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ラゴメラ村、愛しき証と尊き日々編
14.予定を決めるのは大事なことです
しおりを挟む蜂蜜酒。
それは最近のネット小説読みなら一度は飲んでみたいと思うお酒だ。
少し前の物語とかではあんまり出てこないけど、最近はゲームや小説の中などで頻繁に出てくる魅惑のお酒で、評価は総じて美味いとされる。
蜂蜜で作った酒だからか、甘く蕩ける味わいで、あまり酒っぽさは無いらしい。
と言う事は……
「俺でも飲めっ」
「ダメ」
「…………」
「ダメ。ツカサ君はお酒飲んだら駄目だからね」
こ、このオッサン~~~!!
なんで俺が「酒飲みたい」っていうと速攻でダメって言うんだよ!
俺だってこの世界じゃ成人だし大人だし男だし飲んだって良いのに!
「なんで俺が飲んだらダメなんだよ!」
そう言いながら俺が地団太を踏むのは、雑貨屋の店内だ。
もうそろそろ昼になると言うが、人の気配は無いので俺は存分にだだをこねる。
だってこれは重大な問題なんだぞ。蜂蜜酒が飲めるってのに、こんな千載一遇のチャンスに黙っていられるかい!
せっかくの大瓶の酒なんだぞ、貰いものなんだぞ。
なのに、どうして俺は酒を飲んじゃいかんのだ。何でだ。俺が酒乱だからか。前に一度飲んだ時にそんなに酷い事をしたからなのか。
ブラックがここまで「ダメ」と拒否をするのなら、絶対にそれ相応の理由があるんだろうけど……ぐぬぬ、でも納得できないぞ。俺は覚えてないし。
くそー、何で俺だけ飲めないんだよ。蜂蜜酒とか完全にファンタジーなのに。
すんごく飲んでみたかったお酒なのにー!
俺も蝋燭の明かりだけが照らす部屋で干し肉とかつまみの果物とか色々盛ってある木の器を前にしてダンディに蜂蜜酒を飲みたいんだよぉおおお!
「ツカサ君、そんなギリギリしなくても……」
「ムゥ……飲ませてやりたいが、ブラックがダメと言うのなら飲ませられんな……」
ありがとうクロウ、でもそうだよね、一応クロウは二番目だもんね……。ブラックがダメと言ったらダメだとシャットアウトするのは生真面目で偉いと思うよ。
けどさあ、物事には何事も「例外」というのがあるんじゃないのかい!?
「うぐうううぅ……」
こんな時ばっかり真面目な大人になりやがってぇええ……。
ブラックのこんちくしょうめと思いながら睨んでいると、雑貨屋の親父さんことゴーバルさんは、呆れたように目を丸くして俺を見やった。
「坊主、おめえそんなに蜂蜜酒が飲みたいのか……」
「飲みたいですとも! そりゃ飲みたいですとも! でもこいつらが俺の酒癖が悪いとかで飲ませてくれねーんだよー!」
「そ、そりゃあ大変だな……うーん……酒は都合が悪かったな……。アッ、じゃあ、アレだ。お前、今日布を買ってっただろ? 飾り糸いらねえか?」
「んえ……飾り糸っすか?」
急な提案に目を瞬かせていると、ゴーバルさんは一旦奥の方へと引っ込んで、毛糸のように束ねた綺麗な糸玉を持って来た。
「うわ……! な、なんすかその糸……!」
