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ファンラウンド領、変人豪腕繁盛記編
3.トラブルは待たなくてもやって来る
しおりを挟む俺が宴の時に会ったセルザさんは、濃紺の髪を短髪に刈り込んでいる、爽やかで親しみやすい好青年と言った人物だった。
……しかし、今のセルザさんには爽やかさなど欠片も無い。
まるで二晩徹夜したようなやつれ様で、ラスターが驚くのも無理はなかった。
だけど、一体どうして。
思わずざわついてしまう俺達に気付いたのか、セルザさんは慌てて近付いて来ようとした、が――絨毯に躓き、ドタンと音を立てて倒れた。
「だ、大丈夫ですか!?」
駆け寄って抱き起すと、セルザさんは俺が“以前会った事のある奴”だと気付いたのか、ぎこちない笑みで微笑んだ。
「お、おお……久しぶりだな……。ツカサ、って、言ったか……」
「挨拶は後、とにかくソファに寝て!」
クロウに手伝って貰いセルザさんを長椅子に寝かせると、俺はグランデンさんにタオルと水を持って来て貰った。とにかく休ませなきゃな。
因みにラスターとブラックは手伝ってくれなかった。
ええくそこのオッサンども。
「す……すまん……客人にこんな事を……」
「気にしないで。……だけど、どうしてそんな酷い状態に?」
「う…………」
言い難そうに口を歪ませるセルザさんに、ラスターがはっきり言った。
「この俺にまで隠すか」
短いながらも、部下としては充分に震えあがってしまう低い声音だ。
関係ない俺までビクッとなってしまったが、セルザさんは俺以上に驚いたのか、額のタオルを思いっきり落として上体を起こす。
そのまま数秒黙っていたが――観念したようにがっくりと肩を落とした。
「……お話しいたします……ただし、この事は…………」
「解っている。お前の弱みを握って操ろうと思うほど、俺は困ってはいない」
ラスターのその言葉に、セルザさんは微かにホッとしたような顔を浮かべた。
ああ、そうか。考えてみれば領地の困りごとなんて、他の領主にしたら絶好の乗っ取りチャンスじゃないか。
金策も万策尽きたりの状況だ。そこに裕福な土地の領主が攻撃を仕掛けて来たら、セルザさんは領地を明け渡さなければならなくなるかもしれない。
貴族の人間ならば、自分の一族が守り続けてきた大事な土地を奪われるのが一番辛かろう。それに、己の力不足でこうなった事を思えば、プライドの高い彼らなら自害しかねない。いや、セルザさんなら多分自分の喉を掻っ切るだろう。
自分のせいで、一族の大切な領地と領民を失ってしまう事になったのだから。
だからこそ、セルザさんは財政難を出来るだけ隠しておきたかったのだ。
この地の領民が苦しまないように税を増やしたりしなかったのは、見栄の為もあったのかもしれない。
領地とは言っても、完全に他の土地の奴らをシャットアウトできる訳じゃないし、街を歩けば噂なんてどこからでも聞こえてきちまうからな。
「人に弱みを握られてそんなに困るもんかねえ」
一気に肩を落としたセルザさんに、ブラックは「理解出来ない」とでも言うような目を向ける。まあ俺達は冒険者だし、土地に縛られる事なんてないモンな。
なにより、ブラックは位の高い奴はあんまり好きじゃないみたいだし……などと思っていると、ラスターがうんざりしたような顔で額に手を当てた。
「……貴族の苦労が解らん下々の愚民にも説明してやるが、ライクネスは基本的に豊かで飢えや飢饉が存在しない国ゆえ、土地の気候はその地で育てている農作物の収穫量にかなり影響を与える」
「あーあー、要するに位が高い奴ほど良い土地に恵まれていて、かなりの財力が有るってことだろ。そうでなくとも、そう言う奴と繋がりが有る下級の貴族も、充分この土地を奪える。……だけど、ファンラウンド領はそう言う奴らに対して圧倒的に不利なんだろう? それに四等権威は見下されてる。この状況を見てれば、いやでも解るさ」
俺は解らないんですが……。
えーと……つまり、セルザさんの家は四面楚歌ってこと?
