異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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首都ディーロスフィア、黒曜の虜囚編

13.ただ泣いたままでは終われない1

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※なんか振り返り回みたいになってしまいました…進んでません…
 レッドにしなだれかかるのは次回になってしまいましたすみません
 そして遅れて申し訳ないです…_| ̄|○



 
 
   ◆



「…………すまなかった」

 俺を上着でくるんだままベッドに寝かせ、レッドは深く頭を下げる。
 その態度は心の底から俺に謝罪しているも同然だったが、けれども今の俺はそんな相手の謝罪を受け入れるほど落ち着けなくて、ただ無言で背を向けた。

 見たくない。レッドの顔なんか、見たくない。
 それが子供染みた感情だと解っていても、自分を止められなかった。
 だって、どうしようもなく、自分がみじめだったから。

 ブラックを殺そうとしている相手に縋りついて泣いて、こんな奴に助けを求める事しか出来なくて、そんな事をしてしまった自分が恥ずかしくて悔しくて。
 頑張ろうと決めた矢先にこんな風にくじけてしまう自分が、とても嫌だった。

 自分一人が辛いと思い込んで、全てを憎もうとしている。

 それが独りよがりな辛さだと理解しているのに、抑え込めない。
 もう色々と限界で、このままレッドの頭を見ていたら泣き喚きながら相手に乱暴を働いてしまいそうで、そんな自分が嫌で仕方なくて。だから、口を堅く閉じて自分の衝動を抑え込むので精いっぱいだった。

 周囲の何もかもが、自分を突き刺すナイフのように思える。
 耐えたいと、冷静にならなければと思っているのに、もう何も出来なかった。

 そんな俺に、レッドは暫くずっと頭を下げ続けていたが……辛くなったのか、体勢を変えたようだった。

「…………何か、俺にする事はないだろうか」
「…………」

 沈黙して背を向けたままの俺に、レッドは続けた。

「言葉は、なんの慰めにもならない。だから、何か有るなら言ってくれ。恨み言でも泣き言でもいい。なんでも、いいんだ」
「…………」
「俺が出来る事ならなんでもする。だから……」
「……すこし……一人で、かんがえ、させて」

 歪みそうになる声を必死でこらえて、かすれた言葉を絞り出す。
 俺の精一杯の強がりと理性に、背後のレッドは息を呑んだようだったが――

「解った。……今日は、ゆっくり休んでくれ。後の事は心配するな」

 その台詞と共に、何かが俺に近付いたが……途中で退しりぞいたようで、レッドは絨毯じゅうたんを強く踏む音を出しながら部屋を出て行った。
 何かを堪えるような足音とは裏腹に、俺を気遣ったように静かにドアを閉めて。

 …………情けない。

 嫌だ。こんな自分は嫌いだ、男じゃない、情けない、こんなの違う。俺は、こんな事をしている場合じゃないんだ。敵にいとも簡単に殺されかけて敵にさえ気を使わせて、挙句あげくの果てにそれを甘んじて受け入れているなんて……!!

「っ、う……うぅう……っ、ひっ、ぐ……っ、く、ぅ、うぅう゛う゛~~~……ッ!!」

 解っているのに。
 泣いちゃ駄目だって、自分でも解ってるのに。

 だけど、これ以上感情を抑える方法が思いつかなくて、俺はまた堪えていた涙をぼろぼろと流して、布団を被って泣き続けてしまった。



 ――――そうして、何時間ぐらい経ったのだろうか。

 誰もいない部屋で情けなく泣き続けた俺は、涙も枯れ果てていつの間にかベッドの中で眠りこけていた。
 色々とあって、意識が強制的にシャットダウンされてしまったらしい。

