異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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ラゴメラ村、愛しき証と尊き日々編

15.玄関先で新婚がよくやるアレ

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   ◆



 翌朝、いつものようにオッサン達よりも早起きした俺は、身支度を整えてから外に出た。昼間にやっても良いんだけど、なんかその……ポピポピ笛を吹いてるところを見られるのも恥ずかしいし……。
 だから、こういうのはブラック達が居ない場所でやるのだ。
 ただでさえやる事が無くてヒマなんだから、目の前でやるとからかわれかねん。

 アイツら俺の事を構うクセして、からかって来るから本当ムカツクわあ。
 まあでも、二人に見られなきゃ良いだけだし、それならこういう朝の時間帯に毎日少しずつ練習すればいいんだよな。

「よーし、ペコリア達と藍鉄あいてつも出してから、笛の練習だ」

 そんな事を言いながらそっとドアを閉めると、朝霧にかすんでいる門前の兵士さんが、こちらに向かって手を振って来た。

「おはようございますツカサさん」

 その声に、俺は「おや」と思う。
 今日の夜の番は確かナサリオさんだったと思ったんだが……この声は、間違いなく一番初めにお裾分けをした兵士の人だ。
 少し足早に近付くと、相手はまた兜を脱いでくれる。その素顔は、やはりあの時のダンディなおじさんの兵士だった。

「あの夜の……えっと……」
「おっと、この前は名乗っていませんでしたね。これは失礼しました。私はラリーと言います。あの時は美味しい料理をありがとう、ツカサさん」

 にっこりとほほ笑むラリーさんに、何だか俺はどぎまぎしてしまう。
 へ、変だな。俺は同性に、しかもオッサンにドギマギするような趣味は……いや、あれだ。きっとラリーさんが紳士すぎるから戸惑ってるんだろうな、俺は。
 今まで出会って来た中年は、わりとアウトローばっかりだったし……。

「どうかしましたか?」
「あっ、い、いえ!」
「それで……今日は何をなさるので? お散歩ですかな?」
「えーっと……笛の練習をしようかと……」

 あーしまった、兵士の人がいるのか……うわあやだなあ恥ずかしい……。

 だけど隠していても仕方がないので正直にそう言うと、ラリーさんは目を軽く開いて何だか嬉しそうな顔をした。

「おお、笛ですか! 楽器は良いですね、心地良い音色は耳を癒してくれます」
「で、でも、あの……俺の腕前は、あんまりっていうか……かなり良く無くて……。あの、なので……今から練習してても、笑わないでいて貰えます……かね……?」

 どうだろうかとラリーさんを見上げると、相手は優しい笑顔で微笑みながら「もちろんです」と頷いてくれた。
 ああ、そうだよ。オジサマって、本当ならこういう感じなんだよなあ……。
 ほんと、ラリーさんと話す度にしみじみそう思わずにはいられない。

 完全に漫画とかのイメージだけどさ、なんかこう、俺的には中年のオッサンてのはまさにラリーさんみたいな人を想像してたんだよ。
 いや、自分の父親の事を考えると、こんな風なダンディな大人は現実にはそうそう居ないんだろうなってのは解ってたけど、でも、やっぱこういう世界じゃちょっとは期待しちゃうじゃん?

 だから、ブラックに出会った時は結構びっくりして……。あ、違うぞ。アイツが嫌だったんじゃないぞ。マジで驚いただけだから、別にブラックの事がイヤだったって訳じゃないけど……じゃなくて。
 本人を目の前にして何を考えているんだと頭を振っていると、ラリーさんは何故だか苦笑しながら俺に助言をくれた。

「笛と言う物は、口と舌の動きを繊細に感じとる器です。琴の弦が指のほんのわずかな震えを感じ取って音を変えるように、笛も口の片隅が少し動いただけで音を変えるのです。大事なのは、音を出す時にどのような思いを乗せ、どのようにその思いを変化させながら吹き続けるのか……ですよ」
「思いをのせて……」
「要は、気の持ちようだという事です。緊張すれば、楽器にもそれが伝わってしまいますからね。少しずつやりとげる気持ちで、失敗を恐れずにやってみて下さい」

 なるほど……。
 確かに俺は焦るばかりで今まで着実に成功させようと思ってなかったな。
 ロクショウに早く会いたいからって、その気持ちばっかりが先行して、純粋に曲を演奏し切ろうという気持ちが無かった気がする。
 そうだな、まず演奏を頑張るって所から始めないと!

