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プレイン共和国、絶えた希望の妄執編
1.埋火は、妙なる国にて
しおりを挟むどことも知れない真っ暗な場所に、ぽつんと一つだけ豪奢な玉座が有った。
――飾る壁も無く、場を光で満たす天井も無く、傅く家臣すらいない。
まるで世界の全てに置き去りにされたかのような黒一色の空間に、その空虚な玉座はただじっと存在し、主の帰還を待っていた。
何もない、誰も居ない……その空間で。
……やがて、黒の空間を揺り起こすがごとく、固い床を打ち鳴らすような靴音が聞えてきた。と、同時。
急に玉座の周囲に風が起こり――足から徐々に、玉座を満たす存在が現れた。
真っ暗な闇の中で玉座に座る、人間の形をした“何か”……それが今、おおよそ人とは思えないような歩みによって、やっと己の玉座に帰りついたのである。
「…………それで?」
玉座を黒い影で隠す主は、男とも女ともつかないような声を吐き出す。
その声を聞いて、もう一歩、何者かの靴音が近付いて来た。
「無事、接触を果たしました」
外套を捲り、床に膝をつく音が聞こえる。
疑いも無く玉座の声に頭を下げた“男”らしき存在は、涼やかで艶のある声を少々固くしながら続けた。
「予想以上に、心を乱されているようです。なにせ……今まで計画にかかりきりで、褒美という単語すらも思いつかない程でしたから」
「ふーん。ま、上手く行ってるなら別に構わないけどさ。でもほんと面白いよね、曜術師って。欠陥品が大手振って偉そうにしてるなんて……ふふっ」
「お気に障りましたか」
緊張した声で問いかける男に、玉座の主はケタケタと笑った。
「違うよぉ、喜んでるんじゃないか! 人間ってのはね、そうでなくちゃ。もっとさぁ、こう……自由で、邪悪でなくちゃいけないんだよ!」
「邪悪、でございますか」
「執着、暴力、嫉妬、傲慢、支配、嗜虐……兎角もまあ、ヒトという存在はその名を認識して恐れる物だ。己が内にある感情だというのに、まるで悪魔のごとく忌避して抑え込もうとする。その衝動の名を知らないぬ獣ですら、己の感情に忠実だと言うのにね。くだらない。ああ、実に下らないよ! だからつまらないんだ!」
「…………」
ぎしぎしと、玉座が鳴る。
声の主が自分の言葉に酔い昂ぶって暴れているのだろう。
だが、傅いた男はただ黙って玉座の主の成すがままにさせていた。
「だからね、ボクは曜術師が大好きなんだよ! 彼らは欠陥品だ、しかし、欠陥品だからこそ、最も輝いている……! ヒトという存在は、すべからく欲望に貪欲になるべきだ。感情を剥き出しにすべきだ……――――そう思わない?」
「……は……」
搾り出したような声を漏らす男に、玉座の主は笑い声をおさめた。
「ああそうか。お前はそういうモノじゃなかったんだっけ。……ハァ。まったく、神様も可哀想なモノを生み出したもんだよねえ。高潔・受容に清廉潔白。混じりけなんて許されない、神様の為だけに生きるきれ~な存在。はははっ、バッカみたい。こんな世界で綺麗さを気取ったって、みじめになるだけなのにねえ」
「…………」
「ま、そう思うから、お前もボクを崇めたんだろうけど。……それならそれで、もっと頑張って貰わなきゃね。アイツやあの子みたいにさあ」
「…………御意……」
「で? 首尾はどう」
そう言うと、傅いた男はすぐに姿勢を正したような音を立てて答えた。
「はっ。試作機を改良するパーツは揃いつつあります。あとは……一つだけ」
