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ファンラウンド領、変人豪腕繁盛記編
15.意外と役立つ異世界の知恵
しおりを挟むさっき朝飯を食べたと思ったら、もう夕飯前の時間になっていた。
お、俺も何を言ってるんだかわからねえが、何か恐ろしいものの片鱗をうんぬんかんぬん。とにかく、とんでもない目に遭った。
もう思い出したく無いので細かくは言わないが、改めてあのオッサンどもは最低な大人だなと思う。
大体なんなんだよあのお仕置きは。なんで普通に叱らないんだあいつらはっ!
いや、まあ、普通に怒れるほどの真人間ならあんな性格になっちゃいないだろうけど、でも物事には限度ってもんが有るだろ!?
ひ、人を恥ずかしい格好で縛った挙句、あ、あんな格好で三回も……。
あんなの、そ……それこそ、肉便器扱いじゃねえか! 普通のえっちってさあ、もっとこう……その、ベッドの上でいちゃいちゃしながらする……ああもうそんな事言ってるんじゃなくて! とにかく、あれで、何が解決するってんだよ!
俺だって、普通に……普通に怒れば、こんな事思わないのに。反省するのに。
なのに、どうしてあいつらは俺を辱める方向で意思を固めるんだよ。
あ、あんな……調教みたいな……。
「っ、う……」
思い出すだけで、数時間前まで無慈悲に弄られまくった後ろと股間がじわりと変な感じになる。それが嫌で、強く首を振って感覚を無理矢理引き離した。
落ち着け俺、もう変な事してる場合じゃないんだ。俺にはやる事が有るんだ。
さしあたって、今からやれる事となると……。
「この【カレンドレス】をどう調理するかって事だよな……」
――――ひと眠り(と言うか一失神)して、オッサンの臭いが充満したベッドで中年に挟まれて起きた俺は、ギシギシ痛む膝や腰を叱咤して、俺唯一の憩いの場である台所へとなんとかやって来ていた。
ブラック達は、今もぐっすりと寝ている。つーか、俺が強引に眠りにつかせた。
今回の事にはもう完全にイラッとしたので、あいつらが寝てる間にリオルに眠りの術をかけて貰ったのだ。これでもう明日の朝まで起きまいざまあみろ。
オッサンの貴重な一日を奪ってやったぞふはははは。
「しかしツカサちゃん、報復がみみっちすぎない?」
俺に協力してくれたリオルが、何とも言えない顔で俺を見下ろしてくる。
調理お手伝いとして一緒に居て貰ってるが、リオルはマトモだからマトモな大人としてのツッコミを入れて来るのでちょっとつらい。
しかし、俺にはこれ以上やりようがなかったのだ。
だって……これ以上の報復とかやると、絶対しっぺ返しくらうし……。
「これ以上やったら俺が丸一日寝てるハメになるからやりたくないんだよ……」
水につけて暗所に保管していたカレンドレスを引き出しながら言うと、リオルはどっと疲れたような顔をして「あぁ……」と一言だけ呟いて納得してくれた。
でしょ。死ぬほど分かるでしょ、俺の気持ち……。
「ううん……。確かにあのオッサン達は、ツカサちゃんが正当な理由で逃げたって追いかけて来て、お仕置きと称してひでぇ事しそうだもんなぁ……」
「…………まあな……」
「しかしさあ、ヤローと話しただけで半日性交って罰則も頭おかしいけど、何よりオッサン達の思考回路が怖いんだけど俺は。ツカサちゃんよく付き合えるな」
「言わないで……あれでも一応俺の、その……」
こ、恋人なんです……と言い切れない……。
だけどそれは揺るぎのない事実な訳で。言えずにまごまごしていると、リオルは俺の言いたい事を察したのか額を指で押さえながら溜息を吐いた。
「はぁー……。ツカサちゃんさぁ……そこで恥ずかしがらずに、ビシーッと『恋人だし』って言ってやれば、多少はあのクズおっさんも大人しくなるんじゃないの? なんか、あいつらが増長してるのって、ツカサちゃんにも原因が有るような気がして来たよ、俺は」
「うう……い、言えたら苦労はしないですぅ……」
だ、だって、俺は今まで恋人とか居なかったし、そう言う事をするのもブラックが初めてで、い、言い慣れてないんだもんよ!
