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ラゴメラ村、愛しき証と尊き日々編
13.もふもふとゴロゴロ
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「あれ……? ブラックは?」
よく考えたら、あんなにアンアン言ってたら絶対にブラックにバレてるよな。家にいるなら絶対にあの声を聞かれているに違いない。
そうなると……大人しく待っていたブラックは怒り心頭だろう。
あああ、怖い。マジで怖い……でも黙ってたらもっと怖い事になる。
だから、俺とクロウはカミナリが落ちて来るのを覚悟で部屋を出て、ブラックが待っているであろうリビングへと向かったのだが……そこには誰もいなかった。
「……あれ……ブラック……?」
一応他の部屋も見てみたんだが、やっぱり人の気配はない。
よく考えると荷車も無かったなと思い、俺は首を傾げた。
「ブラック……まだ帰って来てないのかな?」
「そのようだな。荷物もないし……まだ雑貨屋にたむろしているのか? あれほどじゃんけんに負けて悔しがっていたのに」
「うーん……何か有ったのかな」
荷車が壊れてて直してる途中とか……親父さんと話し込んでるとか?
正直な話、声聞かれて無くて良かったとは思ったが、それならそれで心配だ。何か困った事があったんなら、俺達も行った方が良いよな。
まあ、あの……ちょっと体を拭ってから……。
「ん、何だツカサ、もう風呂に入るのか」
「いや、えっとあの……体を拭おうかなと」
「精液はオレが責任を持って一滴残らず食っただろう」
「うぐぐ……! そ、その、汗がね……!!」
そんな事言うなよバカバカバカ。でも俺もノッちゃった手前何も言えないし、アレを零さずに飲んでくれたのはまあ有り難くなくもないけど、ないけどさぁ!
だけど、ブラックの前に出るなら、その、汗臭さとか違和感とか失くしておきたい訳で……じ、自衛のためだぞ。別にそれ以上の意味なんてないんだからな。
とにかく、俺は体を綺麗にするんだ!
じっと見つめて来るクロウに何だかんだ理由を付けて、曜術で素早く沸かした湯で体を丁寧に拭うと、俺は間髪入れずに外に出た。こういうのは考えさせないのが大事なんだ、うん。時間を掛けたらクロウが変な事を考えかねないし。
……つーか、クロウの奴、絶対ブラックが家に居ない事を知ってたよな。
獣人族の優秀な耳が、人の気配を感じ間違えるはずもないんだから。
それなのに俺をからかうような事を言ったんだから、このくらいお相子だろう。
よし、一応は体も綺麗にしたし、ブラックの所に向かおう。
そう思いながら勢いよく扉を開けて……俺はふと、家畜を管理していた禽竜族の青年――エーセンダさんとの約束を思い出した。
「そうだ。どうせなら今、藍鉄たちを放してやろうかな?」
クロウにはカルティオさんへの説明を頼むと、俺は野草が元気に生えている庭に足を踏み入れ、鞄の中で大事に保管していた召喚珠を取り出した。
「久しぶりに触るなあ……」
エーセンダさんに「守護獣を庭で放していいか」と聞いた所、森に行かせなければ放しても問題は無いと言われた。彼が言うには、森には禽竜族にとって大事な植物や色々なモノがあるらしいので、許可が無い限りは入らないで欲しいのだと言う。そう言えば俺、森に関しては何も聞いてなかったな。
入る前に聞けて良かった。とにかく、庭なら問題は無いんだな。
というワケで、俺は久しぶりのペコリア達や藍鉄に会おうと思っていたのだが……しかし、禽竜族が「守護獣」を知ってるなんて思わなかったなあ。
外敵が入って来れないこの場所だったら、モンスターと戦ったりお供にしたりって事はないと思ってたんだが……どうもテイデ地区には村を警護するための守護獣を飼っている人がいるらしい。
出来ればシルヴァに入る前に会ってみたかったなと思いながら、俺は手の中に有る召喚珠を見やった。
ペコリアの熟れた桃のような色の珠に、藍鉄の深い群青色に染まった珠。
それに……――銀を散らしたような、真っ青な美しい珠……。
「あっ、これって……」
そう言えば、俺……もう一個召喚珠持ってたんだ……。
「ドービエル爺ちゃんの召喚珠か……」
――ドービエル・アーカディア。
旅を始めてすぐの頃、俺達はこのアコール卿国で、めちゃくちゃでかい熊族の獣人の爺ちゃんに出会った。その熊の名前が、ドービエル・アーカディアだ。
