異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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ラゴメラ村、愛しき証と尊き日々編

  己を知るためには2

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 夕方、顔や服に土やどす黒い何かをくっつけたオッサン二人が帰って来たと思ったら――荷車にとんでもない物を乗せて来た。
 それは何かと言うと、子豚くらいの大きさの生肉のかたまり
 明らかに「今処理を終えて来ました」と言わんばかりの、赤みが新鮮な肉だった。

 ブラックが言うには、この生肉……になる前の物は【ニムシュ・ヒストリクス】というモンスターらしく、この村があるニムシュ山脈に住む怪物達の中でも結構な強さにランク付けされている物なのだという。
 名前さえ分かれば携帯百科事典で詳細が見られるので、早速そのニムシュなんとかを引いてみると。



【ニムシュ・ヒストリクス】
 アコール卿国きょうこく南東部に位置するニムシュ山脈に生息するモンスター。
 針鼠族の中でも上位に位置する。
 夜行性で昼は巣穴でじっとしているが、その間は巣の中に溜めていた死骸の骨を食べて過ごすことも有る。これは、針鼠族であるヒストリクス種の特徴である固く鋭い棘を生成するための行為であり、足りない栄養を補っている言われる。
 そのため別名「墓荒らし」「屍食い」と呼ばれる事も有り、地域によっては滅する対象として敵視されている。実際、素早く凶暴で雑食性なため、ありとあらゆる物を食い荒らされる可能性があり、実際にヒストリクス種による被害がでている。
 しかしヒストリクス種は背中に針山のように幾つもの針を有しており、敵対すると「ガラガラ」と警告音を出し、針を飛ばしてくるため退治は容易ではない。
 この針はかえしが付いており、抜けずに食い込むため非常に危険ではあるが、同時にその硬い針は良い素材ともなるため、厄介者ではあるが針と革は非常に需要が高い。肉質も、獣臭くはあるが中々の美味である。



 ……とまあ、こんな風な恐ろしいハリネズミらしいのだが、ブラックは「そんなに強くなかったよ」とばかりにキョトンとしていた。
 どうも二人にとっては全然物足りない相手だったらしい。
 まあ、解ってましたけど。こいつらが規格外ってのは解ってましたけどね!

 でもどうせなら俺も狩りたての巨大ハリネズミ見たかったなっ!

「ツカサ君、ヒストリクスの肉は母乳で洗えば臭みが抜けるんだって」
「えっ、そうなの」

 荷車から降ろして、清潔な布の上で解体作業を三人で行っていると、ブラックがゴーバルさんやテイデ地区の人から教わったのであろう知識を披露して来る。
 獣臭いってのは解体している時に気付いてたけど、まさか母乳で洗うだけで簡単に処理できるとは思わなかった……なんだろう、何が作用してるのかは全く判らんが、異世界ってのは本当不思議だな。

 背中の部分はほとんど食べられないので、足と背骨より前の肉を切り取る。
 ヒストリクスは自分の針が刺さって自滅しないように、地面に接する部分以外はほとんど硬い肉になってしまっていて、食べると靴の底を食べているような感覚がするらしい。そこまで硬くなる肉って一体……いや、考えたら負けだ。

「乳って、タマンドラの乳でもいいのか?」

 がしがしと肉を削ぎながら言うと、クロウが荷車から壺一杯の乳を持って来る。

「この村ではグロブス・タマンドラの乳でやるらしいが、特にどの乳といった決まりも無いそうだぞ。テイデの主婦の話では、人族の母乳でも可能だったそうだ」
「ひ、ひとのでもいいんだ……」

 母乳って、俺普通に動物のとか牛乳を想像してたんだけど、そうか……そっちでもイケるのか……でも遠慮したくなるのはなぜだろうか。俺、二次エロで母乳がほとばしる展開は嫌いじゃないのに。

「ツカサ君も出してくれていいよ?」
「男の俺がどうやって母乳を出せるって言うんだよ」
「いや、妊娠してなくても出す方法は色々あるよ? まず近」
「説明すんなああああああああああああ」

 頼むから俺に変なプレイを説明しようとすんな!!
 母乳プレイならまだしも母乳で肉洗いプレイってなんやねん!!

