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ラゴメラ村、愛しき証と尊き日々編
顛末と変化
しおりを挟む「ブラック、詳しい事を話してくれるわね?」
半ば強制的な言葉で相手を脅すのは、今の状況では仕方がない事だ。
そうは解っていようが、息子のように思っている相手を詰問するのは気が重くて、シアンは内心この事は出来るだけ穏便に済ませようと思っていた。
だが、それも「相手が危険な事をしていない」という前提があっての事だ。
もし仮にブラックが“何か”をしでかしていたら、シアンはそれを罪に問わねばならない。それが、世界協定と言う機関の最高権力を任された者の使命だ。
だからこそ、シアンは気にかけている存在を糾弾せざるを得なかった。
しかし、やはりそこは親代わりと思っている欲目か、自分以外の誰にも彼を責めさせまいと、存在する意味のなくなった議事堂の隅の小さな部屋で彼を詰問してしまっているのだが。
(我ながら、大した親ばかね)
第一報――――ラトテップという鼠人族が送って来た情報をシアンが受け取った、そのすぐ後に、嫌な“予見”が脳裏に広がった。
崩れ落ちる大地に、根を張る植物。そして、その余波で白い神殿が崩れ落ちる。
そんな、まるで終末を見るような予見。
今まで予知能力で様々な危機を見て来たシアンですらも驚くような、あまりに奇怪すぎる国家の崩壊だった。
だが、そんな予知も今は「ありえる」ものだ。
何故ならこの世界には……自分達“魔導書に選ばれた者”と、異世界から召喚された“黒曜の使者”が存在しているのだから。
ゆえに、シアンはプレイン共和国から齎された第一報に嫌な予感を覚え、調査隊を組織し緊急を要する案件として介入行為を承認した。
各国からの情報提供が届くには、早くても一時間ほどのタイムラグがある。
だからこそ、遅れる訳にはいかず、わざわざ騎竜隊を使ってまで駆け付けたのだが――もう、遅かった。
見た目には、首都は何のダメージも無かった。
しかし議事堂たる【プロピレア神殿】では、この国の政を司る【十二議会】の過半数の議員が一堂に集められて、彼ら全員が虐殺されていたのだ。
その光景は凄惨の一言だった。
一夜にして、何が起こったのか。答えを探そうとも、何かを知って良そうな兵士も始末されており、残っていたのは何も知らずに見張りを行っていた兵士と――小部屋に軟禁されていた、プラクシディケ議員だけだった。
(まったく驚いたわよ。本来なら国に真っ先に殺されていてもおかしくない彼女が、結果的に助かってたなんて)
彼女は、この国の根強い差別意識を嫌い、それを良しとする議員達の考え方にも真っ向から立ち向かっていた。最近は大陸に向けての征服欲を出し始めた敵対勢力にも憂慮し、シアンに向けて調査報告書などを寄越してくれていたのだが……ここ数日は一度も連絡が取れておらず、てっきり殺されたとばかり思っていたのだ。
面識が有った相手だったので、助かった事は素直に喜んだのだが……しかし、それでも解せない。神殿には、彼女やその関係者を見張る兵士が少なすぎたのだ。
何故、プラクシディケ議員と、彼女と意思を同じくする議員達は無事だったのか。そして、彼女を捕えていたはずの多くの兵士達は何処に行ったのか。
答えの出せない問いに悩むシアンだったが、彼女の「ラトテップという斥候が“ある場所”から帰ってこない」という焦ったような言葉に、この首都以外でも何かが有ったのだとようやく悟った。
やはり、予知は正確だった。いや、あまりにも正確過ぎた。
彼女が外部の情報を集める為に使っていた、斥候部隊の元隊長であるラトテップという鼠人族の男は、ある場所に「重要な人物が囚われている」と報告していた。
そして、彼がその三人を連れ出すと、つい昨日報告して来たと言っていたのだ。
恐らくその報告は、シアン達に情報を送ったすぐ後の物だったのだろう。
……三人の、重要な人物。
それが誰かなど、シアンには解り切っていた。
シアンの部下であるエネに、重要な人物であるマグナと己の装備を託して連れ去られた、最も揺り起こしてはならなかった三人。
ツカサ、ブラック、クロウクルワッハだ。
それだけでもう、何が起こったかは明白だった。
地震、地盤沈下、植物の奇妙な大増殖。
だが、彼らの“怒り”はそれだけにとどまらなかった。
明らかに“誰かの仕業”と解る炎の痕と……兵士達の発狂した様子が、荒野にぽつんと存在していた工場の中で広がっていたのだから。