彼は“本気モード”のクロウのように、ぐるりと捻じ曲がったヤギの角のような物を頭に頂いており、まるで森の王者のような風格を持っていた。
俺とロクに出会った時は世を儚んでいたけど、色々あって獣人の国に帰れる事になったんだよな。そんで、俺にこの召喚珠をくれたんだ。まだ精神力が足りないから召喚できないだろうけど、俺の為に戦うって約束してくれて。
「今頃はもう国に帰ってるよな。どうしてるかなあ、爺ちゃん……。何か事情がありそうだったけど、元気かな。穏やかに暮らしてたら良いんだけど……」
死に急ぐ事はもうないだろうとは思っているけど、ちゃんと休めてるのかな。
確かめてみたいけど……なんか、今の俺じゃまだもうちょっと力が足りないような気がするんだよな……。爺ちゃんに会いたいと思っても、カンみたいな物が働いて「出そう」って思う気持ちが霧散してしまうというか。
これがいわゆる「レベルが低いので呼び出せない!」という奴なんだろうか。
俺の想像では脳内で警報が鳴り響くような感じなのかと思ってたんだけど、意外と地味な感じで自覚するもんなんだな。
「……って、それはまあ良いか。爺ちゃんと再会するのはもう少し先になりそうだな。そっちは気長に待つとして……ペコリア達を放してやろう」
再びドービエル爺ちゃんの召喚珠を大切にカバンの中にしまい、俺は二つの珠に気を籠めて仲間達を呼び出した。
「クゥーッ!」
「ヒヒーン!」
藍鉄は煙の中から勢いよく飛び出し、ペコリアは数匹が落ちて来る。
はぁ~、相変わらず可愛いなあもう!
「藍鉄、ペコリア~!」
「クキュ! クゥ~!」
「ブルルルルッ」
思わず手を広げて駆け寄ると、藍鉄とペコリア達は俺に気付いたのか嬉しそうな顔をしてぶつかってくる。
藍鉄の頭が胸に押し付けられて、ペコリア達がその隙間に我先にと収まり、俺の腕の中に満杯に入ってくる。それが嬉しくて、俺はみんなをぎゅうぎゅう抱き締めながら、久しぶりの温かくて心地いい感触に頬ずりをした。
「んんん~~~会いたかったぞ~!」
俺の言葉に、ペコリア達もくぅくぅと鳴いて尻尾や耳を動かす。
藍鉄も頭を擦りつけながらブルルと鼻息を漏らした。
ああ、本当に喜んでくれてるんだなあ。言葉は通じなくても、召喚珠を持っているせいなのかそれなりに彼らの感情は解るんだよな。
だから俺も嬉しくてすべすべで気持ちのいい鼻筋と綿のようにもっふりとした綿飴みたいな気持ちのいい毛に交互にスリスリしながら、暫し再会の喜びを堪能した。
はぁ~~~本当動物って可愛すぎてたまりませんなぁ~~!!
しかしまあアレだな、その、クロウとカルティオさんの視線が痛いから、そろそろ自重しないとな!
藍鉄とペコリア達にはきちんと「森や畑には行かないように」と伝えて、双方から「了解しました」と手……前足を上げてくれた姿を確認してから、俺とクロウは再び集落へと戻る事にした。カルティオさんから今度はちゃんと正面から帰って来てくれと言われたので、もうああいうのはあれっきりにしよう。うん。
本日二度目の道を戻り、雑貨屋のドアを開ける。
もうすぐ昼なのにまだ客は来ないのか、親父さんはと言うと暇そうにカウンターに座っていた。この感じだと……ブラックはいないっぽいな。
「おうどうした。買い忘れか?」
「あ、いえ……あの、ブラックどこに行ったか解ります?」
そう問いかけると、親父さんは笑ってヒラヒラと手を動かした。
「ああ、実はな、荷車がちょっと壊れててよ……。それを直すために、奴さんにはちょっと【テイデ】に行って貰ってんだよ。車輪の金属部分がヤバかったんで、荷物を運ぶのが危なそうだったからな」
「じゃあ……ブラックは対岸に?」
「おう。あっちには、鍛冶師の曜術師が居るからな。だが、車輪の修理程度なら早く終わるだろうし……混んでなけりゃ、もうそろそろ帰ってくるんじゃねえかな」
なんだ、荷物が持ちきれないとか困った事になってた訳じゃないんだな。
良かった、ブラックでも持てない重さだったのかと心配になっちゃったじゃん。
そういうワケなら橋の傍で待ってようかな。
「ありがとうございます。……と、そう言えば親父さんって何て名前なんですか?」
「おっ。まだ言ってなかったっけか? そいつはすまなかったな。俺ぁ、ゴーバルドートだ。ゴーバルと呼んでくれ」
「解りました、ゴーバルさん」
