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ファンラウンド領、変人豪腕繁盛記編
27.執着と献身は少しだけ似ている
しおりを挟む「………………う……」
意識が浮上した途端に腰や背中の痛みがじわりと伝わってきて、顔を顰める。
今がどんな状態かも判らず目を開けると、部屋はもうすっかり暗くなっていた。
「…………」
夜か、と呟きたかったのだが、声が掠れきってて何を言ったんだか判らない。
それほど自分があんあん喘いでいたのかと思うと、顔から火が出そうだった。が、まあ部屋が暗いのでよしとする。
それより、喉だ。喉が渇いた。
何時間寝ていたのかは解らないが、恐らく二時間程度じゃすまないだろう。
また夕食を食べそびれちまったんだなぁ……うう、ちくしょう。俺みたいな思春期ぴっちぴちの高校生男子に強制ダイエットとか鬼の所業かよ。
本当にあのクソオヤジ……と思いながら体を動かすと、腹の所でなにやら太い物がもぞっと動き、背後から唸るような声が聞こえてきた。
「うぅ~……」
「…………また添い寝か……」
もう慣れたけど、ここ俺のベッドなんですけどねえ。
自分の部屋に帰れよ……とは思ったけど……良く考えたら、えっちしたらすぐにポイなんて事をされたらそれはそれで何かモヤモヤするし、こう言う所だけは……まあ、悪くはないのかな。
でもやっぱ腕は重いのでゆっくりとどけて、緩慢な動作でベッドの端に移動して座ると、俺は改めてブラックの方をみやった。
…………こんちくしょう、また涎垂らして幸せそうな顔で寝やがって……。
ああもう、髪を結んだままで寝てるから、さっそく絡まってボサボサになってんじゃねーか。朝整えるのは俺なんだぞ。なんでそのまま寝ちゃうんだよお前は。
「んん゛……」
もう、と呟く事すら億劫で、俺は唸りつつブラックの髪を纏めるリボンを解く。
緩んでいたリボンはすぐに髪から抜けて俺の手に絡んできたが、その僅かな動きを感じたのか、ブラックは口をムニャムニャと動かしながら眉を寄せた。
「んうう……む……つかしゃく……」
「…………」
「つ、ぁ……く……えへ、へへ……もっろなれ、ぇ……」
……ええと……もっと撫でて、か?
このオッサン、本当とぼけた寝言しか言わないな。
あんだけ好き勝手やったくせして、まだ甘えて来るとか。本当に大人かよ。図体デカいくせして、中身は子供ってのがなんだかなあ。
「…………ばか」
だけど、それで愛想を尽かす事が出来るなら、俺だって苦労してない訳で。
思う存分涎をたらして、無精髭も更に伸ばしきって間抜けな顔で寝ている変態なオッサンだけど……寝言で名前を呼ばれて、そんな嬉しそうな顔をされたら……誰だって、悪い気はしないじゃないか。
ほんとずるいよ、あんた。
「……せめてもうちょっと、スケベな所を控えてくれたらなあ」
あんな変態行為をされても、それがブラックの最上級の好意だと解ってしまっているから、拒否が出来ない。この人でなしの中年が、基本的に他人なんてどうでも良いと思っている人間だってことを知ってるから、俺はブラックの自分に対しての「こうしたい」って思いをあまり拒否できないんだと思う。
……だって俺は、ブラックにどう「好きだ」って気持ちを伝えたら良いのかすら今も解らなくて、コイツの言う「好き」に真正面から「好き」と返してやれたことなんて、一度もない。
そんな状態で、ブラックのことを拒んで距離を置かれたらと思うと……目の前が歪むほど頭が真っ白になって、その未来を想像する事すら怖くて。
一度怒らせたことが有るから、どうしてもまたあんな風にはなりたくなかった。
自分にも至らない所が沢山あるから、尚更。
……本当は、俺だってブラックに「好き」って言わなきゃ行けないんだと思う。
「俺はブラックの恋人です」って、胸張って言えなきゃ駄目なんだと思う。
それを出来てないのは、俺の甘えでしかないんだ。
ブラックはずっと待っててくれてるのに、何度も体を繋げてるのに、どうしてもその短い肯定が口に出せなくて……それが、とても悔しくて後ろめたかった。
俺だって……ブラックの事は、大事なのに。
「……ブラック……」
シーツに流れた髪を、頭頂からやさしく梳いてほぐす。
くすぐったい感覚なのか、ブラックはむにゃむにゃとまた口を歪めたが……手の感触を理解しているのか、幸せそうに笑った。
「うにゃ……ぅ、へ…………つかしゃく……」
