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ラゴメラ村、愛しき証と尊き日々編
自分自身にすら意地を張るけど2
しおりを挟むし、下が、きりっ、きっ霧で見えない落ちたら死んじゃう人生終了しちゃうぅう!
お願い離さないで絶対離さないでゴーバルさん!
「おいおい心配すんなってツカサちゃん。俺がしっかり補助してやっから」
「男ならこれぐらい耐えんかい」
「あぁあああさすがにこの高さはぁああああ」
俺、高い所は平気だけど、さすがに人に命握られたままで命綱なしの遊覧飛行は無理ですってヤバイですって怖い怖い怖い安全装置なしのジェットコースターとか誰も乗りたくないでしょ霧の中に落ちたらどうすんだああああ。
しかしゴーバルさんは俺の懸念なんぞ意にも介さず、少し離れた所に有る霞んだ橋を横目にスイーッと霧の谷を横断し、すぐにテイデへと到着してしまった。
……が、一つココで問題がある。
ゴーバルさん達禽竜族は、上昇は得意だが下降はとても苦手なのだという。
そして、直進している時は急に止まれない。そう、急に止まるのは至難の業なのである。ということは、俺達はあまり減速してない状態でテイデに落とされ
「よーし行って来い!」
えっ。
ちょっ、まっ。
「おっしゃツカサちゃん降りるぞー!」
ぎゃあああああああ!!
待って待って待って無理無理無理落ちるいやカルティオさっ落ちっしぬっ今度こそ死ぬ死ぬぅううううういやあああああああああ!!
「~~~~~~~ッ!!」
声を出さなかった自分を、褒めてやりたい。「良くやったぞ」と抱き締めて、その我慢を讃えてお小遣いでもあげたい。そのくらい俺は頑張った。頑張ったのだ。
だから、カルティオさんに変な格好で抱えられて、無様に地面に頭をぶつけたのはチャラにして頂きたい。兜が有って助かった、いやそうじゃなくて。
「しっ、ひっ、しっ死ぬかとおもっら……」
ええい兜が息苦しい過呼吸になる! いやでも兜が無かったら死んでるか俺!
ごめんね兜ありがとう!
「ツカサちゃん本当箱入りなんだなー。ここいらの兵士なら結構やってるぜ?」
「ちょっ、ちょっと、あのっ、安全性が解らないとっ、ちょっとっ」
いや俺だって、クロウに抱えられたり準飛竜になったロクと空中攻防戦やった事はあるけど、アレは違うじゃん。クロウやブラックっていう安全装置があったじゃん。
それにかなりの緊迫した事態だったし、だから俺も頑張れたんだって。
でも今は完全に旅の蛇足じゃん、ちょっとしたお忍びじゃん!
気が緩んでる時にこんなスリリングなアトラクションはあきまへんて!
「んもー、そんな風じゃ女の子達に笑われちまうぜ?」
「はっ……そ、そうだ……女の子が待っているんだった……」
それはのっぴきならねえ。
俺はすぐに姿勢を整えると、鎧をガシャガシャと鳴らして息を整えた。
「よし、大丈夫です。すぐに行きましょう」
カルティオさんにサムズアップをしてみせると、相手は苦笑して「こっちだ」と俺を案内してくれた。よっしゃ、とても楽しみだ。
ウキウキしながら付いて行くと、カルティオさんは集落の中へと入って行く。
てっきりこちらも人が少ないと思っていたのだが、テイデの方の人族達は地上の村の人とあまり変わらない生活を送っているのか、朝から井戸で水汲みをしたり、その周辺で文字通りの井戸端会議を行っていた。
うむ、村の中央に井戸とか水場が有るのは普通だよな。
シルヴァの方には川が流れているので、そこから直接水を引いてるんだろうけど、こっちは岩山だからそうはいかないだろうし。この岩山には水場なんて滅多にないんだろうからなあ。
外から旅人がやって来る事は滅多にない村だけど、国家元首の息が掛かってるからそれなりに生活水準は高いって事か。まあ、村に対して色々と制約を強いているんだろうから、それくらいは普通なのかもしれないけど。
