異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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プレイン共和国、絶えた希望の妄執編

5.解決しない事を考える時のストレスは異常

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   ◆
 
 
 
 モヤモヤする。物凄くモヤモヤする。

 ……何がモヤモヤするって、もう何もかもだよ!

 昨夜はあれ以上ブラックは何もしないでさっさと風呂に入って終わっちゃったし、俺はそのせいでアイツが満足してるのかモヤモヤして体もなんかだるいし熱っぽいし、何より……朝起きて色情教の人に会ったら、何故かみんな物凄く良い笑顔で「良き声のかた」とか言い出して終いにゃ両手を合わせて拝む奴もいるし!
 何で拝むんだよ、柏手かしわで打つな「ありがたや」とか言うなぁ!!

 なんで拝むのか問い詰めたいんだけど、そんな事をしたら余計にモヤモヤしそうで何も聞けず。結局苦笑いで教徒達をスルーするしかなかった。
 い、良いんだ。俺達はもう色情教とは関わらないんだし、後は普通の宿に泊まるんだし。それに悪い印象を持たれるよりは良い印象の方がまだ良いよな。
 いいはず。いいと思わせてくれ。

 色情教の人達には、裏街道が記されている地図を貰ったし、食料やら何やら揃えて頂いたんだから、恐らく悪印象はない……はず。いや、嫌われてて拝まれるってのも謎だが。
 にしても……ほんとに色情教の人って、えっちな事以外は真面目で優しいのな。

 シディ様が言うには、色情教の人達は相手に分けへだてなく接し、ほどこしをしたがる性格らしい。と言うか、教義に「良い欲」として「庇護欲」とか「献身」が挙げられており、彼等はえっちの時も相互にやりたいプレイを……ってそれはどうでもいい。
 とにかく、その行動が己を満たす欲だから、こうも人には親切なんだそうな。

 ライクネスの国教である【ナトラ教】も博愛を説いているけど、こっちはどちらかと言うと己の為に人に善行を施すって感じなんだな。まあでも、結局は人に優しくって事だから、俺的にはありがたいし、良い事だと思うけどね。

 だけど、シディ様はそれを説明する時に悲しそうな顔をしていた。
 彼女が言うには、プレイン共和国の国民は、本来色情教の教徒のように優しい民で、だからこそ、色情教も国民には受け入れられていたらしいのだが、今は色々とあって疑心暗鬼になってギスギスしているらしい。

 ――その原因はすべて、我々十二議会にあります。ですが……残念な事に、私にはそれを払い除ける力が無い……。本当に、情けない事です。私達が守らねばならない国民達によって、私は今、守られている。それをくつがえす力も無い……。中枢部に忌まれるこの聖堂の教徒達に、守らねばならない民に、すがるしかないのです。

 彼女は、そう言っていた。
 ……シディ様が何をやんでいるのかは分からなかったけど……でも、彼女が自分の立場に悩んでいる事と、今のこの国の状況を憂えているだろう事は、嫌と言うほど理解出来てしまった。
 俺達にはよく解らないが、それほど首都の荒れ様は深刻なのだろう。

 それと同時に、この国が思っても見ないほどに殺伐としている事を知って、俺達はこれからの旅に一抹の不安を覚えずにはいられなかった。

 色情教の人達が言うには、村落の人はそれほど排他的ではないらしいが、街などになると、教徒のみなさんのみならず冒険者なども毛嫌いする人が多いらしい。
 シディ様いわく、街の人達は、国外から来た俺達が自由に移動したり酒を飲んだり出来る事に嫉妬して、態度が悪くなってしまうらしいのだが……なんちゅうか、ほんと辛い国だな……。

 それはまあともかくとして。
 俺達は支度を終え、色情教の教祖のおじさんとシディ様に街の出口まで送って貰う事になった。……と言っても、その通路は地下にあり、迷路になっていて……俺にはどこをどう通ったのか全く把握出来なかったが。

「この石造りの地下通路は、街の至る所に入口が有り、この街の住人だけがその全貌を把握しているのですよ」
「それは……襲われた時に、無事に避難するためですか?」

 屈強なおじさんとシディさんの背中を見つつ、異様に広い地下通路を歩く。
 もう何度目かの分かれ道かすらも解らない三つ又の道を通り過ぎると、説明してくれていたおじさん……色情教の教祖様が笑って答えてくれた。

