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ラゴメラ村、愛しき証と尊き日々編
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「ハァ? 人に持ってけって言っておいて荷車が故障?」
こちらが多量の品物を頼んだ側だというのは解っているが、しかしやはり、笑顔で受け取れというのはブラックには無理な注文だ。
ツカサと離れ離れになって虫の居所が悪いというのに、そのうえ自分達の荷を運ぶための荷車が壊れてすぐに持って行けないとなると、いくらツカサに「無闇に怒るんじゃない」と言われても苛立ってしまう。
(せっかくツカサ君とたくさんイチャイチャするヒマが出来たってのに、なんで駄熊なんかに負けてこんな事しなきゃ行けないんだよ……。はぁーもー面倒臭い、今すぐツカサ君の所に行きたい……)
しかし荷物を放って行けば、ツカサが怒って口を聞いてくれなくなる。
せっかくツカサを最後まで堕とす機会を手に入れたというのに、このままではまたツカサが意地を張って先に進めなくなるではないか。
そんな事になるぐらいなら、我慢して荷物を運ぶ方がましだ。
……が、そうは思っていてもこんなしょうもない事で躓けば、ツカサ以外の事には我慢などしたくないブラックはどうしてもイライラしてしまうわけで。
理不尽に雑貨屋の親父に当たるブラックに、相手は困ったように嘴を僅かに開いて笑いつつ、ぼりぼりと髪……いや、鬣を掻く。
「いやぁすまんな……。しかし、ここじゃ荷車なんて滅多に使わんもんで……車輪もポンコツになってりゃ外周の保護部分も錆びついててよォ。これじゃ動かせても荷物の重さにはとても耐えられん」
「だから、なんだって?」
「テイデの方にいる鍛冶師に、直して貰いに行ってくれねえか?」
「……鍛冶師?」
ブラックが問いかけると、相手は頷いた。
「おう、奇特な事にこの山奥に来てくれた金の曜術師がいてな。そいつのお蔭で俺達は壊れた鍋にも縁が無い暮らしをしているんだが……。俺は店番をしてなきゃいかんので、ここを離れられんのだ」
「………………」
「ま、まあ……なんだ、こっちも迷惑かけてるからな……おっ、そうだ、荷車を直しに行ってくれたら、コイツをやるぞ。ほれとっておきの蜂蜜酒だ!」
どん、と素焼きの大きな酒瓶を目の前に置かれて、ブラックは眉を潜める。
そんな甘い酒程度で丸め込めると思っているなら片腹痛いが――しかし、この荷車を直さない事にはツカサに会いに行けない。
結局、この鳥親父の言う事を聞くしかないのだ。
仕方ないと溜息を吐いて、ブラックは荷車を引き【テイデ】地区へと向かった。
(まあ……ツカサ君に危険は無いんだし……さっさと終わらせて帰って来るか)
徒歩では辛いだろうこの長く伸びる【永遠の愛の橋】も、気の付加術――己の脚力を強化する【ラピッド】を使えばそれほど長くは感じない。
今まで大地の気が薄い東の地域に居たのでもどかしかったが、大地の気が豊富な西の地域に戻ってくれば、術の有用性を素晴らしい程に実感する。
(……この力があの場所でも使えたなら……ツカサ君をあんなに苦しめる事も無く、助ける事だって出来たのにな……)
今更考えても仕方のない事だが、使用してしまえば、己の力を飛躍的に高めるこの術が有ればと思わずにはいられない。
ツカサを傷付けた全てを、完膚なきまでに倒す力を。
(…………そんなの、都合のいい押し付けだけどね……)
――そう。ブラックが言っている事は、ただの我儘でしかない。
本当は、いくらでもツカサを救う手段が在った。
全てを壊す覚悟が有れば、逃げ続ける覚悟が有れば、ツカサに……嫌われる覚悟があれば……なんだって。どんな手段だって、使えたのだ。
例え、自分が疎ましく思っている力でも。
(僕が……あの力を使う覚悟があったなら……)
あの、力。
邪悪な力を使えば……ツカサがあんな目に遭わなくて良かったのに。
