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遺跡村ティーヴァ、白鏐の賢者と炎禍の業編
20.彼は何処に行ったのか
しおりを挟む薄暗い通路を抜け、あの大通りを越える。
細い路地のような通路に入り幾度か分かれ道を通った先に、俺達が事前に確認しておいた脱出口がひっそりと口を開けていた。
この脱出口は通路の途中に開いており、元々は遺跡内の煙などを逃がすための換気口として使われていたようだ。
しかし、やはり掃除などは人力だったのか、人一人が四つん這いで入れる程度には広くて、体格が大きいブラックやクロウも一生懸命に身を縮めてどうにか通り抜ける事が出来た。
……その際、俺のすぐ後ろのブラックが、四つん這いの俺の尻にハァハァと荒い息を吹きかけていたが、今回は何も聞かなかったし感じなかった事にする。
俺、確か何度かこういう通路を通った覚えがあるんだが、なんで後ろのオッサンは毎回毎回こういうセクハラをするんですかね……。
頼むから、シリアスならシリアスらしくして欲しい……まあ良いけどさぁ。
「っ……はぁ……」
長い長い通路を四つん這いで進み、少し上に曲がった通路の出口から頭を出す。
すると、呼吸をする鼻の奥がつんと冷たくなるほどの空気と、砂混じりの風がすぐに頬にぶち当たってきた。やっぱり夜の野外は寒いな……。
空気が淀みがちな遺跡でも、実はそれなりに温かかったらしい。
住処を出るような切ない気持ちで上半身を穴から出すと、マグナが手を差し出してくれた。まだ穴の中の太腿を揉んでくる手が鬱陶しかったので、一気に出る。
マジであいつ一発殴ってやろうか本当に……。俺のさっきのドキドキ返せ!!
「ツカサ、怪我は無いか」
「うん、大丈夫。マグナは?」
「少し膝が痛かったが、まあ大丈夫だ」
ああ、そうだろうな……マグナ足長いっていうか膝下が長いイケメン体型だし、さっき俺の前を四つん這いで進んでいた時も、その足の長さ分俺とはちょっと距離があったもんな……ふ、ふふ……。
なんでこの世界の奴らって尽く膝下が長いんだろう……いじめかな……。
「ツカサ君たら出るのが速いよぉ……もう少しゆっくり出てもよかったのに」
「うるさいお前も早く出ろ、クロウが可哀想だろ」
いつまで中年の尻を向けるつもりだと睨むと、ブラックは口を尖らせて「ちぇー」とか言いつつ穴から抜け出した。その後からクロウもぬっと穴から這い出る。なんとなくげっそりしているような気がするが、たぶん間近にブラックが居たからだろう。クロウ、あんまりブラックのにおい好きじゃないみたいだしな。
もしかしたらオッサンのケツにうんざりしてたのかもしれんが。
こんな事なら俺がブラックとクロウの間に入ればよかっただろうかと思っていると、クロウは首を回してコキコキと肩を鳴らしつつ、穴をじっと見つめた。
「よし……では、この穴を塞ぐぞ。ツカサ、手を貸してくれ」
「あ、そうだったな」
手早く済まそうと思い、俺はクロウに近寄る。
兵士達が遺跡の中を通って追跡して来たら困るので、土の曜術で穴を塞いでおく必要があるんだよな。だもんで、塞ぐためにも俺の協力が居るってわけだ。
本当は、クロウの力だけでもある程度は穴を塞げるらしいんだけど、前にも言ったように土の曜気は大地を常に流動していて捉えにくく、そのため土の曜気を集めるのにも苦労する。そのうえ、頑張って曜術で穴を埋めても曜気がすぐ逃げちゃうせいで、生めた土はスコップで掘れちゃうくらい柔らかいままなんだって。
そんなんだから、他の曜術ですぐに掘り返されて突破されてしまうらしく……本来なら、土の曜術で穴を埋めるのは相当な悪手なんだそうな。
「土の曜術より自分の手を使え」というのが定説らしい。
余談だが、海でクロウが出してた尖塔も、クロウの力をもってしても十秒程度しか持たないんだそうな。どうしても曜気が大地に逃げて崩れちゃうんだと。
だから、土の曜術は基本的に馬鹿にされがちなのだが……しかし待ってほしい。
逆に言えば、曜気を凝縮させれば強固なバリケードが出来るって事だろう?