……でも確かにそういう部分はあるかも……。
俺ってば未だに「お前だけにする行為をやってやる」と約束した夜のアレも実行出来てないし、やる前にアイツが切れてこんな事になっちゃうし。不安のせいで暴走させてるのは、やっぱり俺の落ち度でもあるんだよな……。
だから、安心させてやるために、普段の俺なら絶対しない事をしてやると決めたのに……なんだか現実って上手く行かないなあ。
「……やっぱ、堂々と認められるくらいにはなった方が良い……?」
リオルを見上げて言うと、相手は深く頷いた。
「通用しねえ奴もいるだろうけどさ、そう言う意思表示はやっぱ大事だと思うよ? 俺は。俺だって、ナンパする時に曖昧な態度を取られたら『コイツは押せば行けそうだ』って思うもんよ。初心なのは貴重だけどさ、そこはやっぱちゃんと言えなきゃダメだと思うぜ?」
「……そっか…………」
そう、だよな。
あのお仕置きにはかなりムカついたけど、それをブラック達にやらせた原因は俺にも有るんだ。俺的にはあいつらのやった事に本当に怒ってるけど、ブラック達が全面的に悪いって訳でもない。
そこを忘れて二人を責めたら、俺は自己中な奴になってしまう。
ブラック達にスケベな事をするなと言うのなら、俺もそうされないようお仕置きの確率を下げるための努力をしなければならないのだ。
学校や家で叱られるのは「自分が直すべき事」だから、何も考えずに反省すれば良かったけど……ブラック達との喧嘩はそういう簡単な物じゃない。
「相手に望む事」が有るからこそ、互いに互いを怒るんだ。
だから、その解決方法はやっぱりお互いで見つけるしかない。相手が全面的に悪い、という論理はきっと存在しないんだ。
それが、他人と付き合うって事なんだろう。
「…………付き合うって、難しいなぁ……」
「人族に限らず、心を持つ生き物全ての悩みだねぇ。……ほんと、他人と好き合う事ってのは、どんなに長生きしてても最適解ってもんがないもんだ」
長命である魔族が言うと説得力あるな……。
リオルも……自分の愛娘から向けられた恋慕に対して、悔やんでも悔やみきれない失敗を犯してるんだよな。
長く生きてたって、人の心はやっぱり読み切れないものなんだろう。
それと思うと……なんだか、俺の迷いはちっぽけな物のような気がした。
「おっと、チンタラ話してる場合じゃなかったな。そんで、カレンドレスを使った料理を作るんだっけ?」
「あ、そうそう。邪魔者が居ない今の内にじっくり研究しようかと思ってな」
邪魔者って言い方もアレだが、ブラック達が居ると話が進まんからな……。
ついでにラスターも眠らせてしまったが、まあお貴族様であっても一日分の夕食が摂れなくて餓死するなんて事は無かろう。
ラスターだけ起きてたら余計にいらん火種を生むし、仕方ないんだ。許せ。
とにかく調理に取りかかろうと思い、俺はとりあえず調理台に置いたでっかい花をまじまじと見やった。
うーん、黄金色とは言うが、少しオレンジ色の混ざった黄色って感じかな。水分で艶やかになって色味が鮮やかに見えるが、水分が無ければ多分野にある花と同じ感じになるだろう。
……となると、生食で鮮やかな印象を与えるのはちょっと無理かな?
