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ファンラウンド領、変人豪腕繁盛記編
22.人から言われて気付くこともある1
しおりを挟む…………あれ。なんか眠いぞ。
俺いつの間に寝たんだ。全然記憶にないんだけど。
さっきまで確かに立っていたはずなのだが、いつの間に寝てしまったのかな。
考えたが全くわからず、ゆっくりと目を開こうとすると……何故か開きにくい。
ぷるぷると震え謎の抵抗をする目蓋をゆっくり開ける。すると、俺の視界には水琅石のランプがぶら下がる、古めかしい天井が写り込んできた。
うん……天井?
闘技場には天井なんて無かったはずなんだけど。
「………………ぁえ?」
思わず呟いてみるが、口がうまく回らない。
寝起きだからだろうかと思って起き上がろうとすると、何故か左頬と右のわき腹が痛むような気がして、思わず顔が歪む。
どうして痛いのだろうか、と考えようとしたが……その前に、額を優しく抑えるすべすべした手に促されて、俺は再び地面へと背中をくっつけてしまった。
いや、違うなコレ。地面じゃない……ベッドだ。
「もう、お目覚めですか。貴方の作った回復薬は、本当に凄い効き目ですのね」
小さく、笑う声。
その声の方へとゆるゆると視線を動かしていくと、そこにはヒルダさんが静かに微笑んで座っていた。
「いぅら、あ……あお……こぇ……」
「ああ、まだ喋ってはいけません。回復薬を使ったとは言え、全てがすぐに治る訳ではないのですから。……まったく、驚きましたわ。賭け勝負を止めようとするなんて、小さな体で相変わらず無茶な事をなさるのですね」
くすくすとそう笑われるが、不快感は無い。
俺の額を撫でてくれている手が、とても優しいからだろうか。
ゆっくりと瞬きをしながら見上げていると、ヒルダさんは目を細めて子供をあやすかのように、俺の髪を手で梳いてくれた。
「しばらく安静にしていて下さい。ラスター様のような武人ならともかく、ツカサさんのような方が仲裁するのは無理と言う物ですよ」
「うう……ういあえん……」
すみません、と言いたいんだが、まだ口が動かない。
みっともない所を見せているなと恥ずかしくなったが、不思議と嫌な感じはしなかった。これが母性と言う物なのだろうか……母性……シアンさん以来だ……。
ああでもどうしよう、二人だと話し辛いよ。だって、俺は彼女の息子のゼターを牢屋にぶち込んだ張本人だし、身内からすれば納得できない所もあるだろう。
理屈では分かっていても、感情が付いてくれないなんて事はざらにあるのだ。
それを考えると、俺はなんだかヒルダさんをしっかりと見られなかった。
無意識に目を逸らしてしまったが、しかし彼女は。
「……ふふ。本当にお優しいのですね、ツカサさんは」
「え……」
「ゼターの事を考えて、わたくしの心まで思いやって、そんな風に悲しい顔をして下さるなんて。本当に素直で……」
「う……ういあえん……」
何か嫌な気分にさせてしまっただろうか。思わず謝ると、ヒルダさんは少し寂しそうな顔をして、ゆっくりと横に首を振った。
「謝らなくても良いのですよ、ツカサさん。……あの事件は確かにゼターの罪です。そして、その罪を見出せなかったわたくしにも咎は有ります。息子の心を理解してやれなかった……母親としては、罵られても仕方がない事でしょう。けれど、それはわたくしの落ち度です。どれほど他人の行為を恨んだとて、自分の中の罪悪感は消える事はない。……なにより……あの子に殺されかけても尚、わたくしどもを心配して下さる方に……恨み言は言えません」
「い……うあ、あ……」
「もう、詫びるような顔をなさらないで。……ツカサさんがそんな顔をなさると、わたくしも欲が出てしまいます。貴方を非難し、泣き叫び、見下しているのかと叫んで……独りよがりな考えに染まってしまう。……思いやる気持ちを持って下さるのなら、どうか、わたくしをあの村人達と同じように思ってやって下さい」