そうは思うが、今のブラックにはあの力を使う勇気は無かった。
(怖かったんだ……ツカサ君に、怖がられるのが。嫌われるのが……)
ツカサは優しい。自分の全てを受け入れてくれている。
だが、それでも心と言う物は脆いものだ。ツカサは優し過ぎるが故に、他人の死を深く悼み邪悪を疎んでしまう。ブラックを救ってくれるほどの、純粋で美しい心を持っているからこそ……自分が隠し続けてきた呪いの力を知れば、ツカサはその恐ろしさと罪深さに酷く傷つく事になるだろう。
ブラックを、愛してくれているからこそ。
「…………」
そこまで考えて、ブラックは今自分が駆けている場所の名を思い出した。
(……永遠の愛…………か……)
永遠とは、一体いつまで続くものだろうか。
全ての苦痛は死ねば終わる。憎しみも嫉妬も悲しみも、やがては終わる物だ。
ならば、終わる事のない「永遠」とはどういうものなのか。
どんな存在が、その事象を観測できると言うのだろう。
――馬鹿らしい。誰も見た事のない存在に、誰が名前を付けたのか。
神ですらも確かめる事の出来ない事象に名を付けたなんて、なんと愚かしい事なのだろう。そんな不確かな存在に名前を付けるから、誰もがその見果てぬ存在を羨み、そして夢を見て絶望し、憎しみを抱いてしまうというのに。
(僕は嫌いだな……こんな橋……)
不確かな物なんて、いらない。
だからこそ、嫌だった。
今確かにそこにいるツカサを失うかもしれない、何もかもが。
(ごめん……ごめんね、ツカサ君……でも僕、嫌だよ。君を失うなんて……そんな事になるなら、僕は……君を……傷つける方を選ぶ……)
最低だとは解っている。だが、手放したくなかった。
この世界で唯一自分を救ってくれた、幼く愛しい少年のことだけは。
「……はは、馬鹿らしいね。こんな事、今更考えるなんて」
自嘲しながら、ブラックはその思いを振り切るように足を速め、テイデ地区へと足を踏み入れた。
テイデ地区はツカサが「石造りの遺跡のようだ」と言っていたが、シルヴァ地区と比べると確かにそう見えなくもない。
岩を積んで作った家はシルヴァの家屋に比べて質素で、飾り気がない。
もしかすると周囲に植物が無いが故にそのような印象になるのかも知れないが、とすれば環境とはこれほど場所の印象を変えるのだなと驚く訳で。
(こんな事を気にするなんて、これもツカサ君の影響かな……)
今まで興味がなかった事も、ツカサが教えてくれた事なのだと思えば不思議と意識して考えてしまう。周囲の風景を楽しむ事なんて、彼と旅をしていなければやろうと思わなかった。
「……さて、鍛冶屋……だっけ」
いくら人里離れた場所だと言っても、鍛冶屋ならば看板が出ているだろう。
少し歩くと、思った通りに看板が見えて来た。
こうなったら早く荷車を修理して貰って戻ろう。そうしなければ、また色々と考えて思考が闇の底まで堕ちてしまいそうだ。こんな事では、いずれツカサを怯えさせるような事をしてしまう。
少し自分の息を整えて、ブラックは鍛冶屋のドアを開いた。
「すみません……」
開けた途端に、中から熱気があふれて来る。
炉を燃やしているのか、部屋の中に煌々と赤い光が広がっており――その炉の前では、金の髪を色気なく縛り纏めた細身の女性がカナヅチを振るっていた。
(女……? 金の曜術師……しかも鍛冶屋とは珍しいな……)
前にツカサに話した事があるが、金の曜術師は女性が極端に少ない。それ故、女性の金の曜術師はプレイン共和国に手厚く保護されており、国外では滅多に出逢う事は無いと言われている……のだが、こんな所にその女が居るとは思わなかった。
以前知り合ったダンダル・ヒューウェイ・グローゼルという女鍛冶師は、神の腕と呼ばれるダンダルに弟子入りしていたので、そういう理由ならば国外に出ているのも理解出来るのだが……何故、金の曜術師と言うだけで左団扇の生活が出来る女がこんな場末の村で暮らしているのか。
呆けて女性の背中をじっと眺めていると、彼女はブラックの視線に気づいたのか、火花を防ぐ眼鏡を額に上げてこちらを振り返った。