男の言葉に、玉座の主は大いに笑った。
何もないはずの暗闇の空間に響くほどの、大きな声で。
傅く男は、己の主人の狂ったような笑い声を黙って聞いていたが――一瞬、笑いが途切れた時を見計らって言葉を続けた。
「いかがなさいますか」
男の冷静な言葉に、玉座の主は笑いを治めると玉座に座り直す。
そして、まるで別人が発したかのような冷たい声で、ただ一言だけ告げた。
「あの子にも、そろそろ役に立って貰わなきゃ。
――――“にせもの”は、いらない。例えそれが……愛しい相手でも、ね」
玉座の主の言葉は、その場の物を凍りつかせるほどに冷静で、冷酷だった。
◆
アコール郷国からベランデルン公国へ抜けて、一路南。
水平線まで続く黄金の畑を突き抜ける大路を、藍鉄の引く馬車で進むこと数日。人通り……いや、馬車通りの多い広く長い道はとても安全で、お蔭で俺達はモンスターに襲われる事もなく、ベランデルン公国とプレイン共和国を繋ぐ国境砦――【カルタナフォレス】へと到着した。
この【カルタナフォレス】、今まで見て来た国境の砦とは様相が違っている。
オーデル皇国への砦もサイバーな出で立ちで他国の砦とは一線を画していたが、このプレイン共和国への砦もなんというか……。
「どっちかっていうと……こっちのがスチームパンクなのかな……?」
亜麻色を含んだ金属の板に覆われた砦は、所々を大きなビスで補強されており、五階建てくらい高さが有る。そんな砦の窓には、それぞれ歯車のような車輪が取り付けられていた。
車輪には縄が通っており、色んな階に金属の球体を運んでいるみたいだけど……もしかして、あの球体は物を入れるための籠代わりなのだろうか。
それだけでも俺には不思議な光景だったが、まあそもそも、砦の壁自体が俺にとってはかなり奇妙な物だった。
「いや、ほんと……凄いねコレ」
馬車を砦の門に寄せながら、近付く【カルタナフォレス】の外壁を見やる。
壁には数えきれないほどのパイプが縦横無尽に走っていて、途中で切れたパイプから笛を鳴らすような音が聞こえたり、煙が湧いたりしている。
そう言えば壁も所々デコボコと出たり引っ込んだりしていて、なんならでっぱった壁ごと動いている場所があったり…………うん!?
壁が動いてる?!
「ぶっ、ブラック、壁がっ。あっこの四角いでっぱりが動いてんだけど!?」
慌てて御者台のブラックに確認すると、ブラックは「ああ」とまるで日常茶飯事のように声を漏らして動く壁を見上げた。
「プレインじゃ珍しくない光景だよ。アレは、炎の曜気と気の付加術の……ほら、【フロート】って言う物を浮かす風を操る術があったろう? アレの上位の術を使って、四角い部屋を動かしてるんだ。詳しい原理は面倒臭いから言わないよ」
「大丈夫、聞いても絶対解らんから! なるほど、つまりアレだな。エレべー……いや、昇降機みたいなもんなんだな?」
「あっ、そうそう。そう言う感じ。昇降機は別の機構なんだけどね」
ブラックが言うには、なんか重量とか仕組みの関係で、巨大な物を一気に動かすにはやっぱり曜術の力が必要なんだそうな。
そっか。結局曜気頼みになっちゃうから、この世界では機械が発達せず、曜具や曜術がずっと使われてるんだな。多分、曜術を使わない「純粋な機械」が役に立たない理由が、他にもあるんだろうけど……まあ今考えても仕方ないな。
というか、話を聞いても俺は絶対に理解出来ないだろうし、とりあえずこの話は置いとこう! 進んでバカを曝す気は無いぜ!
