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ファンラウンド領、変人豪腕繁盛記編
12.異世界で素晴らしい朝食を1
しおりを挟む「ふう……やっと作業が出来る……」
誰も居ない、月明かりだけが照らす台所。
やっと一段落ついた俺は、水琅石のランプに明かりを灯すと、ひとまず椅子に座って溜息を吐いた。
しかし、今日はとにかく疲れたなあ……。いや、ブラックと一緒に居るからとかじゃなくて、アイツが一々俺が動揺するような事をするから心臓が疲れたと言うかなんというか……ま、まあそれはそれとして。
あの後、モブおじさんと化して「ツカサ君も気持ちよくしてあげるよぉ」と言い出すブラックをなんとか躱し、なんとか部屋から逃げ出したのだが……押し問答が長過ぎたのか、一人で台所に降りて来た頃にはもう夜も更けてしまっていた。
本当は、後処理をしたらすぐに寝てしまいたかったのだが、俺にはまだやる事が有るのだ。それを終わらせない内に寝る事は出来ない。
「……よしっ、やるか」
水琅石のランプを調理台の近くに掛けなおし、俺は気合を入れ直す。
今からの作業は、生半可なパワーではやり遂げられない。それに、明日の朝食のデキは、今からやる作業が上手く行くかどうかに係っているのだ。
なんとしてでも完璧にやってやらなきゃな!
「じゃあまず……生クリームを用意するか」
前にクロウに作って貰った生クリームだが、アレは卵などの足が早い食品を使用したせいか、我が冷蔵冷凍庫であるリオート・リングに収納していても二週間程度しか持たなかった。
どうやら、冷蔵などの優れた保存技術を使ってもダメになる物はあるらしい。
バロ乳が冷蔵では半月近く余裕で保存できるのは、やはり特別ということか。
いや、むしろ、常温で二週間ほど保存できる謎の縦長ぶよぶよ卵の方が、冷蔵に耐えられなかった可能性もある。ゲームとかでも調合とか調理で使用期限が短くなっちゃうアイテムもあるもんな。
……いや、料理もそうなんだろうけど、俺は婆ちゃんの家以外では料理とか殆ど作った事なかったし……ゲームの知識オンリーなのは許してほしい。
とにかく、生クリームは賞味期限が短いのである。
あ、別に食べ残してた訳じゃないぞ。賞味期限を調べるために、一掬いだけ保存しておいた奴で確かめたので勿体なくはない、はず。
そんな訳で、俺は生クリームを新たに作る事になったのだ。
しかし、生クリームが二週間程度の賞味期限なら、今から作る物も心配だな。
牛乳とバロ乳は味が同じでも性質がだいぶ違う訳だし、もしかしたらかなり限定的な食べ物になっちゃうのかも……。でも、作って見なきゃ解んないか。
グダグダ悩む前に、とりあえずやってみよう。
「えーと、生クリームは卵白牛乳砂糖でかき混ぜてっと……」
泡だて器で非力なりに一生懸命泡立てて、再び生クリームを作る。
が、しかし……自力でやると鳴るとかなり難しい。四苦八苦していると、唐突に背後から声を掛けられた。
「あれ。ツカサちゃん何してんの」
「え? あ、リオル。起きちゃった?」
台所に入って来たのは、茶髪イケメンチャラ男の家事妖精・リオルだった。
……実は、色々と手伝って貰ったので、納屋に閉じ込めておくのは流石にイカンと思いブラックとクロウに掛け合って、納屋や庭と一階だけは自由に行き来する事を許して貰っていたのだが……まさか、こんな夜中に起きて来るとは。
水を飲みに来たのかな?
ボウルを持って目を瞬かせながらリオルを見やると、相手も少し驚いたような顔で近付いて来た。
「なにそれ、料理? いまやってんの?」
「あ、うん。明日の朝食のためにちょっとな」
そう言うと、リオルは目を丸くしてすぐに困ったように眉根を顰める。
「まーたツカサちゃんはそうやって一人で頑張る……。そんなんだからあの変態オッサン達が図に乗るんだぜ? それに、家事っつったら、家事妖精の俺が居るんだからさぁ、俺にまかせてくれよ~」
「いやー、これはラスターとの約束を守るための準備だからさ。……やっぱ、そう言うのは人任せじゃ駄目じゃん? 気遣ってくれんのは嬉しいけど自分でやるよ」
リオルはホント優しいなあ。イケメンだけどこれは許さざるを得ないわ。
だけど、ラスターは「俺の料理が食べたい」って言ったんだから、そこはちゃんとやらないとダメだと思う訳よ俺は。
リオルが肩代わりしようとしてくれるのも、それが家事妖精の仕事だってのも解ってるけど、約束は約束だ。それを曲げる訳にはいかない。それに、ラスターには色々と助けて貰ってるんだし、今回はちゃんとお礼をしなきゃな。
婆ちゃんも「良くして貰ったら、ささやかでも良いからお礼をしなさい」と言ってたしな。やっぱり別世界でもそう言う事は礼儀としてやっとかないと。
そういうような事を簡単にリオルに話すと、相手は苦笑して肩を揺らした。
「ったくも~、ツカサちゃんたらマジ嫁の鑑なんだからなぁ~」
「嫁ちがうって」
「でもさ、やっぱそういう力仕事は一人じゃ無理っしょ? ツカサちゃん手が痺れてるっぽいし……だからさ、俺にも手伝わせてよ」
「う…………」
た、確かに、かき混ぜるのがヘタすぎて、さっきから一向に生クリームになってないけど……でも、力仕事って、それじゃ俺が男じゃないみたいじゃないか。
俺おっぱいないしマグナムついてるんですけど! 男なんですけど!!