――炎に、狂化。
誰が行ったかなど、問うまでも無い。
だからこそ、シアンはブラックを一人で部屋まで来させて、真剣に問い詰めねばならなかったのだ。
もしブラックが大変な事をしでかしていたとすれば――――
彼の方が真の“災厄の象徴”になりかねなかったのだから。
「…………ブラック。やましい事が無いのなら、話せるわね?」
今までの事を思い返して更に憂鬱になりながらも、目の前で叱られた子供のように後ろ手で手を組み、拗ねたような顔をしている相手に問う。
ここ最近、表情を良く表すようになったのは良いが、年齢と仕草があまりにも噛み合っていない。しかし、数百年以上を生きたシアンには、何歳でも子供は子供だ。
その様子に親心が疼いたが、流されてはならないと眉間の皺を深くした。
すると、ブラックはチラリとシアンを見やって。
「…………僕は悪くない。ツカサ君を犯そうとした奴らを成敗しただけだ」
「ハァ……。一応問うけど、殺してないのよね?」
「当たり前じゃないか。そんな事したらツカサ君に嫌われるもん」
いい年をした大人が、この言い草である。
しかし、それだけブラックの情緒が特殊で、ツカサに対しての思いが常人では察する事の出来ないレベルなのだと思えば、この様子にも納得がいく。
ブラックの他者に対する感情は、今まで散漫だったものがツカサによって明確で正しい形に整えられたようなものだ。それ故に、ブラックのツカサに対する感情は酷く独善的で、子供のような独占欲が異常な程に高い。
依存、と言うには、あまりにも凶悪な程の執着だった。
けれどもそんな執着があるからか、ブラックはツカサに非常に従順でもある。
彼が「殺してほしくない」と願えば、その事を常に気にして行動するのだ。
しかし、首都で引き起こされたあの惨劇を見ると、その従順さも遂に失われたかと思えたのだが……どうも、違うようだ。
仮に人を殺していれば、ブラックはこのような子供染みた態度は取らないだろう。
今だって、ツカサに付きっきりで離れなかったはずだ。
……いや今回も渋々呼び出しに応じたし、ツカサから離れたくないという気持ちは嫌と言うほどに感じるが、まあそこまでの狂気は感じない。
だから……殺していないという言葉は本当なのだろう。
(あのヤンチャだったブラックが、ここまで理性的になるなんてね……。ツカサ君には感謝してもしきれないわ……)
しかし、だからと言ってハイそうですかと解放する訳にはいかない。
今までの事を語らせるべく、シアンは話を促した。
「とにかく……貴方が知っていることを全て話しなさい。場合によっては、貴方達を拘束せざるを得ない状況なの。それは解ってるわよね、ブラック」
「まあね」
「私も出来るだけ便宜を図るつもりよ。でもね、正直に話してくれないと私の立場も危ないし、助けてあげられなくなる。ツカサ君と憂いなく余生を過ごしたいのなら、ちゃんと話しなさいね?」
「そんな事言って良いのか?」
「良いのよ。私、自分の子供には甘いもの」
きっぱりと言ってやると、ブラックは苦笑して赤髭で覆われた頬を掻いた。
「ほんと、昔っからそういう所だけは変わらないよなあ、シアンは……」
こんな穏やかな苦笑なんて、今までのブラックならやらなかった。
だからこそ、シアンは二人を引き離したくなかったのだ。
誰だって、大事な人の幸せを願わずにはいられない。
人族とは異なる存在のシアンであっても、その気持ちは同じだ。仲間として、彼の親代わりとして、ブラックを陽の当たる場所に置いてやりたかった。
そんな気持ちが解ったのか、ブラックは少し照れくさそうな顔をすると……表情を真剣なものに変えて、語り始めた。
「……僕が知ってる事は、少ない。だから、推測も混ざるけど……」
そう言って語ったのは、以下のような事だった。
ブラック達は、レッドによって【工場】へと連行され、装備一式を没収された後に投獄された。しかし、ブラック達は【契約の枷】による戒めを受けたものの無碍にはされず、きちんと飯や水は用意され、牢屋での生活は思った以上に快適だった。
何の理由が有るのかは判断が付かなかったが、多分ツカサを安心させるためだろう。これはレッドの思惑だったのではないかとブラックは語った。
(そうね、ツカサ君を操るエサとして用意しておけば良いし、枷の能力は凄まじい。逃げられる心配も無いから、殺すよりは生かしておいた方が得な事が多いわ)
なるほど、レッド属する敵方は、よくツカサの事を知っているらしい。
