異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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ファンラウンド領、変人豪腕繁盛記編

8.水上でイチャつくのはハードルが高い

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 くそう、逃げ場がない小舟の上じゃ、顔をらすぐらいしかやる事ないぞ。

 どうにかたまれなさから逃れられないかと小舟の縁から水底を覗いてみると――ゆらゆらと揺れる水の奥の方に、かすかに底が見えた。

 ところどころに水草が生えているのか緑がまばらに見え、あとはごろごろと石が転がっている。ふーむ、どのくらいの深さが有るのかは解らないけど、水底はやっぱり普通の湖と変わらないな。
 これといって奇抜な物が生えるような感じではない。

 そうなると……カレンドレスが咲いているカレンさんのお墓は、やっぱり特殊な場所なんだろうか。流石に死体の養分を吸い取って咲いた訳じゃなかろうし、そもそも本当にそうだったらいつの間にか増えてた……なんて事にはならないよな……。だったら、死体は養分じゃない、はず!

 しかし、カレンドレスって一体どういう花なんだろうなあ……。

「ねーねーツカサ君、こっち向いて」
「どんな花なんだろうなあ、カレンドレス」
「ねえねえーつーかーさーくーんー」
「うーん、黄金色の花畑ってどんな感じだろうなあ、きになるなあ」
「ツカサ君ってばー」

 てばー、じゃない! ええいもう集中できん!
 どうしてそうお前は放っておいてほしい時に構うんだ!

 こうなったらもう徹底的に無視してやる、と、決意しようとしたら。
 急に船が停まって、小さく揺れる感覚がした。

「うえぇ!?」

 ちょっ、な、なに。なんで揺らすの!?

 落ちたらヤバいじゃないかと青ざめて、矢も楯も止まらずブラックの方を振り向くと……船を停止させた張本人のブラックは、何故かオールを手放してゆっくりと俺の方へ近づいて来ていた。

 思わず腰が引けたが、狭い小舟の中ではどうする事も出来ない。
 つーか動いたら余計に船が揺れて転覆てんぷくしそうで怖いんだってば。それは絶対嫌だ。怖すぎる……。最悪の展開を想像して硬直してしまう俺に、ブラックはフフっと笑って手を伸ばして来た。

 そうして、俺の腕を掴むと……そのまま、自分の方へと難なく引き寄せる。
 ……当然、俺は成すがままになるしかなくて。

 素直にブラックの胸に頭をぶつけてしまった俺に対して、ブラックはデヘヘと変な声で笑うとそのまま抱き締めて来た。
 おい、これがやりたかったのかお前は……。

「ちょ、ちょっと……」
「しーっ。暴れると船がひっくり返っちゃうよ?」

 そう言われて、またもや体が硬くなる。
 正直な話、俺はそこまで泳げない。それに、こんなに深い場所になんて来た事が無いし、ぶっちゃけた話本当にこういうのは無理なのだ。
 例えブラックが泳げて助けてくれようが、俺は溺れる感覚を覚えたくない。
 鼻や口に水が入って死にそうになる感覚なんて、もうごめんだよ!

「ツカサ君なに一人で百面相してるの?」
「ほげっ」
「もう。本当ツカサ君は普段は色気ってもんが無いんだから……でも、そう言う所が可愛いんだけどね……」

 そう言いながら、ブラックは俺の体をゆっくりと傾け始める。
 何をするのかと思ったら、俺を小舟に押し倒して圧し掛かるような体勢に……って、お、おい、これちょっとヤバいんじゃないのか。

 まさか他人様の小舟で変な事はしない……はず……。

「ぶ、ブラック……」

 恐る恐る、ブラックを見上げる。
 逆光になった事で顔に陰が掛かっている相手は、にまにまと笑っていて、楽しさを隠しきれていない。いつも見ている顔だが、今の状況だと余計にモブおじさんに見えて仕方なかった。
 いや、まあ、言動はもう最初からモブおじさんなんだけども。

