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首都ディーロスフィア、黒曜の虜囚編
27.努力の末につかむもの
しおりを挟むその後、レッドが部屋に入って来て、俺は何故か死ぬほど謝られた。
何だかよく状況が呑み込めなかったが、要するにギアルギンがマスターキーを持っている事を失念していて、そのせいで二人きりにさせてしまった。だから、その事で謝っている……との事だった。
涙目で何度も何度も謝られたんで、そっちの方が気になっちゃって弁解が全然頭に入って来なかったんだけど、だいたいそう言う理由らしい。
だけど、まあ、結果的に色々と知る事が出来たし……ダークマターが俺を正気に戻してくれた事で、精神的ダメージは無くなったわけだし……実際のところ、レッドに恨みとかは全く抱いていない。
だって、不可抗力だもんな。俺は私室に籠って探りたかったし、レッドは俺の体を心配してあえて置いてったんだ。レッドが悪かった部分なんて一つも無いよ。
仮にショックを受け続けたままでも、俺はレッドに対して何かを思う事は無かったと思う。だってその……ちょっと、薄情だけど……俺、あのままだったら、レッドの事なんて考える余裕すらないくらい、ブラックの事しか考えられなかっただろうし。
…………う、うん。まあ、それはいい。置いておこう。
とにかく俺は、レッドを責めようなんて事は思っちゃいない。
ギアルギンは俺に対して蔑みとか敵対意思は持っているようだけど、それで殺しに掛かるってほど殺意がある訳じゃ無いし……アイツは、俺を材料として生かしておく必要がある。だからこそ、暴行するにしても滅多な事は出来ない。
そのため俺の精神に訴えかける攻撃しか出来なかったんだ。まあでも、男の尊厳を踏みにじられるようなタイプの奴はギアルギン一人じゃ絶対出来ないから、結局俺には無害だったんだけどね。
実際精神的ダメージは有ったけど、回復出来たし結果オーライだ。
身体テストでも色々と痛めつけられたが、アレも結局俺に自己治癒能力が無くてもすぐに直せる程度の傷だったしな。
俺をガチな暴行で負傷させるのは、よっぽど都合が悪かったんだろう……けども、振り返ると本当あいつムカツクな。
自己治癒能力で俺の事を揺さぶるわ、黒曜の使者の事を一気にまくしたてて、俺を思いっきりぶっ壊そうとするわ……あいつの血の色は何色なんだマジで。
本当そういう所はレッドよりタチ悪いわ。
まあ、そんな訳で、ブラックの事に関して以外はレッドを責める気は無い。
なので、謝られても何かこっちが逆に申し訳なくなるので、今回は大丈夫だからと優しくレッドを慰めておいた。
……そのせいだろうか。
「ああ……やはり、ツカサはツカサだ……! 俺の事を、ちゃんと見てくれる……」
「れ、レッド……」
俺は今、感極まっているレッドに、ぎゅうぎゅう抱き締められている訳で。
……うん。なんか……何だろうかこの変な感じ……。
許したせいで余計に嫁認定されてる気がするんだけど、なにこれどうすれば正解だったの。平謝り状態のレッドを無視とか俺には出来ませんよ。
だってそんな事したらレッドが暗黒面に堕ちちゃうかもしれないじゃん。
レッドはギアルギンと違って俺に好意を持ってるんだぞ。一歩間違って、あーれーおやめ下さいお殿様ーみたいな目にあったらどうすんだ。
もうこれ以上ブラック達に隠すの嫌だぞ。つーかそんな展開ごめんだからな。
だから、素直に許したのに……ああもう、レッドの好感度上げてどうすんだ。
つーか離れろレッド!! 俺お前の事許した訳じゃないんだってばっ!
くそっ……こうなったら話を逸らすしかない……!
「れっど、あのっ……お、俺、お腹すいたな……」
ほら、さっき夕食の鐘鳴ったし。リンリンしてたし! ねっ!
だから放してくれないかと思って恐る恐る明るい声で言うと、レッドはびくりと体を震わせて、抱き着くのを止め俺の顔をじっと見て来た。
その顔がまたもう、いかにも不安そうな顔で。
「本当か? 無理はしてないのか?」
「し、してないしてない。あの……レッドだって、お腹減っただろ? だから、その……大丈夫だから、一緒に食堂いこう……?」
俺を一人にする事が怖いというのなら、一緒に取りに行けばいい。
もしくは、兵士に頼むとか。とにかくもう怯えるのはやめとくれ。
俺はもう元気だから心配ないよ、とばかりにニコリと笑うと、レッドはまた感極まったかのように涙目になって、ぐしぐしと顔を袖で拭った。
……なんか……ブラックの一族って、もしかしてみんな涙もろいのかな……。
色々と考えてしまったが、レッドは俺がショックを受けていない事にようやく安心すると、俺を食堂へと連れて行ってくれた。
ああ、もちろん俺を片時も離さないように、お姫様抱っこで……。
……ブラックと言いレッドと言い、なんでこの世界のオス自任男どもは、同じ男のはずの俺をこんな風に扱うのか……。メス属性っつっても姿形は同じ男なんだから、もうちょっとこう同性として認識して欲しいんだが。
無理か、無理だな。この世界じゃオス男女とメス男女って区分けが普通だもんな。俺の世界とは違うんだもんな……はあ……。
まあでも食事の時にはもうレッドも落ち着いてくれてたし、兵士達もレッドが一緒に居ると手が出せないらしくて、今回は助かったけどな。
――と言う訳で、今日もなんとか生き延びて部屋に戻ってきた。
なんだかもう疲れてしまったが、俺にはまだまだやらねばならん事が有るのだ。
それに、このまま寝ちゃったら……ぁ……会えないし……。
いやっまっべ、別にそう言うんじゃなくて、ブラックとクロウが心配だからね!?
