異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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ファンラウンド領、変人豪腕繁盛記編

  人から言われて気付くこともある2

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「ブラック、腹減ってる? だったら、メシ食いに行こうかと思ったんだけど」

 こうなってはブラックも断りそうだけど、と思っての溜息からの台詞だったが、意外にも相手は拒否する事は無く、それどころか子供のように何度も頷いてきた。
 そこまで激しく肯定するって事は、落ち込んでるけど食欲はあるのかな?

 まあ頭を動かすくらいの元気が有れば大丈夫か。

「じゃあ……どうしよ、宿の食堂で食べる?」
「外……とか、ダメかな」
「そと?」

 聞き返すと、ブラックは長身を縮めて俺を上目遣いで見ながら頷く。
 なんだその弱々しい提案は。なんか調子狂うなあもう。
 だけどションボリしながらも要望は伝えて来る相手が妙におかしく思えて、少し笑いそうになってしまった。
 反省してるんだかしてないんだか解んないなあ、もう。
 まあでも別に不満も無かったので、俺は頷いて一緒に宿を出た。

 外はもう夕日も沈んでしまっていて、後は夜に染まるばかりの空になっている。
 湯気や火山のお蔭で少し蒸し暑さのある空気も、日が落ちた後は何だか涼しい。やっぱこういう所は夜が過ごしやすいんだよな。

「さて……どこに食べに行く?」
「つ、ツカサ君……何か、食べたいものない? あの、ほら、美味しいもの! 僕おごるよ、どんな物でもいいよ!」
「そんな矢継ぎ早に言われても……うーん……」

 外に出るなり距離を縮めて来る相手におののきつつも、俺は首を大きく傾げる。
 まあ確かに腹は減ってるけど、奢るって言われると尻込みしちゃうな。しかし、この場合はえて良い食事を頼んで思いっきり喜んでやった方が、ブラックの方も心が軽くなるんじゃないだろうか?

 こう言うのって、怒ってないって言っても相手は気にしちゃうし……そうそう、さっきのヒルダさんと俺みたいな事になるんだよ。
 そうなったら気まずいってもんじゃないぞ。
 だから、俺も思い切ってブラックの前ではしゃいでやるか。
 幸い相手は銀行に金を預けるくらいリッチなんだし、ここは甘えさせて貰おう。
 と、いうわけで。

「じゃあ……肉! 色んな種類の肉だな!」
「に、にく?」
「おうよ。出来れば、普通に店で買えるような肉が食べたいんだ。俺さ、一般的に流通してる肉と言えば、ヒポカムくらいしか知らないから。青銅鳥ってのも食べた気がするけど、確か一回だけだったし」

 どうせ人の金なら、この際利用させて貰おう。
 このゴシキ温泉郷にそんな店が有るのか知らないが、希望を言えって言われたしな。と言う訳で素直に希望を伝えたのだが、ブラックは眉根を寄せて腕を組む。
 難しい顔をしているが、何か問題が有るのかな?

「うーん、肉かあ……そう言う店が有るには有るけど、あんまり高い店じゃないよ? それより、高級料理を出す所の方が……」
「有るんならそこが良い! 俺は肉料理が食いたいんだよ。高級料理とかお呼びじゃないの! 格安居酒屋でも何でも良いから、つべこべ言わずに案内する!」
「えぇえ~……」

 何だか納得いかないようだが、俺が良いんだから良いんだよ。
 ブラックの背をばちんと叩くと、相手は相変わらずしょぼくれた姿勢ながらも、俺をくだんの店へと案内し始めた。

 夜の入りになると、この世界の普通の街は明かりもまばらになって行くのだが、ゴシキ温泉郷は違う。この街の繁華街に相当する通りは、俺の世界と同じように、夜が本番だと言わんばかりに明かりを煌々と焚き、不夜城もくやと思わんばかりの騒ぎで夜通し街を照らし続けるのだ。
 あの時は、俺の世界の温泉街みたいだなって素直に喜ぶだけだったけど……この世界の観光地として考えてみると、本当に特異な場所だよな。

 こういう雰囲気も、俗世間と異なる場所だと思わせる要因なのだろうか。
 夜通し営業のお店だなんて、少なくともこの世界じゃ首都や賑わってる街くらいでしか見かけないもんな。この世界は酒場も夜半前には普通に閉まるし。

