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首都ディーロスフィア、黒曜の虜囚編
9.恐怖を凌駕する唯一の存在
しおりを挟むラトテップさんは、俺が道を間違えないようにする為に、比較的安全にブラック達の居る所へ行ける道を教えてくれた。
その道とは……なんと、俺には既にお馴染みの換気ダクトだった。
アドニスが管理していたホロロゲイオンという黒い塔でもそうだったが、この世界の換気ダクトはわりとデカい。ラトテップさんの話では、煙突を基礎に考えて内部を人が清掃出来るように作られているので、これほどデカいんだそうだ。
俺の世界とは勝手が違うので利便に関しては何とも言えないが、今はそんな奇妙な抜け道もありがたい。基本的に汚れてるらしいから、誰も入らないみたいだし。
幸いと言うか悲しいかなと言うか、俺は下半身すっぽんぽんで手袋もなにもないので、汚れても洗面所で洗えば済む話なのでいいんだけどね。
と言うワケで、今回はアニマパイプのある部屋……の隣にある小部屋の天井から、ダクトに侵入する事にした。もちろん入り口はネジで止めてあったけど、ラトテップさんは用意周到にネジを外す工具も持って来ていたから問題ない。
ダクトの方も、今回は歩いてもぐわんぐわん言わない素材(鉄板かなにか?)なので、遠慮なく歩を進める事にした。
しばらく真っ直ぐで、そして三叉路を傾斜のついている方へ曲がる。
帰りは傾斜で焦るかも知れないとの事で、ラトテップさんがロープを降りた先まで垂らしておいてくれた。これで、俺一人でもすぐに登って帰れる。
本当に色々と考えてくれてるんだなと感動しつつ、転がり落ちないように慎重に下って行くと……左右にダクトが伸びている突き当りが見えてきた。
「左が少し汚れているのが見えますか」
小声でそう言われて、だんだんと近付いて来る突き当りを見やると、確かに左の方には少しホコリや蜘蛛の巣がかかっている。
「なにか違いが……?」
「あちらは外に近いという事です。このダクトには、定期的に煙などが流れるので、自然の動物はここに巣を作ろうとは思わないんです。なので、牢屋は右になります。排気の時には、左側には自動的に扉が出てきて締まるので、注意して下さいね」
どういう作りなのかはよく解らないけど、とりあえず嫌な空気は牢屋側に流れるって事なんだろうか……何と言うむごい作りを……。
「ラトテップさん、最近煙が出た事ありましたか……?」
「いえ、計画は随分と進んでますからね。この区画からの有害な煙はもう出ていないと思います。だから、ブラックさん達は無事ですよ」
「あっ…………は、はい……」
俺の気持ちを見透したように笑う相手に、何だか異様に恥ずかしくなる。
だけど、ラトテップさんは顔の温度を上げる俺を弄ることはせず、行きましょうとだけ言ってくれた。うう、ありがたい……。
最初はなんだか底の知れない人で近寄りがたかったけど、なんだかんだ俺達の事を気遣ってくれて本当に良い人だな、ラトテップさん。そういえば、出会った獣人はみんな良い人達だったし、俺ってばもしかして獣人との縁に恵まれるスキルでもあるんだろうか。だったら嬉しいなあ。
ラトテップさんと一緒に右の方へと曲がり、少し歩いて行くと……少し先に、編み格子が等間隔に嵌っている床が見えてきた。
どうやらこの格子の並ぶ先に、が牢屋があるようだ。
「ここからは、より静かに……。牢屋のある部屋の格子は一番奥です。その他は詰所や武器庫、なんにせよ兵士が居ます。くれぐれも大きな音を立てないように」
念押しで注意されて、俺はしっかり頷く。
ブラックとクロウに会う前におじゃんにして堪るかってんだ。
殊更気合を入れて、俺は慎重にラトテップさんの後を付いて行った。
――確かに、格子の下はラトテップさんの言うように、声を抑えなければいけない場所だ。消灯されてはいるが武器庫には緑色の予備灯が灯り、詰所はというと蝋燭の緩い明かりだけをつけていて、明らかに人の気配がする。
もしかしたら仮眠しているのかも知れないが、相手が見えない所に居るので、寝息を立てているのか息を潜めているのかの判断が付かない。
牢屋の前には詰所が有る、というのはよく見るパターンだ。しかし実際にその光景を見ると、脱出する事が難しいように思えて来て、暗澹たる気持ちになる。
しかし、俺達には幸いにもこの換気ダクトという抜け道があるのだ。
いざとなれば、外に出られる。希望はあるんだ。
その事が、俺の心をいくぶんか楽にしてくれるようだった。
「…………」
どんどん、牢屋の格子が近付いて来る。
