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遺跡村ティーヴァ、白鏐の賢者と炎禍の業編
15.君がいるから
しおりを挟む危機が迫っているとなれば、うかうかしてはいられない。
俺達はその日の内に村の協力者(国に反感を持つ人達&色情教の隠れ教徒一同)に連絡し、出来るだけ周囲を警戒して貰う事にして、とりあえず一夜を明かした。
行動は早い方が良いと言うものの、シディさんの言う「使者」が到着しない事にはどうしたら良いのかも決められない。重要な情報を持ってるかも知れないしなぁ。
しかし最悪の事態を考え、俺達は逃げ道だけはしっかり確認しておく事にした。
マグナが言うには、この遺跡には風呂屋と酒場に通じる出入り口の他に、あと三つほど脱出口が作ってあり、その内の一つは森の中、一つは少し離れた荒野のど真ん中に出るようになっているらしい。最悪の場合この穴から脱出すると言う事で、今回は後者の脱出口を使う予行演習を行った。
村に近い森に出ても、ティーヴァ村の人達に迷惑が掛かるだけだしな。
あ、因みにもう一つの脱出口は、裏街道の近くに出るらしい。
逃げるなら、やっぱそっちは使えないよな。
……と言う訳で、敵に見つかった時の事を打ち合わせした俺達だったが……遅めの朝食を酒場に取りに行った所、親父さんから「ついさっき使者が到着した」との報告を聞いて、覚悟する暇も無く使者と対面する事になってしまった。ま、まあ、早い方が良いとは思ったけどさ……。
だけど、どんな人が来るんだろう、と思っていると。
「遅くなって大変申し訳ありません。駄馬と下手な運転の御者に見切りをつけるのが遅れて、このような中途半端な時間になってしまいました」
そう言いながら白い外套を脱ぎつつやって来たのは……金髪巨乳の毒舌エルフ。
世界協定からの使者と言うからもしかしてとは思っていたが、やはり彼女……エネさんだったか。となると……。
「まぁたお前か……」
「その言葉、そっくりお返しします。貴方こそまだツカサ様に愛想を尽かされてないとは驚きました。てっきり、もう野垂れ死んだものかと……」
「うるさいな贅肉胸部ババア。お前こそ無残に野垂れ死にさせてやろうか」
「そちらこそ、加齢臭極まる体を捨ててさっさと来世にでも旅立ったらいかがです。出来ないなら私が介錯してあげますから、ツカサ様の将来の為に死んで下さい」
「ぎぃいいいいいこんのクソ長耳ぃいいいいい」
あーあーまたこうなる……。
ブラックに抱き着いてどうどうと抑えていると、俺達の横からマグナが不意に出て来てエネさん歩み寄った。
「お前は……エネ・イン=テレク=トゥスか」
そう言うと、エネさんは片膝をついて跪き、マグナに対して深く頭を垂れた。
おっふ、胸がっ、たわわな胸がぼいんと……!
「お久しゅうございます、マグナ=ロンズ=デイライト様」
「人族に厳しいのは相変わらずだな……。それで、現状はどうなっている?」
マグナの冷静な言葉に、エネさんは頭を下げたままで頷く。
人族に厳しい系エルフの彼女が、こんな風になるなんて……マグナとは面識があるみたいだけど、一体どういう関係なんだろうか。
もしかして、シアンさんと一緒に幼い頃からちょくちょく交流があったとか?