変な事されてたら困るし、元気な姿を見せて安心させる事も必要だから、だから俺は牢屋に行きたいワケで、そのっ、あ、会いたいけどそういう会いたいじゃないって言うかああもう一人で何やってんだ俺!
あほらし、悶えてる場合か。それより俺は術の最終調整をせねば!
今日こそはブラック達に新しい曜術を披露する予定なんだからな。
なので、ラトテップさんが迎えに来てくれる時間まで、俺は昨日完成させた術を何度も繰り返し、完璧に発動させられるように精度を高めて行った。
ううむ、初めて作った【ウォーム】は一発で出来たし、練習もいらなかったというのに、今回は本当に長い時間がかかってしまったなあ。
でもまあ、この術は五大属性の枠から外れた術だし、複合曜術みたいなもんだったから、慣れなくて戸惑っちゃったのは仕方ないんだけどね。
まあ、どんな曜術も使える(予定)の俺様ですから、上手く行きましたけど!
ふっふっふ、俺ってばやっぱりチート使いだな。
ダークマターと喋ってから、何だか吹っ切れて今まで以上に調子がいいぜ。
この術で助けてやるからなー、ブラック、クロウ!
――……という感じで調子に乗りながら時間を待っていると……ラトテップさんがいつものようにやって来た。
俺の部屋には時計が無いので解らないが、恐らくいつも通りの時間だ。
商人ってのはホント時間に正確なんだなあ。
今日も今日とて換気ダクトを通って、先に倉庫を確認してから牢屋に向かう。
前回はわずかな部分しか調べられなかったので、今度は範囲を広げてみようという感じだ。昨日と同じ場所から出て、今度は鉱石の所から縦に移動する。
どうやらそこらへんのエリアに大切な物が固まっているようなので、そこらを調べると何か出て来るんじゃないかと考えたのだ。
俺としては、あの鉱石エリアに入ると何かゾクゾクするので、あんまり近付きたくなかったんだが……調査の為なら仕方ない。
出来るだけ鉱石に近付かないようにして、虱潰しに探していく。
すると、鉱石エリアのすぐ近くには酒を貯蔵しているエリアが有って、酒は頑丈な金属の箱に入れられており、品名と中身が酒である事を示す文章が刻まれていた。
どうして酒だけ金属の箱に保管されているのかと思ったが、ラトテップさん曰く、酒は盗み飲みをされる事が非常に多いため、それを防ぐ手段として大きな商会は酒の包装を過剰にしているんだとか。
当然、こんな過剰な包装だと開けるまで酒かどうか解らないので、こうして証明として箱に情報を刻み一定の保障をつけているらしい。
世界が変われば色々と過激になるもんだなあと思いつつ、証明の文章を読んでいると――箱の隅に、なにかのマークが刻まれているのが見えた。
「あれ? このマーク……どこかで……」
なんだろ。見た事有るな……この独特な紋章……。
ええと、確か…………――――
「あっ……!」
「どうしました、ツカサさん」
「い、いや、あの、この紋章……もしかして、リュビー財団じゃないですか?!」
声を必死に抑えて紋章を指さすと、ラトテップさんが険しい顔をして近寄って来て俺が示す紋章に目を見張った。
「確かに……これはリュビー財団の紋章です……!」
「ってことは……ギアルギン達に協力していたのはリュビー財団……?」
「そうなりますね……。酒だけ別の場所から仕入れる事などないでしょうし、仲介を用意していたとしても、リュビー財団なんて巨大な所を挟むなんて考えられない。あの大陸一の商会集団なら、ここまで様々な物資を揃えられたのも納得がいきます……しかしまさか、リュビー財団が関わっていたとは……」
リュビー財団って、オーデルで俺達の事を助けてくれたロサードが番頭役筆頭っていう凄い役職についてる大企業だよな。
ギルドやオーデル皇国の御用聞き、慈善事業にまで幅広く手を出している、俺の世界で言えば総合商社みたいな凄い商会だ。確かにそんな団体だったら、工場に必要な物資など簡単に集められるだろう。
でも、どうして。
ロサードはこの事を知ってるんだろうか。もしかして、協力してるのか?