しかし……井戸端会議にもやっぱり男は居るんだな……。しかも、わりとがっしりしたブラックと歳が変わらないようなオッサンとか、俺よりちょっと大人かなって感じのぽっちゃりめのお兄さんとか。そんな彼らが女の子やおばちゃんに混じってキャッキャと話しているのは何と言うか妙な違和感を覚えてしまう。
やっぱし彼らもいわゆる「メス」なんだろうか……メスなんだろうな……。
この世界本当に不意に違和感をぶち込んで来るのやめてほしい。
俺まだ慣れてないんだってばこの世界のオスメス区別。
「よーっすカワイコちゃん達!」
そんな井戸端会議に、カルティオさんは兜を外して意気揚々と近付いて行く。
すると、彼女達は彼に気付いたのかパァッと顔を明るくして招き入れた。
一瞬ナンパの腕が凄いのかと思ってしまったが、どうやらカルティオさんは彼らと知り合いだからみたいだな。まあそりゃそうか。ここにずっといれば嫌でも知り合いになっちゃうだろうしな。
でも、そうすると外様は俺だけって事になるのか……。
ヤバい、俺こういう時の特攻の仕方なんぞ解らんぞ。
気心の知れた彼らの輪にどうやって入れば良いのかと迷っていたが、カルティオさんが「おいで」と俺の手を引いて仲間に入れてくれた。
最初は緊張したけど、しばらく話している内に、彼女達や彼らもまた俺の母さんみたいな感じの気兼ねなく話せるような雰囲気だと解って、俺も徐々に気が緩み気軽に話せるようになってきた。
井戸端会議のお兄さんやお姉さんたちはやはり誰かの「妻」らしく、その相手はやっぱり男だったり女だったりと色々だったんだけど、みんな「ウチの亭主は狩りもサボって」とか「ウチなんか仕事にばっかり……」なんて言いながらも、旦那さんの事が好きなんだなって事が解って、微笑ましかった。
俺が求めていたキュンキュンは無かったけど、でもお姉さんやおばちゃんに優しくして貰えるのは充分に嬉しかったし、ぽっちゃりお兄さんや穏やかなおじさんにも兄のように構って貰えて中々に気分がアガったので結果オーライだ。
まあ、あれだ。狭い村だし、ここでも若い人はすぐに結婚しちゃって、独り身の人なんて滅多に居ないんだろうな。だからカルティオさんもここに来たんだろう。
日数が掛かったのは、たぶんゴーバルさんを説得する為だろうなあ……。
目論見は外れたが、でもそこまでして貰ったらこれ以上は望めない。
なんにせよ、なんか……一人でいる時間が多かったから、色んな人とこうやって輪になって話すのは本当に楽しかったので、それでよしとしよう。
ありがとうカルティオさん……などと思っていると、ブラックと同い年ぐらいの優しげなおじさんが、困ったような顔をして溜息を吐きつつこう言って来た。
「それにしても……ベルちゃんは今日は日が暮れるまでにウチに帰って来てくれるんだろうか……」
「ベルちゃん?」
俺が問いかけると、おじさんは腕を組みつつ頷いた。
「ウチのベルちゃんは、国でも五本の指に入るくらい凄い鍛冶師なんだけど……ちょっと仕事が好き過ぎる所が有って、熱中したらすぐ我を忘れちゃうんだよ。それに、最近は弟子が出来たって言ってその弟子に熱心に色々教えてるみたいだから、帰って来るのが夜になっちゃって……」
「…………」
それって、もしかして……ブラックの事……?
ってことは、ベルちゃんってアナベルさん?
えっ、あ、アナベルさん既婚者だったの!?
…………な、なんだ、だったらブラックなんて眼中にないよな。
だってさっき聞いてた話だと、このおじさんとアナベルさんはラブラブみたいだし、ブラックがやって来ても別に様子がおかしくなってる訳じゃないんだし。
なーんだそっか!
熱心に指導してるなら、そりゃ肩パンするだろうし密着もするよな!
血の気の多い人はそう言う事もままあるじゃん。あっ、じゃあブラックが俺に何も話さなかったのって、熱心な指導で小突かれてたりするのを話したくなかったからだったりして。ありえるな、だってアイツ変な所でプライド高いんだもんな!
