異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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ラゴメラ村、愛しき証と尊き日々編

16.あげたいもの

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 ペコリアをモフモフしながら雑貨屋に辿り着くと、ゴーバルさんは少し驚きながら出迎えてくれた。はは~ん、さてはこの可愛い綿わたモフ兎ちゃんを見て驚いたな。
 分かる分かるよその気持ち。ペコリアったらほんと可愛いんだもんな!

 まずウサギってだけでも可愛いのに、更にモフ要素がある上に顔がモフに埋もれてまるでぬいぐるみみたいになってるんだもんコレ!
 そして可愛さは顔だけにとどまらず、この綿モコからピョコっと出た前足と後ろ足が可愛いのなんの……本当もう動くぬいぐるみさんだからね!

 ハッ。いかんいかん。
 ペコリアの類稀たぐいまれなる可愛さを思わず語ってしまった。違う、いや違くはないけど、今日はゴーバルさんに話を聞きに来たんだ。

 ヨダレを拭ってゴーバルさんを見やると、相手は若干引いているような気がしたが、まあ多分気のせいだろうと思うことにした。

「それで、あの“虹の水滴”について言い忘れてた事ってなんですか?」

 ペコリアをカウンターに降ろしながら問うと、ゴーバルさんは「おおそうだったな」と言いつつ、カウンターの下から俺にくれたのと同じ糸玉を置いた。

「クゥー!」

 その糸玉に興味を持って、早速ペコリアが前足でコロコロと転がして遊び始める。ああ~可愛らしいんじゃぁ~……。

「その糸の事なんだがな、えーっと……昨日、コレを布に編み込めば頑丈になるって話をしたよな? あれには色々と続きが有ってだな……」

 糸玉で遊ぶペコリアを見つつ、ゴーバルさんは話しそびれた事を説明してくれた。

 まず、布を頑丈にするには糸を格子状にしっかりと編み込まねばならないらしく、その際にキラキラした糸は目に痛いので、水に浸して光を抑えるのだという。
 そして、編み込む際にも自分の気を籠めながら編まないと、頑丈さも次第に薄れて消えてしまうのだそうだ。あんなに大量に糸をくれたのは、そういうルールがあったからだったんだな。確かに、布に織り込むならあのくらいの量が必要だわ。

 でも、そうなるとランチョンマットに使うにはちょっと凄すぎるな……。
 この際だし、俺が気になってた強度に関しての話も聞いておくか。

「あの……ちなみに、糸の強度ってどのくらいです?」
「込めた気の強さにもよるが、モノによってはミスリルの剣や曜術も防ぐぞ」
「そんなに!」
「クゥ!」

 思わず驚く俺と、それを真似するペコリアにゴーバルさんは苦笑する。
 ね~、可愛いよね~、ペコリア。

「水に付けた程度なら表面上の光が消えるだけだから、気を籠めた糸で縫って、水につけていない糸で端を閉じれば、その力は布が破れるまで半永久的に続く。この糸は普通の物とは違って特殊な物だから、耐久性に関しては安心して良いぞ」
「ほぉお……因みに、気ってなんの曜気でも良いんですか?」
「おう。俺はよく分からんが、人族が言うには、込めた属性についての耐久度が特に増すそうだぞ。糸はまだ沢山あるから、試してみても良いかもな」
「なるほど……ありがとうございます、とりあえず何か縫ってみます」

 ……なんて冷静に言ってはみたけど、内心俺はめちゃくちゃ興奮していた。

 だって、属性付与までやっちゃう糸とかマジックアイテム過ぎる……!
 不思議な村だと思ってたけど、こんなものまで手に入っちゃうなんて、本当ここは夢の島ですわい! しかも属性を籠められるって事は……ふふふ、俺ってばまた良い事を思い付いちゃいましたよ奥さん。

 これ、もしかして……タテヨコと交互に全属性の曜気を入れて組めば、最強の布が出来上がるんじゃありません!?
 だとしたらハンカチ程度でもめっちゃ有用ですぞこれ!

 これを編み込んだハンカチとか……いや、肌着とか作れれば、ブラックやクロウがいつ襲われても「ハッ……! この肌着のお蔭で助かった……!」なんて感じで九死に一生を得られるかも知れないじゃん!

 何この糸有能過ぎない、完全にオーパーツレベルだぞ。
 こんなものを手に入れてしまった俺って、実はラッキーボーイなのでは……!