「そういう所は意外と健全なんだよなあ、この世界」
「ん?」
「ああ、いや、何でもない」

 まあでも、昔はどこもそんなのが多かったんだよな?
 俺の生きてる時代が何でもかんでも夜中まで営業してるだけで、昔なら深夜営業の店なんて怪しい所しかなかった訳だし。
 それに、この世界の明かりは、電気みたいに永続的に供給される物でもないしな。一番明るい明かりの【水琅石すいろうせき】ですら、昔の蛍光灯みたいに一々買い直さなきゃ行けないシロモノらしいいし。

 そんな事を思いながら、客引きや酔っ払いが楽しそうに混在する大通りを歩いていくと、ブラックは何番目かの脇道に入った。
 相変わらず、客引きや地べたでゲヘゲヘ笑ってる陽気な酔っ払いが沢山いるが、少し狭まった道のためか閉塞感を感じる。そのせいか、周囲から香る酒や食べ物の匂いが強くなってきて、俺は周囲を見回しながら歩いた。

 ふーむ、ここは俺の世界で言うのんべえ横丁的な感じなんだろうか。
 ブラックの言う通り、高級そうな店と言うより庶民的な店ばかりみたいだな。でも、なんか凄く懐かしい感じがしていいなあ、こう言う場所。
 赤ちょうちんとか和風な引き戸が並んでたら完全に横丁なんだけどなあ。
 ……っていうか、この温泉郷を計画した冒険者って、一体何歳だったんだ……。飲み屋街が有るって事は、俺より年上……?

「あ、ツカサ君ここだよ」

 変な事を考えている途中でブラックの声を掛けられて、現実に引き戻される。
 こことはどこだ、とブラックが入ろうとしている場所を見やると、そこは何の変哲へんてつもない褪せた煉瓦の壁の家が立ちはだかっていた。

 思わず「民家?」と言いそうになったが、しかしそこには確かに吊り看板や扉に打ちつけられているプレートがあり、そこが店だと言う事を告げている。
 しかし、その名前は何と言うか……変な名前で。

「……ええと……に……“肉を食わせる店”……?」
「あはは、まんまでしょ。でも、中はちゃんとしたお店だから大丈夫だよ」

 まんま過ぎねーかこれ。直球勝負にもほどがあるよ。
 ブラックが選んだんだから料理は絶対美味いとは思うけど、他が不安過ぎる。
 恐る恐る中に入ってみると……そこは、カウンター席しかない狭い店だった。
 ええと……これは……。

「立ち食いソバ……?」

 じゃないな、違うよな。この場合はアレか、だいにんぐばーとか東京の狭い土地に無理矢理作った飲食店みたいな奴か?
 でもカウンターに一人で立っているのは、頭にねじり鉢巻きを巻いた気難しそうな壮年のおじさんだし……どっちかって言うとマジで横丁の居酒屋……?

「いらっしゃい」

 俺達が入って来るなりぽつりと呟いたおじさんに、俺は思わず頭を下げる。
 しかしブラックは構わず、適当にカウンターの席に座ると手招きをした。

「ツカサ君おいで」
「う、うん」

 素直に座ると、店主のおじさんが動き出す。
 何をしているのか解らないが、カチャカチャと音が聞こえるから用意をしてくれているのだろうか。カウンターの中は見えないのでただ待っていると、おじさんは俺達を見もせずにぽつりと問いかけて来た。

「今日は何にしますかい」
「ツカ……この子が、市販で手に入る肉を一通り試したいらしいんだ」
「カムタートルやキリングバインの肉が手に入っているが?」
「市販のもので頼む。簡単に焼いてくれるだけでいい」

 そう言うと、おじさんはニヤリと笑った。

「あいよ。まかせときな」

 今の注文の何が嬉しかったのか良く解らないが、おじさんはそう言うなり包丁を取り出して、なにやら材料を切り始めた。
 良く解らないが、今の注文で良かったのか……?

