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遺跡村ティーヴァ、白鏐の賢者と炎禍の業編
主観というものは時に厄介な物となり2
しおりを挟むマグナがそう言うのなら、俺にもう断る理由は無い。
本当ならこんな事を話すべきじゃないんだろうけど……でも、マグナはこの世界で初めての人族の友達だ。ブラックやクロウ、それにラスターみたいな俺よりも大人な仲間とは少し違う。
お互いに支え合う相棒のロクショウとも違うんだ。
俺が普通に気兼ねなく付き合える、同い年くらいの普通の友達。だから、余計に俺はマグナに嫌われたくなかったし、今言って貰った言葉を信じたかった。
どんな話でも聞いてくれるって言う、マグナの真剣な言葉を。
「…………簡単に、で……いいか?」
人が少ないとは言え、一人二人は洗い場に居る。
だから、声を潜めてマグナに近付くと、相手は少し驚いたような顔をしたが、銀の髪にかかる雫を振り払って頷いた。
それを合図に、俺はなるべくマグナが不快にならないような言葉を選んで、俺達の今までの出来事を話した。
ブラックとは、一応は恋人であること。クロウとはひょんな事から再会して、彼を救う為に「一緒に居る」という約束を交わした事。
それから何だか妙な感じにこじれた結果、クロウは獣人ならではの慣習によって俺の“二番目の雄”宣言をし、それはブラックも容認していると言うことも話した。
恐らくマグナが引っ掛かっているのは、俺が「恋人のブラックの前でクロウと凄くアレな事をしていた」という部分だろう。
恋人がいるのに何故他の奴と、という疑問は尤もだ。俺もおかしいとは思う。
だけど、あれよあれよと言う間にこうなってしまったのだから仕方がない。
クロウと約束しちゃったのは俺なんだから、責任とってちゃんとクロウのお世話をするべきだし、なんかその……俺もクロウには何故か弱くって、気を食わせろ甘えさせろと懇願されると約束の手前拒否とか出来なくって……。
それはそれで問題なのは解ってるんだけど、ブラックが「やってヨシ」と言ってる以上はまあ良いのかなって思う所も有って、こんな風になっちゃったと言うか。
――とまあ、なんだかグダグダ考えてしまったが、とりあえず現状の俺達の関係を簡単に柔らかく話してみた……んだけども……全てを聞いたマグナは怒るでもなく、頭を抑えて長~い溜息をたっぷりと吐き出した。
「……お前、なんというか…………流され過ぎじゃないのか……?」
失望するでも無い、しかし呆れがたっぷり混じったような声に、俺は仰る通りですと恐縮して体を縮こまらせて項垂れた。
ドンビキされはしなかったけど、まあ……普通そう思うよね……。
「だ……だよな……解っては、いるんだけど……」
そう言ってちょっとお湯の中に沈むと、マグナは眉間の皺を更に険しくして、俺にずいっと近付いて来る。
「いーや、お前は解ってない。いいか、お前は優柔不断でお人好しが過ぎる。獣人族ならそう言う事もあろうが、お前は人族だろう、恋人がいるんだろうが! それなのに夫を二人も持とうとは言語道断だ!! このプレインなら重罪だぞ!」
「う、うぅううおっしゃるとおりですぅう……」
あぁあ……忌憚ない意見は嬉しいけど、グサグサ刺さるぅ……。
この際もう夫とか言う単語は聞き流すとしても、優柔不断と流されやすいって所は反論出来なかった。
確かに俺ってば優柔不断だよな……本当はやらしい事をするのはブラックだけって言うべきなのに、クロウに悲しい顔をされるとつい色々してあげたくなっちまうし、ブラックが許すならって簡単に体を触らせたりするし……。
恋人がいるのに他の奴にえっちな事を許してるってのは、叱られても仕方がない事だ。そりゃ、俺だってマグナの立場なら「なんだそりゃ」って言うよ。
だけど、何ていうか、なんでかなあ……なんでこうなっちゃったのかなあ……。
やっぱ俺が優柔不断だったから、こんな爛れた関係になっちゃったのかな……。
「はあ……またオッサン二人を引き連れて来たから何だと思えば、何故か熊の方とも乳繰り合ってるし、なんだかおかしいと思っていたら……本当にお前らの貞操観念はどうなってるんだ」
「うぅ、い、いや、それは……その……ごめんなさい……」
拒否しきれなかった俺が全部悪いんです、と鼻の下までお湯に沈没してしまうと、マグナは「そうじゃない」と苛立ったように吐き捨て、頭をがしがしと掻き乱した。
「ああもう、そうやって視野を狭めて問題を全部背負い込むのもやめんか! お前は本当に悪人に都合のいい頭をしてるんだな!」
「はぇ」