「はっは、それもありますが、基本的には地下から敵を攻撃する為ですよ。この街はいたるところに敵を足止めする仕掛けがありますから、相手が迷っている内に下から背後に回って……ブスッとね」
「ひ、ヒィ……」
「まあ、それも全ては住民を逃すための仕掛けだ。恐ろしくも有りますが、わたしとしては、金の曜術師らしいこの街の作りは気に入ってます」
「金の曜術師らしいって?」

 訊くと、教祖さんは快活に笑って肩を軽く上げた。

偏執狂へんしゅうきょう……ええと……要するに、病的なくらいに一つの事に執着するというか、その物事だけをとことん突き詰めてしまう変人っぽさがあるって事だ。金の曜術師は往々にしてその傾向があるんですよ」
「………………」

 隣にいるブラックを見上げると、相手は俺が何故見上げて来たのか分からないのか、嬉しそうな満面の笑みでニコッと笑い返してくる。
 ……おい、自覚ねえのか。

「ツカサ、真性の奴は大抵こういう反応だ。諦めた方が良い」
「おいコラこのクソ熊、僕とツカサ君のイチャイチャ空間に入ってくんな」
「ふえぇ……ホントに自覚ないよぉ……」

 ふざけないと流せないようこんな話題。

 また一つ知らなくても良いブラックの業を知ってしまってゲンナリしながらも、俺達はその後も黙々と通路を歩き、やっと外へと脱出した。
 が、俺達が出てきた場所はと言うと…………。

「あの……ここ、どこっすか」

 前にオーデルでも街の外に出る為に隠し通路を通った事が有ったが、しかしあの通路はちゃんと自分がどこに出たか把握できるようになっていたし、戸惑うような事も少なかったのだが……今回は、流石に驚かざるを得なかった。

「ここは……森の中……?」

 ブラックもよく解らないのか、あたりをきょろきょろと見回している。
 そう、俺達が通路から這い出てきた場所は、木々が生い茂る森の中だった。

「街のにおいは……しないな。かなり離れているのか?」

 クロウもこれには驚いたのか、鼻を動かして周囲を探っている。
 木々はそこまで密集しておらず、獣が良そうな気配も無いので、危険が無さそうな森ではあるけど……ここって一体どこなんだろう。
 思っても見ない場所に出たことで慌てる俺達に、教祖さんとシディさんは笑った。

「大丈夫ですよ。ここは街から少し離れた北西の森です。この森をこちらの方向へ真っ直ぐ歩けば、裏街道へと出る事が出来ます」
「脱出用の通路の一つで、あえて街から離れた場所に出るようにしてあるんです」
「なるほど……。なんか、わざわざ案内して貰ってすみません……」

 これってつまり、アレだよな。
 俺達が裏街道に出やすいように、二人はわざわざ秘密の地下通路を使わせてくれたって事だよな。本当なら、部外者の俺達に見せる場所でも無かったのに。
 そう考えるとめちゃめちゃ申し訳ない。

 あんな長い道のりを案内させて、しかもこれからそこを引き返させることになる訳だし……確か裏街道って【アトスロシコン】から少し離れた所にあったし、地上から帰るにしろ面倒臭いぞこれ……。

 そんな手間を偉い人二人に掛けさせてしまったなんて……。
 いや、普通にどんな人でも申し訳ないんだけどさ!

 どうしたもんかと弱ってしまったが、二人はコロコロと笑って「気にするな」と言うばかりで、俺はすっかり恐縮してしまった。
 オッサン達は相変わらず「ふーん」て態度だったけど、お前らは案内されることが当然とでも思っているのか。こら、ちゃんと感謝しなさい。

「まあとにかく……ここからは充分に気を付けて旅をなさって下さい。裏街道には、モンスター除けの仕掛けが無く、いつ襲われるかわかりません。田舎道とは言え盗賊やその類の獣も出ますから、どうか努々ゆめゆめ油断なさらぬよう……」

 シディ様のありがたい忠告の横で、教祖さんが何故か大胸筋をアピールするポーズをしつつ、俺達に笑いかける。

「もし色情教の教徒を見かけたら、遠慮なく頼って下さい。素晴らしい欲をお持ちの貴方がたのお手伝いなら、喜んでさせて頂きますゆえに!」

 ありがとうございます。でもそのマッチョポージングは何なんですか。
 あとずっと聞きたかったんですけど、その前掛けは何か意味が有るんですか。
 色々と言いたい事はあったが、丁寧にお礼をして早々にお別れする事にした。
 ……うん、まあ、良い人にツッコミするのも悪いしね……。

