異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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遺跡村ティーヴァ、白鏐の賢者と炎禍の業編

4.何故そこにいて、何故抗うのか1

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 彼の髪は、白ではない。銀だ。
 湯煙にまぎれて解らなかったが、クセ一つない首のあたりまで伸びたその綺麗な髪は、間違いなく銀の色に光り輝いていた。

 それに、瞳。
 その、真紅としか言いようのない鮮やかな瞳の色。俺は、そんな瞳をした人間など一人しか知らない。だとしたら……目の前にいるのは、間違いなく、彼だ。

「マグ、ナ…………?」

 ――――ああ、そうだ。
 銀の髪に真紅の瞳。それに、俺と同い年くらいのムカつくほどにイケメンな少年。イケメンはこの世界じゃ普通だが、こんな特徴の人間が他に居ようはずもない。
 それに、この世界で初めて出来た「友達」の顔を間違えるもんか。

 俺の目の前で、のんびり風呂に入っていたそいつは……間違いなく、このプレイン共和国で【神童】と呼ばれた金の曜術師――マグナ=ロンズ=デイライトだった。

「お、お前、こんな所にいたのかよ!!」

 思わず近寄ってざんぶと肩まで湯に浸かると、相手は口先で指を立てて俺に自制をうながしながら、小さな声を漏らした。

「やっと来たか、ツカサ」
「あ、間違えてない」
「……友人の名前をそう何度も間違えるバカはおらん」

 えへ、やっぱりマグナだ。それに友達だってさらっと言ってくれて嬉しい。

「なんだ、ニヤニヤと気色が悪いな」
「へへへ……まあそれはともかくさ、お前どうしてこんな所に?」
「お前が来るのを待っていた……と言いたいところだが、残念ながら違う。この風呂屋を支える【曜具】は俺の作品だからな、定期点検をしに来ていたんだ」
「曜具って……あっ! そ、そっか、これってジャハナムで作ってたアレか!?」

 そう、そうだよ! 思い出した!!
 どっかで聞いた事のある曜具だなって思ってたけど、そういえば俺、お湯を沸かす機械の改良を手伝ってたじゃないか。えーっとなんだっけ湯水発生装置?
 俺が不具合のある所を指摘して、マグナの悩みを解決してやったみたいな感じの事があったような……とにかく、完成してたんだなアレ!

 俺が覚えていたのが嬉しかったのか、マグナは少し得意げに口元を緩めた。

「まあな。……実用化にこぎつける事が出来たのは、お前が協力してくれたお蔭だ。俺達金の曜術師は、他属性の曜術を道具に収める事は出来ても、制御する事は出来ない。細かい所の調整は、他属性の曜術師の協力が必要不可欠だったからな」
「そういうもんなの?」
「ああ。結局最後に物を言うのは、他属性の曜術師の力量だ。俺達がいくら効率的な機構を開発したとしても、理想的な発力を持つ曜術師の曜術でなければ、設計通りの曜具は造りようがない。成功するかどうかは、協力を受けた曜術師の力量にかかっているんだ。やはり、最後は人の力が物を言う」
「……ん、んんん? そ、そうなのか……」

 ごめんなしゃい全然言ってる事がよく解らんです……。
 とにかく、他の曜術師あってこその金の曜術師ってこと……だよな?

 普段は他人の事なんてどうでも良さげなマグナだけど、曜具作りに関しては凄く真摯しんしなんだなあ。そう言う所は素直に格好いいって認めてやるぜ。

 でも……どうしてこんな場所に居るんだろう。
 シディさんが言うには隠れてるとかなんとかって話だったけど、それにしては堂々とお風呂に入ってるし、別にビクついてる様子も無いよな。
 自分の作った曜具を何度も確認し来てるみたいだし……一体なんなんだ。

「なあ、マグナ……なんでお前、このティーヴァ村にいるんだ? それに、どうして俺達を裏街道に来させるように仕向けたんだよ」

 色々聞きたい事があるんだけど、と真紅の瞳をじっと見やると、相手は何故か俺をじぃっと凝視して、それからわざとらしく顔を背けた。
 おい、なんだよおい。

「…………ここでは差し障りがある。俺の隠れ家に行こう。どうせあのー……なんだったかな。フランベとグローとかいう中年共も一緒なんだろう?」
「頼むから名前覚えて……」