それだけで異様にドキドキしてきて、胸が痛くて、嫌な事を考えそうになる自分の弱い心が騒ぎ立てた。そんな事は無いと信じているのに、ブラック達のむごい姿を見たら自分でもどうなるか解らなくて。とても、怖かった。
見つけた時の事など考えたくなくて、その光景を想像できないくらいに。
だけど、俺達はもう格子の場所へと辿り着いてしまった。
「…………」
ラトテップさんが、ちょいちょいと格子の周囲を指す。
牢屋の編み格子だけはダクトの内側からネジが止められており、囚人達がここから抜け出す事など出来ないように作られていた。
こんな所ばっかり器用に作りやがってと思う俺の前で、ラトテップさんが数本あるネジをじっくりと外していく。俺は、それを息を殺して待った。
…………知りたい、早く。ブラック達が、どうしてるのか。
でも、知るのが怖い。大事な人が傷付いているところなんて見たくなかった。
怖い。どうしよう。
どうしよう……もし、二人が…………
「外しますよ」
とても小さな声で、ラトテップさんが言う。
そして、慣れた手つきで格子を外して……そっと、置いた。
格子が外れた入口は本当に狭くて、俺やラトテップさんは辛うじて抜けられるが、ブラック達はここから出る事が出来そうにない。
ラトテップさんが、下を確かめて俺を呼ぶ。
どうやら、俺を先に降ろしてくれるらしい。……まあ、下から抑えて貰うより、上から吊り下げて降ろして貰った方が確実か……。
……怖いけど、ブラック達に会いたい。
傷付いてたらと思うと震えたけど、でも、それじゃ駄目なんだ。
あいつらを治せる人間が居るとしたら、それは俺しかいない。だから、ただ震えている訳にはいかなかった。
「…………」
行きます、と小さく頷いて、俺はラトテップさんに脇を支えて貰いながら足をゆっくりと下へ降ろす。そうして、今度は手を固定して貰い、上半身をダクトから出して宙ぶらりんになった状態で周囲を確認した。
――薄暗い……牢屋。
ここにもやはりあの緑色の予備灯がぽつぽつと付いている。外からの明かりが無いことから、やはりここも地下なのだと解った。
視界の片方は壁で、片方には……鉄の格子が並んでいる。
注意して地面に降り立ち、俺はすぐ横にある牢屋を確認したが……そこには、何も無かった。というか、使われていないようだった。
思わず動揺が更に強くなるが、頭を振って必死に耐える。
まだだ。ここには確実に人の気配がする。誰かがここで、息を潜めているんだ。
それは間違いなく…………。
「…………っ」
次の牢屋を確かめようと、足が早足になる。
一番端から牢屋を一個ずつ確かめ、荒くなってしまいそうになる息を、喉を締めて必死に堪えながら、音を立てないようにとだけ気を付けて牢屋を確かめた。
いない。ここにも居ない。ここも、ここも居ない。
残りの牢屋の数が少なくなる。不安になってくる。
まさかブラック達はいないんじゃないか。何か悪い事が起きたんじゃないかと。
俺が感じている人の気配はただの妄想で、本当は、誰もいなくて……ブラック達はもう、どうかされてしまったんじゃないかと、有り得ない恐怖が襲ってきた。
そんなわけ、ないのに。
アイツらがそんな弱い訳がないのに。
だけど、もう、耐え切れなくて。
じりじりと焼け始めた喉で嗚咽と呻きを漏らしそうになりながら、水に溺れた時のように詰まる鼻と視界が歪み始める目で、必死に、次の檻に手を掛けた。
と、同時――――――
「――――……ッ!!」
檻を握り締める自分の手を、誰かが握った。
「っ、ぁ……!」
そのまま引き寄せられて、情けない、泣きそうな声が漏れる。
だけど声を抑える事も、その勢いに抗う事も出来ず、俺は檻の中へと手を引かれてそのまま肩を檻にぶつけた。でも、そんなこと、どうでも良かった。
手を解放されて、今度は武骨で骨ばった皮の分厚い両手で、顔を檻の間に引き寄せられる。そうして、檻の隙間に顔を押し付けられて――
「はっ……っ、んぅ……っ!」
濃い髭の感触を感じる“誰か”に……俺は、強引に口付けをされた。
「んっ、ぅ……っ! っ、はっ……んぅ……っ」
嗚咽がもう堪え切れなくなって、唇を合わせている最中なのに体が動いてしまう。こんな所で泣いている場合じゃないのに、我慢出来なくて、俺は涙と鼻水でべちゃべちゃになった顔で、それでも相手からのキスを受け続けた。
何度も、何度も何度も角度を変えて施される、頭がぐらぐらするほどのキスを。
「ツカサ君……っ、は……はぁ……っ……つかさ、くん……っ」
だって、俺は、触れられた時から気付いていたから。
キスを何度もしてくれた相手が――――
俺の、大切な…………恋人、だって。
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