう。誰だってそうだよな……自分の母さんが危険だって言われたらそりゃ焦るよ。

 でも、どうして。シアンさんは強いし、何より老獪ろうかいで頭がいい。
 未来の災害を見通す力も有って……彼女はグリモアとして認められている。
 つまり、水の曜術師の中ではトップクラスの実力が有るんだ。

 そんなシアンさんが、どうして【世界協定】でそんな事になっているのか。
 俺はブラックを落ち着けて再び席に座らせながら、アドニスに問うた。

「あ、アドニス、俺にも解るように説明してくれる?」

 謀略とかそういうのは俺には全く解らないので、出来れば子供にも解るように簡単で優しい感じに教えて欲しい。
 そんな俺の頼みに、アドニスは苦笑して答えてくれた。

「まったく、君は相変わらず素直ですね。……まあ良いでしょう。一言で言えば……一連の事件の犯人ではないかと疑われている……と言った所ですかね」
「一連の事件って……プレイン共和国の……?」
「そう。……あの国の一件はかなり厄介でしてね。今回助かった議員……プラクシディケという穏健派の議員がいるんですが、彼女と水麗候が繋がっていた事が問題になってしまいまして。今回の国の転覆が、穏健派と水麗候による強制的改革ではなかったのかと疑われているんです」

 つまり……シアンさんがシディさんと共謀して、クーデター起こしたってこと?
 そんなバカな。あの事件はギアルギンが起こしたものなのに、どうしてシアンさんがこんな事で責められなきゃいけないんだ。

 それだったら、レッド達に良いように捕えられた俺達の方に罪が有るだろうに。
 どうしてそんな変な事になるんだよ。

 思わず顔を歪めた俺達三人に、アドニスは「さもありなん」と言わんばかりに呆れたように目をゆっくりと瞬かせてまた肩を竦めた。

「まあ、水麗候がそんな馬鹿な事をする理由が無いので、いずれ解放されるでしょうが……ただ、その場合に君の事を説明しなければならなくなるかも知れません」
「……!」
「裁定員の誰かが召喚しろと言えば、誰も逆らう事は出来ない。その時に君が暴走する要素を持っていれば、水麗候に不利になりかねないでしょう。……ですので、私が君の体調を完璧に整える為にやって来たという訳です。まあ、あくまでも“万が一”の事で、君が疑われたり、何かをされるという事はないでしょうけれどね」

 アドニスの深刻さもない言葉に、ブラックが睨み付けるように返す。

「…………その保証は?」
「ありませんね。私も頼まれてここに来ただけですし……なにより、私は君の事を何一つ知らされていない。そんな状態では、何も言えませんよ」
「……え…………」

 何もって……もしかして……俺が黒曜の使者って事も知らされてないのか……?

 思わず目を見張ると、アドニスはコップを置いて俺に優しく笑いかけた。

「水麗候は、君が私を信用してくれていれば話してくれると言っていました」
「アドニス……」
「…………話して、くれますか?」

 ――――アドニスは、グリモアの一人。
 木の曜術師の頂点に立つ【緑樹の書】のグリモアだ。

 だとすれば彼には……俺の正体を知る権利が、ある。

「ツカサ君……」
「……ツカサ……」

 どうするんだと、ブラックとクロウが俺を見やる。
 二人とも、俺の判断に委ねるつもりなのだろう。

 …………だったら、もう……迷う必要は無かった。

「……解った、話すよ」

 他の奴に自分の正体を話すのは怖い事だけど……でも、アドニスは信用出来る。
 だって、俺自身の力を信じてくれた奴で、誓いまで立ててくれたんだから。

「ありがとう、ツカサ君」

 俺の覚悟を知ったのか、アドニスはそう言って笑ってくれた。










 
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