「なあ、ブラック……アレほんとに良かったの?」

 今度は俺が落ち着かなくて萎縮してしまうが、ブラックは気弱な笑みでエヘヘと笑って俺に耳打ちをして来た。

「変な格好してる変な店主だけど、腕は確かだよ。前にふらっと入った時に、存外料理が美味しくてね。それから、ここに来たら時々寄ってたんだ」
「へー……」
「まあでも、僕の事なんて店主は覚えてないと思うけどね」

 そう言って、ブラックはいつの間にか出されていたぬるいエールに口をつけた。
 酒にもなっていない酒を煽るその姿を見ていると、なんだか妙な気持ちになって、俺は顔を背けて店主のおじさんの方を見やった。
 今の話を聞いて、今のブラックを見ていると……なんだか寂しいような、変な気持ちになって。そんな気持ちが妙に煩わしくて、逃れたかったのだ。
 何故だか、解らないけど。

 そんな俺の事を察したのか、無口そうなおじさんが急に喋り出した。

「一般的に流通してる肉は、家畜化されたヒポカム・青銅鳥・ナクラビボアの三種だ。この内ヒポカムは飼育が容易なため、最も多く消費されている。……お前さんがたもよく食ってるだろうな」
「あ、はい」
「対して、青銅鳥は素材を刈った後の肉で高めだし、都市か山間部にしかその肉は卸されない。この二種より飼育場が限定されていて、尚且なおかつ育てる事すら難しいと言うナクラビボアに至っては干し肉が精々だな。本当はバロメッツという乳山羊の肉も有るんだが……これは、三種より更に高価で出回りにくい。案外、肉を扱う店でもヒポカム以外は喰えねえことが多いんだ」
「だから精肉店でもヒポカムばっかりだったんですね」

 セイフトの街で何度か肉を買って来た事が有るが、精肉店にはヒポカムの肉の各種部位や干し肉などは沢山あったけど、青銅鳥は見かけなかったな。
 精肉店自体が珍しいから気にしてなかったけど、やっぱこれも流通の問題か。
 それと、元々モンスターだから扱いにくいんだろうな……それでも、野生の魔物を狩ってさばくより簡単だから、一般的と言われているのか。

 そんな事を思っていると、店主のおじさんが俺達の前に皿を差し出してきた。

「あいよ、これが一般的な肉三種だ。左から、ヒポカム、ボア、鳥で並べてるぞ」

 もう出来たのかと驚く俺に、店主のおじさんは二股のフォークを渡す。食べろ、と言う事だろうが、俺はまず観察せずにはいられなかった。

 平皿にたっぷり盛られた肉は、三種それぞれが違う焼き方の肉だ。
 パッと見は牛肉らしき肉が二種と、明らかに鳥と解る肉の塊が乗っている。
 しかし牛らしき肉の一つは分厚く切られており、中が薄らと赤みがかっていた。
 こ、これはもしかしてミディアムレア的な奴……?
 味付けはシンプルに塩と胡椒だけだが、かなり良い匂いがして、先程から強烈なほどに胃を刺激して来ていた。

「食べよっか」
「う、うん」

 言うなり、ブラックは何の気も無しに肉を口に入れて、もごもごと食べている。
 特に感動はないようだが……でもコイツの場合舌が肥えてるからなあ……。

「じゃあ、まず……左端の肉……」

 薄めの肉を口に含む。……うん、これはいつも食べ慣れている肉だ。
 脂肪分は少ないが、その分柔らかくてしみじみうまい。青銅鳥も、順当にジューシーな鳥肉の味だな。よくよく考えてみると、久しぶりに鳥肉食べたなー俺……。
 ああ、から揚げ食べたい。今度は鳥を狩ろう。そう思いながら、少し厚く切られて赤みを残すナクラビボアの肉も食べてみると……――

「――……!」

 肉汁がじわりと染みだしてきて、旨味が口いっぱいに広がった。
 これは……牛だ! マジで牛肉みたいな味がする!!
 ナクラビボアって、ボアって言うからイノシシかと思ってたら牛肉じゃん。
 いや、でも、ちょっと違うかな。肉汁はあるけどさっぱりしてる。言うなれば、牛と豚の中間……? めっちゃ美味いけど、このナクラビボアって一体……。

「んー、やっぱりボアの肉は濃厚なワインが合うよねえ」

 って、ブラックの野郎いつの間にかワイン頼んでるし。
 ……でもまあ、ちょっとご機嫌みたいだから、少しは元気が出て来たのかな?