 前にもこんな事が有ったような気がするが、今は考える気になれなくて、俺はただのどの渇きを覚えてゆっくりと起き上がった。

「みず……」

 今の気力では、リオート・リングから物を出すだけの力が出ない。
 ふらふらとシーツから抜け出し、レッドの服を羽織ったままである事に気付いた俺は、その服を床に叩きつけようかと思ったが――俺の事を考えて一人にしてくれたレッドの事を思うと、何だか投げられず。俺は仕方なくベッドの上に投げ捨てると、クローゼットにぎっしり並べてある例の変態服に着替えた。

 恥ずかしい服ではあるが、立ったり軽く歩く程度では股間も尻も見えない服なので、普通にしていればコレでも問題ない。
 レッドには悪いけど、やっぱりレッドの服を羽織ってるのは嫌だったんだよ。

「……はぁ……」

 やっと着替え終わると、溜息を吐いて洗面所に向かう。

 自分でも足取りがふらふらしている事が解ったが、こればかりは仕方ない。
 ゾンビのように揺れながら洗面所に辿り着き、鏡に映る自分を見て俺は緩く笑った。ああ、なんて酷い顔だ。目は腫れてるし鼻も赤いし、そのまま寝たせいかほっぺは真っ赤だった。

「はは……まあ、そうなるわな……」

 笑って、それから……首を擦る。
 鏡の中に映し出された俺の首は……あれだけ強く締め付けられたというのに、今はもう薄らとギアルギンの指の跡が残る程度にまで治ってしまっていた。
 ……本当なら、今もまだくっきりと痕が付いているはずなのに。

「…………ほんとに、この能力って便利で忌々しいな……」

 ブラック達に知られなくて済むと思う反面、尋常では無い速度で自分の体を修復し始める訳の解らない能力に恐怖ともどかしさを覚える。
 やっぱり、こんなの変だ。おかしい。
 触っても痛みもまるで感じなくて、違和感ぐらいしかないなんて。

 今まで便利だなと思って来た能力ではあったが……ここまで異常な回復速度だと、本当に腕一本くらいは再生できてしまうんじゃないかと恐ろしくなる。

 いや、それならそれで本当にありがたい能力だと思うけどさ。
 だけど、それって……。

「まるで俺が、人間じゃないみたいじゃないか」

 ――――そう。
 そう思われるようになるのが、怖かった。

 ……だって、この世界でだって腕まで再生する事は難しいんだぞ。オーデル皇国で皇帝のヨアニスが腕を切り落とされた時だって、腕を再生させる方法は無くて、彼の腕を凍らせて時間を止めてから、やっと術でくっつけたんだ。
 その事を考えれば、この世界では欠損部位の再生なんて奇蹟は滅多に起こらないってのが一般的だって分かる。
 仮にその方法が有るとしても、絶対に薬や超常的な力が必要なはずだ。

 だからこそ……自力で生やしてしまいかねない自分の異様さが目立って。

 まるで、自分が化け物になったみたいで……恐ろしかった。

「今更、何にビビッてんだか……黒曜の使者が災厄の象徴だなんて、ずっと言われてきた事だったのに……」

 今まで忘れていた。……いや、みんなが「災厄なんかじゃない」って言ってくれて、はげましてくれていたから、俺は勝手にそうだと思い込んでいたんだ。
 ブラックも、クロウも、ラスターもシアンさんも……みんな、みんな優しいから。
 俺が怖がっているのを知って、そうじゃないって必死に励ましてくれたから。
 だから、俺は今まで自分の存在を疑わずにいられたんだ。でも。

「…………」

 水を出して、何度も、何度も何度も顔に冷たい飛沫をぶつける。
 感情的になった頭が冷めるまで、ちゃんと冷静さを取り戻せるまで、俺は何度も水を顔にぶつけ続けた。

「……っ……はぁっ、は…………」

 冷静になれ。冷静になったら、考えるんだ。
 辛いと嘆くだけなら誰にだってできる。引き籠るだけなら簡単だ。けど、今の俺はそうならないと誓ったはずだ。ブラック達を助けて、この場所から脱出するって決めたはずなんだ。……なら、もう、泣いている訳にはいかない。