「アド……助言ありがとうございます、ラリーさん! 頑張ってやってみますね」
「ええ、ツカサさんの演奏が完成するのを楽しみにしていますよ」

 ああ、笑顔もダンディだなあ……。
 何だか妙に癒されながら礼を言うと、俺は守護獣達を野に放ち、早速ロクの召喚曲の練習をする事にした。朝ご飯はすぐ作れるから今心配する事は無い。

 ウェストバッグからリコーダー……銀の縦笛を取り出して、指を添える。マグナに作って貰ったガイドボーカル機能でどこに指を置けばいいかは解ったが、しかしその動きに俺の指はまだついて行けない。
 一通り吹けるようになったと言っても、リズムもトンチキだし間違いが多いのだ。

 だから、ここはまた再び一小節ずつ確認して行こう。
 ……とは言え、ロクを召喚する曲は難しい。結構テンポが速い民族風の曲なので、一小節だけでもついて行くのが大変なのだ。

 ――で、暫くぽぴぽぴやっていると……ペコリアが太腿をぺしぺし叩いて来た。

「ククゥ~」
「ん? ブラック達が起きそう?」
「クゥ~」

 庭の草をもしゃもしゃしながら鳴くペコリアに思わずキュンとしつつ、もうそんな時間かと重い腰を上げて家へと戻る。
 すると、丁度奥の部屋のドアが開く音がした。

「んぁあ~……つかしゃくん早いよぉ~……」
「ふぁ……」
「おーおー、おそよーさん。早く顔洗いな」

 そう言うと二人とも眠そうに眼をしょぼしょぼさせながら、適当に髪を結ぶと二人揃って仲良く顔を洗い始めた。
 それを横目で見つつ、俺は今日もフライパンでトーストを焼く。
 うーむ……この焼き方結構美味しいから、何か別の付け合せもやってみたいなあ。ジャムとか生クリームとか、色々試したい。
 久しぶりにホットサンドってのも良いよなー。

 そんな事を思いながら朝食を揃えて、いただきますをする。変わり映えはしないがこれも立派な朝食だろう。まだ寝惚けた状態のブラックがトーストをモシャモシャしながら気の抜けた声を出す。

「今日は肉を狩りに行ってくるよぉ」
「む。美味い肉を期待してくれ」

 明らかに自分で結ぶ気のない結び方で髪をまとめた二人は、口々に言う。
 そう言えば今日はその日だったな。
 初日だから様子見も必要だし、過度な期待はしていないが、あまり無理をせずに頑張ってほしい。

「どこらへんまで行くの?」
「んー……とりあえず、もう少し上の方に登るとモンスターが居るらしいから、その辺りを探ってみようかなって。ツカサ君の美味しい料理が食べたいし、頑張って狩りしてこなきゃね」
「どのくらいで帰ってくる?」
「大体……夕方前には帰るかな」

 天井を見ながら考えるブラックに、クロウも頷く。
 まあそのくらいだよな。

「じゃあ、お弁当作ろうか?」

 そう言うと、ブラックは苦笑して首を振った。

「初日からツカサ君の美味しいご飯を持って行っちゃうと、肉に興味が行かなくなりそうだからね。今日は我慢する事にするよ」
断食だんじきだ」

 そうか……だったら仕方ないな……。
 昼食を食べないのはちょっと心配だったが、まあこの世界は一日二食が基本で、三食も食べるって事はあんまりないからな。
 ブラック達の体力が心配だなと思ったけど、良く考えたらこいつら俺より体力あるし、そんな心配は無用って奴か。