ヒルダさんの悲しそうな言葉に、俺はようやく彼女の思いに気付いて閉口した。
そっか……そうだよな……。
同情や寄り添いたいと思う気持ちも、時にはその人を傷付ける刃になってしまう。憐憫や慰めは、心が落ち着かない時に向けられたって何の足しにもならない。
結局、その人の悲しみはその人にしか理解出来ないんだから。
それを無視して同情を寄せ続ければ、バカにされていると思ってしまっても仕方ない。心が弱っている時は、どんな事でも気に障る事になりうる訳だし、なにより俺は……ヒルダさんにとっては、複雑な心境にならざるを得ない相手なんだし。
それを無視して同情を寄せるのは、相手に失礼だった。
心配し過ぎてはいけないってよく聞くけど……ほんとにそうなんだな。
「……少し厳しい事を言ってしまって、ごめんなさいね」
申し訳なさそうに綺麗な顔を歪めるヒルダさんに、俺は一生懸命首を振る。
口もだんだんと動くようになってきて、俺はぎこちなく必死で笑った。
「こ、ちこそ、すんまへん……。れも、はっひり、い、ってくれて……よかった、です」
こう言うのって、言って貰わなきゃ解らないし、相手の人も「自分のための行為なんだし我慢しよう」となると、お互いストレス溜めるだけだからな。
そりゃ厳しい言葉かもしれないけど、ヒルダさんが苦しまない為なら、俺は厳しく言われたって別に構わない。苦労してるヒルダさんを余計に苦しめたら、そっちの方が俺としては厳しく言われるより辛いもの。
俺にそうして欲しい……そうする事で円滑に交流したいと思ってくれてるなら、これほど嬉しい事は無い。だって、嫌われてないって事なんだからさ。
だったら、俺に出来る事は相手の望むやり方で接する事だけだ。
出来るだけ、ヒルダさんが心に重荷を負わないようにな。
「……貴方は……よく、似ていますね」
「え?」
「ああ、いえ……それより、ブラックさん達がとても心配していましたよ。咄嗟に力を抜いたものの、勢いよく貴方が吹き飛んだからと。……あまりに落ち着きが無かったので、部屋の外に出て行って貰いましたが……良いお仲間ですね」
ヒルダさんの言葉は気になったが、俺はへらっと笑って眉根を寄せた。
「はは……し、心配してくれる所はまあ、いい奴なんですけどね……」
「特にブラックさんは、泣きそうな顔で……ふふっ、恋人だからかしら? とても愛されていらっしゃるのね」
「ブッ!! なっ、な、なんで、わ、わかっ……!?」
えっ、まっ、な、なんでそんな事知って……さてはあの野郎ども、俺が気絶している間にヒルダさんに有る事無い事喋りまくったんじゃ……!
うおおおおなんでそうアイツらは余計な事をおおおお!
「聞かなくても、解りますよ。だって……初めてお会いした時から、あの方の目には貴方しか映ってなかったんですから」
「え…………」
それ、どういう……。
思わず目を丸くしてヒルダさんをみやる俺に、相手は微笑んで続けた。
「あの方が、ラスター様の御屋敷に潜入する為に訪ねて来られた時……わたくしは仮面越しながらも、あの方の容貌にどきりとしたのですよ。なんて綺麗な赤い髪に整った容姿をしていらっしゃるのかしら……と。……だけど、あの方はとても口数が少なく、いつも違う処を見ているようだった。……その紫電の瞳が何を見ているのか、その時は理解出来なかったけれど……なんとなく感じたのです」
そう言って、再び俺の額に手を当て、優しく前髪を梳き――ヒルダさんは、俺に言い聞かせるように告げた。
「ああ、この人は……唯一の大切な存在だけを、ずっと見つめているのだ、と」
「――――…………」
何よりも……大切な、存在。
そんなの、初めて聞いた……ブラックの奴、そんなに思いつめて、俺を……。
「……その目は、今も変わってませんよ。あの時より怖さは無くなって……色んな人に目を向けて、だいぶん印象が違いましたけれど……。でも、相変わらず誰かを……ツカサさんを見つめているのを見て……ああ、この方を一心に見ていらしたのだなと思いました。……本当に、お似合いの二人ですね」