彼は、自分が関わった相手には驚くほど献身的だ。だから人質を取れば容易に御しやすく、簡単に言う事を聞かせる事が出来る。
ブラックもそれを理解していたようだが、すぐに逃げ出せなかったようだ。
枷の拘束力は思った以上に強力で解除が難しく、金の曜術師の基礎などを学んでいないブラックには、枷の高度な術式は理解出来ない物だったらしい。
そんな行き詰まりに悩んでいたのだが……数日すると、ツカサがラトテップという商人と助けに来てくれた。それで、今まで脱出するための話し合いを夜な夜な行い、戦いに備えていたという。
「……だけど、日に日にツカサ君が弱ってる感じはしてた。ツカサ君が枷を解除する方法を使って助けてくれた時も……久しぶりに見たツカサ君は、凄く疲れてるように見えたし。……だから、すぐに逃げようと思って熊公と用意してたら……」
「地震が、起こったと」
シアンの言葉に、ブラックは頷いた。
「急に炎の曜気が流れ込んできて、あのクソ餓鬼が何かしたって事が解って……僕と熊公はもう我慢できずに牢屋から強引に脱出したんだ。でも、ちょうどその時に地震が起こって、頭上から木の根が突き破って来て…………」
言いながら、ブラックは俯く。
「……ツカサ君が暴走した事を知って、木の根を伝い部屋に飛び込んだのね」
「うん……。でも、そしたらそこには血だらけでボロボロになったツカサ君がいて、叫びながら緑色の光に包まれていて……そ、そんな姿を見たら、誰だって……誰だって、ツカサ君が酷い事されたってわかるだろ!? だから、僕は……」
「工場に居た全ての人間に向けて……【幻術】を、発動させたのね?」
シアンの言葉に、ブラックはびくりと肩を震わせて俯いたまま目を逸らした。
そう。シアンは、ブラックが【工場】で何をしでかしたのか知っていたのだ。
工場内のほとんどの者が、凄まじい【地獄】を見て、怪我もせずに心を病んだ。
それは植物が大繁殖しただけでは起こり得ない事だ。
“植物の起点である部屋”のみを炎で焼いただけでは起こせない、奇妙な現象。瀕死の大火傷を負った者達が【地獄】を見て狂うのは解るが、外で作業をしていただけの兵士達までもが狂うのは、まず考えられない事だった。
だが、それは“普通ならば”という前提が付く。
もしその場に紫月のグリモアが存在していたら……前提は、覆るのだ。
「……貴方の【幻術】は、認識できる範囲上の全ての生き物に、任意で“感触のある”何らかの幻覚を見せる事が出来る。その術自体には物理的な攻撃力は無いけれど……貴方の怒りが見せる幻は、精神を狂わせる刃と化すほどの力なのよね」
「今更説明はやめてくれよ」
自分の能力を疎んじているのか、ブラックは嫌そうに顔を歪める。
しかしそうもいかないと、シアンは相手に言い聞かせた。
「大事な事でしょ。グリモアの特異な能力は、自覚して知ってこそ制御できる。術が凶悪であればあるほど、その力が暴走した時に他のグリモアが止める必要があるのよ。だから、確認しておく事は大事だって、前に何度も言ったでしょう?」
「解ってるってば……だから、僕はその力を使ったんだよ。……ほんとは、全員八つ裂きにしたかったけど、ツカサ君の事を考えたら、どうにもそこまで出来なくて……でも、僕が【幻術】を発動したら、なんでかツカサ君が……失神しちゃったんだ」
「失神?」
どういう事だと眉根を顰めたシアンに、ブラックも困惑した様子で頷いた。
「よく解らないんだけど、ツカサ君を覆っていた緑色の炎みたいな光が、急に紫色に変わって僕に流れ込んで来たんだ。……僕、前にツカサ君から曜気を奪い過ぎた事が有ったから、それに気付いて術を中断したんだけど……そしたら、ツカサ君が失神して……だから、熊公が強引に地面を割って脱出したんだ。そこに、シアン達の調査隊が丁度やって来たから……」
「…………なるほどね……」
ブラックとツカサにはまだ話していない事だが、魔導書に選ばれたグリモア達は、黒曜の使者の与える曜気を自在に引き出す事が出来る。神族の里にある文献にその事らしき文言が記されていたのだ。
(情報は、知ればどうしても意識してしまう物……。だから、時が来るまで話さないつもりだったけど……この子達には、少し遅すぎたみたいね)
彼は無意識にその事を知覚し、ツカサの曜気を全て奪ってしまったのだろう。
しかし、それが結果的にツカサの暴走を食い止めたのだ。
ブラックがツカサの曜気を奪ったお蔭で、ツカサは人を殺さずに済んだ。
過言ではない。その通りなのだ。