子猫が親にすり寄るように眦を緩めて、シーツに懐く。
その仕草が妙に無邪気に思えて、思わず笑ってしまった。
――まったくなあ、もう。
大人なのに子供みたいな事するよなあ、コイツ。……でも、ブラックはそういう存在なんだよな。今やっと、こんな風に笑えるようになった奴なんだ。
まともな大人になれなかった、子供みたいな大人。
こいつは、今まで少しだけ寄り道をしていた、まだ成長途中のオッサンなんだ。
だから……。
「…………俺がちゃんとしなきゃ……だめなんだよな……」
もし俺がブラックみたいに何でも喋れて、キスだって気軽に返してやれるくらい豪胆だったら、ブラックだってこんなにえっちしようとは思わなかっただろう。
思うかもしれないけど、まあ、そこは置いといて。
とにかく、相手の気持ちってのは目には見えないものだ。いくら恋人だからって好きもキスも無かったら、そりゃ不安になるだろう。俺だって発情しないブラックとか逆に怖すぎて不安になるし……だから、たぶん……ブラックも必要以上に俺の事を虐めて溺れさせて、雁字搦めにしようとするんだと思う。
ブラックが若い頃に乱れた生活を送っていたのは、そんな理由もあるんだろう。
それ以外に、人を繋ぎ止める方法なんて知らなかったから。
……俺には話してくれないけど、話してくれないからこそ、昔の「一人ぼっち」は、凄く辛かったんだろうって事くらいは解る。
だからこそ、俺がブラックに「普通」を求めるのなら、俺もちゃんとブラックを怒れるくらい“立派なお付き合い”ってのをしなきゃいけないんだけど……。
「……だめだ、喉かわいた……水貰ってこよ……」
考えるとまた頭がオーバーヒートしそうで、俺はとりあえず気晴らしに外へ出る事にした。ベッドの横に不器用に揃えてあった自分の靴を履いて、立ち上がる。やっぱり腰が痛んだが、三日連続で掘られたにしてはまだマシな痛みだったので、俺はまたもや綺麗に後始末された事に気付き微妙な気持ちになった。
……相変わらず後処理だけは完璧なんだよなあコイツ……。気絶してる俺を風呂に入れてくれるし服も着せて寝かせてくれるし、なんなら回復薬までいつの間にか飲ませてる訳で……。
こう言う所だけ凄く徹底してるのも、経験の成せる業なんだろうか。
娼姫とか少年とかと毎日ヤってたせいか……なんかちょっとイラッとするな。
「いかんいかん、怒ってる場合じゃ無かった」
早く水を飲んで、戻って来よう。
自分の掠れた声を気にしながらも、俺は妙な具合になった股関節に四苦八苦しながらも、なんとか音を立てずに部屋から脱出した。
ぐう、やっぱり人の気配がない……だいぶ夜も更けちまったみたいだ。
ほのかな照明だけを残して薄暗くなった廊下を歩きながら、とりあえず食堂へと向かう。人がいるかどうか解らないが、水を貰える所って厨房くらいしかないからなあ。もし閉まってたら、自力で水出すしかないか……。でも正直、体は動くのに曜術を使おうって気に全くなれないから、出るかどうか解んないんだよなあ。
「……お、見えてきた……けど、やっぱ閉まってるか……」
そりゃまあ夜なんだし当然だけど、腰が痛い中で頑張って歩いて来たのに、ダメでしたーってのはやっぱし悲しいなあ。うーむ……外の飲食店はまだ開いてるかもしれないけど、勝手に外出したらブラックが怒るかも知れないしなあ。
どうしたもんかと引き返し、俺はふとヒルダさんの事を思いだした。
そうだ、彼女なら水差しをあらかじめ用意しているかも知れない。夜半に女性の部屋を訪ねるのは失礼かもしれないが、とりあえず聞いてみよう。
そう思って、部屋へ戻る足を転回し俺はヒルダさんの部屋へ向かうべく、中庭を臨む通路の方へと歩き出した。
中庭ってのは、あそこだ。ラスターが喉を詰まらせてた場所だな。
思えばあそこでラスターを助けてからややこしい事になったんだよな……と思いながら、丁度中庭が見える開けた通路に差し掛かると。
「…………あれ?」
ラスターが以前倒れていた白い長椅子のある場所に、誰かが座っている。
月明かりで宿の中よりも明るい中庭だが、こんな夜中に何をしているんだろうか。夕涼みとかそういう類かな。
通り過ぎようと思ったけど何故か気になって、誰が座っているのかと少し近付いてみると……月光にキラキラと輝く金の髪が見えた。
「あ…………。ラスター……?」
あれほど綺麗に輝く金髪もそうはあるまい。
思わず歩み寄ると、相手の姿がはっきり見えてくる。長椅子に座っているのは、やっぱりラスターだった。少しラフな格好をしているけど、私服かな。
