異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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ファンラウンド領、変人豪腕繁盛記編

20.領主さまと一緒1

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 数日後、ラスターから思ったよりも早く返事が来たと聞かされた。

 正直な話、あちらの家がこの申し出を受け入れてくれるかは五分五分だったんだけど……なんと、パーティミル家からの返答は「是非ともお越しください」と丁寧に書かれた手紙と、ゴシキ温泉郷への招待状が送られてきたのだ。
 まるでお殿様でも接待するかのような高待遇だぞこれ。

 ラスターが言うには、自分の権威のお蔭による所が大きいとの事だが、どうやらあちらが俺達の事を“くだんの冒険者達”と知ったらしく、それで急いで手紙を寄越よこしたらしい。
 まあこの自画自賛マンの言い分はともかくとして……これってつまり、パーティミル家に“俺達が以前やった事”がバレてるって事だよな……。

 いや、まあ……あの宴の時の事やラスターに協力した人間がいるっていう情報を掴んでさえいれば、スパイなんかを使わなくても推測できるだろうけど。
 それに、ラスター自身が「俺達が国にやってきたら連絡しろ」なんて貴族連中にお願いしてたんだから、そりゃまあ……判らない奴の方が少数派だろうな。
 俺達がゼターを捕まえたのは、間違いない事実だし。

 だけど、俺達がパーティミル家を存亡の危機におとしいれたってのに、どうしてこうも大歓迎してくれるんだろうか。よもや復讐しようって訳じゃ無かろうが……。
 なんてことを考えていた俺に、ラスターが意外な事を教えてくれた。

 パーティミル家は領地を継承できる物が存在しないため、今現在もヒルダさんが領主として統治しているらしいのだが……彼女自身が、俺達に対して礼をしたいと言っているんだと。

 息子を投獄した俺達に礼を言うなんて、中々できる事ではない。
 なのに、どうしてそこまで思い切れたのかと驚いたが――――ラスターは「彼女もまた、気高く崇高な正義の名のもとに力を行使する存在なのだ」と言った。それ故に、自分達を歓迎してくれるのだと。

 俺にはその言葉の意味が良く解らなかったが、けれど彼女の息子――ゼターの事を割り切って協力してくれるのは、とてもありがたいと思った。
 彼女の心の中は、残念だけど俺には解らない。だけど、ラスターのように正義を愛する貴族としての振る舞いなら、信じられる。
 申し訳なさも有ったけど、ありがたく甘える事にした。

 ……まあ、甘え過ぎかなと思うが……。
 だって、送り迎えまでヒルダさん側がやってくれるんだぜ。
 先進的なヒルダさんは争馬種そうばしゅ・ディオメデ(俺の藍鉄あいてつと同じ種族)を三頭所有しているとの事で、その内の二頭を馬車につけて俺達を快適かつ快速に運んでくれると言うのだ。

 俺達四人に加えて、現在いさかい中の村人代表二人と村長さんを一度に運べる馬車を用意できるって、どんだけ潤ってるんだパーティミル領。
 しかも、馬車めっちゃ豪華だし。完全にお貴族様仕様だし。庶民の俺達が乗って良い馬車じゃねえよ……。

 それに「わーいお願いしまーす」って乗っちゃう俺達も俺達だけど、俺達のテンションに便乗しちゃった村人達もどうなのよっていう。
 一時のノリにノッちゃったせいか、正気に戻ったら馬車の中で物凄く萎縮しちゃうし、村長さんは頭の光を失ってだらだら汗を掻いてるし。
 ノリだけでやったら後で困るなほんと。

 おかげで馬車の中が中々カオスで数時間沈黙しっぱなしで、妙に疲れたわい。

 しかし、我慢していれば時間と言う物は過ぎる物で。
 ディオメデの俊足のお蔭で、あっという間にかなりの距離を駆け抜け、俺達はパーティミル領内の領主の館に辿り着く事が出来た。