男にも力仕事が苦手な奴がいるって言うのはいい加減認知して欲しいな!
……しかしまあ、チカライズパワー的なこの異世界では、俺のように貧弱な野郎なんて間違いなく嫁属性にされるし、仕方ないのか……。
悔しいけど、実際生クリーム上手く作れてないしな俺……いや、これは俺が掻き混ぜるのが下手なだけなんだけどね! 俺は力あるけどね?!
「ツカサちゃん、助手がいるって程度なら、約束違反にゃならないんじゃない? だからさ、無理しないで俺にも手伝わせてよ。マーサの方は農作業だの錆食いだので満足出来るけど、俺はこう言う仕事しなきゃ満足出来ないんだからさ」
「…………お前は優しいなあ……」
「だしょ? ほらほら、出来ない事は俺に任せて。な?」
そう言いながら開いた手を伸ばしてくるリオルに、少し迷ったが……ここまで言ってくれるのならと俺はリオルに手伝いを頼む事にした。
ぶっちゃけた話、生クリーム作るのに疲れ始めてたので助かる。
何をすればいいのかと問われたので「ふわっとなるまでよくかき混ぜてくれ」と頼むと、リオルは少し考えてボウルを調理台に置いた。
「ど、どうした?」
「いや、要するにこの泡立て器ってーのを動かしゃいいんデショ? だったらさ、こっちの方が早いかなーと思って……っ!」
そう言いながら、リオルは泡立て器を掴んで引き上げると――フッと泡立て器の持ち手に息を吹きかけて、空へと投げた。
「ええ!? ちょっ、り、リオル!?」
「大丈夫大丈夫! ほら、浮いてるっしょ!」
「えっ、えぇ!?」
思わず驚いてしまったが、た、確かに泡立て器が宙に浮いてる……。
どうやらコレもリオルの「固有技能」らしく、リオルは家主が家の中で使用する道具なら、手を触れずに操って働かせることが出来るらしい。
アレかな、ネズミー映画で良く見る魔法が掛かったモップみたいなもん?
しかし、家の中の“モノ”限定って言うのが家事妖精らしいな。
今までは記憶読みだの魅了だのと家を守る妖精らしくない技能が目に付いたが、やっぱりリオルも家事妖精なんだなあ……でも、どっちかって言うとコレ超能力の類だよね……。まあいいか。
「それ、マーサ爺ちゃんも使えるの?」
「おうよ。だけど、マーサの方は農具とかだけだし、あっちは一度に一個だけしか操れないけどな。どっちかって言うと力仕事専門の顔だから」
「なるほど……しかしホント魔法って感じだなあ……」
「またまたツカサちゃんたら~。魔法じゃなくって魔術っしょ? まったくもう、最先端の単語使う割には間違えちゃうんだから。俺をキュンとさせてどうすんの」
いや、意味わからん事言われても困る。
って言うか魔族の固有技能って「魔術」って呼ばれてんの?
色々新情報が出過ぎててちょっと付いて行けないんだけど、とりあえず魔術の事だけ確認したら、やっぱりモンスター系の種族が有する「固有技能」は、今時は「魔術」というのが流行りらしい。
固有技能とは言わないのかと質問したが、それは長年そちらの言葉を使い慣れた魔族だけが使っている言葉であり、若い魔族はモンスターとの差別化を図る為に、自主的に「魔術」と言っているのだそう。
とは言え、リオルも見た目年齢以上の年月を生きているようだし、魔族の大陸に居たのは数十年前の事なので、今でも使われているかは解らないそうだが。
しかし、人族が使う四大元素の自然魔法が「曜術」で、魔族が使う多種多様な技能が「魔術」か……。俺的には魔術の方がなじみが有る言葉だけど、なんだか変な感じだなあ。世界が違うから言葉の意味が違うのは仕方ないけどさ。
そんな事を思いながらも、リオルの見事なサイコキネシスっぷりに舌を巻きつつ生クリームが出来るのを待つ。しかし、待つ時間はほんの三分ほどで終わった。
まるでミキサーのようにボウルの中で勢いよく回転する泡立て器は、人力で掻き混ぜるよりも遥かに早く生クリームを仕上げてしまったのだ。
もう何度驚けば良いんだよこれ。リオルすげえわ普通に。
「お前本当凄いなリオル……こんなんやろうと思っても出来るこっちゃないぞ?」
「へへへ……ツカサちゃんにそんな褒められると照れちゃうなぁ。でも、こんなの家事妖精なら普通に出来ることだぜ?」
「いや、家事妖精にしか出来なさそうだから凄いんだってば。俺じゃ無理だし」
お前もアレか、凄い力を持ってるくせに「あれ、これって普通じゃないの?」って素ボケしてテヘペロするタイプか! だからそれチート小説の主人公がやることでしょ! なんで俺じゃなくてお前とかブラックがやってんだ!