いや、でも、リュビー財団だって一枚岩じゃないんだし……。
ああもうまた頭が痛い謎が増えてしまった……。
「とにかくこれは凄い情報ですよツカサさん! この事を世界協定に報告すれば、壊滅させるとまでは行かなくても、リュビー財団に働きかけて内部調査の末に、物資の供給を停止させることだってできる。そこまで行けば、ギアルギン達も計画がバレていると解って、尻尾を出すはずです!」
「じゃあ……これで、なんとか世界協定が踏み込めるかも知れないんですね」
ラトテップさんを見上げると、相手はフードの中の耳をわさわさと動かしながら、嬉しそうに目を細めて何度も頷いた。
「ええ、細かい綻びさえ見つかれば、世界協定は必ず動いてくれます。彼らの使命は【大陸の平和を厳守する】こと。超法規的機関である彼等なら、いまプレイン共和国で起こっている事を止めてくれます……! さあ、この事を早くブラックさん達にも教えてあげましょう!」
「は、はい!」
良かった、何がどう作用するのか俺にはよく解らないけど、これで世界協定が強制的に【工場】に介入できるって事なんだよな?
そしたらシディさんも解放されるし、マグナがもう追いかけられる事も無い。
俺を【機械】に組み込むって計画もめでたくおじゃんだ。
ギアルギンの企みは白日の下に曝されて、計画は頓挫するだろう。
良かった……外部から巨大な力が動けば、きっと事態は動く。
何より、世界協定にはシアンさんがいるのだ。俺達が……いや、自分の息子のように思っているブラックが関わっていると知れば、動いてくれるだろう。
そもそもこれ、黒曜の使者案件だしな……。
明日ラトテップさんがこの事を書面にして協定に送ると言うので、とりあえず今日の所はここまでにして、俺達は牢屋へと向かった。
はあ、これで事態が動くぞ。やっとブラック達も助けられる。
嬉しくなって、ニマニマと笑いながら牢屋へと落っこちる、いや降りると……今日もまたブラックが俺を誘うように檻から手を出して必死に振っていた。
今日は熊さんの手も出ている。お前ら本当仲良いな。
「つーかーさーくーん」
「つーかーさー」
「はいはい!」
相変わらずのしまらない声に、なんだかとても心が浮かれて一気に駆け寄る。
別々の檻で俺が移動して来るのを待つのが面倒だったのか、クロウはもうブラックの檻の中に入って来ていて、熊の姿で檻から鼻を突きだしていた。
「ツカサ、待ってたぞ。腹が減ったぞ」
「お前は土でも食ってろ。それよりツカサく~ん、良い子で待ってた僕にちゅーしてくれるよね? ねっ」
「……お前らって奴は本当にもう……」
なんか珍獣の檻を眺めている気分になって来た。
もしくは反省してない性犯罪者の檻。まあ、ある意味合ってるんだけども。
……じゃなくて。今日の俺は一味違うんだ!
ブラック達のペースに流されてヘッポコな会話をしている場合じゃない。
「ブラック、ちょっとだけ我慢して」
「ん? うん」
きょとんとしてその場に座るブラックに、俺は手を伸ばす。
そうして、ブラックの目を覆っている黒い金属の帯を両手で軽く掴むと――何度も深呼吸をして、心を整えた。
……大丈夫。何度も練習した。何度も試して、出来るようになったはずだ。
この術はきっと自分が「そうなる」と信じていないと成功しないに違いない。
だから……しっかりと、ブラックが解放されるイメージを作って…………――!
「この者を害する戒めを、永劫の檻に封じたまえ……【リオート】……!」
そう、俺が唱えた瞬間。
俺の手から肘まで一気に白くキラキラとした幾つもの蔦のような光が絡みつき、その蔦がブラックの目隠しにも一気に食指を伸ばした。
「っ……!?」
ブラックが何かを感じたのか、眉間に皺を寄せて思わず顔を緊張させる。
だが、それよりも先に、絡みついた白銀の蔦がぱきぱきと独特の音を立てて――――ブラックの目隠しを、氷で覆ってしまった。
「なっ……こ、氷の曜術だと……!?」
真横で見ていたクロウが、目を見開く。
だが、その驚きが収まらぬうちに、次の事象が発動していた。
「あっ……」
氷に覆われた目隠しが、ずれる。
そしてそれは――――音を立てて、ひとりでに床に落ちたのだ。
「やった……!!」
思わず声が出る。
ブラックは、そんな俺の声に反応したのか、自由になった眼をゆっくりと開いて
「……ツカサ君、相変わらず可愛い笑顔だね」
その菫色の綺麗な瞳を笑みに歪めると、そのまま俺を強引に抱き締めた。
→
※次から怒涛かも
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