「ブラック、肉が腐るから早くやれ」
「チッ、うるさいなコイツ……」

 あ、ありがとうクロウ。
 思わず顔を向けると、クロウは俺にだけアピールするかのように耳を軽く揺らしちょっとだけ笑った。

 な、なんか……昨日色々あったせいか、クロウがいつも以上に優しい感じがするのは気のせいだろうか……。
 気遣ってくれるのは嬉しいけど、変に意識しちゃって恥ずかしいなあもう。
 何を言ったのかあんまり覚えてないし、なんていうかその……愛してやるー愛してやるーて言ってたから、多分俺が不満爆発してクロウに甘えちゃったんだろうけどさ……ああもう返す返すも恥ずかしい。

「ツカサ君なんで顔赤くなってんの」
「な、なんでもない!! とにかく早く肉を洗おう。夕飯が遅くなっちまうからな」

 用意が良いのも、テイデの人達が手伝ってくれたんだろうか。
 うーん……俺が知らない間にブラックも人付き合いがうまくなったのかな……。
 ……などと考えたらまたドツボに嵌りそうだったので、慌てて頭を振って変な事を考えるのはやめにすると、俺はブラック達と一緒に無心で肉を洗った。

 すると、タマンドラの肉は先ほどまでの野性味あふれる臭いはどこへやらで、すっかり市販の肉と変わらない感じになってしまった。
 肉の質に変化はないが、いったいどんな肉になるのやら……。

 うーん、お腹の部分とか足の内側の部分は弾力が少し強いだけだから、特に下拵したごしらえなんかはする必要もないだろうけど……夕飯は何にしようかなあ。

 台所に戻ると肉を改めて水にさらし、家に備え付けてあったでっかい肉切り包丁でだかだかと肉を切りつつ考えていると――不意に背後に気配を感じた。

 何だろうかと思って振り返ってみると、そこには実に機嫌が良さそうに口を緩めるブラックが居て。どうしたんだろうかと片眉を歪めると、相手は俺の顔を伺うように近付いて来て、上目遣いで俺に問いかけて来た。

「ね、ね、ツカサ君。お肉嬉しい? 満足出来る?」

 子供のように聞いて来るブラックに、そう言えば約束をしていたなと思いつく。
 俺が好きな色がどうのって話で、つい変な約束をしてしまったが……それほど俺の好みを聞きたかったんだろうか。
 そんで、今も期待に満ちた目で俺を見てるのかな。

「…………」

 ……そ、そう……だよな。
 興味が無い奴にこんな事なんてしないし、ほら、やっぱりブラックだって俺の事を放り出そうなんて思ってないじゃんか。我が内なる理性の思った通りだったよ。
 だから俺って奴は駄目なんだ。本当に情けない男だよ。

 でも…………なんか……ホッとしたのは、事実で。
 しゃくだけど、こんな簡単なことであれだけ悩んだ事を放棄してしまう自分に呆れてしまうけど、そう思うこと自体俺が自惚れてるみたいで嫌だけど、でも……。
 ……良かった……。

「ねー、ツカサ君~。だめ? やっぱりもうちょっと大きいのじゃないと嫌だった? そうだよねぇ、ツカサ君は僕のペニスに慣らされて」
「食事前に下品なこと言うな!! だっ、だから、その……いいよ、別に……」
「えっ?」
「ぐっ……い、良いって言ってんだよ!! これ以上でかくても食べるのに苦労するし、処理も大変だしな!!」

 だからもう座ってろ、と背を向けると、ブラックが背後から俺を抱き締めて来た。
 汚れた上着を脱いではいるけど、まだ砂埃で長い髪の毛はぼさぼさしてるし、手を洗っただけで風呂にも入って来てないし、汗臭くて。
 けれどその事が俺の手を勝手に止めてしまい、俺は簡単に拘束されてしまった。

「ぶ、ブラック、包丁持ってるから危ないって……っ」
「えへ……。ねえツカサ君、お肉食べたら元気出るよね? そしたらさあ……明日は一日中、僕といちゃいちゃしても大丈夫だよねぇ」
「い、一日中って……」
「ねー、良いよねっ、ね? 僕頑張ったし、勉強もちゃんとやってるし、ツカサ君の為に……っと、まあその、色々頑張ってるんだよ~! だからさー、ねっ?」

 そんなふうに甘えた声を出しながら、ブラックは俺の頬に無精ヒゲだらけの頬をじょりじょりと押し付けて来くる。
 いつもの俺ならヤメロと押しのけている所だったけど、でもその、なんだ、包丁を持ってて危ないし、早く肉を切らなきゃ行けないし……その……だから……拒否して長引かせるより、頷いた方が早いんじゃないかと、思ってしまっていて。

「…………変な事は、しないからな……」

 体が熱くなってきて、自分でも何を言ってるんだと恥ずかしくなってくる。
 ブラックの要求に素直に応えるなんてまるで期待してるみたいで、そんな俺自身が変に思えて、余計にじりじりしてたまらなくて。
 だけど、ブラックはそんな俺を離すことなく、更に強く抱きしめて来た。