なーんだ、モヤモヤしてた俺がバカみたいじゃん。
やっぱりブラックは変な事なんてしてなかったじゃないか。今まで何を気にしてたんだろうな俺は。はっはっは、真実なんてこんなもんだ。
……でも……良かった……とか……まあ、思ったり、思わなかったり……。
「あの……ちなみに、教えてるって何を教えてるんですか?」
「うーん、俺も詳しい事は聞いてないんだけど……ベルちゃんは、自分の事みたいに笑いながら『大事なモンを作ってるんだってさ』とか言ってたなあ。だから、それをちゃんと作れるように、頑張って教えてるんだと思う。ベルちゃん職人肌だから、生半可な物は作らせないって張り切ってるんだろうね」
そう言いながらニコニコと笑うおじさんは、本当に嬉しそうだ。
アナベルさんの事を心から信じて、そして彼女のそう言う気質が好きだから、こうして笑っていられるのだろう。
それを思うと、俺はこのおじさんが「妻」である事に不思議と納得出来てしまい、そして同時に尊敬の念を感じてしまった。
うん、そうだよな、こういう事なんだよな。
俺はブラックに対してこういう態度で居たいんだ。このおじさんみたいに、大人になって、一歩引いた所でブラックの事を尊大な態度で見ててやりたいんだよ。
だってそうすれば、何が起こっても動じずにいられるだろうから。
でも……俺がこのおじさんみたいになるには、どれくらいかかるのやら……。
色々と考えて俺の方が鬱になってしまいそうだったが、とりあえずお昼が近いので解散しようという事になり、俺達も帰る事にした。
帰りもまたゴーバル便と聞いて死にそうだったが、これはまあ仕方ないだろう。
悲鳴を我慢できるように、今度もしっかりと自我を保たねば……と思いつつ、ゴーバルさんを呼べる場所へと移動しようと歩いていると――ふと、道の先にもうもうと煙を立ち昇らせている家が見えて来たのに気付いた。
他の家の煙突も煙の立つ煙突は有るけど……あの煙突って鋼鉄製っぽいな。
確か、鍛冶師なんかの工房の煙突は金属性なんだっけ?
だとすると、あそこってもしかして、アナベルさんの鍛冶屋なのかな。
「な、なあ、カルティオ。あの家って鍛冶屋?」
コツコツと相手の鎧を叩きながら問うと、カルティオさんは頷いた。
「おうそうだぜ。アレがさっきのオッサンが言ってたアナベルさんの職場だ。いやあ本当、あんな美人を捕まえちゃって羨ましいよなぁ。俺も美女だったら妻でも何でも良いからなっちまいたいぜ」
「そ、そうか、アナベルさんは夫だったもんな……」
だから、余計にブラックとはそういう仲にはならないに違いない。
オスとしての自覚がある人はオスには性欲が湧かないんだよな?
ようするに俺が男に性欲が湧かないのと同じようなもんだ。いくらブラックが好色だからって……ない……はず……。
「…………」
でもやっぱり、気になってしまって。
いや、違うんだけど、でもほら、ブラックが何を学んでるのか知りたいし。
隠してるんだから暴かない方が良いのかも知れないけど、モヤモヤして待つよりは良いんじゃないかって思うし、だから……。
「あの……ちょっとだけ、覗いてっていい……?
思わずそう言ってしまうと、カルティオさんは苦笑して肩を竦めた。
「しょーがねーなあ。ツカサちゃんも結構純なのな」
純って何をもって純と言ってるのかは解らんが、まあ褒め言葉として受け取っておく。カルティオさんが良いと言ってくれたんだから、ちょっとだけ。
ちょびっと除くだけにしておこう。
そう思い、俺はなるべく音を立てないように鍛冶屋に近付いて、熱を逃がすために開け放たれている窓の端からそっと中を覗いた。と。
「……っ」
あっ……ブラックだ。
机に向かってなんか一生懸命作ってるっぽい。
金の曜気が見えるから、たぶん曜術を使っているんだろう。じゃあ、真面目に勉強してるんだな。良かった……い、いや、最初から何も思ってませんけどね。
アナベルさんはと言うと、見事な金髪を背中に流して炉に向かっている。
カツンカツンと何かを打っているけど、仕事をしてるんだろうな。
「…………」
だけど、ブラックが何か教えて欲しかったのかアナベルさんを呼ぶ。
彼女は少し時間を置いて、炉から何かを取り出して水が満たされた石の桶に真っ赤になった金属を入れると、ブラックに近付いてきた。
「ぅあ」
めっちゃ綺麗。めっちゃくちゃ美しい、少女漫画に出て来るみたいな美女だ。
こんな綺麗な人が鍛冶屋をやっている事にも驚いたけど、あんな美女と二人っきりで、ブラックはよく冷静で居られるな。
俺なら絶対ドギマギして何も手に付かないぞ。
……って事は……やっぱあいつ、真面目にやってたんだな……。
そう思って、ホッとしようとしたところに――
「アッ!」
アナベルさんが躓いて、ブラックに倒れ掛かる。
その気配を察知したのか、ブラックは咄嗟に体を捻って彼女を受け止めた。
まるで……お姫様を受け止めるみたいに。
「……――」
解ってる、これは普通の事だし男として当然の事だ。
俺が考え過ぎなだけでブラックは正しい事をしている。間違いない。
間違いないんだ。
でも。
だけど…………
――そこで、思考が止まる。
それからは頭が真っ白になって、しばらく何も考えられなかった。
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