思わず考えてしまう俺達を余所に、エネさんは顔を上げて話しだした。
「はっ……。現在の状況は、残念ですが楽観視はできないかと。ベランデルン公国へと抜ける国境砦には既に機械騎士団が配置されており、アランベール帝国側の国境砦にも集結しつつあります。残念ですが正攻法で国外逃亡は難しいかと」
「そうなるとは思っていたが……やはり難しいか……」
「残る方法は海路か、もしくは危険が伴いますが山越えを行うか……。まあ、そこの変人二人とツカサ様が居れば不可能でありませんが……両方ともお勧めしません」
「海路も危険なのか」
クロウが問いかけると、一瞬エネさんは真顔でクロウをじぃっと見やったが、悪口は言わすに淡々と答えを返した。
「海路……というか、正確に言えばこの村から港へと向かう道です。国境の山に近いこの場所からでは、どうしても国を横断する事になるので、危険度が高くなるのです。それに、プレイン共和国は【海上機兵団】という特殊な騎士団を有していますので、近海を船で進むのは国境の山を登るのと同じほど危険かと」
国境の山とは、この人族の大陸の国をきっちりと分けている高く険しい連峰のことで、それぞれの国の領土はこの山を境にして定められている。
登らなければなんてことはない普通の山なのだが、しかしこの山には凶悪な強さのモンスターがウジャウジャ存在し、登れば最後、数秒で瞬殺されてしまうと言われている。だから、人族の大陸では滅多に不法入国者は出ないんだって。
……まあ、クロウはしっかり山を越えて来てましたけど、そんな事が出来る人間はまずいないとの事だったので、クロウがイレギュラーなだけだろう。
今更だけど、クロウが本気を出したらどうなるのか分からなくて怖い。
閑話休題。それはともかくとして……エネさん、クロウには敬語で話すんだよな。不機嫌な感じだけど、ブラックに比べれば全然敵意は感じられないし。
つーか、エネさんってばどんだけブラックの事が嫌いなんだよ……いや、本当に嫌ってる訳じゃ無いんだろうけどさ。
マジで嫌悪されてるなら、会話すらして貰えないだろうし……。
うう、心の傷が疼く。
「しかし……それならどうする? やはり山を越えるか」
マグナの言葉に、エネさんは唐突に俺を見やった。えっ、何で俺。
「もう一つだけ方法が有ります。ツカサ様に、漆黒の準飛竜を召喚して頂くのです。そうすれば、夜間に国境の砦を越える事が出来ます」
「なるほど、そうか……その手が有ったな!」
「確かにロクショウ君を召喚出来れば、国境の砦なんて一っ跳びだ」
「ムゥ、この人数では山越えも難しいだろうしな。その方がいいだろう」
ちょっ、ちょっと待ってくれよ三人とも!
そりゃロクショウは格好良くて強い準飛竜に進化したけど、俺は昨日「リコーダーが全然吹けない」って話をしたばっかじゃないか。期待されても困るってば!
「三人とも待ってってば! 俺、まだ全然演奏出来ないんですけど!?」
必死に自分のダメさを主張してしまうが、しかしブラックとクロウの奴は「ツカサ君なら大丈夫大丈夫」とヘラヘラ笑うし、マグナも「俺が縦笛を改造して吹きやすくしてやる」とか自信満々に言ってくれちゃって話にならない。
頼みの綱のエネさんすらも俺の力量を見誤っちゃってくれてるのか、力強い頷きとサムズアップを俺に向けて、無表情の顔をキラキラと輝かせていた。
でえええいなにこの四面楚歌!!
「まあ、兵士達も旅人がどの村に荷物を届けているかは特定していないようなので、少なくとも二日程度は余裕があるはずです。最悪、二日経ってもツカサ様の演奏召喚が完璧にならない場合は、荒野を逃げ回って時間稼ぎをすれば何とかなるでしょう」
「そんな適当でいいのか年増女」
「最悪の場合と言っているのが判りませんか低能中年」
「ま、まあ……あれだ、俺が縦笛をもっと使い易くしてやれば効率は上がるだろう。ツカサ、貸してみろ。今から改良してやる」
エネさんとブラックが大人げなく言い合いしているのに呆れたのか、マグナが間に割って入って会話を断ち切った。ナイス、ナイスだぞマグナ。
ありがとうと目で訴えながら銀のリコーダーを渡すと、マグナは早速改良する為の材料を机の上に集めて何やらガチャガチャやり始めた。
マグナ、ありがとう……でも、改良ってどういう風に改良してくれるんだろう?