 どんなに辛くても、まだ震えていても……考えなくちゃ、いけないんだ。

 ギアルギンの言葉の意味を。やっと相手から引き出せた……幾つかの言葉を。

「……俺は、役割を知らない……。だけど、ギアルギンは何故か俺の素性と、黒曜の使者の本来の役割を知っている。限られた人間しか知らない事実を」

 そこまでは理解出来る。
 確かに俺は、黒曜の使者としてこの世界に連れて来られただけで、使命や命令などは受けてはいない。黒曜の使者の事だって、解っているようで本当は一部の事しか知らないんだ。災厄の象徴と言われるようになった由来すら曖昧で、ただ、俺の前代らしい黒曜の使者は、神と敵対していた事しか知らなかった。

 ……神と黒曜の使者は異世界から来た存在で、二つの存在は昔争った。
 黒曜の使者は災厄で、現に俺はチート級のスキルである「全属性の曜気使い放題」という能力と「任意の相手にいずれかの曜気を渡す」というデタラメな能力を有していて、災厄と言われればそうとも言える火種をいくつも持っていた。

 だが、それはあくまでも俺の見た範囲の事であって、この世界にある情報の全てではない。つまり……俺は、黒曜の使者の存在意義すらも知らないのだ。
 古文書の殿堂であるアタラクシア遺跡にすら、あの程度の情報しか無かった。次に情報を得られる場所の見当もつかない俺は、確かに無知とも言える。

 だから、ギアルギンがそう言いきった事が、非常に引っかかったのだ。
 どうして、いまだ手がかりが掴めない「黒曜の使者」の全貌を知っているかのような口ぶりで話すのだろう……と。

「だとすると……どこかに、全てが分かる場所が有るのか……?」

 考えてみるが、答えが出せない。
 だがなんにせよ、今は置いておくべき問題だろう。答えの出ない事を延々と考えていても仕方がない。俺は仕切り直すと、ギアルギンの失言を今一度思い返してみた。

「あいつは俺に……いや、恐らく黒曜の使者に、何らかの憎悪を抱いているみたいだった。そしてそれは、鉱山での事は関係ない。あと……自分がコマだの人形だのと言ってたけど……あいつ、何をされたんだ……?」

 俺を【機械】の中に放り込んで殺してしまおうだなんて、正気の沙汰じゃない。
 まるで憎しみに支配された復讐者のようだったが……

「でも……あいつからは、何て言うか……あの時以外には殺気が感じられなかったんだよな……。機械の話だって、なんていうか……本当に、俺を『材料』として使いたいだけみたいな感じだったって言うか……」

 ――――……一体、ギアルギンの真意はどこにあって、何が目的なのか。

 何だか、アイツの目的が解らない限りは逃げられないような気がして来た。
 でも今の俺じゃギアルギンの事を知る事は出来ない。アイツは弱みを見せないし、人の命令も聞かないもんな…………

「いや、待てよ……。俺が首を絞められた時に、レッドに引き剥がされてもアイツはレッドに対して命令とかはしなかったよな……」

 約束で縛られているとは言ったが、そういえばギアルギンはレッドに対してだけは一定の敬意を払っていた。
 だとしたら……レッドに上手く取り入って、ギアルギンに関する情報を何か一つでも手に入れられれば……状況が変わるんじゃないか?

「…………だったら……やるしか、ないか」

 これだけはやりたくないと思っていた。だけど……殺されかけて、情けない醜態をレッドに見せてしまった今の自分には、もう守るプライドすらない。
 だったら、例えブラック達が悲しむとしても、二人を早く救えるのなら俺は……。

「……レッドに、本格的に、取り入る…………」

 言葉にしただけで、体に震えが走る。
 だが、鏡の向こう側の俺は……険しい顔で、ぎこちなく笑い続けていた。










 
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