そこで、“黒曜の使者”である俺の出番って訳だよ。
フォキス村の地下遺跡でもそうだったけど、穴をしっかりと塞げるだけの土の曜気を集めるには、俺の黒曜の使者の能力が必要不可欠だ。
強固な土の壁を作るには、膨大な量の曜気が要るからな。普通じゃ無理だ。
なので、俺はクロウに曜気を供給してやらねばならないのである。
まあ、クロウ一人で土の曜気を充分に集められるなら、こんな事しなくても良いんだけどね。だって、クロウは土の曜術師の中でもかなりの使い手みたいだし。
うーん……そう考えると、やっぱり土の曜術師って不遇職だなあ……。
慢性的な曜気不足さえなければ、前衛でも後衛でもやっていけるのに。
「ツカサ、手を」
「ほいよ」
今回は時間が無いので、手早く握手で済ませる。
クロウの浅黒く広い掌だと、手を握ってるんだか手を掴まれてるんだかと言う感じになってしまうが、皮が厚くて固い男らしい手の感触は嫌いじゃない。
それに……実はクロウの手の平とか指先って、肉球が変化しきれてないのか、ちょっとぷにっとしてて気持ち良いし……。
「にしても……どうしてアイツが色々な情報を知ってたんだろうか」
クロウが【エデュケイト】という術で土を操り脱出口にぎゅうぎゅう詰めている間、手持無沙汰だったブラックがぽつりと呟く。
その言葉に、マグナも思わしげな顔で頷いた。
「確かに解せんな。俺も、レッドという奴は知らん。それに……ツカサの話を聞く所によると、そのレッドと言う若い男は、お前達と面識がある商人の格好をしていたのだろう? 一介の商人の服で変装していたというのもおかしいが、そのネズミの獣人である商人も解せん」
顎に手を当てて考えるマグナの隣で、エネさんが言葉を継ぐ。
「普通、プレイン共和国の旅商人は必ず一人は用心棒を連れていますが、しかしその用心棒が入れ替わるという事は滅多に有りません。用心棒は契約によって縛られ、契約の期間中は絶対的な服従を強いられているはずです。それに、強い用心棒なら契約を破棄する理由も見つかりません。こんな僻地で用心棒を変えると言うのも通常なら有りえない事です」
「そうなの?」
クロウの隣で俺が聞き返すと、その質問にはマグナが答えてくれた。
「用心棒は、言ってみれば“守護獣”と同じ扱いだ。契約によって縛られて、【隷属の首輪】を付けられるモンスターとな……。用心棒も契約の時に首に枷を付けられる。それは、契約者に危害を加えた場合にのみ発動するように出来ているんだ。だから、まず危険はなく、契約が終わるまで手放す事は有りえないんだ。……首輪は使い捨てだから、一つ分を損する事になるしな。商人が高価な物をどぶに捨てる訳はない」
あ……俺には関係ない事だからすっかり忘れてたけど、そういえばこの世界の召喚獣は【守護獣】と言って、契約で縛られてるのが普通なんだっけ……。
【守護獣】は俺とロクショウ達とは違い、まずモンスターを戦って倒す事で彼らを屈服させ、【召喚珠】という服従の証をもぎ取るらしい。
直接倒したり交渉したりしてモンスターと契約を結んだ人間は、その【召喚珠】でモンスターを召喚する訳だが……時々、珠を渡しても反抗的だったり、討伐者以外に譲渡されたりして相手先を襲ったりしてしまうモンスターもいるという。
故に、そんな場合に備え、厳正な審査のもと使役者に渡される【隷属の首輪】を使って、使役者はモンスター達を強制的に従わせる事も有るらしいのだが……。
「まさか、人に使うなんて……」
そんなの、クロウや御付の獣人達に嵌められた、あの特殊な【隷属の首輪】と同じじゃないか。
思わずクロウの手を強く握ると、マグナは少し慌てたように俺に手を振った。
「あ、違うぞ。その【契約の枷】を使うのはあくまでも両者合意の上で、襲われた時以外に発動する仕掛けは無い。純粋な奴隷とは違うからな」
「う……うん……」
慌てるマグナってちょっと珍しいな。
あれか、その【契約の枷】も曜具だから、悪く思われたくなかったんだろうか?