そもそも、一輪丸ごとどーんと出すわけにもいかんし。
「つーか、味どうなってんだろ。一応生食出来るっぽい事は書いてあったけど」
「ちょいと洗って食べてみますか」
俺が言うなり、外側の花弁を二つばかり千切って、水で洗うリオル。
うーむ常々思うが優秀すぎるぞこの家事妖精。でも肩まで伸ばした茶髪を遊ばせてる系のチャラ男な外見なので、違和感が凄い。
ちゃっちゃと仕上げて俺に花弁を渡してくれるリオルに礼を言い、俺は再び花弁をまじまじと観察した。
車のタイヤ程の大きさのカレンドレスの花弁は、菊の花やダリアのように細長い花びらが集合して形作られている。その花弁一つの大きさはと言うと、本体がデカいだけあって、一つでもかなりの大きさだ。
一番長いだろう外周の花弁は、およそ500ミリのペットボトル程度だろうか。なんつうか、花弁と思えないほどデカいんだが……まあとりあえず食べてみよう。
「……ふむ! 美味いなコレ」
花弁らしいしっかりとした感触はあるものの、噛み千切るのは苦ではない。
表面はつるつるしていて、噛む度にモキュモキュと音がしそうだが、噛み続けていれば繊維がほぐれて縦にばらばらになるので顎が疲れる事もなさそうだ。
なにより、噛み締める度にほんのり甘さが広がって、とてもうまい。花の蜜か何かが関係しているのか、蜂蜜ほど確かな甘みはないが……そうだな、アレだ。白い団子を食べた時のような控えめで透明な甘さがある感じだった。
「しみじみうめーなぁコレ……。サラダとかにいいかもねえ、ツカサちゃん。縦に裂いて細かく切れば、彩りとして最高じゃないの?」
「分かるわ。コレは生食すべきもんだな。……でも、それじゃ名物には成れないんだよなあ……。うーむ……ちょっと茹でてみるか」
鍋を用意して、それぞれ違う位置の花弁を採り、軽くゆでる。
一応塩ゆでとかもやってみたが……茹でた花弁は全てが酷い有様だった。
なんというか……苦いのだ。
ゆでる事で何らかの変化が起きたのだろうが、とにかく苦い。
カレンドレスは熱に弱いと言うが、もしかしてそれが原因なのだろうか。だが、そうなると調理するにはかなり難しくなる。調理の殆どは「火に通す」という工程が有るんだからな……。漬物って言う手もあるけど、残念ながら俺にはその知識が無いのでそちらは無理だ。加熱するしか方法はない。
それをクリアしなければ、生食だけでは他で類似品が出る可能性もあるし、そうなればこの村の名物は一気に終了だ。なんとかして、加熱をクリアせねば。
「よし……色々試してみるか……」
「うわー、ほんと夜通しの実験になりそうだなぁ……夕飯作らない?」
「バカいうな、コレが夕飯だよリオル」
「うう……。俺、明日にはもう花なんて見たくなくなりそうだなあ……」
安心しろ、俺もそうなりそうで怖いから。
――――そんな事を言いながら、数時間。
長い時間に渡る激闘の末、俺達の努力はついに結実した!!
……うん、いや、それまでの過程を熱く語りたい所なんだけども、トライアンドエラーの繰り返しで面白くもなんともないからな……まあそれは置いといて。
焼いたり蒸したり色々と試した結果、カレンドレスが過熱する事で苦くなる原因を遂に突き止めたのである。それは……――――
「まさか、特殊なアクだったとはな…………」
大鍋の前で、俺は額の汗を腕で拭いつつ呟く。
そう。カレンドレスが苦くなる原因は、思いもよらないアクのせいだった。
まさか花にアクが有るとは思わなかったが、しかし、これはカレンドレスの性質を考えればとても納得できる物だ。
カレンドレスは、熱に弱い特殊な水中花。水中の温度を少しでも上げようとする生物を見つければ、カレンドレスは反応して憂鬱花粉で攻撃しようとする。
それはこの花の唯一の防衛手段なのだ。
だが、その防衛手段は全て外部に発射される訳ではないのである。
花粉が放出されるのは「花から」だ。そう、カレンドレスの花弁から花粉は放出されているのだ。と言う事は……。
「苦みの原因は、花粉のせいってことになる」
再び花弁を一つ千切って、俺はその黄色い物体の根元を見やる。
そこは白くなっており、花弁よりもいくらか厚みが有った。