「おや、なんだい。見ない顔だね」
緩い巻き毛をした、金の髪に金の瞳を持つ女性は、ブラックを見て目を丸くする。稀に見る程の美しい容姿をしているが、何故こんな所にいるのか。
不思議に思ったが、ブラックは気を取り直して彼女に丁寧に事情を説明し、車輪を直して貰う事にした。
「なんだ、ゴーバルの代理かい。だったら代金は要らないよ。この程度ならすぐ直るから、ちょっとそこで待っといておくれ」
「と言う事は……中々の腕なんだな。だが、ならどうしてここに?」
純粋な興味で聞くと、相手は苦笑しながら肩を竦めた。
「私はこの村の生まれでね。子供の頃は禽竜族には色々と良くして貰ってたし……なにより、鍛冶師が居なくて困ってたのも知ってたから戻って来たんだ。……しかし、この村に同じ金の曜術師がくるとは驚きだね。しかもシルヴァに滞在とは……」
「僕達は休暇みたいなもんだよ。お前の仕事を取るようなまねはしない」
「そりゃありがたいね。安心したよ」
車輪を取り外し、外周を取っ払って錆びだらけの鉄を炉に放り込む。
待機に触れて劣化した金属は、炉に放り込み溶かす事によって劣化した部分を分離させ元の金属を取り出す事が出来る。とは言え、劣化した部分は戻ってこないので、再び修復するには新たな金属を足す必要がある。
その金属は、大体が戦闘によって耐久性が失われた物が使われているが、この継ぎ足した金属は日常で使う分には十分な強度が有るので問題は無い。
この村では車輪の外周に使用しているが、それもこの街の道が石畳できちんと整備されているからであろう。適材適所と言うやつだなと思いながら作業をぼうっと眺めていると――ふと、机の上に置かれたあるものが目に入った。
(…………腕輪?)
美しい彫り物が施された、金の腕輪だ。
誰が創ったのだろうかと思っていると、鍛冶師の女は快活に笑った。
「アハハ、やっぱ同属としては気になる? 鼻が高いねえ。そいつは私が一から作ってる装飾品だよ。今度、この村の奴が嫁に行くんでね。そのお祝いで、綺麗な腕輪を細工している途中なんだ」
「宝飾技師じゃないのに作れるのか?」
鍛冶師は、だいたいが日常品や武器などを扱う職業だ。
細かい装飾を施し、貴金属や宝石等を取り扱う宝飾技師とは曜術の使い方が全く異なっており、金属を取り扱う飾とはいえほとんど関連性が無い。
それなのに、なぜこれほどまでによく出来た腕輪を作れるのか。
純粋に疑問に思って問いかけると、相手は照れくさそうに頬を掻いた。
「まあ……なんだ。こんな村だからね。私も妻に……アレを作ってやりたくて、色々と独学で勉強したんだよ。まあ、ある人の見よう見まねだから、名人とまではいかないんだけどね」
「ある人って……」
「ふふふ……聞いて驚くなよ。私の師匠はな、マイラに居る宮廷御用達の技師――国主卿に“美を司る腕”と二つ名を貰った、あのゲイル・ガルダンバンドだ!」
「え…………」
ゲイル。
マイラの街のゲイルと言えば――ブラックが教えを乞うた、あの屈強な肉体を持つ老人ではないか。ということは、彼女はゲイルの技術を受け継いでいるのか。
(そうか、だからこんなに精巧な腕輪を……)
思わず感心して、ブラックはある事を思いついた。
(あ……そうだ……っ! だったら、この人に頼めば、僕が悩んでいる事も解決してくれるんじゃないのか?!)
今までずっと、色々な事が有って制作が止まっていたあの“大切な物”を、ここでやっと完成させる事が出来るかもしれない。
ブラックはその事に思わず顔を明るくして、既に車輪を直し終えようとしている彼女に思わず詰め寄った。
「あっ、あ、あの! 頼みたい事があるんだが……!!」
「ひぇっ!? え、な、なに!?」
驚いて目を丸くする美女に、ブラックは目を輝かせながら“ある取引”を持ちかけたのだった。
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