いやまあでも凄いのは凄いし、めっちゃ助かったし……悔しいけど許す。
「とにかく、あんがとな。次は……えっと、バロ乳を確か……一対一に、塩は……少々だったかな? あとは……なあリオル、底の広い壺とか無いかな? 出来れば、口が広くて蓋が出来るのが良いんだけど……」
「あ、それなら棚の奥にあったぜ。えーと……コレコレ。これでどう?」
俺の質問にすぐさま手ごろな壺を持って来てくれるリオルに再度礼を言い、先程混ぜた材料を壺の中に入れて栓をした。
その行動がよほど奇妙に見えたのか、リオルは不思議そうに首を傾げて俺を覗きこんで来る。
「ツカサちゃん、これで何すんの?」
「ふふふ、こうすると美味いモンが出来るんだよ。……多分、だけど」
「ナニソレ?」
「まあまあ、とにかくコレも頼むぜリオル。振って見てくれ」
俺よりも確実に仕上げてくれるであろうリオルに頼むと、相手は素直に頼られた事が嬉しかったのか、任せなさいと言わんばかりにドンと胸を叩いて、嬉しそうに壺を受け取った。
そうしてまた壺に息を吹きかけて宙に投げ、楽しそうにシェイクを繰り返す。
……ここでもう何を作っていたかはお分かり頂ける状態なのだが、しかし。
「……んん。なんか、ずーっと液体だなコレ。これでいいの? ツカサちゃん」
「ちょいゴメン、降ろして」
マジかよ……。と思いつつ蓋を開けて確かめてみるが、やっぱり壺の中の材料は混ざり合った状態のままで、なにも変化していなかった。
一応壺から取り出して底を浚ってみるけれども、何も見当たらない。
「失敗か……でも、何でだろ……?」
「ツカサちゃん、コレなんか別のモノになる予定だったの?」
目を瞬かせるリオルに、俺は少し気落ちしながら頷く。
「ああ。これはな、混ぜ合わせて思いっきり振り続けると“バター”っていうモノになる予定だったんだ。……でも、液体はそのままだった」
「……俺、失敗しちゃった?」
しょげるチャラ男に、俺は慌ててそうじゃないと首を振る。
「違う違う! 多分、これは俺のミス……えっと、失敗だよ。多分、俺のせ……国で作る時の材料と微妙に違うから、上手くバターが作れなかったんだ。リオルは何も悪くないし、寧ろ……その……無駄に働かせちゃってごめん」
だから落ち込むな、と肩を叩いてしょげた相手を見上げると、リオルは少し元気が出たようで、情けない顔ながらも口を緩く歪めてハの字眉で笑った。
「ツカサちゃん……ホントそゆとこ好きだわぁ……」
「もう、こんな時まで冗談言うな! アンタは悪くないんだから、落ちこまなくて良いんだってば! ……でも、普通のやり方でバターが作れないとなると……どうすりゃいいんだろ……」
確か前にブラックが「乳製品は高級レストラン(みたいな店)では使われてる」と言ってたので、実際にバター的な物は存在するのかもしれない。だとしたら、この世界の材料でもバターは作れるはずだ。
ただ、それは俺の世界の作り方では完成しないものなのだろう。
だから、生クリームだって、普通のやり方じゃ作れなかったんだ。
……とすれば、バターも何らかの奇妙な方法を使って作らなきゃいけないんじゃないのか……?
「……そうか、バロ乳は牛乳と違うんだもんな……」
「んん? ギューニュー?」
異世界のモノが、俺の世界と一緒とは限らない。
バロ乳には、生クリームになるための「泡立ち」が足りなかった。とすれば……恐らくはバターも同じように「バロ乳だけでは足りないもの」が有るはず。
相変わらず首を傾げるリオルを横目に、俺は取り出した失敗作の液体を小皿に取って、それから……意を決してそれを口に含んでみた。
「えっ、え? の、飲むの?」
ごめんリオル、今は答えるの無理。
口の中に液体を流し、俺は暫く口に含んで転がしてみる。
……ううむ、甘くてしょっぱい液体って感じだ。
甘い牛乳に塩を振ったレベルのモノでしかないが……この液体の中の「バターになるには足りない物」ってなんだろう?
考えながら口の中で液体を動かして――――俺は、有る事に気付いた。
「んっ……んんんん!」
「え、なに? なにツカサちゃん?」
「んぐぐっ、わ、解った! バターにならなかった理由!!」
「えええ!? 俺解んないよツカサちゃーん!」
まあ待てリオル、今試してみるから!
そのためにはまず……俺の大好きなアレが必要だ。
今度こそ成功させてみせると意気込んで、俺はその場から離れ、必要な物がある場所へと向かった。
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