曜術は基本的に精神力を根本とし、使役者本人が「人を殺そう」と思わなければ、その術が誰かを殺める事は滅多に無い。だが、暴走していれば話は別だ。
どれほど本人の心根が優しかろうと、その理性は徐々に消え去り術を制御できなくなる。ツカサもあのまま暴走していれば、確実に人を殺めていただろう。
だが、それをブラックの理性ある激怒が救ったのだ。
(なんと、まあ……上出来じゃないの……)
愛するが故の激怒が、愛する人を救った。
一つ一つは私欲の権化だが、それらが上手くかち合うという事は神の采配に他ならない。ツカサとブラックは、間違いなくお互いが“かけがえのない物”なのだ。
それは、これ以上ない程に素晴らしい事だった。
(ブラック……貴方本当に、良い子に巡り合えたのね……)
本当に、長い孤独だった。けれどもう、その孤独に怯える事は無いのだ。
ブラックの今までを思い出して、シアンは思わず涙が出そうになった。
「シアン?」
「あっああ、ごめんなさい。それで……貴方は、あの【工場】から一歩も出ていないのね? まあ、地盤沈下が起こった時点で私達はそっちに向かっていたから、これは動かしようのない事実だとは思うけど」
「当たり前だろう!? なんで僕がツカサ君を置いてどっかに行くのさ!!」
……まあ、決まったような物だろう。
間違いなくブラックはツカサの傍から離れてもいないし、証言も一致している。
――――時系列的には、こうだろう。
まず、炎……恐らくレッドが、ツカサの居る部屋で何らかの事情によって、紅炎のグリモアの能力を発現させた。そこで、瀕死の大やけどを負った数名の兵士達と……鼠人族のラトテップの遺体が出来上がる。
ブラックとクロウクルワッハは、その時点でレッドの巻き起こした強烈な炎の曜気に気付いて、脱獄した。
だが、その時にはもう既にツカサが遺体を見て発狂し木の曜気を暴走させており、ブラック達が辿り着く前に植物の大繁殖を引き起こしてしまった。
曜術の発動により地震が起こったが、ちょうどその頃に、首都では惨劇が起こっていたと思われる。
シアン達が神殿に到着した時は、血の固まり具合からして議員達が殺されたすぐ後だった。とすると、この時点でブラック達がそこに居なければおかしい事になる。
時間的にも数十人の人間を殺す事は不可能だ。
なにより、シアン達がプラクシディケ議員と再会を果たしたその時に、ブラックは【幻術】を発動させて兵士達を発狂させていたのだ。
どちらから先に行ったにせよ、移動が間に合うはずもない。
そして、シアン達が情報を得て向かっている途中に、ブラックの【幻術】が中断、とにかくツカサを連れて逃げるためにクロウクルワッハが土の曜術を使い、再度地震を発生させ地盤沈下を引き起こし……脱出。
そこに、シアン達の調査隊が出くわしたという訳だ。
なんとまあ、一晩でめまぐるしい事件が起こった事か。
「それにしても……レッド様はどこに? 貴方達の言う“ギアルギン”という名の指名手配犯や、そもそも【黒鋼の伯爵】というのは……」
「知らないよあんな奴ら。もし知ってる奴が居たら、半殺しにしてでも聞き出してるよ。……あいつらだけは、絶対に許さない……今度は、殺す」
「またそんな事を言って……」
だが、気持ちは解らないでもない。
……運び出された時のツカサは、外傷は無かったものの酷く震えて魘されており、血塗れでシャツ一枚しか羽織っていなかった。下着も、付けずに。その姿からして、何かをされかけた事は明白だった。
……瀕死の兵士達の着衣の乱れからしても、彼は犯されかけたのだろう。
その事を思えば、シアンとて断罪を検討せずにはいられなかった。
なにせ、それが全ての引き金になり……結果的に、想像以上の事態でツカサを酷く傷つけてしまったのだから。
(ラトテップという鼠人族が火傷を負っていなかったという事は、彼は味方だった。だけど……背後から兵士の刃を受けて、殺された。ツカサ君はそれを目の前で見て、ついに耐えられなくなったのでしょうね……。無理も無いわ、犯されかけた恐怖でショック状態だったのに、そのうえ大事な仲間を目の前で殺されたんだもの。普通の子供にはとても耐えられない)
ツカサという少年は、神と同等の力を持つ存在だ。しかし、だからと言って彼が神と同じような精神であるという訳ではない。
むしろ、ツカサは普通の人間以上に優しく、繊細過ぎた。
人が死ぬことを極度に厭い、目の前で苦しむ者には手を差し出さずにはいられない。その結果、ブラックと言う存在を手懐けてしまった。