 しかしそんな事を口に出せる訳も無く、ただ相手の名前を呼んで顔を見上げていると……ブラックは、そのままゆっくりと体を屈めてきた。
 あ、あ、ヤバ、やばいって。

「ちょっ……だ、だめだって……!」
「解ってる解ってる、セックスはしないから。こんな所でツカサ君を犯したら、腰を動かす度に転覆を心配しなきゃいけなくなるしね」
「だっ、じゃっ、じゃあ早くもやめろって! い、いまは調査するために船に乗ってんだろ、こう言う事してる場合じゃないだろ!?」

 慌ててブラックの顔を両手で止めようとするが、やっぱり止まってくれない。
 さっき散々「無駄だ」と教えられたのは解ってるけど、でもやるのとやらないのではプライドの保たれ方が違う訳でして。

 拒む事が出来なくても、せめて抵抗しなきゃ男としては悲し過ぎる。
 しかし、そんな俺の態度はブラックにとっては前菜程度のものらしく、拒否してるってのに上機嫌で笑っている訳で。

 やめろと両肩を押し返すけど、結局なんの抑止力にもならなかった。

「ツカサ君……ほんと可愛いね……」

 緩んだ目が笑みに歪んで、ブラックの大きな掌が俺の額を優しく撫でる。
 手が前髪を浚いおでこをあらわにすると、相手はそこにキスを落とした。

「っ……」

 思わず、息が漏れる。
 少しカサついた唇が押し当てられる感触は、妙に生々しい。
 耳のすぐそばで聞こえる水が波打つ音や、ここが外である事を知らせる自然の音が、そんな事実を更に気恥ずかしく思わせて勝手にまた顔が熱くなった。

 額にキスをされただけでも反応してしまう自分が情けないが、ブラックはそんな俺をからかうように少し体をずらして頬にもキスをしてきて。

「ツカサ君たら、外で押し倒されて余計に興奮しちゃった……? ほら、キスしかしてないのに、また耳まで真っ赤」
「ふあぁっ!?」

 真っ赤、と言われたと同時に耳をまれて、思わず驚きの声が出る。
 それが悔しくて咄嗟とっさに両手で口を塞ぐと、ブラックは忍び笑いを漏らしつつ、舌を突き出して俺の耳の形をなぞりはじめた。

 それは、もう、いやらしく感じるくらい。

「んっ、う……っ! や……耳、やだ……!」
「ほら、すぐに声が高くて可愛い声になっちゃってる……。ツカサ君ってさあ……もしかしたら、どんどん敏感になって来ちゃってるんじゃないの?」
「っ、ぇ……」

 視界の端に移るうねった赤い髪を思わずみやると、相手は俺の耳の穴の近くをねっとりと舌で舐め上げながら、熱い吐息混じりで囁いてきた。

「僕とたくさんセックスする内に、体が変化してきて……僕が少し触れただけで、もう感じちゃう体になっちゃったんじゃない? ふふ……大変だね、ツカサ君」

 は……はい……!?
 なに、それ。なにそのエロ漫画みたいな変化!!

 いやそうじゃなくて、そ、そんな事になったら色々困るって!
 だ、だって、そんな事になったら…………

「や、やだ、そんなのこまる!! アンタと一緒に居られないじゃん!!」

 そうだよ、それが一番困るんだって!
 ずっと一緒に旅して来たのに今更距離を取るなんて不安だし、なによりそんな事したら何が起こるか解らないって言………………あれ?
 ブラックがいつの間にか俺を見下ろしている。っていうか、どうしたのよ。そのポカンとした、ハトが豆鉄砲を喰らったような顔。

 なに、何が起こった?
 …………ま、まさか俺……途中で思わず何か口走っちゃってた……?

「つ、ツカサ君…………」

 げっ、うわっ待って。なんか変なとこだけ叫んでた気がする。
 まさかそれを聞かれてたんじゃ……と、思って、ブラックを改めて見上げると。

「は、はぁあ……! つ、つっ、ツカサ、君……」

 ブラックは声を震わせて、菫色の瞳をキラキラと輝かせていた。
 ……あ。やばい。これ変な風に受け取られた奴だ。

「ぶ、ぶらっ」
「ふあぁあああああツカサ君ツカサ君つかしゃくんんんん!! そうだったの恋人の僕と離れたくなかったのそんなに僕の事好きなのぉおおおお! あぁあああ好き好き好き好きツカしゃ君好きぃいいい」
「ぎゃあああああ!!」

 やっぱり変な風に解釈されてるうううう!
 ぎゅうぎゅう抱き着かれて苦しい、揺れてるっ、小舟揺れてる怖いぃいい!

