異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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首都ディーロスフィア、黒曜の虜囚編

7.心にひびが入る前に

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 この謎の施設に閉じ込められてから、四日が経過した。

 初日は何とか乗り切った俺だったが、二日ふつか三日みっかと日を重ねるにつれて段々と精神が削られて行き、今の状態はというと、もう一ミリも動きたくないという有様になってしまっていた。

 一日だけなら耐え切れたことも、連日続くと流石に心が荒んでいく。
 いずれ慣れると思っていた恥ずかしい恰好での身体テストも、二日目からは兵士と組まされ、わざと激しくて服がはだけそうになるような運動を強いられて、羞恥と疲弊ひへいを同時に味わわされた。その後にお決まりのように壁拘束で暴行を受けるのだから、精神体力ともにたまったものではない。

 最初は我慢出来ると思っていた俺も、周囲が敵だらけの中で強烈な視線を向けられながら、裸と同じくらい恥ずかしい恰好で色々やらされると、どうしても気持ちが不安定になって来て、今はもうひたすら明日が来ないように祈るぐらい、虚弱になってしまっていた。

 だけど、それも仕方のない事だと思う。だって。

「……もう、やだ……。恥ずかしくて、もう我慢できなくなるかと思った……」

 涙声でベッドにもぐるが、体の震えが治まらない。
 そう。それくらい、俺はもう――――兵士達の視線に、耐え切れなくなっていた。

 ……初日は「ああ、俺を追い詰める為に凝視しろと命令されているんだな」と許容していた兵士達の視線だったが、日を追うごとに、その視線が命令ではなく、本当に俺の体に関心が有る視線だと解って来てしまった。
 最初は自意識過剰だと思ってたのに、そうとも言えなくなってきたのだ。

 何故なら、兵士と組まされ、背中をくっつけ交互に背に乗せる【かつぎ合い】という体操をさせられている時に、彼らの様子が異常だと気付いてしまったから。

 近い場所で凝視されるのはいつもの事だったけど……あいつら、日を追うごとに、俺にやけに近くなってきて……その……【担ぎ合い】の時なんか、俺が担がれてギリギリで隠れていた股間が見えそうになってる時に、そ、そこを、覗きこんで……。

 …………命令だから、演技でやってるんだなと思ってた。でも、その、何度目かの時に……担ぎ上げられて浮いた俺の足を兵士の一人が掴んで、軽く広げて、競うように股間を覗きこんで来るなんて、異常だ。おかしいよ、あんなの。

 それに、冷めた目で見てるなら俺もまだ「ああ、命令なんだ」って納得出来たのに、あいつら、目を見開いて息を荒くして嬉しそうにのぞいて来て……。
 特に、俺の足を掴んだ兵士の手は、凄く汗ばんでいて、何度も俺の太腿をぎゅうぎゅう揉むように動かしてたんだぞ。演技にしたってやり過ぎてる。

 嫌だって、見ないでって言ったのに、あいつら、俺が懇願するたびに目を見開いて興奮したまま笑って、俺を追い詰めるように更に見つめて来たんだぞ。
 いくら命令だからって、そんな顔で笑うなんて……。

「…………ぅう……」

 思い出すだけで、怖くなる。

 あの荒い息と血走った眼は、忘れられない。
 兵士達のあの顔は、間違いなく、興奮している表情だった。
 俺が見間違えるはずがない。だって、ブラックとクロウが俺に対して欲情した時は、いつもあんな顔になってたんだから。

 アレが興奮している顔だと解らなかったら、俺だってまだ我慢出来たのに。もう知ってしまったら、耐えられない。
 性的な意図を盛って凝視されてるのだと思ってしまえば、もう今までのように己を騙して冷静になる事なんて出来なかった。

 ……ギアルギンは、俺を触る指示を日を追うごとにエスカレートさせている。
 兵士達も、今は命令の範囲内でギリギリ抑えているが、昨日の“足を広げて凝視する”行為は明らかに範囲外の行動だった。
 次にアイツが指示を変えたら、何をされるか解らない。