ナイフで白い部分を切って、水の中で押してみると――そこからぽわっと黄色の丸い花粉が湧き出て来る。恐らく、花粉を生成する器官は根元かどこかにあるのだろうが、それとは別に、カレンドレスは花の根元に花粉を蓄えておく器官があるのである。この器官に蓄えられた花粉のせいで、茹でる際に花弁に浸透し苦みを生み出していたのだ。
試しに白い部分を分離して茹でてみたら、かなり苦みが抑えられていた。
……だが、それだけではやはりアクが消えたとは言えない。
茹でる前の花弁にも、憂鬱花粉はいくらか浸透してしまっているのである。
だが、俺達は幸運にもそれを無効化する術を持っていた。
「しっかし……ツカサちゃんよくそう言うの思いつくよねえ……お婆ちゃんの知恵だっけ? 俺そんなん覚えてないよ~」
「そりゃリオルは長生きしてんだし、よくやる事しか覚えてなかろうよ……。まあでも、俺もあんまりやんないから、うろ覚えでちょっと不安だったんだけどね」
そう言いながら水をいっぱいに入れた桶に入れるのは、茹でた花弁と少しの量の小麦粉だ。これは、婆ちゃんに教わったアク抜きの方法だった。
と言っても、水にさらすのも小麦粉を入れるのも、それぞれ別の野菜のアク抜き方法なんだけどね……。
水につけた花弁の上からさらさらと小麦粉を入れると、小麦粉が凝固したように小さな粒に変わる。何度か少量の小麦粉を入れて凝固しなくなったのを確認し、改めて水洗いをして再び茹でると……橙色を含んだ黄色をしていたカレンドレスの花弁は、完璧な黄色へと変化した。
お湯を切って、再びそれを水にさらして冷やしたあと、口に含んでみる。と。
「んんー! 味は変わらないのに、柔らかくてすぐ解ける感じになって美味い!」
「手で溶けずにお口で溶けるなんて、画期的だね~!」
うまい事言うねリオル。どっかのチョコ思い出すわ。
でもほんとこれは新感覚でウマい。
「いやぁ、ほんとツカサちゃんは料理の天才だわ……! 普通、あんなマズいモンを食えるまでにするなんて無理だって!」
「むぐ、む、いや、これはアレだから、婆ちゃんの知恵袋だから……でも褒められるのは嬉しいから、もっと煽てろください」
「よっ、ツカサちゃん世界一!」
チャラ男に持ち上げられると何故かテンション上がるなあ。こりゃ気分いいわ。
しかもリオルは家事妖精だし、料理も上手いしな。へへ、借り物の知識ではあるけど、頑張ったから褒められたら素直に嬉しいや。
やっぱり、異世界に来たらこう言うのを求めちゃうよなあ……チート小説ばっか読んでたから、マジでテンション上がるわ。まあこれ以上褒められても申し訳なくなるから、リオルに褒められるだけで俺は満足ですけどね! 小心者なんで!
「カレンドレスの過熱問題を解決したとなると、料理の幅が広がりますなあ。……とは言え、スープや焼き物なんて目新しくもないけど……ツカサちゃん的には何か考えてんの?」
そう言われて、俺は勝利を意味するビクトリーサインをリオルに突きつけた。
うん、たぶん意味解らんだろうけど任せろと言いたかった。
Vサインも伝わらないのが悲しい。
「ゴホン……と、ともかく、そこは任せとけ! アク抜きを思いついた時に、俺はある名物を思い出したんだよ。加熱しても甘みは残るなら、アレが可能なはず」
「アレ?」
「ふふふ、まあ見てなって」
カレンドレスの花弁は強い力を加えない限りバラバラにならない。
熱が苦手だけど、花自体は熱さにある程度耐えられるように出来ているんだ。
ならば、その花弁を更に解けないようにコーティングしてやればいい。
少なくともライクネスには、この「調理法」は無いはずだ。
だったら目新しくて良い料理になるぞコレは!
「ツカサちゃん、ソレでナニすんの?」
再び小麦粉を取り出した俺に、リオルは首を傾げる。
そんな相手ににっこりと笑って、俺は日本のとある都市に存在する“名物料理”を作り始めたのだった。
→
※次はちょっとセクハラっぽいのでご注意(まあいつもの事か)
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