優しい声で、偽りのない穏やかな表情を浮かべながら言うヒルダさんに、何故か声が詰まる。自分でも何が言いたいのか分からなくて、どうしたら良いのか思考が停止して、一瞬混乱したが――――
何故だか、俺は……思っても見ない言葉を、吐き出していた。
「…………ほんとに……似合ってる、って……思いますか……?」
自分の声じゃないみたいな、弱々しい声。
そんな声を発した自分に驚いたが、何より信じられなかったのは、自分でもその言葉の意味が解らなかった事だった。
……なんだろう。似合ってるって、なんだ。
俺は何でそんな事を、こんな泣きそうな声で問いかけたんだろう。
自分自身混乱して思考停止している俺に、ヒルダさんは小さな唇を綻ばせた。
「……自分に、自信が持てないのですね」
そう、言われて――――今まで混乱していた思考が、すとんと腑に落ちる。
だけど、その腑に落ちた物は未だに良く解らない。
戸惑う俺の表情は見えているだろうに、それでもヒルダさんは優しく微笑んで、俺を落ち着かせるように額を撫でてくれていた。
「何を恐れているのかは、わたくしには解りませんが……。貴方がブラックさんの気持ちに応えたいと思っているのなら……それは、彼にとってはとても嬉しい事の筈ですよ。……それでももし、不安に思うのなら……また改めて、わたくしが話を聞きますから大丈夫。今は、あまり考えずに休みましょう」
「……ヒルダさん……」
撫でられる額が、気持ちいい。
こんなこと思うなんて変かもしれないけど……何だか、ガキの頃に婆ちゃんや母さんに寝かしつけて貰ってた時のような感じがして、凄く心が落ち着いて……。
「さ、もう少しお眠りなさい。……本当は、今までずっと気を張って、疲れていたのでしょう? でなければ……この程度で昏倒するはずないもの」
「は……ぃ……」
くすくすと笑う大人の女の人の声が、心地いい。
本当は、疲れてたんじゃなくて、俺がヒルダさん達よりも貧弱だったから昏倒してしまったような気がするんだけど……まあ、疲れてたって事にしておこう。
ゆっくりと目を閉じて、そのまま眠りにつくまで、ヒルダさんは俺の頭を優しく撫で続けてくれていた。
◆
次に目覚めたのは、ちょうど夕飯前の時間帯だった。
その頃にはもう痛みも引いており、試しに発声練習をしてみると問題なく口も動いてくれた。回復薬を使ったせいなのか、不運な衝突をした部分に有るはずの傷や青あざなどは無くなっているようだ。
むしろ、手首や足の縄痕の方がまだ残ってるというか……ま、まあそこは良い。
とにかく驚くばかりの回復っぷりだった。
俺の作った回復薬は市販のモノよりだいぶ回復量が違うとはいえ、回復薬ってのは本当にファンタジーならではだなと改めて思う。
自己治癒が不可能な損傷なんかは治せないけども、HPゲージもないこの世界でゲームみたいにさらっと回復すんだもんなあ。他の薬にも言える事だけど、こう言う所が俺の世界とは違うんだなと改めて感じて、ちょっと不思議な感覚がする。
現実っぽくないけど、現実なんだもんなあ、これ……。
何ヶ月経っても自分の体に降りかかるファンタジーには慣れそうにないわ。
まあ、それはそれとして。
自分の体長を確認し、衣服を整えて部屋を出ると、その途端にどっと背の高い影に取り囲まれてしまった。
それはもう、言わずもがな。ブラック、クロウ、ラスターである。
いつから待ってたんだと問いかける間もなく、何かびしゃびしゃと俺の顔に汁をひっかけながらブラックが抱き着いてきた。
「うあぁああああ~~! ツカサ君ごめんねごめんねごめんねえええ! 痛かったよね痛かったよねごめんほんどに゛ごべん゛ぎら゛いになっぢゃやだよぉおおお」
「ぎゃー鼻水と目汁ううううう!!」
ちょっと、やめて、マジやめて怒ってないから離れて!
お前の鼻水と涙が滅茶苦茶顔に引っ付いて来るんですけど、オッサン汁のせいでかなり不快なんですけどおぉお!