 今度は俺達が見送る側になって、抜け穴に戻っていく二人に手を振っていると……ふと、シディ様が俺に手招きをした。何か言い忘れた事でもあったのかな?
 素直に近付くと、彼女は俺にだけ聞こえるように小声で呟いた。

「ツカサさん……貴方にだけ、言っておきたい事が有ります」
「え……な、何ですか?」

 思わず居住まいを正す俺に、シディ様は真剣な顔で眉根を寄せた。

「身分の高い人には気を付けて下さい。……貴方達が曜術師である事で狙われるのはもちろんですが……貴方は、マグナにとって大事な存在です。だからどうか、あの子と会うまでは……あの子の事を、誰にも話さないようにして下さい。貴方に何かあれば、マグナはきっと……助けに行くでしょうから……」
「………………解り、ました」

 そう、だよな。
 アイツが隠遁生活を続けているのは、きっと外に出られない理由があるからだ。シディ様に伝言を頼んだのだって、マグナからしたら危険な事だったに違いない。隠れようとしてる奴が外部と連絡を取ろうとするなんて、自殺行為だし……。

 だけど、マグナは俺を友達だと思ってくれてるから、心配して裏街道の事を教えてくれた。それに、シディ様という多大な権力を持つ人を動かして、極力俺達に面倒が降りかからないように気を使ってくれたんだ。
 ただ、俺達に……伝言を伝えるために…………。


「…………シディ様……マグナは、本当に無事なんですか?」

 妙な胸騒ぎがして問いかけた俺に、シディ様は目を伏せて口をつぐんだ。

「……今は、無事です。あの子がやりたい事は出来ていますし、誰かに何かを強要されたりもしていませんから。……だけど……安全とは、言い難いでしょう」
「…………」
「ツカサさん、どうか…………あの子の事を、お願いしますね」

 最後に、ぎゅっと手を握られる。
 女性だと言うのに、物を作る人特有のタコが何個も出来た薄らと固い手。だけど、それでも女の人としての柔らかさのある、立派な職人の手だ。
 それだけで、俺はシディ様は嘘は言っていないと理解出来た。
 真っ当な職人でなければ、きっと、マグナも師匠とは呼ばなかっただろうし、こうして頼る事も無かっただろうからな……。

 だからこそ……マグナの今の立場が物凄く危ういものなのだと思い知らされて、俺は何か言い知れぬ怖気を感じずにはいられなかった。

 …………多分、マグナは裏街道の村のどこかに居る。
 無事に会えるかどうかは本当に運でしかないけど……もし会えたなら、俺に出来る事は有るんだろうか。

 シディさんに改めて挨拶をして、自分達が出て来た穴が閉ざされるのを見ながら、俺は答えの出ない事を延々考える事しか出来なかった。

「……さて、僕達も出発しますか」
「地図によると……次の村までは少し距離が有るな。徒歩では夕方までには辿り着けんだろう。野宿しやすい場所を探しながら歩いた方が良さそうだな」
「そうだね。水場が近くに有れば良いけど……ツカサ君、行くよ?」
「あ、ああ」

 俺が何か聞いた事は察しているだろうに、ブラック達は敢えて何も言わない。
 そう言う所は大人なんだなと思うとちょっと心臓がきゅっとなったが、俺も大人になるべくその痛みを抑え込んだ。

 ……悩んでても始まらないよな。マグナの事は、今の俺達じゃどうしようもない。
 会えるかどうかも解らないし、アイツだって俺達を巻き込むつもりはないだろう。もし助けて欲しいのなら、居場所を教えてくれるはずだしな。

 悔しいけど、マグナが望んでいないなら、俺達が焦っても仕方ない。
 どこかで会える事を願いながら、俺達は俺達の依頼をこなすしかなかろう。

 だから、クヨクヨしてても仕方ないんだ。
 モンスターも出るって言うし、気合を入れなきゃな。

「ツカサくーん、野宿だったら夕飯頼んでいーい?」
「おう、まかせとけ!」

 とにかくまずは、美味いメシ食って体力つけて元気に進もう。
 食料もたっぷり貰ったし、豪華なメシが食えそうだな!









※難しい事はひとまず置いといて、次はたのしいキャンプです
 
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