 待って、俺そんな意味で言ったんじゃないんだってば。なのになんでコイツはことごとく発想を飛躍させて興奮して来るんだよぉ。
 俺困るってしか言ってないよね。別に好きと嫌いとか言ってなかったよね!?

「ブラックっ、ぶらっ、もっ、お、落ちつけって! お前興奮しすぎて周囲にキラキラが散りまくってるぞ! イケメンオーラやめろ!!」
「はへ? きらきら?」

 そ、そ、そうだよ。
 お前の背後になんかキラキラしたのが舞ってるんだよ。お前どんだけ喜んでるんだっての。ラスターでもこんなに周囲を輝かせることなんてないぞ。
 あんまり眩しすぎると近所迷惑だって。

 それに、小舟が揺れて怖いから興奮すんな。頼むから落ち着いてくれ。

 とにかくキラキラを治めろ、と言うと、ブラックはキョトンとした顔で首を傾げた。

「僕こんなの出した覚えないよ?」
「そりゃ意識して出せるもんじゃないだろ……って良く考えたらおかしいな」

 よくよく見て見ると、このキラキラは砂が巻き上げられたみたいに空中に舞っていて、風に流動している。雰囲気オーラだとこうはなるまい。
 それに、このキラキラは広範囲に広がっている。
 とすれば、別の要因で出現したって事になるが……しかしだとしたら何だこれ。

 俺もブラックも訳が解らず顔を見合わせて、ただただ空中を舞うキラキラの大群を見上げる。清々しい青空を透かしながら漂っているキラキラは、よく見てみると砂のように細かい物である事が解った。
 やっぱり実体が有る何かのようだ。

「これ、どこから……?」
「さてねえ……」

 気が付けば、周囲はこのキラキラで覆われまくっている。
 遠景が見えなくなるほど……とまではいかないが、それでも凄い量である。
 でも、これって何なんだろう?

 もしこれが砂だったら、頭や服がじゃりじゃりするはずだけど、それもないし……何かの欠片と言っても、何の…………。

「あ……そっか。もしかしてこれが“カレンドレス”の憂鬱花粉……?」
「なるほど……。しかし、ホントに嫉妬したみたいに出て来るんだねぇ……。僕達がイチャイチャしてる時に鉤って、こんなに湧いて出て来るなんて……」
「う、うーん……。とにかく、発生源を探そう。えっと……あっち、かな?」

 俺達がイチャイチャしてたから花粉が「いてまうぞコラ」とばかりに出て来た……とは思いたくないが、しかしこれがマジで憂鬱花粉だったとしたら、カレンドレスは間違いなくカップルに対して憎悪を発信しまくってるって事だよな……。

 な、なんか、湖の上でいちゃついてごめんなさい……。

 いや待て、決めつけるのはまだ早い。もしかしたら、カップルの熱量とかに刺激されて花粉を出しちゃったりするだけかもしれないし。
 今はまずカレンドレスの場所探しだ。

「ブラック」
「はいはい。……はー、もうちょっと楽しみたかったのになあ……」

 残念そうに言いながらも、ブラックは指示通りに花粉が流れてくる方向へ再び船を漕ぎ出す。少し進むと、次第に花粉の量は少なくなり、有る一か所からぽつぽつと湧き上がっている光景が見えてきた。

 その一か所とは……もちろん、何の目印も無い水上の一点だ。

 慎重に舟を近付けてその場所に横付けすると、俺とブラックは花粉の出どころである湖の底を覗いてみた。――――と、そこには。

「うわ、ぁ……!!」
「これは…………」

 青い水の底に揺れる、岩肌の水底。
 その水底には、人工物と思しき尖塔のような柱が突き刺さった場所があり――

 膨大な量の金色の花が、朽ちかけたその柱の周囲でキラキラと輝きながら咲き誇っていた。












※ないようがないようでごめんなさい:(;^ω^):
 
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