 ブラックとクロウです。なんでアンタ毎回毎回惜しい所で名前間違えるの。
 二人の前では絶対に間違えるなよと釘を刺すと、俺達はとりあえず風呂から上がる事にした。……が、風邪を引いてはいけないので、ちゃんと脱衣所で髪を乾かしてから外に出ねばな。

 念入りに乾かそうとタオルでがしがし頭を拭くが……マグナは髪質が繊細なのか、他のメスっ子たちと同じようにフェミニンな拭き方をしていた。
 ……あれ、俺ってばちょっと男らしい? 誇っちゃっていい?

「ツカサ、お前はそんな事をして髪が傷まんのか」
「え? いや、別に……マグナはやっぱり痛みやすいのか?」

 そういや銀髪って髪の毛細そうでお手入れ大変なイメージがあるな。
 俺はわりと髪質が丈夫だから平気だけど、良く考えたらブラックの赤い髪も潮には弱かったし、この世界の原色に近い髪って繊細なのかも。
 ……って、良く考えたらなんでマグナがメスっ子の風呂に居たんだろう。
 もしかして……マグナもメス……なの、かな……?

 まあ、マグナは美少年……いや、もう青年か。美青年だし、普通に男の体型だけどブラック達と同じくらいにガタイが良いという訳ではない。美形だらけのこの世界においてもイケメン度は抜きん出ている。
 その辺りはラスターといい勝負だな。あっちが輝かんばかりの美形と言う意味で太陽だとすると、こっちは冴えわたる凛とした美形って感じで月かな……って何を野郎の顔に美しい表現つけてんだか。やめやめ胸糞悪い。

 でも、そんだけイケメンなのにメスなのか……。
 女の子達とか美少年達がちらちらマグナの方を見てるのに、それでもメス……何だかよく解らないが、物凄くこの世の不条理を感じる……。
 俺としてはマグナがオスでもメスでも良いんだけど、何にせよ勿体ないなと思ってしまう。こんな顔してたら俺ならすぐ女の子ひっかけちゃうんだけどなあ。

「なんだ、じろじろと人の顔を見て」
「あ、いや……えーと……こっちに俺が来なかったらどうするつもりだったんだ?」

 お前がメスでびっくりした、と言うのもアレだったので、別の話を振ってみる。
 そう。そういえば変だよな。俺達が三人ともオスの方の風呂に入ってたらどうする気だったんだろう。その場合は外で待ってたのかなと首を傾げると、マグナは涼しい顔でさらっととんでもない事を言いやがった。

「何を言ってる。お前は絶対こっちだろうが」
「は?」

 何言ってんだとメンチを切るが、しかしマグナはしらっと俺に対して目を細める。

「お前のような夫がいるか。どうせこっちに来たのは中年どもに促されてだろう」
「うっ……」
「俺がこっちに居るのは、騒がれなくて済むからだ。オスだのメスだの興味が無い事で騒がれて、奇異の目で見られるのは圧倒的にあっち側だからな。オンナの方に入ってた方が、静かで心地いいんだ。……それに、お前もコッチだろうと思っていたからな。待ち伏せにも最適だった」
「……そ、そうなんだ……大変だなお前も……」

 俺がメス扱いされて怒ったように、マグナもオス側でメス扱いされてイラッとしたんだろうな……。そう言う所は親近感が湧く。しかし……マグナは俺よりも良い体格の好青年なのに、それでも完全にオスとされる領域には届いてないのか。
 まあ、オスメスの判断は大いに主観が入るんだろうけど、やっぱ一般的な見解としてはマグナもメスなんだろうなあ……なんというかある意味世知辛い。