「…………にしても……えらい違いだよねえ」

 馬車の窓を開けて前方を見やるブラックが言うのに、俺も頷く。
 そう言ってしまうのも無理はない。
 ブラックと一緒に見やった目の前の館は、絢爛豪華という四字熟語が現実になったかのような出で立ちだったのだから。

 ベルサイユ宮殿ですかと言わんばかりの白亜の壁に、左右対称で細かい所にまで美しい装飾が施された屋根や窓。それだけにとどまらず、前庭は色とりどりの花が咲き誇っており、客を迎えるただの門ですら芸術品かと思うほどの模様を描いて、見る物を圧倒していた。

 ……こ、これだよな……普通は、このくらいの館を領主の館って言うんだよな。
 この館とセルザさんの領主の館を比べると、どうしても溜息を吐いてしまう。
 セルザさんのとこもきっと元々はこういう館だったんだろうけどなあ……。

「ところでムサい中年。お前は身分を偽ってパーティミル夫人に会っていた訳だが、そこの所に何か思う所はないのか」

 アホみたいに口を開けてぽかーんとしている俺とブラックに、ラスターが問う。
 ……ああ、そう言えばブラックはヒルダさんの病気を治したとかで、取り入って宴に一緒に入って来たんだっけ。
 そこの所は詳しく聞いてなかったな。

 色仕掛けでもしたんじゃないかとは思ってたけど……まあ、その……ブラックは大人だし、さらわれたのは俺のポカだったし、あの時は無意識に“そう言う事は考えないようにしよう”と思ってたから、よく聞かなかったな……。

 …………いや、うん。大人だし、あの時は恋人とかじゃ無かったし、別に何してても良いんですけどね。俺はそういうの別に気にしませんけどね!!

 そう、気にしてない。だからブラックがどういう事を答えようが気にしません。
 腹にグッと力を籠めて、ラスターの問いにどう答えるのかとブラックを見やると。

「うーん? 別に悪い事したわけじゃないし……第一、僕はツカサ君の作った回復薬を渡しただけだし、向こうが何も思ってないなら別に会っても良いんじゃない? 僕は話したい事とかも無いから、早く終わるなら終わってくれた方が良いけど」
「お、お前なあ……」

 思わず呆れ声を出してしまうが、なんだか気が抜けたようで妙に悔しい。
 なんだよ、おい、何で気が抜けてんだよ俺、おいコラ。

「ハァ……。まあ、見た目通りのガサツ無神経男とは解っていたが、お前は本当にツカサ以外の者はどうでもいいんだな……。物乞い以下の思考とは恐れ入る」
「なんだよそれ」
「物乞いの方がまだ人の気持ちを考えて乞うだろうという事だ。愚かなヒゲめ」
「はぁ? お前こそ物乞い並みに押しが強いくせに、貴族が効いて呆れるなあ」
「だーもーやめーって! ほら、もう着くぞ!!」
「ムゥ……普段着で良かったのだろうか」

 ほらもー、クロウの方がよっぽど大人じゃん。
 この場でドレスコード気にしてるのが獣人中年のクロウだけって、マジでダメだろこれは。俺や村人達はともかくお前らは気にしろよドレスコード。

 などと思っている内に、あれよあれよと言う間にモノクルを片目に嵌め込んだ執事らしき白髪のお爺さんに連れられて、俺達はヒルダさんの執務室へと通されてしまっていた。……いや、ほんとにあれよあれよで周囲を見る暇が無かったよ。
 流石は有能な女史の助手……。

 豪華な館におのぼりさんのようにキョロキョロする村人三人をなだめつつ、執事のお爺さんに招かれて執務室に入ると――――
 意外と質素な造りの部屋に、たった一人……目が覚めるような艶やかなドレスで着飾った、息を呑むほど美しい美女が立っているのが目に入って来た。

「みなさま、ようこそお越しくださいました。私の愛する領地へ」

 こちらを振り返るのは、稀な水色の髪を綺麗に纏めた優雅な貴婦人。
 誰もが一瞬で彼女は高貴の出であると確信してしまう程に、指先一つの動きすらも美しいと思える所作は、流石としか言いようがない。
 あの頃と少しも変わっていない……いや、変わらないように努力しているのだ。