「いやでも本当凄いですねこの糸! なんでこんな凄い物が沢山あるんです?」

 有用過ぎて乱獲されたりしないんだろうか。
 ふと思って問いかけてみると、ゴーバルさんはまた苦笑した。
 その笑みの意味が解らなくて俺とペコリアが首を傾げると、相手は頬を掻く。

「俺達禽竜きんりゅう族は元々丈夫だし、この羽毛の下は炎なんぞびくともしねえ肌だからな……防具なんて必要ねえのさ。その糸も、普段は特定の事にしか使わねえんだぜ。んだもんだから、テイデの奴らに配っても余りまくってるってワケだ。売ろうにも、この村に押し寄せられたら困るから売れねえしな」
「そっか、ここ普通は立ち入り禁止なんですもんね……。でも、特定の事って?」

 ゴーバルさん達が竜の名を頂くだけあって頑丈だって言うのは理解したが、しかし特定の事にだけはこの“虹の水滴”を使うって、一体どういう時に使うんだろうか。
 不思議に思って利いてみると……ゴーバルさんは何とも言えない表情になった。

「……まあ、あいつらの居る手前、お前さんがまた困るだろうと思って言えなかったんだが……実はな、この糸は……妻が、自分の結婚相手に、婚約の証として渡す物に編み込まれる糸なんだよ」
「え゛っ……」

 こ、こんやくの、あか……。
 つっ、つま!? はぁ!?

「そんな顔をすると思ったから言わなかったんだよなあ……。まあ安心しろ、それはあくまでも俺達禽竜族のしきたりで、人族なら普通にただの贈り物程度だから」
「で、で、でも、こ、婚約のやつ……なんです、よね?」
「俺達の間では、な。ま、一種のお守りみたいなもんだよ。頑丈な布が一枚あれば、色んな危機も乗り越えられるかも知れないってな。妻になる奴が、愛する夫を待っている間も不安にならないようにって意味合いもありそうだが」

 あ、なんだ、そういう感じの奴か……。
 好きな人にお守りとして送っていた物が、いつの間にか婚約の証みたいな事になっちゃったんだな! なーんだそれなら別にいいや!
 人族には関係ないもんね! ねっ!!

「で、お前さんはどうせあの二人に何か作ってやるんだろ?」
「んぐッ!?」
「まあそう赤くなるなって。婚約者じゃなくたって、大事な奴なんだろ。だったら、しっかり胸張って『大事だ』って言ってやれよ。お前がビシッと言ってやりゃ、あの手の奴らは黙ってついて来るんじゃねえのか」
「う゛……そ、それは…………うぅ……」

 確かに、それはそうかもしれないけど。
 っていうか……まあ、その……恋人、なんだし……本当は、人に言われてこんな風にドギマギするのなんて格好悪いんだろうけど……。
 で、でもやっぱ、すぐにはそんなクーデレみたいになれないってば。

「ま、一人の時間もたっぷりあるんだから、その間にゆっくり腰を落ち着けて、縫い物でもしながら考えて見ろよ。そうすりゃその内に頭も冴えて来らぁな」
「はい……」
「ククゥ~」

 情けない声を出してしまったが……まあ、そうだな。そうだよな。
 スキって言えたんだから……後はもう、誰に言われたって、俺がブラックとの仲を覚悟してますって言いきれるように、頑張るしかない訳で。
 ブラックだって……それを望んでて…………。

 ……はぁ……。
 この村に居る内に、俺も男……いや、漢になれればいいんだけど……。
 糸を使い終わるまでに、そうなれたら良いのになあ。



   ◆



 早速、ツカサが恋しくなってきた。
 そんな事を思いながら一面に広がる岩場を見て、ブラックは溜息を吐いた。

(はぁ……なんで僕は、ツカサ君から離れるような約束を取り決めちゃったのかな。こんなの熊公にでも行かせておけばよかったなぁ……)

 思わず愚痴がこぼれそうになるが、ぐっと堪える。
 今はそんな事も言っていられない。昼を過ぎてしまったというのに、一向に狩りの対象となるようなモンスターが見つからないのだから。

 このままでは、可愛い恋人に示しがつかなくなってしまうではないか。
 狩って来ると言った手前、格好悪い結果は見せたくない。まあ、格好悪い行動などいつも見せていて、その度にツカサに甘えて満足しているが、今回は別だ。