「ツカサ君、美味しいねえ」

 ニコニコと笑う顔には、もう申し訳なさそうな表情は無い。
 俺の態度にやっと安心したのか、それとも腹が落ち着いて少し冷静になったのか。どちらにせよ、気分が持ち直したみたいで良かったよ。
 そう思いつつ、俺も思いっきり笑顔で返してやった。

「だな! やっぱ肉はうまい!」

 やっぱり元気がないときは肉だな、肉。というか久しぶりに焼肉食ったわ。
 この世界に来てからと言うもの、思えばこういうシンプルな料理を作ろうと思った事が無かったけど……俺は本来こう言う簡単な料理の方が好きなジャンクフード野郎だし、時々なら焼肉とかしても良いかもなあ。

 ブラックと二人で他愛ない話をしながら肉を愉しみ、店主のおじさんからもナクラビボアやバロメッツの肉などの情報を聞いて、あの調理法が良いとか、血抜きの方法がどうとかという話をして貰って、俺達は大いに食事を楽しんだ。

 今日は幸い客が来ない日だったらしく、誰にも邪魔をされず三人で会話を楽しむ事が出来たが……久しぶりのシンプルな肉料理でワインをがぶ飲みし過ぎたのか、ブラックが催したと言って席から離れてしまった。
 それと同時、店の中で小さな鐘が鳴る音がした。

「……おっと、もうこんな時間か。だいぶ話し込んじまったな」
「あ、うわ、長々とすみません。ブラックが帰って来たらお勘定お願いします」
「いやいや、こっちも久しぶりに肉の話が出来て楽しかったからいいさ」

 俺達がすっかり平らげた皿を洗いながら、初対面より随分と表情豊かになった店主のおじさんが笑う。どうやら彼はただの人見知りだったらしい。
 シャイなんだなとなごんでいると、おじさんはふと思い出したように呟いた。

「それにしても……あの常連さん、ずいぶん変わったんだなァ」
「え? ……あっ、もしかして……ブラックの事を覚えててくれたんですか?」

 思わず問うと、おじさんは軽く頷いた。

「ああ、あのお客さん……最初は女に連れられて来てな。その後はうちの店が気に入ってくれたのか、時々一人で来てくれるようになって……だが、よく来ていた頃の……若い頃のあのお客さんは、今みたいに笑わなかったし、こっちと会話をしもしなかったんだけどな」

 あー、紫狼の宿のおじさんも似たようなこと言ってたなあ……。
 若い頃のブラックって、本当に他人の事なんて興味が無いって感じの、いけ好かない野郎だったんだよな。しかも、娼姫をとっかえひっかえって言う。

 その頃から考えると、確かに今のブラックは驚くべき変化だよな。
 感心して頷いていると、おじさんはじっと俺を見つめて来て、ふっと笑った。

「……あんた、あのお客さんの恋人だろう?」
「っ!? なっ、なん、で」
「分かるさ。……だってなあ、あの人……アンタが美味しそうに肉を食べる間中、ずうっとアンタの事を愛しそうな目で見てたからなァ……」

 なんだか懐かしそうにそう言って、おじさんは肩を揺らした。
 ……この人も……昔のブラックを知ってて、そう言う風に笑うんだな。

「……あの……」
「ん?」
「恋人って……わかるもんですか」

 そう言うと、おじさんは大きく笑った。

「ははは、冗談きついなお客さん。こう言っちゃなんだが、あの兄さんが、初めて“自分から連れて来た”お客だぞ? それに、あんなに性格が変わってんだ。そら昔のあの人を知ってるなら、誰だってそう思うだろうさ」
「…………」

 昔の事を少し知っているだけの人でも解るほど、変わってたのか……。
 でも……俺は……ブラックの事を何も知らないし……まだ、アイツになにもしてやれてないんだよな……。

「はー、すっきりした……あれ? ツカサ君どったの?」

 呑気な声でそう言ながら、ブラックが戻ってくる。
 俺がいつも知っている、間抜け面の相手が。

「…………」

 なんだか急に胸が苦しくなって、俺は何を言い返そうか迷ったのだが……結局、店を出るまで何も言い出せなかった。












※すんません肉の話でイチャイチャシーンが次回に_(:3 」∠)_
 ちなみにナクラビボアの飼育場は豊かな水場で
 青銅鳥は場所を選びませんが、なんらかの鉱石を食べて成長します
 ヒポカムは普通に草食べて生きてる生物なのでそりゃ畜産するにも
 ばらつきがでるよねという。
 
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