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ファンラウンド領、変人豪腕繁盛記編
39.トランクルへようこそ
しおりを挟むプレオープン……いや、この世界では「事前体験会」と言った方が良いか。プレオープンして生まれ変わったトランクルで三日間ほど過ごした人々は、それぞれの感想を胸に帰宅して行った。
俺達の目的は「彼らに良い思いをして頂き、それを宣伝してもらう事」であり、その為に村の人々は最大限のおもてなしを行った訳だが……果たして、この世界の基準での“良いの接客”だったかどうか。数日は気を揉んでいた俺達だったが、ヒルダさんが送ってくれた使いの報告で、その不安は一気に吹っ飛んだ。
なんと、トランクルは貴族の間でもっぱら話題になっており、周辺の街の人々の反応もかなり良いというのだ。
「当然だ、完全無欠のこの俺が接客を指導したのだから、失敗などありえない」とラスターは鼻高々背景キラキラだったが、まあとりあえず所作に厳しい貴族様達に好評だったという事は素直に喜ぶべき事だろう。
これならなんとかやっていけそうだ。
ちなみに俺が担当したフードコート兼子供の預り所は凄く人気だったらしい。
小麦粉を溶いてクレープのように焼き上げた物で、ヒメオトシのジャムや果実を巻いたファストフードや、カレンドレスの天ぷら、他、庶民が食べ慣れた料理などを、手が出しやすい値段で提供したことが喜ばれたらしい。
特に、俺が村人に教えて一緒に改善した料理は、とても喜ばれていたようだ。
それに、一階には子供達が無料で遊べるプレイゾーン的な場所を作っておいたのも、子供連れの旅行者には感謝されたんだとか。
ふっふっふ、このプレイゾーンはただの遊び場じゃないぞ。子供用の玩具を散りばめた場所もあるが、安価で挑戦できる危なくない弓で的を狙う射的があったり、定番の輪投げだのボール入れなどもあるのだ。
もちろん、高得点の人にはプレゼントも用意している。
要するに“ちょっと簡単なお祭りの屋台”みたいなもんも併設したって事なんだが、これが意外と大人達に好評で、子供と一緒に楽しめるからと散策を後回しにして遊ぶ親子や、大人げなく張り合う大人が沢山いたらしい。
まあ、大人の遊戯って言ったら賭博とかが普通の世界だもんな……でも、時代的に多分ボウリングの前身みたいな遊びとか、ゴルフとかはあっても良いような気がするんだが……子供と一緒に手軽に遊べるものがあんまりないって事なのかな。
まあとにかく、俺の提案は大成功だったって事だな。
そうそう、提案と言えば湖についてもかなりの成果があがったようだ。
と言うのも、アンナさんと村長さん達の綿密な打ち合わせによって、充分に自分達の役割を把握していたカエル達が、来たお客さん達に愛想を振りまいたりして、結果的にアイドル的扱いを受けたとのことで……ま、まあ、クラッパーフロッグ達は元々人間に対しては友好的だし、俺達にも優しかったからね!
