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ラゴメラ村、愛しき証と尊き日々編
どうしてこんな風になるのかな 2
しおりを挟む「あっ、ツカサさん! どうしました?」
俺が出て来るなり、敬語の兵士が手を振って声をかけて来る。
今日の昼の番はナサリオさんだ。彼は「任務中ですので!」と言って未だに兜を取ってくれないが、ここ数日俺のお裾分けなどはきちんと貰ってくれている。
相変わらず純情青年っぽく、昼飯や夕飯のお裾分けをするたびに「わ、私にこのような物を下さるなんて……!」と感動してくれるが、正直な話そこまで喜ばれる物を作っては居ないので、どうもくすぐったい。
こうも大真面目に喜んでくれるのは彼の純朴さゆえだろうが、なんかどっかの悪い美女に捕まって色々絞り取られそうで心配だ。何でこう田舎の青年ってのは基本的に純粋なんだろうか。
俺が言えた義理じゃないが、俺程度の料理で喜ぶってもう将来が心配だよ。
ナサリオさん町とかに出たら絶対美人局とかに騙されるって。ラゴメラが良い人ばっかりの村みたいで本当に良かったよ。
「ツカサさん?」
「あっ、ご、ごめん。なんでしたっけ?」
「えっとその……どのような御用で? お出かけなら、誰か他の兵士を……」
「い、いやいや良いんです! 今日はちょっと庭でペコリア達と遊ぼうと思って!」
そうだった、俺を一人で雑貨屋に行かせてくれたラリーさんとは違って、ナサリオさんは生真面目すぎるせいで融通が利かないんだった。
慌ててそんなつもりはないと否定し、俺は別の事を聞いて相手の気を逸らした。
「ところで……クロウ……熊さんのほうどこ行ったか解ります?」
「ああ、あのかたは草原の方で鍛錬をすると言ってお出かけになられましたよ。庭で色々やると、ツカサさんに迷惑が掛かると仰って」
「そう、ですか……」
…………うん、いや、まあ……それは、解る。
気を使ってくれるのもありがたいけど……。
「ツカサさん、何だか元気が……」
「え……」
うわっ、俺また変な顔してた?
いかんいかん、余計な事を聞いてまた余計な反応をしてしまった。ナサリオさん達には警護で迷惑かけてるのに、更に心配させてどうすんだ。
俺は慌てて取り繕うと、お婆ちゃんの伝家の宝刀で切り抜ける事にした。
「そ、そうですか? 眠たいからかな……ありがとうございます。あ……えーっと、そう言えばナサリオさん、疲れてませんか? 何か飲み物とかいかがです?」
そう、お茶だ。お茶を勧めるのだ。
婆ちゃんはいっつもお客さんとかにはお茶を差し出すからな。
相手を労わる方法の一つだ、これを言われて悪い気になる人はいないだろう。
そう思っての発言だったのが……俺の確信は正解だったのか、ナサリオさんも鎧をガシャリと大仰に動かして反応する。
しかし何かにハッと気づいて、ナサリオさんは兜を振った。
「い、いえっ、あの、勤務中ですので!」
「お裾分けは良くて、水分補給は駄目なんですか」
「クゥー?」
「ヒヒン?」
俺に気付いて寄って来たのか、いつの間にか周囲に群がっていたペコリア達と藍鉄も、キョトンとして不思議そうに首を傾げている。
そんな様子にナサリオさんはフルフェイスの兜の中で「ハッ」という声を漏らしたが……数秒沈黙をもって悩んだ後、おずおずと俺に視線を向けた。
「……じゃ、じゃあ……あの…………よろし、ければ……」
兜で頭なんて掻けないはずなのに、それを忘れて手を後頭部に持って行ってしまうナサリオさんに苦笑しながら、俺はその申し出に快く頷いた。
……ナサリオさんのお蔭で、ちょっと気分が晴れたな。
自分でも何にモヤッてんのか判らなかったけど、やっぱり家に一人でいるのが何となく寂しかったんだろうか。
家に戻って、麦茶をコップに注ぎながら考えるけど、よく解らない。
自覚が無いだけで、俺って実は案外寂しがり屋だったんだろうか。それとも、あの【工場】での事を思い出して無意識にトラウマに怯えてたりとか……。
うーん……自分でもよく解らないけど、そうだとしたら何か情けないな。
ブラック達が居なくなるだけでモヤモヤするって、俺ってばどんだけ二人に依存してんだよ。こんなんじゃまた足手まといに逆戻りじゃないか。
「これじゃ駄目だな……。でも、家の中に一人でいると、暗い事だって色々と考えちゃうし……仕方ない、出来るだけ外で出来る事は外に出てやるか」
プレゼントの事はブラック達に隠れてやりたかったんだが、まあランチョンマットとかを隠れ蓑にすれば外で縫ってても気付かれないよな。
それに、外で作業をすれば藍鉄達とも触れ合うことが出来るし、兵士達とも親交を深められてまさに一石二鳥って奴だ。よし、当面の間はそれで行こう!