まあそりゃそうだよな……あの首輪と同じにされたら、作った人も可哀想だし。
「しかし、だとすると余計におかしいじゃないか。アイツがラトテップとかいう商人の用心棒にすり替わってたのなら、あのマント男は何処に行ったんだい? そもそも、アイツはいつから商人と一緒に居たんだ」
誰も答えられない問いと解っていながらも、ブラックは難しげな顔をして言う。
それは自問自答に近いものだとその場の誰もが理解していたが、しかしエネさんは余程ブラックに毒舌を吐きたいのか、またもや果敢に突っかかって行った。
「御大層な能力を持っているのに、相手の気配一つ分からなかったんですか? 貴方たしか広範囲の【索敵】と詳細な【査術】を使えるんじゃありませんでしたか」
胡乱な目で見やるエネさんに、ブラックはギリギリと歯軋りしながら返す。
「ええい煩いな! あのマント、なんか全部の“気の付加術”を弾くんだよ!! 僕だってこの村に来た時に色々探ってみたけど、あいつらがいる事なんてまるで解んなかったんだ! だから油断したって言ったろう!」
「それでツカサ様をむざむざ奪われていたら、万死に値する失態でしたね。切腹するハメにならずに良かったではないですか。相手の間抜けさに感謝して私に土下座して下さい」
「お前にやってどうすんだあああああ!!」
ああもう何やってんだか……。
頭が痛くなって額に手を当てるが、しかしブラックの今の言葉で俺は更に言い知れぬ不安を感じてしまい、余計に寒気に襲われてしまった。
……だって、ブラックの【索敵】にすら引っかからなかったって事は……レッドが今どこに居て、どう出て来るかすら俺達には解らないって事だろう?
ブラックの口ぶりでは気配すら感じられなかったみたいだし……だとすると、本当にヤバい事になる。あのマントで背後に回り込まれたら終わりだ。
思わず震えた俺だったが……クロウが俺の手をぎゅっと強く握って、自分の方へと振り向かせるように引っ張ってきた。
「あっ……」
その勢いにつられてクロウの方を向くと、相手は橙色の綺麗な瞳で俺を見つめて、いつもの無表情な顔にどこか強気な雰囲気を纏いながら力強く頷いた。
「ツカサ、大丈夫だ。オレとブラックが必ず守るぞ。だから、ずっと一緒にいろ」
「クロウ……」
もう穴を埋め終わったのか立ち上がり、真っ直ぐな目で俺を見下ろしてくる。
いつも通りのクロウの様子を見上げていると、なんだか俺も少し落ち着いて来て、軽く微笑んで小さく頷いた。
「うん。……離れないように、二人と一緒に居るよ」
どのみち、俺に出来る事は少ない。
だからせめて、二人の傍に居てブラック達の不安を失くしたかった。
二人が、俺を安心させてくれたように。
「おいコラ駄熊、ツカサ君から離れろ! ツカサ君こっちおいで~」
ああ、いい雰囲気になるとすぐブラックが不機嫌になる……。
ブラックよ、どうしてお前は「良い話だなあ」じゃなくてそうなるんだ。今の会話は“仲間同士の絆”みたいな感じのいい雰囲気だったじゃんか……。
「ム。ここで離したら心配だろう。オレが連れて行くぞ。ツカサ、行こう」
「あ、う、うう」
クロウに手を引かれて、どんどん怒りゲージが溜まって行くブラックの方へと歩き出す。もう絶対喧嘩になるなと俺が涙をだばだば流していると、エネさんがこの場の空気を換えようと話を切り出した。
「とにかく……。用心棒が入れ替わったのも謎ですが、兵士達の情報をかのお方が知っているのは解せませんね。もし“導きの鍵の一族”がこの件に関わっているとしたら、シアン様に報告せねば……」
と、エネさんが次の言葉を継ごうとしたと同時。
「お前達はいつも間違える……。まったく、愚か者は度し難い」
冷たい、喉を引き絞るような怒りを含んだ声が――――真正面から、聞こえた。
「――――!?」
全員が、声の方を咄嗟に振り向く。
そこに、居たのは――――
「こうなる事は望んでいなかったんだがな……」
片手に剣を握り、もう片方の手に赤々と燃える火球を灯した……レッドだった。
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