でもそこまで歓迎されるとは……。
それを報告して貰った時には「あ、池の鯉みたいになりそう……」と思ったが、雑食性のクラッパーフロッグ達なら大丈夫だろう。たぶん。
あと体も大きいから早々太らないだろうし、アンナさんも時々は様子を見に来てくれるって約束だから、平気だよねきっと。
……そんなこんなで一通り説明を聞き、プレオープンの時の話を元に最終調整をして設備も整え、ベイシェールやセイフトとトランクルを繋ぐシャトルバス……もといシャトル馬車を正式に稼働させて、トランクルは今日遂に新装開店した。
いや、うん、店じゃないけどね。
「そろそろ、セイフトからの第一便が来ますね」
村の入口でお出迎え係の村人達とその馬車を待っていると、ダニエルさんが俺達に近寄ってくる。一番端にいたラスターは、大きく頷いて腕を組んだ。
貴族が出迎えなくても良いんだぞと言ったんだが、「俺一人残していく気か」と大いに不満げに顔を歪められたので、こうして一緒にお客様を待っている。まあ、仲間外れが寂しいのは解るが、プライドよりも寂しさを取るのかお前は……。
「この第一便の人数で、村の今後が決まるな。……あれだけ宣伝活動をやって人が来なかったとなれば、それはもう失敗だったという事だ。良い設備も良い人員も、人の目に触れなければそれは無いものと同じ。初手で出遅れたものは挽回する事も難しい……。セルザが過労死しないためにも、満員御礼と行きたいところだな」
「う、うう……そ、そうですね……」
ああっ、ラスターのせいでダニエルさんが胃を抑えてる。絶対キリキリ言ってるよ、絶対キリキリ言ってるよねアレ……。
しかし、残念ながらラスターの言う通りだ。スタートダッシュは商売には重要な要素であり、これに失敗すると脚光を浴びる事は難しい。出来れば、トランクルは華麗にスタートを切って欲しい物だが。
そんな事を考えていると、胃を抑えつつダニエルさんが苦しそうな顔で俺達をじっと凝視してきた。
「……にしても……あの……ツカサさん達、随分とそのぉ……狭そうですね」
うん。狭いな。
なるべく今の状況を考えないようにと思って、これまでの出来事をプレイバックしていたんだが、やっぱりハタから見たらヤバいよねこの状況。
ブラックに腕を取られてぎゅうっと密着されてるうえに、その反対側で対抗するように俺に身を寄せてぎゅむっと体を押し付けているクロウがいるのだ。
……控えめに言って暑苦しいよね……わかる、わかるよ……。
でも俺もどうにも出来ないから仕方ないんだ……。
「僕とツカサ君は好き合ってる恋人同士だから良いんだよ」
「オレも二番目のオスだからひっついているのが当たり前なのだ」
良いんだよ、じゃないです。なのだじゃないです二人とも。
でも二人ともやっと元に戻って来たのに止められないじゃん……。
ああでもダニエルさんがヒいてる……ドンビキしてるうぅう……。
「そ、そうですか……えっと、あの……良かったら、その、店の中で一息入れてはいかがですか? ツカサさんもお疲れみたいですし……」
アッ、気遣われてる、本当に遠まわしに気遣われてる……。
っていうかやっぱりこういう態度だと邪魔ですよね解ります。俺もこの状態でお出迎えは無理だと思います。ごめんなさい本当にごめんなさい。
でも、ダニエルさんに助け船を出して貰えたこの好機を逃す訳にはいかない!
「そ、そうですね! ブラック、クロウ、ラスターあの、ちょ、ちょっと入ろう! 窓から外も見れるし! なっ、な!」
「えぇ~……? まあいいけど……」
「ツカサがいいならいいぞ」
「まったく……平民はヤワだからいかんな」
てめーらコンチクショウ。
素直に従ってくれたから良いけど、何だその言い方はー! まあ良いけど!!
反論したら火種を生むのでぐっと堪えて、ひとまず大通り沿いに窓が有る酒場に入って窓側の席に座る。
席につくとさすがに隙間が出来るので、ブラックもクロウも少し離れてくれた。
……が、まあ、ブラックは当然のように俺の隣に陣取ったので、あんまり変わらなかったんだが。
「……お。馬車の音が聞こえてきた」
獣人の耳でいち早く来訪を聞きつけたクロウが窓の外を見る。
俺達にはまだ聞こえなかったが、つられるように窓の外を見やると……やがて、ガラガラと音が聞こえて村人達の姿勢が変わった。
さて、第一陣はどうなっているのか。
ドキドキしながら馬車が到着した姿を見詰めていると――――
「あ……っ」
なんと、馬車からは思っても見ない人数の人達がわらわらと出て来たのだ!
そりゃもう、庶民と言った風体の人々やら、綺麗な身形をした人やら、それに、明らかに船乗りであろう人達も揃って大きな乗合馬車から出て来たのだ。
十人や二十人なんてものじゃない。
これは……。
「ほう、どうやら……初手は上出来だったようだな」
ラスターの言葉に、俺も嬉しくなって頷く。
馬車から降りて来た第一陣の人々を歓迎する村人達に、お客さん達は期待に胸を膨らませたような明るい表情をして、村人達に挨拶をしている。
彼らが何を言っているのか聞き取れないのが残念だが、しかし全ての人達が嬉しそうな顔をしているのを見て、俺はこの村が復興した事を確信したのだった。
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