「何か勘違いしているようだが、俺は別に生殖には興味など無いぞ」
「お、おう……」

 本当にこいつはもー曜具の事にしか興味ないんだからなあ。
 曜具の事については風呂場であんなにべらべら喋ってたのに。まあ、そう言う所は変わってないし、ちょっとホッとしたけど。思った以上に元気そうだしな。
 でも……。

「なあ、お前さあ……やっぱ隠れてる……んだよな?」

 俺達がプレインに来るのを待っていたにもかかわらず、シディさんに役目を託したのは、やっぱりここから離れられない事情があったからだろう。
 その事を考えながら問いかけると、マグナは少し真剣な顔になった。

「…………その事は、移動してからだ。そろそろあいつらも上がってるみたいだし、出ても良い頃だろう。行くぞツカサ」
「う、うん」

 マグナが立ち上がるのにつられるようにして外に出ると、そこにはなんと、丁度俺達と同じタイミングで出て来たブラックとクロウがいた。
 ど、どうして解ったんだろう……。
 二人も俺達が出て来たのに驚いたらしく、目を丸くしてこちらを指さしていた。

「おっ、おまえ、あの時のクソ生意気なガキ!!」

 あ、そっちに驚いたのか。
 というか名前ぐらいちゃんと呼びなさいブラック。

「お前そっちだったのか。てっきりこっちだと」

 何だか解っている風なクロウは、ブラックとは違う所に関心があるようだ。
 というか俺と同じ事質問してますね。やっぱオスの方だと思ったよねえ……。

「ああもう色々と説明は後だ。まとめてこっちに来い」

 説明するのが面倒臭くなったのか、マグナは挨拶もせずにとっとと歩き出す。
 しかし俺達はそう言う訳にもいかない。俺は慌ててマグナの肩を掴んだ。

「まっ、待って待って! 俺達酒場の親父さんに挨拶して来なきゃ……」
「酒場? ああ心配はいらん。あいつも事情は知っている」
「えっ」
「はぁ、なるほどね……最初から何もかも織り込み済みだったって事か」

 何か分かったらしいブラックの声に、マグナは溜息を吐いて肩を竦めた。
 俺まだよく解んないんだけど。どういうこと?

「こっちも色々と根回しが必要だったからな。だが、お前達が今気になっている事は、大抵ここでは話せん。時間を無駄にしたくなかったら大人しく付いて来い」
「ぐぬぬ……」

 それは理解してはいるようだが、ブラックはマグナに従うのが屈辱らしい。
 なんでかな、やっぱりオッサンらしく「若造に付き従うのは嫌だ」みたいな考えがあるんだろうか……。そこだけはオッサンらしいな……。

 ブラックの意固地な態度にちょっと微笑ましさを感じつつも、俺達は風呂屋の裏へと回り、勝手口のような場所から再び中に入った。マグナいわく、ここは風呂屋の湯を沸かす為の心臓部なのだそうな。

 恐る恐る入ってみると、いきなり煙に顔を覆われてしまい、思わず驚いた。
 勝手口から入った「心臓部」は、蒸気機関のような機械が白煙を立て忙しなく動いており、流石スチームパンクの国と言いたくなる光景が広がっている。これがマグナの作っていた「湯水発生装置」の改良版とのことで、相変わらずどう動いているのかはよく解らなかったが、元気に働く機械を見ると何だか嬉しくなった。

 マグナが趣味で作った曜具がはりきって動いてる光景は、作った本人も嬉しいだろうしな。ジャハナムの地下で好きに曜具を作れずに嘆いていた頃と比べると、随分気楽にやれてるみたいで良かったよ。
 ……まあ、それでも、自由とは言い難いのかも知れないけど……。

 そんな事を思いながら白煙の森を抜けて、従業員が通るための薄汚れた通路を暫し歩いて行くと、その通路にある部屋の一つにマグナが入った。
 そこは用具置き場のようで、色々な備品や掃除道具が置いてある。
 何でこんな所に……と思っていると、マグナは壁にぴったりとくっつけられている棚をずりずりと横に動かした。

「……?」

 しかし、棚の後ろから現れた壁には何もない。
 どういう事だろうかと思っていると、マグナは床に有った窪みに手を差し込んで、簡単に床板を外してしまった。

「ここから入る。少し地面まで距離があるから、先にお前らが入れ。たぶんツカサは足をくじくから、下から受け取るのが良い」

 マグナが開けた床板の下には、ぽっかりと穴が開いている。
 俺が足をくじくってどういうことだよ、馬鹿にしてんのか。いや待て、俺みたいな軟弱な奴にはちょっと深すぎる穴なのかもしれないな……。
 …………だ、だったら、ま、まあ、受け止めて貰ってもいい、かなぁ~?