 ブラックも、いっぱしの男のように、いや夫のように、獲物を抱えて愛する存在の待つ家とやらへ帰って来てみたかったのである。

(だって、家で一緒に暮らしてる夫婦や恋人ってそう言う物なんだろう? 僕が良い獲物を持って帰って来て、それをツカサ君が喜んで僕を褒めてくれる。それが、家を持ってる奴らの普通なんだよな)

 ブラックには良く解らないが、書物ではよく見かけた風景だ。
 今までも野宿をした時などは時々モンスターを狩って来てはいたが、家と言うのは野宿の時の狩りとはまた違う物らしい。
 なにより、ツカサが倍褒めてくれそうなこの機会を逃す手は無いのだ。

 だから、ブラックは一刻も早く獲物を狩ってツカサの所へと帰りたかったのだが。

「……周囲には姿が見当たらんな。モンスターがいる気配はするが、オレ達を警戒して出てこないようだ」

 高く突き出た岩の上に乗って周囲を見渡す熊の声を聞きつつ、ブラックは「面白く無い」とでも言いたげな顔で眉を顰めた。

「気配を消してもまだ逃げるって、どんだけ臆病なんだこの山のモンスターは」
「まあそう言うな。この辺に居るモンスターは総じて弱いのだろう。急に格上の敵が出て来ては、戸惑うのも無理はない」
「お前もよくそんな事さらっと言えるな」

 まあ事実ではあるが、この熊も良い性格をしている。

「しかし……どうするか。むやみやたらと曜術を発動すると場が荒れて狩りに支障が出るし、かと言ってチマチマ狙うのも飽きてきたな」
「そこは同感。……しかも、捕まえたのが岩みたいなモンスターばかりじゃ、肉には出来ないからなあ……」

 事前に兵士達に聞いた話によると、この岩石地帯が広がる山には、岩の塊と化したモンスターや、すばしっこいモンスターが多いのだという。
 前者は簡単に捕まえられるが肉はほとんどなく、外皮も岩と同等の硬さに変化しているのでとてもじゃないが食えないし、加工出来る素材も出ない。

 かといって後者のすばしっこいモンスターを捕えようとすると、相手はこの岩山の地形を利用して巧みに逃げ、岩石モンスターなどに誤って攻撃をさせるように誘うと言う戦法をとるので、かなり捕まえにくい。
 とてもじゃないが一筋縄ではいかなかった。

(くっそー……ここで曜術をバンバン使ったり、好き放題に岩を破壊できれば簡単に獲物なんて捕えられるのになぁ……。まさか兵士に『自然を壊さないように』なんて約束させられるとは思わなかった……)

 そう。モンスター達の情報を貰った時に、兵士達に言われたのだ。
 この地域は資源が少ないがゆえに、少しでもどこかを破壊すれば乏しい資源が更に乏しくなる可能性があり、それによって飢えたモンスター達がテイデの方へとやってきかねないのだと言う。
 だから、出来るだけ自然環境を破壊するなと言われているのだが……。

 正直な話、かなり難しい注文である。
 冒険者なんて粗野な存在は、元から自然環境の事などなにも考えてはいない。植物は切り取ってもすぐ生えて来るし、家だって壊してもすぐ直る。
 だから、遠慮する必要も無くバンバン壊すのだ。当然ブラックにもその行動が染み付いてしまっていて、最早景観を壊さずに……というのは無理な注文であった。

 草木一本抜くなと言うのは、あまりにも面倒臭い。
 出来ない訳ではないが、しかし何故こんな事に神経を使わなければならないのだと思うと、イライラが頂点に達してしまいそうだった。

「はぁ~……本っ当、なんで壊しちゃいかんのかね……」

 草木はまだ判るが、何故岩場を壊してはいけないのか。
 そう思いつつ、ブラックはすぐそばにある岩壁を怒りに任せて剣の先で思いっきり突き刺した。と。

「…………ん?」

 何か、ゴリッとして岩とはまた違う感触がした。
 それにこの……剣から手に伝わってくる感覚は……――――

「もしかして、これ……」

 まさかこの岩山は。
 だから、兵士達はあまり環境を壊すなと言っていたのだろうか。

「どうしたブラック」

 そう問いかける相手に、ブラックはにっこりと笑って首を振った。

「なんでもない」
「…………なんだ、気持ち悪いな。笑いかけるな」
「殺すぞクソ熊」

 だが、今は許してやってもいい気分だった。
 何故なら……――剣の先には、とても良いものが存在していたのだから。








 
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