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ラゴメラ村、愛しき証と尊き日々編
19.溜息の霧と新たな出会い
しおりを挟む最近やっと笛の音色が安定して来たのは、数日の間ずっと堅実に練習して来たからだと思う。俺は、音楽の授業の中でも器楽が特に苦手だったんだが、人間集中すれば何でも出来るものなんだな。おかげで、曲の半分くらいは慌てずに演奏できるようになってきた。
ただ、それも……結局のところ、逃避なのかもしれないけど。
――正直な話、俺がここまで笛に打ち込んだのは……あの事があったからだ。
あの事ってのはもちろん、ブラックの事。
一人だけ良い思いをしているブラックに絶賛嫉妬中の俺だが、なんというかその、嫉妬が段々しんどくなってきて……一人で他の事をしていると、どうしてもあの事を考えてしまって、俺は笛の練習以外の事を出来なくなってしまっていたのだ。
だって、笛の練習だけは……ブラックとクロウが、関わってないから。
あいつらにプレゼントを縫おうとすることも、洗濯も掃除も料理も調合も……全部、全部、やってる内にふとブラックの事ばっかりが浮かんできて、何でかモヤモヤするし子供みたいにむずがりたくなって、集中する事も出来ないんだよ。
俺だってこんなのはおかしいと思うけど、でも……仕方が無かった。
自分自身どうしてこんな感じになるのか解らなかったから。
……ほんとに……。
「…………」
嘘つきだなって、自分でも思う。
でも、考えたくなかった。だってそんなの、惨めだし、格好悪いし……自分が許せない。こんな風になる自分が嫌で嫌で仕方が無かった。
だから、そんな事を真面目に考えてドツボにはまるくらいなら、自分の事を騙して見て見ぬふりをした方がマシだと思ったんだ。
で、結局俺は逃げに逃げて笛にのめり込んだ訳なのだが……何だかもう、そのせいで余計に煮詰まってしまってしまいかけている気がする。
だって、だってえ!
「きっ、き、昨日は……い、いいにおいしてたし……っ、そ、それまでっ、土とかっ、や、焼けたニオイしか、し……しなかった、のに……っ」
う、うううう、折角早朝にこっそり抜け出したのに。
今日は特に霧が濃いから、兵士の人にも見分けられないって思って、こそこそ庭に出て来たってのに、なんで俺こんな風にどもっちまうんだよ!
しかも声のボリューム調節できてないし!!
ちくしょう、やっぱ駄目だっ。
なんで急にアイツ良い匂いなんかつけてきたんだよ! 鍛冶屋で何が有ったってんだ、つーかアイツなにニオイ付けて帰って来て俺にベタベタしてんだよ他の奴とべたべたしてたんじゃねーのか俺なんかとべたべたしてもしょうがねえだろ美女とイチャイチャしてたんだろおめえよーっあ゛ぁー!?
だああああもおおおおおヤダヤダヤダヤダこんな事考えたくなーいー!!
「ん゛に゛ゃあ゛ぁあ゛あ゛あぁああ……ッ」
頭を掻き回して髪をぼさぼさにして庭に蹲る。
気持ち悪い声を出してしまうが、呻くぐらい許してほしい。
そうでもしないと冷静にもなれそうになかった。
「もう、ほんと限界……かも……」
こんな風になるなんて、バカみたいだ。ホントに惨めだ……。
もういっそ、ブラック達には一日二日ぐらいテイデに泊まって貰った方が良いんじゃないのこれ……。そうでもしないと、俺また二人に当たりそうで怖いよ。
絶対、違うのに。違うって解ってるはずなのに。
「…………はぁ……」
むなしい……。笛の練習しよ……。
ゆっくりと立ち上がって、家と門から少し離れた場所――あまり近付かないようにしていた、森の方へと向かう。
森へは入っちゃいけないけど、家の敷地内なら大丈夫なはずだ。
この家は森の入口に建てられているだけあって、森に近い方はもう森の木々が間近に迫っていて、なんなら柵を乗り越えている部分まである。
まるで婆ちゃん家の裏庭みたいで、ちょっとだけ心が落ち着くんだよな。
今の俺にはこの大自然が必要だったんだ。だからちょっとだけ居させてくれ。
「……よし、やるか」
自分の世界と同じような風景があると思うと、不思議と冷静になってくる。
そうなると少しはやる気が出て来て、俺は手に持っていた銀色のリコーダーを口に当てた。……ラリーさんが言ってたじゃないか。笛を吹く時は、感情がモロに出る。だからこそ、笛を吹く時は――ちゃんと、ロクの事を思って吹かないと。
「――――――」
息を吸って――光りを灯す音の風穴を指で塞ぐ。
途端に、準飛竜を現す大量の音符の羅列が頭の中に流れ込んで来た。
その音階の一つ一つを笛が「吹け」と示し、俺の指を導く。
鳴る曲は、どこかの民族が歌い踊るための曲のような拍の速さで、素人同然の指を惑わせた。だが、今となってはその動きも体が覚えている。
鳴らす度に感じるのは、準飛竜となったロクショウの強さと、その拍の速さが示すロクの格の高さ。演奏する度に、ロクはもうあの「捨て置け」と言われる程度の存在ではなくなったのだなと思い、嬉しさと寂しさが入り混じる複雑な心地になった。
マグナや炎竜公のアンナさんが言っていたが、この道具は高位に位置する存在ほど奏でる曲も複雑になるのだという。
だとすれば、ロクショウはどこまで強くなってしまったのだろうか。
……なんだか、やっぱり寂しいなあ。
ロクが大人になっちゃったような感じがして……うぅ……なんか別の意味で悲しくなってきちゃったぞ。
早く会いたいけど、このままだと曲が完成する頃には号泣してそう。
やだやだお父さんはまだ子離れなんてしませんよ、絶対しませんからね! いや俺お父さんじゃないしロクは子供じゃなくて相棒だけどな!