「これは“虹の水滴”と呼ばれる糸でな。鉄以上の強度があるがしなやかで、布に編み込む事が出来る。それにこれはな、気を籠めて編み込めばそいつが触れると仄かに光るんだ。冒険者なら布で色々拭ったりするだろう? これを使えば布自体を強化する事が出来るぞ。良かったら持って行ってくれ」
「え、で、でも、そんな凄い糸だったらかなりお高いものなのでは……」
ゴーバルさんがくれた“虹の水滴”と呼ばれる糸は、細さに関しては通常の糸と変わりは無かったが、しかしガラスを糸に加工してしまったかのように虹の色を含みキラキラと輝いていて、明らかに特別な感じがした。
こ、こんなものを毛糸玉みたいにして大量に貰って良いんだろうか……。
心配になって相手を見やったが、ゴーバルさんはガハハと笑う。
「ヨソでは知らんが、ここじゃそいつは珍しくもねえよ。それも森の恵みって奴でな、毎年それ以上の量を貰えるから心配はいらん。足りなければもっとやるぞ」
「そ、そうなんですか……」
「おう。だから、その糸を酒の代わりに持ってけ」
そこまで言われてしまうと、これで納得せずにはいられなくなる。
……ま、まあ、蜂蜜酒を完全に飲めなくなったって訳でもないし……こんな凄い物を貰った以上ここでダダをこね続けている訳にはいかないな……。
俺はゴーバルさんに礼を言って、ひとまずはその場を収めたのだった。
◆
質素な昼食を終えた俺達は、改めて今後どうするかを庭で話し合う事にした。
ブラックにお肉の事も話さなきゃ行けないし、俺は裁縫とか料理とか調合とか色々やる事があるけど、ブラック達には暇をつぶすモノがないからな。
今後どのようにしてシアンさんを待つか、というのを相談する必要があったのだ。
あ、それと、何故庭なのかと言うと、俺がペコリアや藍鉄と触れ合いたかったからである。禁断症状が出てるので許してほしい。
まあ俺が動物に目が無いのはブラックとクロウも周知の事実だったので、死んだ目をしながらも了承してくれたが、お前らほんと顔に出過ぎだぞこら。
今更な話だが興味ない事を話す時に目が死ぬのやめて。
……ゴホン。それはともかく。
愉快な仲間と触れ合いつつ暫し話し合った結果、七日に一度、ブラックとクロウの二人が岩山に肉を取りに行くために家を留守にする事になり、残りの六日は特に異論も無く家でゴロゴロする事に決まった。
まあ鍛錬や稽古などで時間を潰せると二人は豪語していたが……本当に大丈夫だろうか。あまりにも暇そうだったら何か手伝ってもらう事にするか。
あ、でも、ブラックはテイデ地区に居る鍛冶屋の金の曜術師に、基礎的な金の曜術を学びに行きたいと言う事だったので、その内の二日はブラックが朝から昼まで家を留守にする事になった。これは意外だったなあ。
ブラックは、どうもあの【工場】で“契約の枷”を自力で外せなかった事に悔しさを覚えているらしい。その気持ちは解るので、俺は特に異論も無く了承した。
仲間が更に強くなりたいと言うのだから、それを止める理由は俺達にはない。
なにより、その話をした時のブラックは何だか真剣な表情で、か……格好いい、とも……思わなくも、なかったような……ないような……。
と、とにかく!
やろうと思える事を見つけられたんならそれはそれで良いよな!