窺うようにしていると、相手もこちらに気付いて声をかけて来た。
「ツカサ。どうしたこんな遅くに……もう体の具合は大丈夫なのか?」
「え? あ、ああ……なんとか……」
俺、ラスターに何か話したっけ。
もしかして、俺が意識を失っている間にブラックが何か説明したんだろうか。
まあ何にせよ変な事を吹き込まれている訳じゃないみたいなので、安心して俺はラスターの真正面に歩みを進めた。
月光が降り注いでいるのは、ラスターの真正面だ。そこに立つと相手が陰になってしまうが、なんとなく隣に座るのも躊躇われて、俺はそこで止まった。
「ラスターこそ、何してたんだ?」
手持ち無沙汰で、手を後ろ手で組む。
貴族らしく足を組んで綺麗に座っているラスターは、一度俺を上から下までさっと見やると……少し目を逸らしてから、再び俺を見上げた。
「……ツカサ。少し……話をしないか」
「え……」
ど、どうしよう。ラスターが真剣な顔をしてるってことは、真面目な話だよな。
でも、長々と話してたらブラックが起きちゃうかもしれないし……それに、俺も正直本調子とは言えない。真剣な話をしっかり聞けるかと言うと、怪しい所だった。……ラスターと話したくない訳じゃないけど、でも、今は無理かも……。
危険な事はなるべく避けた方が良いよな。うん。
ラスターには悪いけど、日を改めて貰おう。
「ツカサ、どうした」
「あ、いや……。えっと、ごめん……まだちょっと本調子じゃなくてさ。真面目な話をしっかり聞ける自信が無くて……明日とかじゃ駄目かな」
嘘は吐きたくなかったので素直にそう伝える。すると、ラスターは少し眉間に皺を寄せて、なんだか納得していないように口を曲げた。
「ツカサ、そんなに疲れているのか」
「う、うん」
「その疲れは、本当に疲労からか?」
「え?」
思わず訊き返した相手は、訝しむような……しかし、どこまでも真剣な表情で、俺を見つめていた。
……男でも目を見張ってしまうような整った顔で凝視されると、流石に居心地が悪い。だけど目を逸らすわけにもいかず戸惑っていると、相手は鋭い視線で俺を射抜いたまま、真剣な声音でもう一度俺に問いかけて来た。
「……お前のその疲労は……あの下郎に乞われるがままに、お前の気を分け与えたせいなんじゃないのか? ……ベッドの、上で」
……言っている事が、わからない。
だけど何だか会話を続けてはいけないような気がして、俺は早く部屋に戻ろうとぎこちない笑顔でラスターに笑い、踵を返そうとした。
「な……なにいって……も、もう意味わかんないし! ちょっとさ、そう言う話は明日しようぜ、なっ! じゃ、じゃあ俺、もう寝るから……っ」
軽い調子で受け流して、駆け足で逃げよう。
そう思ってラスターに背中を向けようとしたと同時。
「ツカサ、待て!」
「っ!!」
腕を掴まれて、俺は咄嗟にラスターを振り返ってしまった。
そこには、俺の腕を強いくらいに掴んで、何故か焦っている相手の顔が有って。
どうしてそんな顔をしているんだろうと固まった俺に、ラスターは何だか言い辛そうに一度目を伏せて……だけどすぐに、綺麗な翡翠色の瞳で俺を見つめて来た。
月明かりに照らされたラスターは、男の俺から見ても文句の言いようがない程の美形で。何故か、初めて風呂場で出会った時の事を思いだしたが……その時よりもっとずっと人間らしい焦った顔をしている相手に、俺は息を呑んだ。
「…………ラスター……」
「……大事な、話なんだ。…………頼む、一緒にいてくれ……」
いつものラスターと、違う。
自信満々で傲慢な顔をしているはずのラスターは、今は情けない顔をしていて。まるで……ブラックみたいだった。
「……ツカサ」
縋るような声でそう言われると、もう足が動かなくなる。
いつもと違う相手だって、明日会えなくなる訳じゃない。だから、そこで冷静に断って帰るのが正解だろう。
だけど……俺はそこまで大人にはなれなかった。
→
※繋げようかと思ったんですが、そう言えばラスターが苦手な方も居た気がする
と思い出したので一旦切ります(文字数もちょうど良かった)
次はちょっとラスターとクロウがグイグイ行くよ。
その後はわりとハイスピードで話が進みますので宜しくお願いします。
どんどんいくよ(`・ω・´)
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