◆
夜も更けて、村の家々も殆どが眠りにつき、明かりを灯しているのは旅人を待つ店だけになってしまった。
そんな村の風景を薄暗い森の中から眺めつつ、俺とブラックはコソコソと草を掻き分けてアマクコの実を採取していた。
この森はどうやら凄く短いサイクルで植物が再生するらしく、俺達が採取した物はもうどれも綺麗に生え揃っている。その上、アマクコの実も誰も採取する者がいないらしく、星明りだけでも判るほどに再びどっさりと実を付けていた。
短いサイクルで植物が再生……ってのはこの世界ではどこでも起こる事だが、遺跡の恩恵なのかティーヴァ村周辺の森は特にスパンが短いようだ。
ありがたいけどホントデタラメな世界だよ……と思いつつ、俺は持って来た蓋付きバスケット(酒場の親父さんから貸して貰った)にわんさかアマクコの実を入れる。
深めのバスケットだったが、数十分ほど黙々と摘んでいたせいで、もうすぐ一杯になりそうだ。……俺の世界だったら、間違いなく怒られる量だよなあこれ……。
だが、なにも欲張ってって事じゃないぞ。
最悪の事態の為に、少しでも長く保存できる食料を集めておこうと思って、人目に付かない夜にこうしてコソコソ動いてるって訳だよ。
備えあれば憂いなしって奴だし、マグナもまだ縦笛の改良が終わって無くて、俺はやる事がなかったからな。
だけど俺一人じゃ夜目が効かなくて心配だったので、村の見回りがてらブラックに付いて来て貰ったと言う訳だ。……まあ、俺としてはクロウでも良かったんだけど、ブラックとエネさんを二人きりにしたら遺跡が壊滅しそうな気がしたからな……。
「……今のところは、変な気配はないね」
俺が持っているバスケットにアマクコの実を入れながら、ブラックが注意深く周囲を窺っている。つられて俺も周囲を見渡したが、俺には「静か」という事しか分からなかった。……いつも疑問に思うんだけど、ブラックってどうやって気配を探ってるんだろう。別に【索敵】を使ってる訳じゃないみたいだし……。
「なあ、術を使わなくても気配って分かるもんなのか?」
満杯になったバスケットの蓋を閉じて小声で聞くと、ブラックは考えるように視線を空に走らせて頬を掻いた。
「うーん……何て言ったらいいのか僕も迷うけど……長いこと冒険者としてフラフラしてると、なにが“自然”でなにが“不自然”かって事が何となく解るんだよ。それで、空間の中の不自然さなんかを突き詰めると、結果的に人や動物の息遣いや熱や動きに行きあたるって感じかなぁ……」
「むぅう……? なんか分かるような分からないような……」
「多分、経験則とか技術とか色んな要素が混ざってるから、分からない人には分からないと思うよ。でも、ツカサ君は僕と同じ冒険者だからね! 一緒に旅をしていればいずれちゃんと分かるようになって来るよ」
ニコニコと笑いながら言うブラックに、ちょっと悔しいけど頷く。
まあ、そうだよな。良く考えたら俺まだ一年も冒険者してないんだし、長い事旅をし続けてるって言っても、途中途中で街とかに滞在してるんだ。俺の冒険者としてのスキルはまだまだ低レベルに違いない。
それに緊張感の薄い旅路が多かったから、俺の眠れる本能は目覚めてくれなかったんだろう。ぐぬぬ。
でも…………。
「……ずっと、一緒に……」
「え?」
「ず、ずっと…………一緒に、旅……すんの……?」
何だかそこだけが妙に引っかかってしまって、ブラックを見上げた。
いつのまにか至近距離に居た相手に、なんだかドキドキして来る。
二人してしゃがみ込んでるからあんまり身長差を感じられなくて、顔が近くって、そんなのいつもの事なのに今はヤケに意識してしまっていた。
……あ、あつい……。また俺顔赤くなってるかも……。
思わず、顔を背けそうになったが――ブラックはそんな俺の頬を両手で捕えて自分の真正面に固定すると、呆れるほどの蕩けそうな顔をして笑った。
「そう。……えへ……ずっと……ずっと、一緒だよ。ツカサ君……」
「っ、ぁ……」
そのまま、顔を引かれて……もどかしいぐらいにゆっくりと、キスをする。
だけどそのキスは触れるだけの優しいもので、外で隠れて触れ合っているからか、いつもより余計にドキドキして一気に熱が上がってしまって。
……どうして、こんな風になるんだろう。
分からなかったけど、でも、なんだか……恥ずかしいのに、何も言えなかった。
「ツカサ君、僕ね……ツカサ君と一緒に旅してる今が、一番楽しいよ」
唇を離して、子供みたいに人懐こい笑みで笑う、ブラック。
「…………そ、そう……かよ……」
なんだかもう、目の奥がじわりとして涙が出て来そうで。
それが余計に俺の中の熱を上げてしまい、俺はそれ以上何も言う事が出来ず、ただ顔を痛いくらいに真っ赤にしながら、目を逸らす事しか出来なかった。
→
※機械騎士団と海上機兵団は今回関係ないので詳細はまた別の機会に(´・ω・)
まあ簡単に言うとツカサが使うアルカゲティスみたいな曜具を装備した
普通の兵士とは一味違う、曜術師ばかりのつえー騎士団みたいな感じです。
しかし首都にいかないせいでいまいち機械大国の感じがしない…(>'A`)>
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