 素直に待つ事にして、俺はブラック達の髪を梳いて、結紐が途中で解けないようにしっかりと結んでやると、二人が服を着るのを手伝ってやって門の前まで見送る事にした。事始めなんだし、ちゃんと見送らないとな。
 と言う訳で、ラリーさんが俺達を見守る中、俺はまだ朝霧の残る清々しい空気の中、二人が獲物を取れるようにと火打石を鳴らした。

「頑張ってこいよー! 期待してるからな!」

 賑やかすようにそう言うと、ブラックとクロウは笑って握り拳を軽く掲げた。

「ツカサ君の為に、良い肉とってくるからね」
「まかせろ、ツカサ。大物を狩って来てやる」

 そう言うと、二人は不意に俺の肩を左右から掴んで――
 俺のほっぺにそれぞれ軽くキスをした。

「えっ……」

 き、きす?
 キスって、いま……。

「えへへ……じゃ、行ってくるね!」
「む」

 唖然とする俺を残して、二人は石畳の道をさっさと歩いて行ってしまった。
 ……後に残されたのは、俺とラリーさんと守護獣達だけで。

「……あ、あっ、あいつらぁ……!」

 い、い、行ってきますのチューってか! チューってか!!
 あのさあもうそう言うの外でするのやめようって俺本当前から口を酸っぱくしてっ、ああもう後ろにラリーさん居たのに、居たのにぃいい!

「ハハハ、これはお熱い事ですな」
「~~~~……!」

 ああああもううううラリーさん見てたし笑ってるしいいいい!!
 何かもう恥ずかしくて何も言えなかった俺に、ラリーさんは笑みを治めると、苦笑しながら整えられた顎髭を指で小さく扱いた。

「まあまあ落ち着いて。ツカサさんが可愛らしいから、御二方も見せつけたくて仕方なかったのでしょう。私としてはお裾分けを頂いた気分なので、どうか恥ずかしがらないで下さい。まあ、熟れた林檎のように頬を赤らめる貴方も実に愛らしいので、私としてはコレも役得と言った所ですが……」
「う、うぅう……」

 だ、だめだ。ダンディな人に言われると余計恥ずかしいんですけど……ッ。
 なにこれ、なんで朝っぱらから赤面しなきゃならんのだ。

 どうしてこんな事にと思考停止する俺だったが、それを見かねてかラリーさんが何か思い出したかのように声を出した。

「ああ、そうだ。ツカサさん、雑貨屋のゴーバルが“虹の水滴”に関して言い忘れた事があるそうなので、お暇な時に彼の所に行ってみてくれませんか」
「え……言い忘れた事ですか?」
「ええ。何か良い情報でも教えてくれるんじゃないですかね」

 そう言いながらニコニコするラリーさんは、いかにも人の良さそうな紳士顔だ。
 今までのオッサンだと「何かウラがあるのでは?」と勘繰る事も有ったが……この人は裏表が無さそうだから、悪い知らせじゃないよな。

 まあ俺も“虹の水滴”を布に編み込む事についてちょっと質問したかったし……今は特に急ぎの用事も無いから先に雑貨屋に行ってみるか。
 根を詰めてずっと笛を練習してても、俺の事だからすぐ間違いが増えそうだしな。
 こういうのは、適度に休憩を挟みながらやるに限る。

 と言う訳で、俺は「一緒に付いて行きたい」とダダをこねたペコリアの一匹を抱きながら、雑貨屋のゴーバルさんの所に向かった。

「しかし……言い忘れた事ってなんだろな?」
「クゥ~?」

 二人と一匹で首を傾げてみるが、当然答えは出てこない。
 まあ、聞けば解るか。

 何かいい情報だと良いんだけどなー。










※次はブラック達の別視点がありますよ(  ・ω・)
 
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