 この……ヒルダ・パーティミルという孤独な女領主は。

此度こたびは面倒な事を頼んですまなかったな」

 早速俺達の前に立ち、挨拶をしてくれるラスターに、ヒルダさんは微笑んで首をゆっくりと横に振る。

「いいえ、オレオール閣下の頼みを叶えぬなど、とんでもない事です。なにより……恩義のある方々からの頼みですから、わたくしがおもてなしをするのは当然です。それよりも、観光地の再興というとても難しい事を行われると言う事で……御心労お察しいたします」

 自分の事よりもラスターの事を持ち上げる、さすがだ。
 ヒルダさんの言葉に大きく頷き、ラスターは腕を組む。

「判るか。中々大変でな。今も村人達の間で議論が続いていてな。その議論を前に進める為に、パーティミルの富の源泉たるゴシキに知恵を借りられまいかと思い、恥知らずながらも参上したのだ」
「まあ、そんな事……。学問を究めてもなお研鑽けんさんを積もうとなさるその貴きお心、わたくしこそ頭の下がる思いでございます。……観光を財源とする区域の創設は、どのような方でも頭を悩ませるもの。わたくしも、その苦労は痛いほどに理解しております」

 やっぱりゴシキ温泉郷も作り上げるのに苦労したんだなあ……。
 そのメソッドを横からかすめ取ると思うと気が引けたが、しかしこちらも生温なまぬるい事は言っていられないのだ。人の成功をコピーするのは申し訳ないけど、教科書だと思って、敬意を払いながら参考にさせてもらいたい。

 そんな俺の考えが解ったのか、ヒルダさんは俺を見てにこりと笑うと、その笑顔のままでラスターに向き直った。
 しかし、笑顔であろうとしたその顔は、少し気弱そうになっていて。
 どうしたのかと思ったら、ヒルダさんは言い難そうに呟いた。

「それに……ファンラウンド領は、他の領地に組み込まれかねないほどに困窮しているとの噂……。こう言ってはなんですが、こちらも今他の領地に大きく動かれるのは少し困るのです。……ファンラウンド領地を楽に手に入れられたら、次はこの地……なんて事になりかねませんから」
「……なるほど。パーティミルは、まだ他の領主に強く出る事が出来ない。そこを突かれてしまえば、いくら才媛と呼ばれるお前でもタダではすまない……と」

 なんか、二人称が前のとは微妙に変わってる気がするんだけど……やっぱアレかな、ヒルダさんの実家が没落したからなんだろうか。
 そういう所はシビアだよな、貴族って……。

 何とも言えずに二人の会話を見守っていると、ヒルダさんは軽く礼をした。

「左様にございます。……ですので、直接的にパーティミル領とは関係がなく、それでいて競合相手にはならないほど遠くの土地にあるファンラウンドに、手を貸し借りを作っておこう……と、そう言う事なのです」
「はは、正直な事だ。……だが、それならばお互い負い目は無いな。こちらも遠慮なく温泉郷を視察させて貰おう」
「ええ。隅々まで……ああそうだ、視察はわたくしが案内いたしましょう」
「えっ!?」

 思わず、ラスター以外のその場の人間が同じ言葉を発する。
 しかしヒルダさんは構わずニコニコと微笑んで両手を合わせた。

「あの土地はわたくし自慢の人工都市ですの。ですから、付き人なしで視察するよりも、解説者が居た方がより理解出来ると思いますわ」

 そう言いながら、ヒルダさんは微笑む。
 しかし、その笑顔に村人と村長さんは青ざめて絶句してしまっていた。

 ……だよなあ……。
 偉い貴族様に土地を案内させるなんて、恐れ多くてそういう顔にもなるわ。

 でも、ヒルダさんは退いてくれそうにないし、ラスターもその気だし……。
 ああどうしてこう「ブラックの事も頑張ろう」と思ったら色々面倒な事が増えてきちゃうのかなあ! いや、ヒルダさんの申し出はありがたいんですけどね!?










※と言う訳で次は久しぶりの温泉郷です
 
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