いやーそれにしてもガシャガシャと歯車が忙しいなーこの砦。
「むぅう……また金属臭い国か……」
馬車の中で寝ていたクロウも、歯車のガシャンガシャンという音や金属の臭いに気付いて起きて来たようだ。こんだけ近かったらそりゃ目が覚めるよね。
俺の隣まで四つん這いで歩いて来ると、クロウも砦を見上げた。
「ほう……ここが、プレイン…………」
あれ、なんだか真剣な声だな。
やっぱり、流石のクロウも王様の命令には緊張しちゃうのかな。
不思議に思いつつも、俺達は砦に入る列に並び、他の馬車と一緒に砦に入った。
「プレインの審査は一瞬で終わるから楽だよ。この行列の長さなら、鐘一つ分程度で済むんじゃないかなあ」
「鐘一つ!? 随分と早いな!」
「プレインは曜具の国だからね。索敵と鑑定を組み合わせた曜具を使って、一瞬で馬車の中を検査しちゃえるんだって」
「へー……」
鐘一つ分と言うと、一刻……つまり、一時間程度だよな。
俺らの前に居る馬車は五十台以上有ったはずだが、それらが一時間程度で検査を終えるなんて、この世界じゃ恐ろしい程のハイスピードだぞ。
……そうか、だから砦の中もこんなに殺風景で店なんて無いんだな……。
そんな事を思いながら、俺は周囲を見渡す。
――普通、砦の内部と言えば露店が有ったり飲食店が有ったり、とにかく検査をするまでの時間潰しに事欠かない物が多かったのだが、この【カルタナフォレス】の内部は天井と壁を金属で覆ったトンネルの一本道で、見える物と言えば俺達とは反対方向に進む馬車の列くらいなものだった。
…………もしかして、待つ時間がないから、こんなに簡素になってるのかな。
本当に凄いな、プレインの技術力……。
「あ、見えて来たよツカサ君。あの【ゲート】を通ってから、その先に待っている兵士に身分証を見せればいいんだ。必要なら、【庇護の腕輪】も見せると良い」
御者台にのほほんと座ってトンネルの奥を指さすブラックに、俺は思わずごくりと唾を飲みこんで頷いた。
「わ、解った……なんかドキドキするな……」
「落ちつけツカサ。ソワソワしていると怪しまれるぞ」
「う、うう……」
クロウの言う通りだけど、でも、やっぱ検査って言うと緊張しちゃう訳で。
俺達にやましい事が無くたって、誤作動でビーッとかなるかもしれないじゃん。そうなると恥ずかしいし慌てちゃうし、何より誤認逮捕されたら嫌だしぃいい!
あと、やましい事は無いって言うけど、俺達はある意味この国の偉い人達に怒られるような事をしようと思っているワケで……ま、まさか……未遂の罪まで見透かされちゃうなんて事……ないよな……?
ドキドキしながら、俺達は金属探知ゲートのような場所に馬車を進める。
……ほんとにビーッてなったらどうしよう……。
そう思いながら、ちょっと怖くなって大きいモノに身を寄せていると……ついに、馬車が【ゲート】に入った。
「…………~~~っ!」
…………い、言わない? ビーッって言わなかった?
無事に通過した?!
「お、おお……! 無事に通過したのかな……!?」
よかった、誤作動とかしなかった!
思わずホッとして、目の前に有った大きな背中を掴…………あれ?
……も、もしかして俺……ブラックの背中に身を寄せてたの?
「え、エヘ……えへへへ……ツカサ君たら可愛いなぁ……」
「ちっ、違うっ! これは不可抗力でえええ!」
「ツカサ、俺にもきゅってしてくれ……」
「クロウもそう言う事言わないの!!」
だ、だって怖いじゃん、ビーッてなるの怖いじゃんか!
日本人は臆病者なんだ、そういうのは誰だって怖いんだから目の前の壁にギュッと抱き付いても仕方ないんだああああ!
「おーいお前ら、きいてるー? 身分検めるんで、身分証だしてー」
えっ。何この声聞いた事無い。
思わず我に返って馬車の外を見ると――そこには、馬車を覗き込む兵士が。
「兵士さん!? いいいいいつの間に!?」
「さっきから居たけども。ほれ、三人とも身分証早く。後ろが閊えてるからね」
フランクな話し方をする兵士に促されて、俺達はそれぞれ身分を証明できる物を兵士に差し出した。クロウはシアンさんに一筆書いて貰った書状で、ブラックと俺は曜術師のメダルだ。兵士はクロウの書状の内容に大いに驚いたようだったが、感心したように頷いてクロウに書状を返し、ブラックのメダルにも目を丸くしながらどこか嬉しそうにメダルを返却した。
嬉しそうなのは、やっぱブラックが月の曜術師だからかな?
あとは、俺のメダルだけだが……何故か、兵士は俺の名前を見て動きを止めた。
「…………ツカサ……クグルギ?」
「は、はい……えっと……俺の名前になにか……?」
どうしたのかと兵士をみやると……相手は急に居住まいを正すと、俺に向かって何か変なジェスチャーをしてから敬礼した。
「しっ、失礼しました! じ、実は……お三方に、あるご報告がございまして……お手数をおかけしますが、どうかしばしお時間を頂けませんでしょうか!!」
…………おじかん?
どういう事なのかよく解らなくて、俺達は顔を見合わせた。
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