はぁ~、やっぱ気分が重いと暗くなっちゃうな~……なんて思っていると。
森の奥から、ガサリと音がした。
「……ん?」
なんだろうかと思い、演奏を止めてふとその音がした方を見てみると――――
「ぶぃ」
……ぶい?
変だな、俺の目の前には森が広がっているだけで、ぶたさんは居ないぞ。
それに……音がした方向には……なんか、バイクに乗るヒーローみたいな大きくて赤い宝石みたいな目をした……ええと……なんていうか……。
「む、ムシ……?」
「ブィ」
そう。ムシだ。
ラグビーボールみたいに膨らんだ淡いレモン色の不思議な頭に、不釣合いなほどの大きな目をぽんぽんと付けて、頭に触角を生やしたムシのような何か。そんな奇妙な相手がぶいぶいと言いながら、草から頭だけを出して俺を見つめていたのである。
虫って……あれ、そう言えば俺、虫系のモンスターって初めて会ったかな?
いや、別のと遭遇した事も有るのかも知れないが、なんにせよ記憶が薄い。
だって、この世界って本当に虫系のモンスターが少なくて、見かけた事すらもすっかり忘れてたんだもん。そら驚くより前に首を傾げますわ。
でも……この子、モンスターには間違いないだろうに、襲ってくる気配がない。
それどころか俺の事をじーっとみて、俺の真似をするかのように首を傾げている。昆虫特有の複眼とかいう奴だからか表情は読み取れないが、不思議と無邪気な雰囲気は感じ取る事が出来た。
ってことは、この子は俺を襲いに出て来たんじゃないよな。
「えーと……どうした? 道に迷ったのかな?」
出来るだけ刺激しないように柔らかく問いかけると、虫っぽいモンスターは何度か首を傾げていたが……周囲に危険はないと感じ取ったのか、ガサガサと森から抜け出て来た。その、姿は。
「あっ……蜂……!?」
そう、森から出て来たモンスターは……なんと、小さな子供くらいの大きさの巨大な蜂だったのである。
「ピュリー」
「はえぇ……大きな蜂なんだなあ、きみ……」
しかし、怖い感じはしない。むしろめっちゃ可愛い。
だって首の周りはモフモフとした白い毛で覆われているし、足の部分も刺々しさは無く、簡単なロボットの手のようにすらりとしている。蜂特有のシマシマ模様もあって、怖い物のはずのお尻の針も円錐形でかなりまろやかな感じだった。
この異世界には、こんなに怖そうじゃないハチがいるのか……。
「ブィブィ! ピュー、ピリリリリ」
しかもこの蜂さん、鳴き声が出せるようで、必死に俺に何かを訴えて来る。
キラキラと光る綺麗な羽根を一生懸命にはばたかせて、俺の周りを飛び回るが、残念ながら俺には何をして欲しいのかよく解らない。
「えーっと……ど、どうしよう……」
俺に何かを訴えようとしているのは解るんだが、いかんせん意思疎通が難しい。
というのも、彼(彼女?)は蜂で、ロクショウやペコリア達とは違って表情がほとんど変わらないから、怒っているのかどうかも解らないのだ。
ど、どうしよう……無表情ならクロウといい勝負かも……。
「ええと……」
こうなったら、初心に帰って俺もジェスチャーで意思疎通を図った方がいいだろうかと思い、覚悟を決めて手を上げようとした。と。
「ツカサくーん?」
「ピャッ」
「ツカサー、どこだー」
ブラックとクロウの声に、あからさまに蜂君がびくりと体を揺らす。
しかし俺とも離れがたいようで、数秒の間、どうすべきかと俺と森を何度も見比べていたが――ドアが開く音に耐え切れなくなったのか、森に逃げてしまった。
「あっ……」
ガサガサと森の奥へと音が消えていく。
後にはもう、オッサン達の声が聞こえるだけだった。
「……どうしたんだろう…………」
あれって絶対、何か言いたくて出て来たんだよな?
一体、何を伝えたかったんだろう……。
そうは思うが、蜂君はもう戻ってはこなかった。
→
※次はブラック視点です
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