「おいっ、離れろ無作法中年! ツカサがお前の液体で汚れる!!」
「ブラックずるいぞ、汁を付けるならオレも……」
「だー!! 離れんかい!」
みなまで言わせねーぞと叫びながら、渾身の力を籠めてなんとかブラックを引き剥がす。顔にひっかぶったドロドロを腕で拭っていると、ブラックがすんすんと鼻を鳴らしながら、情けない顔で俺を見つめて来た。
「ツカサくん……お、怒ってない……?」
…………マジで怒ってたら、その問いにも答えないと思うんだが……まあ、俺は今怒ってない訳だし、別にいいか。
「怒ってないって。そもそも、止めようとして慌てて飛び出した俺が悪いんだし……それより、アンタらの方が心配だったんですけどね、俺は。まったく、賭け勝負だってのに、お互いボコボコになるまで殴り合いやがって……」
「ご、ごめんなさい……」
「頭に血が上り過ぎていた……オレも反省する……」
俺がガチで怪我をした事によっぽど動揺したのか、ブラックとクロウは珍しく素直に肩を落として頭を下げていた。
……二人とも、自分の能力に自信を持っていたから、俺相手に寸止めできなくてかなりショックだったのかな。まあ、そう言う事ってままあるからなあ。
プライドをへし折られたのはちょっと可哀想だが、すっかり冷静になったみたいだし、俺もちゃんと治療できる程度の怪我だったから結果オーライか。
ぶっちゃけ、殴られた瞬間痛みとか全くなく気絶出来たし……正直怪我したって意識が無いんだよな、俺……。縛られてボコられたり、足を剣で刺されたりしてたから、この程度だとまあ良いかと思えてしまう。アレより随分マシだよ。
大体、俺も不用心だったしな。今回は仕方ない。
「……まあ、反省してるならいいよ。ただし、もう今後は仲間同士で血が出るような決闘とかするんじゃないぞ。俺はどっちが負けても何も言えないんだからな」
「う……うん……」
「解った……約束する……」
眉根を寄せて拗ねたように口を尖らせるブラックに、ゆっくりと頷くクロウ。
それぞれ反省しているようだし、これで良いか。そんな事を思っていると、今度はラスターが二人の隙間から割り入って来た。
「ツカサ、俺も謝らせてくれ」
「えっ、ラスターも?」
「審判ならば、円の内側に入って来た時点で試合を止めるべきだった。……それを怠ったのは、俺の落ち度だ。……お前の体に一時でも深い傷をつけてしまった事は、悔やんでも悔やみきれん……すまなかった……」
「そ、そんな大げさな……良いよ別に。俺も悪かったんだし……」
誰だって、部外者がいきなり突進して来たら驚いて硬直するって。
アンタの責任じゃないよと宥めるが、ラスターは自分の力が及ばなかった事がよっぽど悔しいみたいで、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「嫁を守れずに、何が夫だ……。この俺としたことが……」
「ら、ラスター……」
なんだか思いつめてるぞ。ど、どうしたら良いんだ。
そう思って他の二人を見るが、二人とも全然動いてくれない。いつものブラック達だったら、ラスターの言う事に突っかかってるはずなのに……。
もしかしてガチでへこんでるのか……。
それはそれで困るよ、どうしよう。俺別に三人に落ち込んでほしい訳じゃないんだってば。俺のせいでもあるのに、なんでこんな時ばっかりこうなるの。
「え、ええと……その……とりあえず、飯でも食いに行くか!?」
そ、そうだな、飯食ったら元気出るかもしれないし! 俺も腹減ったし!
みんなで連れ立って、何か食べに行こうぜ! ……と元気よく声をかけてみたのだが……ラスターとクロウは、首を振って踵を返してしまった。
「…………少し、反省してくる」
「俺は鍛錬をし直してくる。……今夜は好きに休んでくれ」
え……ええ……。
俺に隙を突かれた事が、そんなショックだったの……?
そんな、弘法も筆の誤りなんちゅう言葉も有るってのに。しかし、俺がそう諭す前に、二人はフラフラと歩きながら訓練場方面へと消えて行ってしまった。
「ツカサ君……」
後に残るのは、俺と、情けない顔をしたブラックだけで。
「あの……どうする……?」
しょげた声で俺の顔を窺って来る大柄な中年に、俺は溜息を吐いた。
→
※次は久しぶりにオッサンが弱気で情けなくなる回です
……というか、なんかこの章デート多いですね
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