「はぁあぁああ~~~っ! ツカサ君んんんんんんそういうところすき本当しゅきぃいいいい!!」
「だーもー良いから早く離れろってば!! 肉が腐るだろ!」

 頼むからもう勘弁してくれと涙目になってると、クロウがみかねてブラックを引き剥がしてくれた。ううう、ありがとう、本当にご迷惑おかけします。

「約束したなら早く離れろ。夕飯が遅くなるだろうが」
「むぅ……」

 夕飯が遅くなって待つ時間が長くなるのはさすがに嫌だったのか、クロウの迷惑そうな声にブラックは不承不承従ったようだ。
 はあ……やっと落ち着いたか……。
 よ、よし、ここからが俺の本領発揮だ。

 今日はアレだ。せっかくの新鮮な肉なんだから、アレコレやらずシンプルに焼いてみようではないか。もちろん、ちょっと味付けしてな。

 というわけで、俺はブラックに蜂蜜酒の使用許可を貰うと、まんまと半分以上減った事に感付かれる事無く、蜂蜜酒を消費する事が出来た。
 へへへ、これで証拠隠滅だ。

 しかし、蜂蜜酒ってあんまり酒の匂いがしないのかな。あの後ブラックは俺が酒を飲んだ事に気付かなかったみたいなんだけど、普通は気付くもんだよな……。
 もしかして、酒の酔いも黒曜の使者の能力で治っちゃうんだろうか?
 でも前はそんな事無かったし……うーん、なんか変な感じだ。

 まあでも、そんなことを考えてても仕方ないか。
 とにかく美味しい料理を作らなきゃな!

「しかしツカサ、肉に酒とはどういう物を作るんだ?」
「酒に漬けるなら、一日置いた方がいいんじゃ……」

 二人とも肉と酒の相性がいい事は知っていて、酒が使われる料理がある事も知っているみたいだったが、流石に甘い蜂蜜酒がどんな料理に化けるのかは解らないらしい。こういう所はあまり料理しない普通の大人って感じだよな。
 安心しなさい、悪いようにはしないから。

「まずは肉を切って……」

 簡単にナイフが通る肉を切り、手ごろなサイズに収めると、塩コショウを適度に振って、みじん切りにし鉢でゴリゴリったニオイタケ(ニンニクみたいな味と匂いがするキノコ)をほんの少し、うっすらと乗せる。
 そこに蜂蜜酒をハケでたっぷりと塗って、あらかじめ熱しておいた金属釜の下部にあるオーブン……いや、窯焼きに出来る部分に肉を入れてじっくり焼く。

 半刻より前……大体二十分程度だろうか。
 しっかりと焼き目が付き、肉から脂がはじけて良い匂いがして来たら完成だ。

「よーっし! 蜂蜜酒の酒焼き出来上がり!」

 鉄板代わりのフライパンもどきを取り出して、野菜と一緒に皿に並べれば立派なもんだ。こういう時はリンゴイモの蒸かしたものとバターがいいな。
 それぞれの皿に並べてやると、ブラックとクロウは鼻を膨らませて匂いを目一杯に吸い込むと、二人して口を拭った。

「な、なんだこれ……なんかあんまり嗅いだ事のないいい匂いがするよ……!」
「ウムゥ……こ、これは抗いがたい……。ツカサ、食べよう、早く食べよう」
「まあまあ慌てんなって」

 早速テーブルに持って行って「いただきます」をすると、途端に二人はナイフとフォークで目にもとまらぬ速さで肉を切ったかと思うと口に含んだ。

「んん……!! うっ、うまっ……!」
「ふぐぐっ、ん、ング」

 ブラックの言葉に、クロウは口を開く暇も無くコクコクと頷いている。
 評論家みたいな言葉が出ないのは、味を例える暇も無いってことなんだろうか。
 まあ、あれだ。これがマズいハズはないしな。
 俺も口に放り込むと、軽く肉をかむ。その瞬間ほのかに懐かしい味がして、一気に肉のうまみが広がった事に思わず身震いした。

「ん~……! さっすが、ゴーバルさん……めちゃうまじゃんこれ……!」
「えっ、これあの親父がツカサ君に教えたの?」
「そうだぞ。蜂蜜酒は色んな使い方が出来るって言ってたから、聞いておいたんだ。しっかし、これ本当ヤバいな……」

 美味しいのはもちろんなんだけど、なんというか……照り焼きっぽい味がほんのりするんだよな……これはこの世界の酒だから起こる事なのかもしれないけど、蜂蜜酒がうまいこと作用してくれているみたいだ。
 今まで和食に飢えていた俺としては、ありがたくてたまらない。

 こう言う事を感じる度に、自分が日本人なんだなあと思ってしまう。
 やっぱ故郷の味って忘れられないし恋しくなるよそりゃ。
 ああ、なんか凄く癒される……。

 それにしても……なんか色々とほっとしたなあ。
 ……明日はこの調子でもっと笑えるといいな。











 
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