異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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ファンラウンド領、変人豪腕繁盛記編

19.下手な企みは怪我のもと

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 翌日、俺達は精力的に活動を開始した。
 なにを精力的にやったのかというと、まあ……今までやっていた事と、あんまり変わりはない。

 ラスターに村人達を丸め込んで貰ったり、村を調査したうえで改善点を記録してそれを元に村長さん達と話し合ったり、名物候補を試食して貰って太鼓判を押して貰ったり……とにかく、それだけで一日が終わる程馬車馬のように働いた。

 すると、そんな俺達の姿を誰かが見ていたのだろうか。二日後には村人達も協力の姿勢を見せてくれるようになり、彼らも次第に村を復興させようと奮起して、自主的に計画に参加し始めてくれた。

 とは言え、全てが順調に進むかと言うとそうでもないのが辛い所で。

 村人達が決起してくれたところまでは良かったのだが……それによって彼らから指摘された幾つかの事柄のために、計画は大きな暗礁に乗り上げてしまったのだ。

 それは何かと言うと……村全体の建物の配置についての問題だった。

 ――――俺の世界でもそうだったのだが、観光地には時として「移動」の問題が浮き出て来る。例えば、かなり古い歴史のある山奥の温泉地だ。

 歴史が有る、と言えば聞こえはいいのだが、実際この不便な場所を気に行って貰うために、地元の人はかなり努力していると言う。
 古い家屋を修繕し、雰囲気を壊さないように心掛け、道にすら気を配り、観光に来た人をがっかりさせないように、それはもう気を使っているのである。
 だからこそ、交通の便が悪かろうが関係なく人はその場所に集うのだ。

 ……という話から判るように、街並みは観光地にとってかなり重要なのだが……この景観について、村人達がある事を指摘したのだ。

 ――トランクルは、湖を整備したとしても村自体が見栄えがしない、と。

 この村は大通りが村の奥の住宅密集地まで一本通っており、そこから細い路地に分かれている作りで、時に曲がりくねる道の左右にはぎっちりと建物が連なっている。正直な話、湖の「み」の字も見えない有様だった。

 住宅がの村人達の住宅が集まっている区域まで行けば少し坂道になり、そこからならば湖は見えるが、観光客が密集する区域からは「ウリ」が見えないのだ。
 湖を主な観光資源として持ち出すとしても、それでは初見で湖の良さを知って貰えないのではと言うのである。

 確かに、湖を目当てに来て湖ドコーってなったらテンションが下がるわな。
 せっかくの見どころなんだから、入口からどーんと見えるようにした方が良いし、その為に廃墟の建物を幾つか潰してスッキリさせるってのも一つの手だ。

 だけども、それに異を唱える人もいた。
 この街並み自体が王から土地を賜った時のままなのだから、新しく建設された物以外は残して過去の景観を再現すべきだと。
 それももっともな話だ。古き良きものを取り戻すのは大事なことだし、観光業に振り切る覚悟が出来たのなら、やる価値は充分にあると思う。
 だけど……それが成功に繋がるかと言えば、そうとは限らない訳で。

 どちらの主張も「ああ」と思う所が有るためか村人達の議論も平行線をたどり、結局直近の話し合いや会議はほとんどその話題で潰れてしまっていた。

 大人数になるとホントに話が進まなくなるな……。
 いや、それだけみんな自分の理想像が有って、それが一番村のためになるんだと考えてくれてるんだから、ありがたい事ではあるんだけどね。
 でも、少人数で色々話し合う俺達にとっては、会議や話し合いというのはかなりの心労の素となってしまっていた。

 だが、意外とラスターとクロウは平気なようで――
 今日も貸家の台所のテーブルに資料を広げて、先程から木炭鉛筆の尻で頭をぽりぽりと掻きつつ、今日も今日とて資料をじっと見つめていた。

 あ、ちなみに木炭鉛筆っていうのは、名の通り木炭に布を巻いてキャップのように尻の部分を固定したモノなんだ。使い方は俺の世界の鉛筆と一緒。
 この木炭は特殊な物で、小麦粉を掛けて練ればすぐに消えるんだが、時間が経つと炭が落ちてしまうので、一般的には下書き用の道具とされている。

 因みに、コレが使用されるのは平たい木の板だ。
 黒板の代わりって感じかな?

「しかし……困ったものだな。やる気のない下級貴族どもより活気があるのは良しとしても、こうも意見が飛び交って混ざると折衷案を見つけるにも苦労する」
「同感だ。元より、改革派と穏健派は衝突する物と言うのが歴史の常だが、まさかこんな小さな村での合議ですら荒れに荒れるとは……」
「人は元より同じ性根と言う事だろう。美の女神にすら愛された俺と言えども、人のサガに逆らって神のように振る舞うのは少々疲れる事も有るからな」

 …………ラスターもクロウもお互い滅茶苦茶険悪なのに、こう言う真面目な話だと物凄くウマが合うんだよな。二人とも見た目に反して物凄くインテリだし、そもそも根は真面目だから、俺が関係しないなら案外仲良くやっていけるのかも……。

「お前の自画自賛は聞いているだけで耳が腐るな。ツカサの前で二度と言うなよ」
「お前こそ獣臭い体臭をツカサに擦りつけるな。ツカサが汚れる」

 …………無理かな……無理だな…………。

「ねえツカサ君……僕もう疲れちゃったよ……もう逃げたいよぉ……」

 そんな二人の会話にすら割り入るのも疲れたのか、ブラックは俺の隣でぐだぐだしながらダラーっと首を垂らしている。
 俺がお茶の用意をしていると言うのに、こいつは何もしないんだからなあもう。

