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ファンラウンド領、変人豪腕繁盛記編
花にも色々ありまして2
しおりを挟む――――と言う訳で、でっかい花を持って貸家に戻って来ると……既にクロウとラスターは帰宅していたらしく、台所にあるテーブルに着き優雅にお茶を楽しんでいた。……何故ここにティーカップがあり、どうして何も用事を頼んでいないはずのリオルが台所に居て、俺の麦茶をポットに淹れてるのだろう。
「お、おかえりツカサちゃん……」
「心配したぞツカサ」
「ただいま、二人とも。一つ聞きたいんだけど、なんでこんな事になってんの?」
ぎこちない笑みの茶髪チャラ男のリオルと、相変わらず無表情でずずーっと砂糖入り麦茶を飲むクロウに問うと、二人は顔を見合わせてラスターを見た。
ラスターは完全にお茶を楽しむモードに入っているのか、俺達になんて見向きもしない。ええいこの貴族め。
「……大方、このクソ貴族が茶を出せだのなんだのとワガママ言ったんだろうさ。それで、ツカサ君以外では唯一家事が出来るお前が呼ばれたと」
「はい……」
ブラックの不機嫌そうな声音に「仰る通りで」頭を下げるリオル。ああ、その時の光景が目に見えるようだ……。
思わず遠い目をしてしまったが、そんな俺達に構わず今度はラスターが不機嫌そうな声を出して肩を竦めた。
「おい、そこの品性ゼロ中年。優雅な時間に下劣な言葉を使うな。せっかくの茶が不味くなるだろう。まったく、歳ばっかり食った下等民は困る……なあツカサ」
「お、俺に振らんといてくだしあ」
「おいコラなにテメェツカサ君に気安く話しかけてんだ紋切型」
ああもうほらもうブラックがまたガラ悪くなって……。
このままだと話が進まん、ここは俺が大人にならなければ。
……この場にはこれだけ大人が居るのに高校生の俺が「大人になければ」って、物凄くおかしいと思うんですけどね……ハハ……。
「ま、まあまあ、二人とも落ち着けって。とにかく、これ見てくれよ」
話を変えようと思い、テーブルの上にドンとカレンドレスを置く。
すると、意外な事にラスターが思いっきりティーカップから麦茶を噴き出した。
「ぶっ!! お、おいツカサ、これは嫉妬花じゃないか!」
「あ、確かそういう別名あったねコレ」
「そこではない、そこではないぞツカサ! こんな危険な物を何故持って来た! と言うかお前、体は大丈夫なのか。そこの中年に無理心中を持ちかけられたりはしなかったのか!?」
「えっ、え!?」
何故か異様に慌てて俺を上から下まで確認してくるラスターに、俺は少々驚いたが、何事もなく無事だった事を伝えた。そして、カレンドレスは採取したら花粉を出さなくなったので安全だというような事も。
……途中、ブラックが何か言いたげだったので手の甲を抓って制止していたが、俺の説明を真剣に聞いていたラスターは気付かなかったようだ。ほっ。
「なるほど……。しかし驚きだな。お前達の気の流れは特殊だとは思っていたが、精神に対する攻撃すらも弾いてしまうとは……」
「あ、そっか……ラスターって人から出てる気が見えるんだっけ」
すっかり忘れていたが、ラスターは自分が持つ属性の曜気だけではなく、他の曜術師や一般人の気の流れまで把握できる特殊能力があるんだったな。
俺もその能力のせいで「普通の人間じゃない」と見破られたし、ラスターの力は疑いようのないものだ。
もちろん、この情報に関しては、ラスターの了承のもとにブラックとクロウにも話しているので、二人も知っているが……そうは言われても実際に体感してない身では、いまいちラスターの言葉が信用できないようで。
「気っては言うけどさあ、実際どう作用したかは解らないわけでしょ? 僕はまあ色々耐性が有るけど、ツカサ君に関してはそんな曖昧な結論でいいわけ?」
「オレも土属性以外の曜気は見えん。そんな占い師のような事を言われても困るぞ。ツカサが無事かどうかがハッキリ解らないとモヤモヤする」
ううっ、クロウったら俺の心配してくれるなんて優しい。
思わず口を手で覆って感動していると、ラスターが苛ついたような溜息を吐いて己の腰に手を当てた。
「ハァ……。まあ、下等民には、俺の“神から授かりし素晴らしい能力”をすぐには理解出来んだろうから仕方がない。……お前達にも分かり易いように、曜術で俺がツカサの無事を確かめてやろう」
「そんなコト出来んの?」
思わず見上げると、ラスターは俺の態度に少し機嫌が直ったのか自信満々に微笑んで頷いた。
「ああ。木の曜術と気の付加術である査術『鑑定』の合わせ技だ。全てを知る……という訳にはいかんが、それでも植物であればある程度の性質や毒性は把握する事が出来る。俺が編み出した高等曜術だ!」
「えええ!? そ、そんな事出来んの!?」
興味が湧いて思わずラスターに詰め寄った俺に、相手は更に気を良くしたらしく鼻高々で俺に指を立ててみせる。
「ふっ、出来ない事など語るものか。ツカサ、少しこっちに来い」
「うん?」
「あっ、つ、ツカサ君」
素直に至近距離まで近づくと、ラスターはいきなり俺の腰を抱いてきた。
「おい、ラスター!?」
「大人しくしていろ。毒に侵されていないかを診るには、近付いて貰わねばならんからな。やましい事はしないから安心しろ」
「う、うん……」
そう言う事らしいから落ち着け、落ち着けってばオッサン二人。
人を殺しそうな顔でこっちを見るんじゃありません。
これもう俺の方が殺されるんじゃないの的な殺気を向けられながらもどうする事も出来ず、ただただ腰を抱かれていると、ラスターはテーブルの上を占拠している巨大なカレンドレスに向かって手を翳した。
「……では、行くぞ…………」
「う、うん……」
頷いたと同時、ラスターの体を覆うように綺麗な緑色の光が浮かび始める。
何が起こるんだろうかと花と手を交互に見ていると――――ラスターが、俺の耳にも聞えない程度の声で小さく呟き――――まるでカメラのフラッシュのように、その場を一瞬で光が照らして消えた。
…………え。
え?