 あの“運動”は、恐らく俺の身体能力のテストだけではなく、禁欲的な場所で勤務している兵士達を煽り、俺に対して興味を抱かせる目的も有ったんだろう。
 でなければ、警備の為だとは言え兵士を五六人も用意する訳がない。

 俺はこの世界では「メス」だ。そう認識されている以上、彼等にとっては俺もまた女性と同じ性欲の対象だった。

 男なら、興味が無かった女性でも、ふと色気を感じたりすれば気になってしまう物だ。強制的に禁欲させられている状況なら、尚更そのぐらつきは大きくなるだろう。
 我慢出来ないほどムラムラしていたら、どんな物ででもヌけてしまうのだ。そんな衝動のせいで、彼等は俺にも劣情を抱けたに違いない。
 ギアルギンは、わざと俺の痴態を見せる事で、彼らの性欲を上手く煽ったのだ。

 そして、アイツは俺がそれに気付くのを解っていて、待っている。
 ……俺が、「犯されたくない、助けて」と懇願するのを。

 あるいは、俺が犯されて戦意を喪失するのを待っているのかも知れない。
 そう考えると、自分でも怖くなるくらい体が震えて冷たくなった。

「……どう、しよう……」

 情けない小さな声を吐き出して、体を抱き締める。
 自意識過剰と言うのならまだよかった。だけど、もう誤魔化しきれない。
 あの汗ばんだ手は本物だった。足に触れた熱くて荒い息も、血走った複数の視線も……全部、生々しい現実だった。

 自分が犯される対象なのだと分かると、今までの羞恥とは比べ物にならない感覚と恐怖が襲い掛かってくる。逃げる事も出来ない今の状況では、抵抗も出来ない。今度ギアルギンが「犯せ」と命じれば、どうなるか解らない。
 彼らが嫌々やっているとしても、命令は絶対だろう。

 何をしたいのかは未だに解らないが……俺の心を折るつもりなら、アイツは絶対にレイプを強要するはずだ。この数日で、俺が「痛み」と「羞恥」のどちらに反応するかを見ていたのだから、俺の苦手な物なんてもうバレてしまっている。
 だとすると……もう、猶予は無かった。

「…………」

 早く。早く、ここを逃げ出して、ブラックとクロウを助けに行かないと。
 二人に早く、会いに行かないと。そうでないと……壊れてしまうかもしれない。
 なにもかもが。

「…………っ! だ、だめだ……だめだこんなの……何も解決しない、情報を集めなきゃいけないのに、こんな事くらいで……」

 だけど、体が動かない。ベッドの中で掛布団を被って震える事が精一杯で、今の俺は自分の体すら満足に支配できなかった。
 情けない。情けないよ。
 こんな事くらいで、犯されるかも知れないってぐらいで、こうなるなんて。

 ブラックやクロウじゃない、触れて欲しいと思った人じゃない奴らに蹂躙される事を想像するのが、こんなに辛いなんて……思わなかった…………。

「――――――……」

 扉の向こうで、また鉄扉が動く音がする。
 だけど、布団の中から顔が出せなくて、ドアが開いて誰かが部屋に入って来ても、俺はただ丸まっているしかない。そんな俺に、来訪者は話しかけて来た。

「あ……。だ、大丈夫か。ツカサ……」

 レッドだ。
 ……今は、話したくない。顔も見たくない。

 顔を見てしまったら喚き散らしそうで、そんなみっともない事は出来なくて、返事する事が出来なかった。……相手が本気で心配している事は、解っているのに。

「ツカサ、その……元気を出せ。……いや、俺が言っても気休めにもならない事は解っている。だが…………」
「………………」
「……そ、そうだ。ツカサ、ほら。お前の服を持って来てやったぞ! 調べても何の変哲もない服だったから、返して貰ったんだ。着ることは出来ないが、せめて近くに有れば慰めになるかと思って……。あと、お前の装飾品も!」
「…………ぜん、ぶ……?」