 興味の湧かない事にはとことん無関心なので、ブラックは基本的に話し合いには参加しない。というか、参加できないのだ。そもそも大人数での集まりとかが苦手だとかで、ブラックはいつも会議の時は端っこで気配を消してるんだが、それにしてもどんだけ参加したくないんだと突っ込みたくなる。

 一応話は聞いてるんだけど……っていうと、なんかクラスで話し合いをする時に気配を消してる大人しめの奴を思い出すわ。
 なんでお前微妙に俺と同じ陰キャこじらせてんだよ。

「アンタ大人なんだから、ちゃんと話し合いには参加しなよ……」
「ツカサ君以外の事で頭使うのやだー。村人達で話し始めてんだから、もういいじゃん。ね。ね?」
「ったく……アンタって奴は……」

 らしいっちゃらしいけど、なんだかなあ。

 クロウとラスター……とブラックに冷たい麦茶を配り、今も知恵を絞ってくれている二人をねぎらうと、俺は木版の文字を覗き見た。
 そこには互いの意見を尊重しようと色々な折衷案せっちゅうあんが描かれていたが、どれも納得出来なかったのか、クロウのもラスターのも幾つかの案に線が引かれていた。

 人が多くなると、それだけ要望が増えて、どれもを叶える事は難しくなる。
 だけど、取り仕切る人はなるべくその全員の願いを叶えなければならないのだ。
 それを考えると、俺も頭痛がしてくるようだった。

「……やっぱり、お互いを納得させるのは難しいよな」
「そうだな。しかも、この計画には【正解】という物が無い。どれほど細かく計算したとしても、結局最後は“運”が物を言う。運なしでどこまで完璧に近付けるかと考えるにしろ、暗中模索と言った所で答えは出んな……」

 金糸のような綺麗な髪を掻き上げて溜息を吐くラスターに、クロウも耳を伏せて悩ましげに頷く。

「ムゥ……。とにかく……古くからある建物は補修しようと言う事になっているが、案によっては取り壊しもあるからな……このままではどうする事も出来ん」
「そっか……」

 改革派と現状維持派は意見を変えずに膠着こうちゃく状態か。
 こりゃいよいよもって面倒臭いな。彼らのどちらかが折れてくれるか、どちらかがより魅力的な案を出せればこの状況も打破出来るんだろうが……。
 ……案か……。

「…………あのさ、ラスター。こんな時になんなんだけど……」
「うむ、なんだ?」
「俺達だけでも、パーティミル家に働きかけてゴシキ温泉郷を視察出来ないかな? あそこは造られた土地だけど、店の配置とか色んな部分が参考になると思うんだ。もし時間が無いってんなら、俺とあのゴクツブシだけでも行って観察してくるから……」

 どうにかならない? とラスターを見つめながら言うと、相手は何故か余裕無げに咳き込んだが、俺の言う事に何度か軽く頷いてくれた。

「ふむ、そうか……視察か……。確かに、今のままでは新しい案も出ないだろう。ならば、二派の代表も連れて行けば良い結果を生むかもしれん」
「ツカサとブラックだけとは聞き捨てならんぞ。オレも行く」
「あ、う……うん……」

 クロウの言葉に思わず頷いてしまったが、これは背後に居るブラックが怒るかもしれん……。
 だってさ、下心を見透かされた気がして思わず取り繕っちゃったんだよ。許してくれよ。やっぱ俺隠しごととか向いてないわ……。

「よし分かった。敵情視察は良い刺激にもなるからな。俺とセルザで働きかけて、お前らと俺、そして村人を案内するようにパーティミル家に要請しておく」
「ほ、ほんと!? ありがとラスター!」

 先程の事をかき消すように喜ぶと、相手はフッと笑って俺を見つめ返してきた。

「未来の妻……おっと怒るな。……お前のためだからな。これを失敗すれば、俺はともかくお前達はタダでは済むまい。この中年共はどうでも良いが、ツカサは俺の大事な存在だからな。お前が転ばない為なら、俺はなんだってやるつもりだ」
「ラスター……」

 …………ほんと、変わってないなあ……。
 以前――この国から出て行く時、ラスターに「お前が魔王でも味方をしてやる」と言われた事が有った。あの言葉のお蔭で俺は安心したし、少しだけ自分に自信が持てたんだ。自分を信じてくれる人が増えたと言う事実は、頼れるものがブラックしかいなかったあの時の俺にとっては、何より嬉しかったのだ。

 そんな嬉しい事を、ラスターは今もずっと俺に示してくれている。
 恋愛感情とかは抜きにしても……本当に、ラスターが居てくれて良かったと俺は思った。ラスターと出会わなければ、俺はきっとまだ不安なままだっただろうし。

「どうした、ツカサ」
「ううん。なんでもない。よろしく頼むよ、ラスター」

 恋人、とか、妻とか、そういうのは想像できない。
 だけど、ラスターは俺の大事な恩人でもあるし、一緒に策を練った仲間だ。
 いつかまた、この時のこともひっくるめて全部恩返しが出来たらいいなと思いながら、俺はあらためてラスターに礼を言った。










 
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