それほどまでに、ツカサの心根は清純だったのだ。
(異世界人っていうのは、よっぽど綺麗な世界で生きて来たのね……)
彼の世界の優しさを思えば、いっそ憐憫すら湧いてくる。
何故なら、この世界では……その純粋な優しさは、諸刃の剣でしかないのだから。他人を殺し、人が死ぬ。それが珍しい事ではないこの世界では、献身的な愛と言うのは、決して他者に向けてはならない物だった。
……だが、その愛のお蔭で……ブラックは、救われたのだが。
(難しいわね。私達のような排他的な愛情と、博愛である彼の愛情は違う。いっそ、私がその現場を変わってやれたら良かったのだけど……)
しかし、そうなってもきっとツカサは心を病んだだろう。
彼にとって、死因は重要ではない。心を寄せた相手が不慮の事故で死んだことが、悲しくてならないのだから。
「…………なあ、シアン」
「ん? なにかしら、ブラック」
物思いにふけっている所を引き戻されて、シアンはブラックを見やる。
ブラックは相変わらず不貞腐れたような顔をしていたが……ちらりとこちらを見ると、思っても見ない事を言い出した。
「……ツカサ君を…………頼めない、かな」
「え……?」
問い返すような声を漏らすと、ブラックは少し情けない顔で眉根を寄せる。
「……本当は、僕が慰めたいけど……僕じゃ駄目なんだよ。だって僕は、ツカサ君以外なんてどうでもいい。本当に……どうでも良いんだ……。だから、ツカサ君の事を慰めてあげられない。きっとまた、勝手に怒って……ツカサ君を、もっと傷つけて、壊してしまう……」
「ブラック……」
「だから、頼みたいんだ。……シアンは、前にツカサ君が自分のお婆ちゃんみたいだって言って、親近感が湧くって言ってた。会いたいっても言ってたし、だから、僕じゃなくて……身内に似たような奴の方が……良いんじゃないかって……。あと……黒曜の使者の事は、僕よりもお前がよく知ってるだろ? ……だから……」
そうブツブツと呟きながら、ブラックはどこか悔しそうに顔を顰める。
――まさか、ブラックの口からそんな言葉が出て来るとは……思わなかった。
(……いえ……そうね……。それが、今のブラックなのよね……)
今のブラックだからこそ……あえて、他人にツカサを任せようと決断出来たのだ。
彼を、自分の恋人を、大事に思うからこそ。
「シアン?」
「……ええ、解ったわ。ツカサ君の事は私に任せて」
快く返事を返したシアンに、ブラックはあからさまにホッとする。
その様子が微笑ましくて、シアンはクスリと笑った。
「成長したのね、ブラック」
「う…………な、なんだよ、その言い方……」
「ふふ……。お婆ちゃんがなんとかしてあげるから、貴方はちゃんと髭を整えて来なさい。そうじゃないと、ツカサ君に嫌われちゃうわよ」
そう言うと、今まで浮かない顔をしていたブラックは、やっと少し笑った。
シアンの言葉で、安心したかのように。
(……そうね。貴方は、やるべき事を判断した。……だったら、私もやれるべき事をやりましょう。貴方達が、それを望んでくれるのなら)
彼の世界の事まで理解して、彼の心を宥める事が出来るのは、この世界で自分しかいない。身内を連想させる身形をしているのも、自分だけなのだ。
だからこそ、シアンが彼を何としてでも救わねばならない。
ブラックのために。そして……この世界に放り込まれてしまった、純粋で優しい、幼子のような愛らしいツカサのために。
(私にどこまで出来るのかは解らないけれど、話を聞いてあげる事ぐらいは出来る。仲間を喪った時の悲しみだって……)
ツカサの悲しみと自分の悲しみは、もしかしたら別の種類かも知れない。
だが、その悲しみを聞いてやる事は出来るはずだ。
――悲しみを、ただ、聞き入れてやる。自分の思いを押し付けることはせずに。
心を鎮めるためには、それが重要なのだから。
「貴方は、朝食を取って来なさい。いいわね」
「……ああ」
返事が出来るなら上出来だ。
シアンは部屋を出ると、ツカサが眠っている部屋へと向かった。
→
※あけましておめでとうございます!
今年もばりばり更新していきますのでよろしくお願いします!(`・ω・´)
そして、都合により次もシアン視点です。あと新春二本立てです!
(通常の更新時間の前に投稿します。たぶん昼ごろになるはず)
章名の???は、明日書き足します(実質まだディーロスフィアなんで…)
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