「だっ……だからだな……その……ツカサは、あいつらに押し切られたんだろう? なら……その……そこはまあ、お前ひとりの責任じゃないはずだ。俺が言いたいのは、そう言う事じゃなくて……」
そこまで言って、言いよどむマグナ。
叱られている最中なのに、ほんのり頬に赤みがさしているマグナを見て、さすがはイケメンだなあと思ってしまう。お湯に浸かりながらじっと相手を見ていると、その視線に気づいたのか、マグナは何かを堪えるように口をへの字にして、俺の頭を掴んで勢いよく引き上げた。
ざっぱーと海から出て来た怪獣のように上半身をお湯から引き出されるが、妙な事に引き上げた側のマグナが俺の体を見て赤面し、そのまま俺を投げ捨ててしまった。
おい、なんだよおい。何が恥ずかしいってんだ俺の体の。
「マグナ?」
貧相過ぎて恥ずかしくなったんだったら怒るぞ、と顔を顰めると、相手は再び頭を振って、赤い顔で俺をじっと見やった。
「お、俺が言いたいのはだな……」
「うん」
「その……あ、ああいう、どんな男にも体を触らせていると誤解されるような行為を他人に見せつけていると、お、俺は、お前を……」
「マグナが俺を?」
なんか変だなと思って首を傾げると、マグナは目を見開いて一気にユデダコになりワナワナと震えだした。
「う…………うぐ……っ、も、もういい! とにかく、今後ああいう行為は他の奴には絶対に見せるなよ、出来ればあの赤い中年と色々してる所も見せるな!」
「えっ、えぇえ!? 今そういう話だったっけ!?」
「そう言う話だッ! 慎みを持て、慎みを! 関係はとやかくいわん!!」
やけ気味にそう言うと、マグナは「先に出る!」と憤ったような声を吐き捨てて、風呂を出て行ってしまった。
なんなんだ一体。
「…………まあでも……慎みはそうかも……」
要するに、マグナは今日のように人前で色々するなって言いたかったんだよな?
そりゃそうだ。あんなの俺だって居た堪れないわ。
色々考えると物凄く恥ずかしくなるが、しかし今それを悔やんでいても仕方ない。マグナだって、アレを思い出して恥ずかしくなっていたのに、友人として「慎め」と忠告してくれたんだ。そうだよな、人様に迷惑を掛けるような行為の時は、きちんと「嫌だ」「ダメだ」って言わないと……!
「よ、よし、次は言うぞ……! 流されてるだけじゃ駄目って言われたし……!」
ああ、こういう時に友達ってのは本当にありがたい。
俺が忘れかけていた事を思い出させてくれるし、なにより悪い所はちゃんと悪いって叱ってくれるんだから。
高校のダチとはまた少し違った関係だけど、これもまた友達って奴だよな!
だけど、マグナには本当に申し訳ない事をしちゃったなぁ……よし、この風呂場にあるかどうかは不明だが、コーヒー牛乳的な物が有れば奢らせて貰おう。
そう思って俺は即座にマグナの後を追ったが……残念ながら、マグナはもう出て行ったらしく脱衣所には誰も居なかった。
一応番頭さんにも聞いてみたけど、やっぱし先に戻っちゃったらしい。
あ、言い忘れてたけど、風呂屋の番頭さんも実は色情教の信徒なので、マグナの事は知ってるんだぜ。今更だけど本当この村って……まあいい。
「にしても兄ちゃん、坊ちゃんが顔真っ赤にして出て行ったけど大丈夫かね」
「えっ?」
俺も出ようかと思っていたら番頭さんに話しかけられて、思わず目を丸くする。
顔を真っ赤にって……マグナ、どうしたんだろう。
「のぼせちゃった……とか? それか、怒ってたのかな……」
「いや、そういう風じゃ無かったけどなあ。第一、坊ちゃんがあんな風に取り乱すのなんて俺は初めて見たぜ。だから、俺はてっきり兄ちゃんに誘惑でもされたのかなと思ったんだが……」
「ハァッ!? なっ、なっ、何で俺が!? アイツは友達ですけど!?」
何をバカな事を言ってるんだと素っ頓狂な声を出してしまうが、番頭さんはむしろ俺の驚きようが解せなかったみたいで、片眉を寄せて頭を傾げた。
「えぇ、そうなのかい? うーん、変だなあ……清く正しい色欲の信徒の俺が、欲情している顔を見間違えるはずはないんだが……」
「いや、欲情って……」
「ほら、だって俺、浴場の主だからさ……!」
「は?」
聞き返すと、番頭さんはバチコーンとウインクをして親指を立てた。
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「…………」
ね? じゃねえええええええええよ。真面目に聞いて損したわ!!
でも、マグナがまだ怒ってたらどうしよう。
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