そんなブラックの強い意志を見てか、クロウも休暇を自堕落に過ごすのではなく、曜術を更に修練すると宣言してふんすふんすと鼻息を荒くしていた。
うーん、やっぱり二人ともそう言う所はストイックだよな。
俺は三日坊主になりそうだけど、二人ともトランクルの貸家でもわりと暇な時は剣を振ったり体操したりしてたし。オッサンだからこそ体には気を使うんだろうなあ。もしくは、冒険者や戦士としての経験がそうさせるのかも知れない。
そう言う所は本当素直に尊敬するわ。
……いや、俺も本当は体力を付けないといけないんだろうけど、俺はホラ後衛だし体力より集中力や精神力……すんません俺も少しは鍛えようと思います。
てなワケで、今後の事は話し合い、肉も恐らくは定期的に食べられるだろうという算段を付けた俺達は今日は思い思いに夕方まで過ごす事にした。
とは言っても、ブラックもクロウも俺の傍を離れなかったので、思い思いって何だろうと深く考えてしまったが。
まあ別に俺がペコリア達と戯れたり、藍鉄の体を藁で拭いたりするのを邪魔する訳じゃ無かったから良いんだけどね。
夕方が近くなってきたので藍鉄たちを帰して、今日も今日とてスープと燻製ハムとパンという変わり映えのしない夕食を作ったが、それも明日までの我慢だ。明日はブラック達が狩りに行ってくれるので、昨日の残りのスープで許して頂こう。
勿論、今日も警護をしてくれている兵士の人にもお裾分けしたぞ。
昼はカルティオさんだったが、今回は夜の番はナサリオさんだったので、ようやくお裾分けが出来てホッとした。二人とも喜んで俺のメシを食べてくれたし、これなら円滑な関係を築けそうだ。
いくら仕事とはいえ、誰にだってやる気が出る出ないってのはあるからな。
俺みたいな奴を二十四時間セコムレベルで守ってくれるなんて有り難い事なんだから、少しでもやる気が出るようにアシストはしておきたい。
ただ義務感からやる警備と、心の底から「守ってやろう」と思って行う警備は違うのだ。願わくば兵士さん達には後者で居て欲しいものだが……。
しかし、餌付けしてるみたいでなんだかな。
でも毛布を持って行ったら警護の意味ないし、かといって差し入れとなると食料か防寒具しか思い浮かばないし……うーん、そっちも考えとかなきゃなあ。
シアンさんには「のんびりしなさいね」と言われたが、やる事がいっぱいだ。
新しい料理や薬も作りたいし、冒険感を出す為にもランチョンマットも縫いたい。
なにより俺はロクを召喚する為のリコーダーを早く習得したいのだ。
休んでなんかいられないよな。
よし、明日は朝早く起きてリコーダーの練習をしよう。
朝霧に煙る緑の庭で笛を鳴らす……フフフ、なんか幻想的じゃないか?
ただリコーダーと俺って組み合わせが残念だが、まあそこは言うまい。
ここにエルフはいないし横笛も無いんだから。
そう思うと明日が楽しみだなあと思い、俺は寝る支度をして自分の部屋へ……
「こーら。ツカサ君の部屋は僕と一緒の部屋でしょー?」
「そんな約束はしてない気が」
「恋人同士は一緒のベッドで寝るもんなんだよツカサ君」
とかなんとか言うブラックに首根っこを引っ掴まれて、俺はまたあのデカいベッドが置いてある部屋へと連れ込まれてしまった。
ぐうう……簡単に移動させられるのはやっぱ悔しい。
これはもう筋力トレーニングをするべきなのか。マッチョになるしかないのか。
「さーツカサ君一緒に寝ようね~怖くないからね~」
「そんな事言ってる時点で怖いんですけど!!」
変な事を言って動揺させるのはやめんか!
思わずつっこんでブラックを見上げると……相手は、嬉しそうに笑っていて。
う、うぐ。なんだよその顔。
「一緒に寝るだけ。ね?」
「…………」
そう言われると……何も、言えない。
ずるいよホント。
だって、ここで俺が余計に嫌がったら「期待してる?」なんて言われるだろうし、素直に頷いても俺の事をからかって楽しむだろうし……。ああもう、なんでコイツはこうなんだろう。
俺だって解りたくないのに、解っちゃうんだよ。
ブラックがそんな奴で……俺が、そんな風に何度もからかわれたから。
こんな事を確信するなんて自惚れてるみたいで恥ずかしいけど……でも、ブラックならそうするって……何でか俺の思考がそう考えてしまってるから。
「…………ずるい……」
「えへへ~。ツカサ君に詰られるのって、本当興奮するなぁ……寝られなくなったらツカサ君のせいだからね?」
「ぐぬぬ……」
結局、俺はベッドに連れ込まれて抱き枕にさせられてしまった。
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