「気分が落ち込んだ時には日光浴が良いって言うしな!」
そうと決まれば今日は予定を変更して、お外で思う存分モフるぞと思いながら外に出てナサリオさんに麦茶を渡す。
ナサリオさんは喜んでコップを受け取ったが……しかし、自分が兜を付けていた事を思い出したのか、悩んだ挙句やっと兜を脱いでくれた。
「おお、ナサリオさん結構格好いいじゃん」
「い、いやあそんな……」
いや本当だって。
声からして格好いいんだろうなあとは思っていたが、ナサリオさんは茶色の短髪とキリッとした顔立ちが良く似合うイケメンだった。
これで純朴な田舎青年という性格なら……やっぱ誰かに騙されそうだな。
「ナサリオさん結構モテる?」
「え、ええ、そんな滅相も無い! お恥ずかしい話ですが、その、私はそういう話と一度も縁が無くて……」
「そうなんですか? うーん……そうは見えないけどなあ……」
やっぱ人数が限られている村だから、そうそうモテるって事は無いんだろうか。
まあ、他の兵士達も美形だったし……それから考えると、ナサリオさんは美形の中でも大人しい顔立ちで目立たないって事なんだろうか。
よく解らんが、モテないのなら同士だぞナサリオさん。まあ飲め、麦茶のめ。
勧められ、相手は少し戸惑っていたようだが、意を決してコップに口を付ける。
麦茶を始めて飲んだナサリオさんは驚いていたが、しかしブラック達と同じようにお茶の味を気に入ってくれたらしく、ごくごくと飲み干してくれた。
いやあ良い飲みっぷりだ。
それが嬉しくて、ついつい世間話に花を咲かせていると、ナサリオさんも次第に緊張や生真面目さがほぐれて来たのか、気軽に話してくれるようになった。
お茶を飲みながらの世間話は、どんな世界でも気を緩める効果があるんだな。
ペコリア達や藍鉄と戯れつつ、とりとめのない話をしていると……ふと、ナサリオさんが何かを思い出したかのように口を開いた。
「そう言えば……旦那さっ……いや、ええと、ブラックさんは定期的にテイデの方に外出なさってるようですが、あれは何をしに行ってらっしゃるんですか?」
「え……」
「いや、あの、橋を警備している奴らが、ブラックさんが脇目もふらずに走って行くので気になってるらしくて……」
「そ、そうなんですか……」
ナニソレ、知らなかった。
いや、ブラックが定期的にテイデに行って鍛冶師の人に金の曜術を学んでいるのは知ってるけど、そんなに夢中になって走って行ってるのか……。
なんか……なんでだろ、またちょっと心臓がぎゅってなる変な気分だ。
「ツカサさん?」
「あ、えっと……ブラックは鍛冶師の人に色々習いに行ってるんですよ」
「鍛冶師! あっ、じゃあ、あのアナベルさんの所に!?」
……え?
アナベル?
アナベルって、それ……女の人の名前、だよな。どう考えても……。
じゃあ、ブラックが会いに行っているのって女の人なのか。いや待て、この世界は男でも女みたいな名前が付けられていたりするかも知れない。
万が一間違いだったら相手に失礼だ。ナサリオさんに聞いておかねば。
「あの……アナベルさんって女性ですか?」
問うと、ナサリオさんはでれっとした顔になって、こくこくと頷いた。
「そりゃ勿論! いやぁもう、本当に綺麗な女の人ですよ……! 彼女は村で一二を争うほどの美貌で、しかも王室御用達の技術を持つ宝飾技師の弟子で、まさに才色兼備の素晴らしいなんです! 俺達の中にも信奉者は多いんですよ……っと、お、俺だなんて、すみません……」
地が出てしまった事に気付いたのか、ナサリオさんは真っ赤になって目を逸らす。
だけど俺は、ナサリオさんの失敗よりも……別のことが頭から離れなくて、何故か動揺するように目を泳がせてしまっていた。
「…………」
お、女の、人。
ブラック……早足で女の人の所に……行ってたんだ…………。
…………。
………………い、いや、別に変じゃないじゃん。普通の事じゃん。
ブラックは勉強しに行ってるんだし、男でも女でも師匠は師匠だ。凄腕の鍛冶師だったら、ブラックだって早く行って色々な事を教わりたいと思うだろう。
ブラックは意外と勉強熱心だもんな。根は真面目だし、熱中しやすいんだよ。
だから……俺にロクな説明もしないで、脇目もふらずにそのアナベルさんって人の所に、行って……勉強、してるん、だし…………。
でも、それなら何で……アナベルさんのことを話してくれなかったんだろう。
何でもない人なら、俺に話してくれたって良いのに……。
「あの、ツカサさん……?」
「……あっ、えっと……そ、その、俺、コップ持って行きますね!」
おずおずと伺うような声でこちらを見ていたナサリオさんに、俺は強引にそう言ってコップを持って家へと早足で向かう。
自分でも唐突過ぎて失敗したなと思うけど、もうこれ以上まともな事が言えそうになくて、どうしようもなかった。
だって、何でか……喉が急に締まったような感じになって、苦しくて。
胸の所も酷く痛んで、とてもじゃないが普通に話せそうになかったんだよ。
「なにこれ……なんで、こんな……」
どうしてこんなに、痛くなってるんだろう。
解らない。解らないけど……そんな風になっている自分がみじめで情けない事だけは痛いほど自覚してしまって、俺は暫く家から出る事が出来なかった。
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