 自分でも思って見ない程の掠れた声で、返してしまう。
 恥ずかしいとすぐに口を噤んだが、布の向こうの相手は解りやすく喜んだようで、弾む声でそうだと声を上げて来た。

「ああ全部だ! ほら、この……腕輪? も、ちゃんと持って来たぞ。それに、お前が服の中に入れてたハンカチも……」
「う……」

 そう言えば、ブラックがよく食べ物零すし泣いたりするから、バッグから取り出すのが面倒臭いって思ってポケットに入れてたんだっけ……。
 ……ブラックの、ために……。

「ああ、やっと顔を見せてくれたか、ツカサ」
「…………」

 気付けば、俺は布団にくるまったまま起き上がっていた。
 レッドの事は見ていられなくて目を逸らしていたけど、でも……ベッドの脇にある机に確かに俺の服やハンカチが有るのを見て、少しだけ震えが治まった。

「大丈夫か?」
「……うん……って、言いたけど……あんまり……」
「そう、か……」
「ごめん……今日はあんまり話したくないんだ。もう、寝て良いかな……」

 顔を見ずにそう言うと、レッドは視界の端で大きく動揺したようだったが……俺の事を考えてくれたのか、解ったと言ってそのまま部屋を出て行ってくれた。
 …………本当に、嫌になる。

 邪険にしてるのに、俺がレッドに対して酷い態度を取っていると解っているだろうに、それでもレッドは俺を気にかけて優しく接しようとしてくれている。
 それが余計に辛くて、敵である相手に縋って罪悪感を覚える事しか出来ない自分が情けなくて、気付いたら俺は涙を流していた。

「っ、う……うぅ……っ」

 どうしようもない衝動に、思わず手がハンカチを取る。
 だけどどうしてもそのハンカチでは涙をぬぐえなくて、俺はただハンカチを握り締めて、背中を丸めて泣く事しか出来なかった。



   ◆



 ――――結局、俺はそのまましばらく泣き続けて、最後の気力も使い果たし眠ってしまった。

 ブラックとクロウを探すために動かなければならなかったのに、あんな事で体力がゼロになってしまうなんて本当に情けない。

 ここに来てから、情けない事ばかりだ。自分一人ではこんなに無力なのだと思うと、その事も有って悔しさや焦燥で顔が熱くなった。
 恥ずかしいという感情は、何も性的な脅威にさらされた時にのみ起こる訳ではない。自分の不甲斐なさが露呈ろていした時も、強烈な勢いで襲ってくるものなのだ。

 だけど、そうやって自分の行動を冷静に恥じる事が出来たのは……レッドが持って来てくれた、あのハンカチのお蔭だった。
 ……あれが、あれだけが、ブラックの面影をはっきりと思い出させてくれるで。だから、冷静になって……寝ちゃったんだと思う。

 そのせいで、俺は――――

 今、非常にヤバいタイミングで目覚めてしまった訳で。

「……? ……!?」

 部屋は暗い。どうやら誰かが明かりを消したらしい。
 俺はベッドに横たわっていて、扉に背を向けていた。
 だが……誰かの、気配がする。

 明らかに他人の、忍び足で絨毯を踏んで近付いて来る……誰かの、気配が。

 ……なんだろう。誰だ。
 レッドならこんな風に近付いて来ないはず。ギアルギンが兵士を送り込んだのなら、尚更なおさらコソコソと動かなくていいはずだ。
 だったら、誰だ。これは、誰なんだ。

 目が覚めて早々とんでもない事になっている状況に冷や汗を垂らす。
 そんな俺に、足音は近付いて来て――――ぼそりと、小声を漏らした。

「起きてますね、ツカサさん」

 …………え?

 待って。この、声って…………。

「まさか、その声…………」

 暗闇の中で、ゆっくりと背中の方を振り返る。
 するとそこには――思っても見ない相手が立っていた。

「すぐにお会いできなくてすみませんね。怖かったでしょう? ……ここに忍び込むのに、ずいぶんと時間が掛かってしまいまして」
「あ、ぃや…………」

 そうじゃなくて。
 どうして。

 どうして――――ラトテップさんが、ここにいるんだ……!?










 
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