も、もしかして、これで終わり……?
「ら、ラスター……」
「驚いたか。すまんな、いつも他人に模倣されんように、こう言う感じで発動しているものでな……。お前には知られても構わなかったが、ついやってしまった」
あ、そうか……これってラスターが作ったオリジナルの曜術……いわゆる「口伝曜術」だから、人に発動の方法を知られないようにしてたんだな。
でも、説明を聞いた限りでは誰が真似できるんだよって複合曜術だったし、模倣される心配はないと思うんだけどな。やっぱ貴族だから色々あるんだろうか。
「で、どうだったのさ」
ごちゃごちゃ考えている俺を余所に、ブラックがイライラした声で言う。
しかしラスターは怒ることなく肩を竦めた。
「まあ、今のところ花粉に因る変化は起こっていないらしい。……カレンドレスは人族が持つ熱や気の流れに反応して、身を守るために花粉で攻撃する植物だが……ツカサには花粉が齎す症状は出ていないようだ。お前達は不可思議な気の流れを持っているから、それが弾いたのかもしれん」
「そんな事まで解るの」
「ああ。ただし、情報量が多すぎると頭痛がするから一度に付き一つ二つの事しか解らんように制御しているがな」
「へー……。じゃあ、この花粉を無効化できるような手がかりとかも解る?」
何の気なしに訊くと、ラスターはまたもや自信満々に頷いた。
「無論、お前が花粉に侵されていたらいかんと思って、俺の知識を掛け合わせながら探っておいたぞ。……それによると、どうやら体温の上昇が原因のようだな」
「…………ん? 体温の上昇……?」
「水中に咲く花であるカレンドレスは、熱に敏感だ。それ故に人族の体温を感知すれば花粉を撒き散らして遠ざけようとするのだが……肌が紅潮するほどに高い熱を出せば、どうやら花粉はすぐに死んでしまうらしいな。まあ、カレンドレス自体はある程度熱に耐性が有るようだが……」
…………んんん……?
顔が、真っ赤になる程の……熱……?
って事は……俺が花粉の憂鬱攻撃に侵されなかったって、まさか……小舟の上で、ぶ、ブラックと、き、キス、してたから…………
「どうしたツカサ、顔が赤いぞ。実践か? まあでも、もう少し興奮しないと花粉は完全に消滅しないと思……」
「わーっ!! 言わなくていい、みなまで言わんでいいから!! ありがとうもう良いよっその情報だけで十分対策立てられるからああああ!!」
慌ててラスターから離れてブラックを見やると、こんちくしょうさっきの怒りはどこへやらと言わんばかりにニヤニヤと笑ってやがる。
こ、こんにゃろ……お前が赤面させたくせになんだその顔はー!!
「ふ、ふふ、そうなんだぁ。顔が真っ赤になるほど興奮すれば、ねぇ……」
「ム……? と言う事は、湯でも飲めばいいのか?」
「そっ、そおだね! それだクロウ! そうすれば恋人同士でも安心して湖にボートで漕ぎ出せるよやったねたえちゃん!」
「たえちゃんとは誰だ」
誰でも良いでしょ!!
ああもうとにかく凄い有用な事が解ったんだから、頼むから全員で俺を見てないでカレンドレスの事考えてよ!
「あのー、盛り上がってるとこ悪いんスけど~……御二方は、村長から聞いた話をツカサちゃんに話さなくていいんスか?」
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「じゃあ、それをメシ食いながら話しましょうよ。俺メシ作りますんで」
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こりゃあいろんな奴が頼りにする訳だわ……。
茶髪イケメンチャラ男とか言う俺的にはどつきまわしたい属性なのに、今は天使に見えるよリオル様。調理台に向かうリオルの背中を見ながら、俺は両手を合わせて拝まずにはいられなかった。
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