何だか俺一人だけ会話に置いて行かれているような気がするが、大人四人は全員解っているようで、それぞれに難しそうな顔をしている。
これ、俺も難しそうな顔をしていた方が良いんだろうか……と思っていると、俺の困惑を見取ったのか、クロウが説明してくれた。
「簡単な話、元々この土地は他よりも貧しく、いつ乗っ取られてもおかしくないという事だ。そんな領地が『今すごく弱っている』という事を知られてしまえば、昔からここを狙っていた他の奴が動きかねんだろう?」
「あー、なるほど。最初から乗っ取られそうでピンチだったってことね」
なんだ、そう言ってくれればすぐ解るのに。
たくもー、難しく言葉を捏ね繰り回すから解らん……ってなんだその顔は。何で四人ともほのぼのしてんの。
「なに。そのかおなに」
「い、いや、ゴホン。ええと……まあ、今の事で私……いや、俺のところの領地がかなり危うい立場だって事を解って貰えたと思う。俺がこうなってしまったのも、実を言うとそれに関係しているんだ」
セルザさんめ、逃げたな。
まあいい。話を聞くのが先だ。
「そこまで急ぐと言う事は、何か縋る案が見つかったのだろう?」
「はい。ラスター様の仰る通りです。……実は、色々と問題が有って収益が目減りしていたベイシェールの再建の目途が立ちまして……その案件を早く進めようと思い、焦って事務処理をしていたらこんな事に……」
グランデンには止められたのですが……と恥ずかしそうに頭を掻くセルザさんに、ラスターは呆れたように眉を上げる。
「みっともない、領主が急いてどうする! いくら希望の光が見えようが、領主がこのザマでは進むものも進まんのだだぞ!」
「仰る通りです……返す言葉もございません……」
ショボンと肩を落として頭を下げるセルザさんに、腕を組んで仁王立ちする上司のラスター。なんか見た事が有る光景だが、しかし本当に自分の事以外は真面目だなあコイツ……。そこがまたムカつくんだけど。
「それで……上手く行きそうなのか」
「……それはなんとも……。いくらかの税収増は期待できますし、村長も快く俺に協力してくれていますが、結果が出るには数年かかるでしょう。しかし、その数年に向けて人を呼ぶための計画を立て、前準備をしておかねばなりません。……この領地は観光業も重要な収入源ですし……今は、それ以外に道は無かったので」
そんだけ困窮してるって事か……。
しかし、ベイシェール再建って、間違いなくリオルの事が解決したからだよな。
あの時はファンラウンド領の事情を知らなかったからベイシェールの範囲だけの話だと思ってたけど……そうか、領地の収入の話にもつながるんだな。
「話によると、ベイシェールの呪いを解いてくれたのは君達だそうだな……本当に助かったよ。礼を言う」
「あ、いや、そんな……」
俺達は何かしたようなしてないようなって感じなので、褒められるほどでは。
慌てて否定するが、そんな俺とは全く別の事を考えていたのか、ブラックは少し不機嫌そうな顔をして片眉を顰めた。
「だけど、ボスモンスターの事を片付けなきゃ、どうにもならないんじゃないの? いや、何とかする気では居るんだろうが……でも、今の状態のこの領地に、モンスター対策が出来るとは思えないんだけどね」
つっけんどんな言葉に思わず心配になってしまうが、セルザさんはブラックの言った事を否定せずに沈痛な面持ちで頷いた。
「ああ、君の言う通りだ。正直な話、俺の領地にはその“スポーン・サイト”を調査する費用も無ければ沼を囲う金もない。王に書簡を送る手もあるが、それをやれば四等権威の俺の領地はすぐに誰かの手に渡るだろう。……正直八方塞って奴だ」
「ならば、どうしてオレ達をここに召喚した? その様子では詳細を聞けるような状況ではないのだろうし、そもそも説明だけなら書面でも充分では」
クロウの冷静な言葉に、さもありなんとセルザさんは肩を竦めた。
「……正直、色々と限界でな。ボスモンスターの話を聞いた時は、俺もどうかしていた。もういっそ、俺一人でも調査に行って何とかしようなどと……。今は騎士団の一員では無く、領主だと言うのにな……」
言いながら、疲れた顔を手で覆う相手に、俺は何とも言えない気持ちになった。
…………セルザさん、なんだか無理してるように見えるよな。
本当は領主じゃなくて騎士団のままで居たかったんじゃなかろうか。テンパッた挙句の行動が「一人でも調査しに行くぞ!」なんて、領主の立場に染まった人間だったら普通は考えないよな。
本当に疲れてるんだなあと察せられて、これにはブラックもクロウも何も言えず黙っていたが……ラスターだけは、自信満々の声を出して静寂をぶち破った。
「水臭いなセルザ。困っているのなら、元上司の俺を頼ればいいではないか!」
「え……」
「この絢爛豪華にして唯一無二の英雄、ラスター・オレオールに掛かれば、お前の領地の立て直しなど軽い事だ。心配はいらん、調査も任せておけ」
上司のあまりにも突拍子のない発言に、セルザさんは慌てる。
「し、しかし、ラスター様にご迷惑が……」
「心配はいらんと言っているだろう! この頭脳明晰才色兼備のラスター・オレオールに不可能はない! 必ずこの領地の立て直しの手助けとなろう。まあ、役に立つかどうかは解らんが、ここに手数も揃っているしな!」
そんな事を大声でオーバーリアクションを交えながら言うラスター。
何を言われているのか解らずポカンとしている俺達にむかって、ラスターは自信満々の顔でイケメンスマイルを披露した。
「なあ、お前達!」
………………はい?
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