「棚はどうするんだ?」

 ブラックの冷静な言葉に、マグナはフンと鼻を鳴らした。

「俺を誰だと思っている。金属の棚をこの程度の遠距離で動かせないとでも?」
「ああそう、てっきりそれも出来ない程度かと思ってたけどね」

 だーもー喧嘩すんなってばよ。
 何だか知らんがどうしてさっきからマグナに突っかかるんだよブラック。
 もしかして何か勘違いしてんのか。やだなあもう。メスだけの風呂場だったのに、何かが起こる訳がないじゃんか。むしろあそこで変な事が起こったら、周囲の人達に煙たがられて追い出されてるっつーに。

「喧嘩は良いから早く降りて。……ブラック、高いらしいから気を付けて」
「うんっ、ツカサ君僕が受け止めてあげるからねっ!」

 …………お前の立ち直りが早い所は好きだよ、俺は。

 炎の曜術で周囲を照らせるブラックに先に降りて貰い、つつがなくブラックに受け止めて貰った俺は、ブラックに抱えられながら飛び降りて来た場所を見上げた。

「……高いな実際……こら俺だと絶対骨折するわ」

 プレイン共和国では気の付加術が使えないので、脚力強化の術である【ラピッド】も使用禁止だ。でも、ラピッドがあってもこの高さは俺には辛かっただろうな。
 だって、たぶん十メートルくらいはあるんだもんこの縦穴……。

 上から覗きこんでるクロウの顔が見えないくらいだから、結構地下なんだなここ。
 でも……縦穴と言う割には穴というか……。

「なんか、ここ……フォキス村の遺跡と一緒で、壁が綺麗な石積みだな」

 ブラックの【フレイム】で照らして貰って確認した周囲は、フォキス村の“第五の遺跡”と非常に似ている。というか、黄土色の成形された石を積み上げている所なんかまるきり一緒と言っても良い。ブラックも俺と同じ事を思っているのか、難しげに眉を顰めて口を少し尖らせた。

「むう……そうだね……。どうやら縦穴自体もきちんとした何かの通路みたいだし、ここは……遺跡の残骸か何かみたいだ」

 じっと壁を観察するブラックの横に、クロウが着地する。
 その後すぐにマグナも降りて来て、俺達の疑問に答えてくれた。

「ここは縦穴に見えるが、古代遺跡の煙突の名残だ。本当は地上にもう少し石積みの通路が伸びていたんだが、更地にされた時に破壊されて土で固められていた」
「じゃあココも土で埋まってたんじゃ……」
「俺が掘り返した。いくつかの通路が必要だったんでな。地上の遺跡を消しただけで全てが消えたと思っていたんだろうが、そこが人族の浅はかな所だ」

 自分だって人族なのに、まるで他人のような良い方だ。
 アドニスもそうだったけど、科学者ってそんなもんなんだろうか。

 首を傾げる俺を抱えたまま、ブラックはマグナに問いかけた。

「浅はかって事は……この先には、遺跡が残ってるんだな?」

 その問いに、マグナは素直に頷いた。

「ああ。……その遺跡が、今は俺の家だ。……付いて来い」

 遺跡が家って……じゃあ、もしかして、マグナは今までずっとこの地下遺跡に隠れていたって事なのか。もう忘れ去られていた、この遺跡に。
 どうして、そこまでして隠れなければならなかったんだろうか。

 ……それも、安心できる場所まで付いて行ったら話してくれるのかな。

 再び歩き出したマグナの背中を見つめながら、俺は言い知れぬ不安に拳を握った。










 
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