しかし、禽竜族の名前って結構独特なんだな。
姓が無いのは氏族で分ける必要が無いからなんだろうか。それとも、本当は苗字も有るけど面倒臭いから言わないだけどか……。
うーむ、やっぱ種族が違うと相手のスタンダードってのが解り辛いな。
その辺りは今後聞くとして、今はお出迎えだ。
クロウと一緒に霧の薄れ始めた橋を見ながら待っていると――微かに、ゴロゴロと荒い地面をこするような音が聞こえて来る。
橋のたもとのど真ん中に出て、向こう側を見やると――荷車を引きながらこちらに向かって来るブラックの姿がはっきりと見えた。
「おーい! ブラックー!」
声をかけて手を振ると、ブラックは足を速めてこちらに近付いて来る。
木製の荷車が一際大きな音を立てたが、しかし近付いて来るうちに、その木製の車輪の接地面には、頑丈そうな鉄の覆いが付いているのが見えた。
見たところ継ぎ目は無く、実にスムーズに車輪は動いているが……よく考えると、木製の車輪に鉄の外周って結構異質だよな。
こういう事を簡単にできるのが曜術師なんだなと思うと、なんだかやっぱりファンタジーな世界だなあと思わずにはいられなかった。
「ツカサくぅ~ん! わあっ、僕の事迎えに来てくれたのー!?」
そう言いながら、ブラックはどんどん距離を詰め……いきなり荷車を引くのを止めたかと思うと、そのまま駆け寄って俺に抱き着いてきやがった。
「ぶわっ」
「はぁああ~~嬉しいよ嬉しいよツカサ君~っ! そうだねそうだよねこの駄熊よりも僕の方が一緒に居て楽しいよねぇえええ」
「ぐ、うぐぐっ」
き、きつい。抱き締められて息がし辛いっ。
「おいブラック、お前本人を目の前にしていい度胸だな」
「あ゛? 二番目程度がしゃしゃり出てこないでくれるかな?」
げっ……や、ヤバイぞ。これはまた喧嘩が起こる。
俺がクロウとの事を話す前に険悪になられたら困るぞ。何で俺が仲裁せにゃならんのだとは思うが、ここは何としてでも止めねば。二人の喧嘩は俺にも火の粉が盛大に降りかかるんだから。火はボヤの内に消すに限る。
でえいやめんか二人とも!
「だーもー! 喧嘩するような事いうなよなあお前も!」
怒鳴りながら慌てて離れると、ブラックはエヘヘと笑った。
……まったくもう……本当こいつらどうでもいい事で喧嘩するよなあ。
それがブラック達にとってのコミュニケーションなのかもしれないが、いい大人のじゃれあいなんぞ俺にはまだ理解出来んので、冗談で怒るフリをしてるんならやめて欲しいもんだわ。
俺いつかハゲるぞ本当。ストレスで。嫌だよこの歳で毛根死ぬとか。
「それにしてもお前……よく親父さんの頼みをすんなり聞いたな」
二人がまた喧嘩しないように睨んで牽制しつつ、俺は別の話題を振ってブラックを見やる。
……そう。そうなんだよな。
いつものブラックなら、文句垂れたり面倒臭がって、親父さんに修理に行かせてただろうに。……なんて言う失礼な事を思いながら言ってしまったが、ブラックも自分の事をそう思ってはいるのか、少し考えるように空に目を向けていたが……ニコリと笑って、俺をまた懐深く抱き込んだ。
「えへへ……色々と、美味しい取引をしたからね……。それよりさ、荷車を持って行って修理してくれたお礼に、あの親父が蜂蜜酒をくれるんだって!」
「ムッ、なんだと。ハチミツ」
ブラックの出してきた単語に、クロウが鼻息荒く興奮する。
やっぱり熊さんは蜂蜜大好きだなぁ。
「だからさ、早く取にいこっ! ねっ」
そう言いながら、俺を見てニコニコと笑うブラック。
美味しい取引って、蜂蜜酒の事? でも、それだけでブラックが動くかな。
家にはシアンさんの持たせてくれた酒が沢山あるのに。
むむ……何かまだちょっと俺の中で納得いかない部分があるが……まあ、無事に帰って来たんだし良いか……。
それより蜂蜜酒か。そういや俺呑んだ事無いな。
……もしかしたら、今度こそ俺もお酒呑ませて貰えるかな?
蜂蜜酒ってんだから、たぶんアルコール度数も低いよな? 冒険者の定番みたいなお酒だし、きっと俺が飲んだって大丈夫って感じの奴だよな?
飲めるな。それなら俺も飲めるな!
だったらまあ……なんだ。家に帰ってから考えても遅くは無いな。
よし、とりあえずウワサの蜂蜜酒を貰いにいくか!
→
※次はブラック視点でございます
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